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<東京怪談ノベル(シングル)>


仕返し

 アリーナのロビーで、小太郎はまたしてもキョロキョロとおのぼりさん状態だった。
「こないだより、人がスゲェ」
 前回の比ではないほどの人がいたのだ。
 そりゃあ小太郎の人に酔うスピードもハンパではない。
「小太郎様、お待ちしておりました」
「あ、セヴン姉ちゃん」
 そこでセヴンと小太郎が合流した。
 今回、小太郎をアリーナに招待したのはセヴンだったのだ。

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 選手控え室兼ガレージ前の廊下まで来て、人が少なくなった頃には小太郎の酔いも大分覚めてきていた。
「しかし、なんだってあんなに人が一杯いるんだよ」
「今回は国際戦の決勝ですから、それだけ人が注目するのも当然です。世界から目を向けられているのですから」
「なるほど、国際戦か。っつーことは、セヴン姉ちゃんは日本代表か! サムライブルーだな! ナデシコジャパンだな!」
「青いユニフォームはありませんが、日本代表で間違いありません」
「そっかぁ、でも楽しみだな。こないだ見せてもらった時も超面白かったし、今回は国際戦なんだろ。だったらもっとハイレベルな戦いが!?」
「ご期待に添えられるよう、頑張ります」
 テンション上がりまくりな小太郎を微笑みながら眺めるセヴン。自分のガレージに向かう途中に、彼女は不意に足を止めた。
 それに気付かず、小太郎は腕をブンブン振り回して直進。
 前方にいた白衣の集団の先頭を歩いていた男にぶつかってしまった。
「あ、ゴメン。ちょっと自分を見失ってた」
 小太郎は男からすぐに離れ頭を下げる。
 男は小太郎を見下ろし、フンと鼻で笑った。
「ここはガキが入り込む所じゃないぞ。探検ごっこなら他所でしな」
「は?」
「……聞こえなかったのか小僧。親切に日本語で、ゆっくり、わかりやすく喋ってやってるんだ。一度で理解できないなんて、馬鹿なガキだな。日本の教育問題がなんたらかんたらって聞くが、どうやら本当らしいな」
 男は見る限り外国人。にも拘らず流暢な日本語だ。
 彼の言葉をそのまま受け取ると、どうやら小太郎にわかりやすく日本語で喋ってくださっているらしい。
「そ、そりゃあどうも異人さん」
 引きつった笑顔で小太郎が返事をする。どうやら見ず知らずの他人に向かって斬りかからないだけの理性はあるらしい。
 男はもう一度鼻で笑った後、奥にいたセヴンを見た。
「おや、貴女は確か次の最終戦の対戦相手でしたね」
「という事は、貴方がたは私の対戦相手のマスターですか」
「その通り。……貴女がここにいて、この子供を連れているという事は、彼は君のマスターかな?」
「いえ、マスターは別にいます。彼は私の知り合いです」
 淡々と答えるセヴンに、男はふむと唸る。
「いや、失礼。勘違いでしたか。それならばなおさら彼はここに居るべきではないね。なんたって部外者なのだから」
「ええ、ですが小太郎様は少し人に酔われたようなので、人の少ないこちらにお招きした次第です。すぐに開場するでしょうから、そうすれば観客席にご案内するつもりでした」
「いや、そういう事を言っているのではないのだよ」
 薄笑いを浮かべて男が言う。
「まぁ、ウチのマシンドールが万が一にもやられるとは思っていないが、彼がスパイで無い可能性は無いわけだ。彼と君が知り合いであるならなおさらね。だから彼をこんな所に呼び込むのは良くないといったんだが、伝わらなかったかね? 君はそれほどにポンコツかな?」
 彼の最大の嘲笑と共に発せられた台詞は、下方からの殺気、そしてネクタイを勢いよく引っ張られた事によって阻害された。
「今、なんつった?」
 そこには少年の顔。憤怒を抑えても抑えても抑えきれないほどにしている顔だ。
「俺はまだガキだし、手前らがどこぞの言葉で喋られてもわかんねぇ。それは認められる。だから怒らねえけどな。セブン姉ちゃんがポンコツ? 聞き捨てならないね」
 その鬼気迫る表情に気圧された男だが、小太郎はセヴンに肩を叩かれ、彼のネクタイを放した。
「失礼致しました。すぐに小太郎様を客席にお連れします」
「そ、そうしてくれ」
 ネクタイと襟を正した男は、そう言って一団を率いて控え室に戻っていった。
「……すみません、小太郎様。私がここへ連れて来たばかりに嫌な思いを」
「いや、俺は別に良いけどさ。セヴン姉ちゃんは悔しくないのかよ? ポンコツなんて言われて……」
「私にも感情はありますから。ですが、その悔しさは試合で晴らして見せますよ」
 そう言ってセヴンは笑った。

