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<東京怪談・PCゲームノベル>


みどりの黒髪



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世の中、キラキラした飾り付けが街を覆い、色といえば赤に緑に白と賑やかしい。曲もまた似通ったものを選曲し、散歩の最中に何度聞いたか…思い出せない。
もう直に、宗教上では全く関係ないはずのイベントが盛大に行われる日が来る。街は、クリスマス一色に彩られていた。

『ええ、お詫びって…い、いやぁ、そんな…悪いです』

「何、気にするな。言っただろ、依頼だって。報酬だとでも思ってくれ」

電話口の向こう、困惑した声は「えぇ〜」と気弱で小さい叫び声を上げている。それは何時もの事だと、慣れたように着物の男は笑った。

「良いから、土曜日だから会社は無いだろ?他に用事が無かったら、国際ホテルの前で待ってる。来るならめかして来いよ、じゃあな」

『えっ、ちょ、まって…』

ぷつん

携帯電話を切る音が短く鳴った。男、刀夜は軽く笑い、数週間後に会う相手、聡呼はどう対処するかと思えば更に笑みが深くなる。

「絶対慌ててるだろうな」

まあ、それも此方の楽しみの一環ではあったが、最終的な目標は違う。さて、彼女を満足させ得るプラン、何が良いだろうか?




来る12月23日、聖夜前日と言えどもこの日もまたイベントに数えられ、街はカップルで賑わっていた。国際ホテルもまた然り、最上階にあるレストランは何時間待ちだとか…ベルボーイが話していたのを、ホテルの柱の影に隠れるように潜んでいる黒髪の女性、聡呼は密かに聞いていた。

「何時間待ちって…何しに来とんじゃろ…」

独り言の所為か、聡呼の言葉は生まれ故郷の方言が強く出ている。そんな垢抜けない言葉使いに似つかわしくなく、聡呼の今日の服装はシックにまとめられていた。ブラックのロングレングスは、裾が波打つシフォンワンピース、羽織ったフェイクファーのボレロも中々似合っている。

「そりゃ、食事に決まってるだろ?」

潜んでいた聡呼を易とも簡単に、背後から声を掛けるのは無論刀夜。普段の着物とは違って、今宵はダークグレーのスーツと洋服もまた様になっている。が、そんな様変わりした刀夜の姿も見えていない聡呼は、声にもならない悲鳴を上げてビクリと背筋をそらした。其の様子を見て刀夜は軽く口端を上げる。

「ほら、行くぞ」

「えっ、ハイ…?」

腕を差し出す刀夜の言葉に頷きながらも、その差し出された腕をどう扱えばいいのか、聡呼の視線は刀夜の腕と顔を交互に見遣る。差し出した刀夜としては、その鈍感さにまたも笑ってしまう。空いた方の手で聡呼の手を取り、自分の腕へと絡ませた。

「こうするんだよ、聡呼、本当に不慣れだな」

笑う刀夜を少々むっとしながらも、聡呼は本当の事なので文句も言えず黙ってしまう。さすがに其れではいけない、刀夜の今夜の目的は聡呼をからかう事ではない。そのまま、ゆっくりと足を踏み出し展望レストランへと繋がるエレベーターへと乗り込む。

「…刀夜さん」

何時になく、退魔時以外の真剣みのある聡呼の声。刀夜としても、何らかの心情でも映したのかと数度瞬きをして、柔く刀夜は笑う。

「何だ?」

「あの……何時間待つんですか?」

おずおずと言い出された言葉に、内心ではやはりなと言う気分だったろう。しかし、そこは顔に出さないのが刀夜の得意とする所でもあった。

「…あのな、世の中には予約って言うのがあるんだよ」

笑いを含んだ声音で刀夜は返す。そんなやり取りも気にする事無く、淡々とエレベーターは高度を増して、夜景の光も段々と細やかになって行った。細かな光の傍で小さな影も駆ける、滑る光の筋はカーライト、赤はテールランプ。其の様子に…おー、と…小さく聡呼は声を漏らしたが『チン』と、軽快な音でその声は掻き消されてしまった。



ドアが開かれた其の先は、クリスマスの飾り付けを設えた数メートルのもみの木が鎮座していた。カラフルでなく、白と黒のシックなオーナメントが枝葉をしならせている。瞬く電球の数々は、星の輝きをも連想させる無数さだった。聡呼はこう言う場所へと来るのは初めての事だったのか、ぽかんと口を中途半端に開けている。

「ほら、確りしろ。中に入れないだろう」

「えっ、それは一体どういう意味で…」

何でも。聡呼の質問に、刀夜ははぐらかすように首を傾いで笑い、短な返答を告げた。聡呼の手を絡ませた方の腕をくいと引き、緩くエスコートしながらレストランの入り口まで来る。ボーイに静修院だと、名を告げれば深々と彼は頭を下げ白いテーブルクロスの掛かった窓際の席へと案内してくれた。彼の後ろを二人はゆったりと付いていく。

「…すっごいですねえ…」

「?何が」

未だ感心しているのだろうか?今度は店の内装だろうか…、確かに、クリスマスと言う事で内装もやはり凝ったものとなっている。サンタやトナカイと、あからさまなものは吊るされては居ないが…、柊の葉、星や巻貝の形のオーナメント、そこいら中に鏤められた飾り付けはシックでいて豪華だ。

「いや、刀夜さん…来慣れてるなあと」

聡呼の言葉は以前、夏の頃に聞いた物と幾分雰囲気は違うが、あの時のような心配でもしているのだろうか。聡呼の視線は少しほど、刀夜からは離れてしまっている。

「一人で良く来るんだよ、この時期一人は厳しいけどな…ほら、座れ」

椅子の背を持ち、後ろへと引く。聡呼が座りやすいよう、気を使う刀夜に聡呼は小さく頷いて、引かれた椅子へと腰を据えた。それを椅子の後ろで確認した後に、刀夜も隣にある椅子を引いて其の椅子へと腰を降ろした。

「此処はメインじゃないから、軽い飲み物でも飲むか」

「えっ、まだどこかに行くんですか」

一体どれだけの店を知っているのか、問い質したくなるほどに、刀夜は落ち着き払ってメニューを見ている。聡呼も慌ててメニューを見るが…、語学の才はないな…と、思えるほどに英字の羅列に頭を痛めている様子だった。

「聡呼、ワインは大丈夫か?」

「あっ、はい、大丈夫で…」

聡呼の答えを知れば、刀夜は軽く笑ってボーイを呼び寄せる。赤と白どちらが?と、刀夜に質問されるが、そこまでは拘りのない聡呼はどちらでも、そう笑って返した。
ボーイが去り、ワインが来るのを待つだけとなる。刀夜は少し背もたれに体重をかけ、横に居る聡呼の様子を見た。…何時もとは代わりの無い様子だが、以前見せた取り乱しようは、今思い出しても申し訳が無いほどだ。

「…聡呼、そういえばこの前」

いっそのこと聞いてみたほうが早いと、刀夜は静かに聡呼へと話し掛ける。

「何であんなに取り乱したんだ?」

…刀夜の質問に、聡呼は驚いたように目を開いたが、すぐに何時ものようにへなっとした笑いを浮かべている。

「血を見れば誰だって驚きますよー」

「…慣れてないって?」

思わず鋭い返答を返してしまう、聡呼の回答は聡呼の職を知っていれば不可解な物だろう。彼女は幾つもの屍を越えてきたはずであるし、血などはもう既に見慣れていても良い筈。かくいう刀夜自身がそうであったから、疑問を抱くのは仕方が無い話だった。
切れ味の良い返答は、聡呼の笑みを消したが、それは一瞬でまた笑っている。そして、気恥ずかしそうに俯いて唇を軽く動かした。

「いえ、あの…仰る事はごもっともです。お恥ずかしい事ながら…」

口元は笑っているが、聡呼の眉間に微かに皺が寄るのを、刀夜は見逃すはずが無い。刀夜は少し椅子を寄せた、その際にボーイがワインを持ってきたが、お構い無しで聡呼の方へと手を伸ばす。白い手へと、刀夜の手が触れる。柔く握ってやれば、其の手が微かに震えている事がわかった。

「何かあったのか?嫌な事」

「そっ、いや、随分昔の話で…」

首を横に振るった聡呼は、慌てて誤魔化そうとワインが注がれたグラスへと、握られていない手を伸ばす。聡呼は白ワインを選び、軽くグラスを傾けた。

「教えて欲しい」

誤魔化そうとする聡呼の気持ちも、刀夜は判っているだろう。それでも、と言う単語は抜いて、刀夜はもう一度、静かに聡呼へと言葉を渡した。

「そんな、大層な話じゃないですよ…」

刀夜の真剣な雰囲気に、聡呼も困惑したようにまた首を振る。

「…まあ、言いたくなければ、言わなくても良いが」

「……」

引き際を感じたのか、刀夜はすっと下がる言葉を紡いだ。しかし、未だに手は繋がれたまま。刀夜は赤ワインを一口、口に含んでからゆっくりと飲み下した。
聡呼と言えば、何か考えるように首を傾いでいる。