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 分厚い鉄板で仕切られた半円形の中。
 たった二体のマシンドールがそこにいた。
 視界を塞ぐものは何一つ無い。だだっ広い空間にたった二体。言わずもがな、セヴンとその対戦相手だ。
 アリーナの中は遮蔽物が無く、狙いがつけやすい反面、身を隠す場所が無いため遠距離攻撃がしにくい。
 どう戦ったものか、と思案していたら天井のモニターに数字が映し出された。
 そろそろ試合開始らしい。
 セヴンはガトリングフレアを構えて相手を見据えた。
 モニターに0が映し出された。

 試合開始と同時、対戦相手はユルユルとセヴンとの距離を縮め始めた。
 セヴンの頭の中にあるデータでは、対戦相手は戦闘のためだけに作られたようなマシンドールだ。
 余計なものは完全に排除し、必要な箇所を極限まで高めた戦闘特化機体。
 感情というデータは全く入っておらず、戦う事だけを考えているそうだ。
 それ故に総合能力はかなり高く、対象の排除をまず考えると思ったのだが、なんだ? あの緩い走り方は。
 こちらの様子見だろうか? いや、こちらのデータは今までの試合でのデータでほぼ集まっているはずだ。
 こちらも敵のデータは収集しているが、あんな緩い走り方は見たことが無い。
 いつも最速で相手を破壊していたあの機体が、こんな相手を嘗めているような……
「……そういうことですか」
 つまりその通り、嘗められているのだろう。
 開発者があの白衣の集団なら考えられなくも無い。
 試合直前に小太郎にビビらされた事が気に食わないのだろう。
 それの仕返しがこの機体の行動。セヴンを嘗めているようなあの走りなのだ。
 ……それならばそれで良い。
 相手が嘗めている間にぶち壊してやれば良いのだ。それで楽に勝てるならそれで良い。
 全力を出せずに後悔し、無様な戦いを晒して赤面するのは向こうだ。
「今更後悔しても遅いですよ」
 ガトリングフレアの銃口を相手に向け、引き金を引く。
 それでも回避行動すらとらない相手のマシンドールはガトリングフレアの的になった。
 二秒でコンクリートの柱も破壊してしまうほどの威力のガトリングフレア。すぐに決着がつくかと思いきや、相手はしっかりとその形を残したまま立っていた。
「一筋縄ではいきませんか……」
 おそらく、装甲に魔術的な強化法を施しているのだろう。重量を増やさずに強化するには手っ取り早い手段だ。
 だがその代わり、その装甲を強化するための魔術を行使している装置がヤツの近くにあるはず。
 でなければアリーナの外部からの干渉として一対一ルールの規約違反である。
 ならば、まずその装置の破壊を優先する。
「敵マシンドールのスキャン、始めます」
 ガトリングフレアの引き金を引くのを一旦止め、鋭い視線で相手を観察する。
 それを察知したのか、敵マシンドールが一気に間合いを詰めてきた。
「……一時格闘戦に移行。スキャン続行します」
 セヴンはガトリングフレアを棄て、相手の急襲に備える。
 敵の右ストレートが一撃。それと共に電撃。
 打撃は受け止めたものの、それによって電撃がセヴンの身体に走る。
 どうやら機体内に発電装置が備えてあるらしい。
 だが小型ゆえに威力は微弱。行動に支障をきたすレベルではない。
 セヴンは相手の右腕を弾き、腰から拳銃を抜いて至近距離で撃ち放つ。
 銃弾は全て相手の装甲に弾かれたが、相手の動きを止める事は出来た。
 その隙に前進して前蹴り、そして両掌で相手を思い切り突き飛ばす。
 防御面の向上を魔力に頼り、軽量化を目指していた相手の機体はやはり軽く、セヴンの掌打で軽々と吹き飛んだ。
 相手が吹っ飛ばされている隙に、セヴンは再びガトリングフレアを拾い、素早く狙いをつける。
 それに気づいた相手は、セヴンが引き金を引くよりも早く回避行動をとり、セヴンの狙いから外れた。