「さ、そろそろ良いか。次に行こう」

「あ…ハイ」

手を引かれるままに、立ち上がる刀夜に続いて聡呼も立ち上がった。会計を刀夜が支払い、そのままエレベーターへと再度乗り込む。ぐんぐん、地上へと近づくエレベーターの落下速度は増し、聡呼は微かに眩暈を覚えたのか、肩が少し揺れた。
チンと、軽快な音と共に、重そうにドアは開く。聡呼の手を引き、刀夜はホテルの外へと出た。行く先は…、洒落た店ではなく、居酒屋立ち並ぶ大通り。24時間営業のスーパーマーケットの看板が煌々と明かりを燃やしている。

「聡呼」

「?何です」

こう言う場所の方が落ち着くらしい、聡呼は急に呼びかけた刀夜の顔を見た。

「家、行ってもいいか?」

「…散らかってますけど?」

急な申し出、刀夜の言葉には聡呼の頭の上に疑問符が飛んでいる。

「構わないさ、じゃあ、何か作ってやるよ」

「えっ、刀夜さん、料理できるんですか」

一品だけな、刀夜は人差し指を立てて笑った。



日が暮れ、星の灯りがついて久しいと言うのに、スーパーマーケットには人が思ったよりも多い。普通の店舗よりもやや広いのにも、聡呼は驚いていた。
刀夜は迷わず買い物を進め、さっさとレジスターへと向かう。材料を買い込み、あっと、言う間にスーパーの外へとまた立っていた。すぐに捕まるタクシーは、まるで用意されていたのではないかと思うほどの手際のよさ。

「…?聡呼、早く乗れ」

「……ぁ、スミマセンッ」



「ここを、右手に曲がってー……、あ、此処です。有難う御座います」

黒のクラウンコンフォートが着いた先、聡呼の家は普通のマンションだった。普通よりは、幾分安いマンションかもしれない。

「あ、お幾らですか?」

「良いって、先に下りて待っててくれ」

財布を取り出そうとする聡呼の肩を、軽く叩いて出る事を促す刀夜。渋々と言った風に聡呼が車から降りるのを見てから、財布を取り出し運転手へと金を支払った。

「よし、じゃあ行くか」

タクシーから降りた刀夜が意気揚々と言う、そこを己の住処であるマンションを見て首を傾ぐ聡呼、波打つ裾が軽く風に靡いた頃に聡呼が物申した。

「私の家じゃあ、おめかしした意味無くないですか〜?」

「何言ってる、クリスマスなんだから色気のある格好でいいだろ」

「それは一体どういう理屈…」

そう聡呼が言いかけた所、刀夜がぐいと手を引っ張り聡呼をマンションの玄関まで連れて行く。そこはオートロックでも何でもない、どちらかと言うとアパートに近いマンションだった。そのまま今度は聡呼が刀夜を引っ張り、自分の部屋まで連れて行く。
エレベーターのボタンを押す、予め1階にあったらしくドアはすぐ開いた。5階のボタンを押す、古いエレベーター独特の音が二人の耳を振るわせた。

「こっちです」

エレベーターを先に降りた聡呼が、慣れた道を歩いていく。振り向いて刀夜を手招きし、刀夜が横に並ぶまで足を留め、並べば再び歩き出す。赤い消火器のランプは目に眩しい。

「ちょっと待っててください」

「ああ」

一つ、古びたドアの前に立ち止まり、鞄をごそごそと漁る。取り出されたのは、小さいお守りの付いたキー。鈴も付いていて、開けようと鍵をひねればちりりと涼しげな音が空に散った。



「…へー、結構可愛らしい…」

「どういう意味ですか、それは…」

見た目どおり、結構きちんと去れている聡呼の部屋は、思ったより色が溢れた内装だった。白のカーテン、ピンクの小物、蒼いテーブルに黄色いクッション。ベッドカバーは幾何学模様の暖色系。
買い物してきたものを、台所へと置く。刀夜はしっしと、追い払うように手を振るった。

「ほら、聡呼は向こう行ってる」

「えっ、一人で大丈夫ですか…?」

何だその心配そうな顔は!と、刀夜の一括が入れば聡呼は漸く、そそくさと台所を離れた。スーツの上着を脱ぎ、袖をまくれば早速料理に取り掛かる。結構手際は良い物で…料理が料理なので、少々時間は掛かったが、何の苦もなく作り上げた。

「どうだ」

「…立派なふろふき大根です」

どん、皿の上に載った純白の大根は、皿の色を少し透かし、湯気を立たせゆず味噌の薫り高さを、聡呼に愉しませる。思わず拍手をしてしまうほどの見事さだった。

「刀夜さん…思ったより、庶民派ですね」

「どういう意味だ」

何でもないです、いただきますっ…立て続けに言って、聡呼は手を合わせてから箸で大根を裂く。口に入れれば、熱かったのか飲み込むのに時間が掛かったようだが、再度箸をつけ…三つあったうち二つはすぐに完食してしまう。

「美味かった?」

「はい、ご馳走になってます」

うんうんと頷きながらも、未だ箸を伸ばす聡呼を満足そうに刀夜は見遣る。食べる聡呼から視線をずらし、周りを見回す。テレビ、電話、電気、家族写真、普通の女性の家にあるものと何ら変わりは無さそうだ。まあ、部屋の隅に弓があるのは、違うだろうが。…家族写真は、随分前に取られたもののようで、左端に写る少女の顔はあどけない。

「14年ほど前です、母が亡くなった時」

「…あの、写真?」

大根を何事もないように食べる聡呼は、ぽつりと一言、口から漏らすように呟いた。刀夜の視線はまた家族写真へと引き戻される。

「ええ、寒い日でした。母も退魔師をしていて」

聡呼の箸は絶えず動いている。なくならないように、少しづつ口へと運ぶ。

「少し、他の退魔師から、仲間はずれにされている事もあって…時々、襲撃も受けてました」


「それで、その、他の退魔師の攻撃で…母の怪我も、背で…」


「でも、でも、刀夜さんより傷は浅かったはずなんです」


途切れ途切れに話す聡呼の顔は幾分暗い、視線は落ちているが、やはり其れをごまかすように箸を動かしている。

「大丈夫って、言って、それっきりで…」

聡呼は数度瞬きをした、最後の一口、大根を口に含んだ。

「…な、んで、同じヒト、に、殺されなきゃ、いけないんだろうって…」

その言葉で、箍が外れたように、聡呼の目からは粒の大きな涙が零れた。それは頬を伝い、一粒、聡呼のスカートに染みを作る。片頬の涙は頬で止まっていた、すっと、骨ばった手がそれを拭う。その手は、するりと聡呼の肩を抱くように回された。

「刀夜、さんも、死んじゃうかと…思ったら…ッ」

刀夜は、未だ静かに涙を流す聡呼の背を、あやすように撫でた。

「俺は丈夫だから、早々死にやしない」

腕に力が篭る。聡呼の腕も、する、と、刀夜の背へと回された。刀夜の存在を確かめるように、ぐっと強く力が入る。

「死なない、安心しろ」

聡呼は小さく、ハイ、ハイ、と、涙声で頷くしかできなかった。返事の代わりだろうか、もう一度、刀夜の体をぐっときつく抱きしめる。

「聡呼」

名を呼ばれ、聡呼は反射的に顔を上げた。すぐ近くにある、刀夜の口元は少し微笑んでいた。口元へと柔らかい感触が伝わってくるのはすぐに。刀夜の顔は間近と言うより、直接聡呼の顔にも触れていた。
軽い口付けは一瞬で終わり、刀夜は聡呼の頭を軽く撫でてやる。聡呼は、段々と顔が赤くなり…仕舞いには恥ずかしかったのか、照れ隠しをするように再度刀夜へと抱きついた。
刀夜は何時もと違う、照れ隠しの方法に軽く面食らうも、すぐに笑い刀夜も聡呼の背へともう一度腕を回す。

「今日はこのままで居てやるよ」

偉そうな言葉だったが、刀夜の手は優しく聡呼を抱いている。

窓の外、今夜は新月だ。星々はここぞとばかりに輝き、透ける空は黒く、その輝きを増させた。瞬く星は、漣のように連鎖し、空を流れ彷徨っている。微かな星の灯りは、二人の行く末をどう見ているのか。それは、塀の上を歩く、星見の猫にも悟れはしないだろう。
今宵も夜は、黒へと衣替えした天鵝絨カーテンを閉めている。裾がはためき、カーテンが開かれるのは何時頃か。





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 6465 /PC名 静修院・刀夜 /性別 男性 /年齢 25歳 /職業 元退魔師。現在何でも屋】

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■         ライター通信          ■
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■静修院・刀夜 様
毎度、発注有難う御座います!ライターのひだりのです。
大変遅くなりまして申し訳御座いません…!
今回は聡呼とのおデートと言う事で、私にしてはとても珍しい、砂糖を吐きまくった
ノベルになりました…(笑)不慣れですが、お気に召していただけると幸いです!
聡呼よりも精神的にかなり大人な刀夜さんが描けていれればなと思います。
ふろふき大根は…庶民な聡呼を配慮して…と、言う事で…(笑)

此れからもまだまだ精進して行きますので
是非、また機会がありましたら何卒宜しくお願いいたします!

ひだりの