 更に側面からの襲撃。セヴンはすぐに飛び退き、その攻撃を回避する。
 速いし、確かに強い。だが、何故か焦っているようにも思える。
 先程は余裕でガトリングフレアの的になって見せたのに、今はすぐに回避した。
 装甲に自信があるのなら、ガトリングフレアの無駄弾を使わせたほうが良いと思うのだが。いや、そこまで弾の無駄遣いもしないが。
 それに体勢の安定しないままの側面からの攻撃。もう少しゆっくりと動いていればセヴンも回避が難しかっただろう。
 これは相手が、何かを条件に早急に敵を倒せとプログラミングされているからではなかろうか。
 感情を持たない相手マシンドールが、焦るとは思えないし、今は焦るような場面でもないはず。
 セヴンの知らない内に状況が変化しているのだろうか。
 と、思案しているうちに再び相手からの攻撃。大振りな右パンチだ。
 どうやらセヴンが射撃戦を主軸にしている事をデータにいれ、どちらかと言えば苦手な方の格闘戦を基本に戦術を組んでいるらしい。
 相手にも遠距離戦の武装はあろうが、それを使用しないのは遠距離戦がセヴンが有利な戦場だからだろう。
 それはさておき、ヤツのパンチを受けるとまた電撃が走る。ここは回避、若しくは迎撃しての相手の行動中断を狙う。
 セヴンが選んだのは後者。予想していた状況変化が起きているのならば、回避という消極的な行動は状況回復の時間を与えてしまいかねず、寧ろ相手の有利に繋がる。
 それよりは迎撃して相手の様子を窺い、状況変化の内容を少しでも察知した方が得だ。
 セヴンは重たいガトリングフレアを降ろし、同時に再び腰から拳銃を抜いて相手に向ける。
 最早攻撃態勢に移っていた相手は、そこから回避できない事、及び自分が攻撃する前に銃弾がヒットする事を計算し、そこから防御という選択肢を取った。
 そしてその防御体勢の相手に、セヴンの放った銃弾が届く。
 ベコン、と。
 全弾命中。腕、肩、足に数発ずつ。そしてその何処も、装甲がベッコリヘコんでいた。
 ……いつの間にか防御向上魔術が解けている? いや、劣化しているのだ。解けているのなら今の銃弾は相手の装甲を破っていたはず。
 元々相手は機動性を生かし、ダメージを受けずに相手を倒すタイプの軽量型。ダメージを受ける計算なんかほとんど入れていないのだろう。
 その代わり、もしもダメージを受けてしまったときの予防策として、と言ってもかなり強力なものだが、防御向上術式を組んだ装置を装備させているのだろう。
 だが、その術はダメージを受けるたびに劣化するものだったのだ。
 それで最初のガトリングフレアの弾雨を浴び、激しく劣化してしまった防御術式。
 それをスイッチとして、相手マシンドールは早急に相手を倒すように行動方針を変えてきたのだろう。
 全て予測であるが、かなり確率の高い予測であろう。
 つまり、今が勝機。
 相手はベコベコにヘコんだ装甲のダメージチェックをするために、セヴンと距離を取って絶えず動いている。狙いをつけさせづらくしているのだろう。
「甘いですよ。その程度の動きじゃ、私の射撃からは逃れられません」
 足に放った銃弾が意外と利いているのだろう。先程までの俊敏さが無い。
「ガンナーサイト、鷹の目、展開。対象を排除します」
 移動するターゲットに、寸分狂わず狙いをつけ、ガトリングフレアが再び吼える。

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「いやぁ、スカッとした」
 試合終了後、小太郎は晴れ晴れとした笑顔を浮かべていた。
「試合が終わった後のアイツらの顔、みたかよ? アリーナの中まで駆け込んできてもの凄い落ち込んだ顔してたぜ、ぷぷっ!」
「本来、アリーナの中には入れないのですが、そんなルールすらもわからなかったのでしょうね」
「セヴン姉ちゃんより、アイツらの方がポンコツじゃんな!」
 高笑いする小太郎の横で、セヴンも静かに微笑んだ。