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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV 【小噺・雪夜】



 冬は日が暮れるのが早い。
 学校帰り、すっかり暗くなってしまった空を見上げて十種巴は歩いていた。
「雪かぁ……綺麗……」
 空から降ってくる雪は、優しく舞っている。
 そうか。もうすぐこの一年も終わるのか。
 そんなことを思いながら歩いていた巴は、ひと気のない道の端に設置された自動販売機の前に立つ人物に気づき、足を止めた。
「……陽狩さん?」
 彼は自販機の明かりを受け、ぼんやりと暗闇の中に佇んでいる。
 結局何も買わずに陽狩は立ち去ろうとした。そのことに巴は慌てて声をかける。
「陽狩さん!」
 勢いをつけて言ったので、息が少し切れた。
 陽狩は足を止め、巴のほうを振り向く。憔悴したような表情だった彼の瞳が、不安そうな色を一瞬で消す。
「十種……か」
「こんばんはっ」
 笑顔を浮かべて駆け寄ると、陽狩は申し訳なさそうな顔をする。だが巴は構わずに言った。
「今日はお仕事?」
「あ、いや……仕事じゃねえな」
「ほんとに? どこか痛いところとか、気分が悪いこととかない?」
「心配性だなぁ。ねぇよ、そんなの」
「心配するわよ!」
 呆れたように言う陽狩の言葉に、巴は一瞬頭に血がのぼって声を荒げる。だがすぐにハッとし、笑って誤魔化した。
「あ、え……医者を目指してるから、気になるの! それだけ!」
 医者になるつもりなど毛頭ない。だからこれは『ウソ』だ。自分の気持ちを隠すための……。
 陽狩は「ふぅん」と呟く。
「医者か……すげーな」
「す、凄くなんてないわよっ」
「誰かを助ける仕事って、オレは尊敬するけどな」
「そ、そうか、な」
 ウソではあったが、陽狩が素直に感心しているのを見ると悪い気はしない。彼は羨むように巴を見つめた。
「……オレもそうありたいもんだ」



 自販機でそれぞれホットの飲み物を購入し、近くの塀に背を預けた。付近には公園や、座れる場所がないためだった。
 陽狩は巴に帰れと言ったが、巴が「少しだけだから」と言ってきかなかった。陽狩とはいつ出会えるかわからない。それに、いつ彼が日本から去ってしまうかしれないからだった。
 会えた時に少しでもいい。話がしたい。
 そう思ってしまう巴は、帰りたがらなかったのだ。
 並んで塀にもたれ、空から落ちてくる雪を眺める。この調子では積もることはないだろう。
 自分の紅茶を飲んでいた巴は、横の陽狩を見遣る。彼はコーヒーを片手に、心ここにあらずというような瞳をしていた。
「陽狩さん」
「ん?」
 ちら、と視線をこちらに向けてくる。左の眼は美しい緑だ。
「陽狩さんは……どうして旅を?」
「…………」
 陽狩は少し顔を強張らせた。だがすぐに苦笑する。
「どうして……か。理由はかなり単純なんだけどな……」
「単純って?」
「…………いい理由じゃないことだけは、確かだ」
 暗い表情で呟く彼は、もうこの件に関しては喋りたくないようだった。巴は焦る。
「あ、えっと、あのね、この間、旅が終わるのを待ってるって言ってたけど……」
 巴の言葉に陽狩が目を見開く。そして巴から視線を外し、苦そうな顔をした。
「あの、もし旅が終わったら……陽狩さんに会いに行ってもいい?」
 できるだけ明るく言ったつもりだ。陽狩が辛そうな表情をするのを見て、巴は怖気づきそうになる。
 彼は視線を伏せた。
「……よせ。オレに関わっても、いいことねぇから」
「会いに行くのもダメ、なの? 海外でも大丈夫。ちょっと時間はかかるかもしれないけど、でも、絶対に会いに……」
「そうじゃねえよ!」
 陽狩が声を荒げた。そしてすぐに口を閉じる。
 はらはらと舞う雪が、陽狩の黒髪に落ちていく。そして、すぐに融けてしまった。
 陽狩は我に返って巴を見遣った。
「あ、ワリぃ……。怒鳴るつもりはなかったんだ」
「いいのいいの。気にしないで」
 明るく笑ったが、内心はそうではない。拒絶されたことで、胸の奥がじんと痛んだ。
 話して欲しい。この人の負担を少しでも軽くしてあげたい。
 だけど――。
「イヤなこと無理して言うことないよ! ね?」
「…………おまえ、いいヤツだよな、ほんと」
 安堵したように陽狩が小さく笑った。
(いいヤツ……か……)
 落胆してしまう胸の内を見せまいとして、巴は努めて明るく振る舞った。
「でも陽狩さん、少し疲れてない?」
「え……? あー……うん、そうかもしんねぇなぁ」
「ダメだよちゃんと休まないと。身体は資本なんだから!」
「大丈夫だって。そんなにヤワにできてねーし、ちっとやそっとじゃオレはバテない……」
「そういう問題じゃなくて! ストレスとかは蓄積していくんだから、きっちり休む時は休まないとダメなの!」
 圧倒されて陽狩は頷く。
 巴は「もう」と唇を尖らせた。
(陽狩さんて口では大丈夫だとか言うけど、実は結構無茶する性格なんだもの……わかってるのかしら?)
 いや、わかっていない。
 痛いほうがいいとか、全然平気とか……。
(自分のことには無頓着っていうか……)
 むぅぅ、と眉間に皺を寄せている巴を陽狩が不審そうに見ていたが、彼女は気づかなかった。考えに没頭していたせいだ。
(どうせ「無茶しないで」って言っても聞き入れてくれなさそうだし……)
 どうすればいいんだろう?
「お仕事を一生懸命するのは悪くないけど…………そのうち倒れちゃうよ、絶対に」
「………………」
 小さくぼやいた巴の言葉に、陽狩は苦笑した。
「そうだな。いっそ、倒れたほうが休めていいかもな」
「縁起でもないこと言わないでよっ!」
 仰天する巴は、コーヒーを見つめている陽狩の姿に頬を少し染める。ああ、やっぱり……私……。
「そう、かな……」
「そうよ!」
「でもそうでもしないとオレは休まねーし…………いや、うん、でも……倒れないと思うから、意味ねぇな」
「普通に休めばいいの! 普通に!」
 力んで言う巴に、陽狩は「うーん」と悩んだように応える。
「…………そういえば、まともに休んだことねぇな……随分と」
「ええっ!? だったら尚更休まないと!」
「…………そうなれたらいいんだけどな」
 薄く笑う陽狩に、巴は心配そうな眼差しを向ける。
「お仕事休めないの?」
「……休めるって言えば、休めるけど…………休まねえなぁ、そういえば」
「……なんか陽狩さんてサラリーマンみたい」
「え? なんで?」
「休みたいのに休めないっていうか」
 巴の言葉に彼は吹き出し、爆笑した。陽狩がこんなに声をたてて笑うところは見たことがない。
 よっぽど可笑しかったのか、彼は腹をかかえている。
「サラリーマンかぁ。そういう例えはされたことねぇな」
「そ、そんなに笑わなくても……」
「んー……ま、この旅が終わったらゆっくり休めるはずだぜ」
 笑顔で言う彼は、清々しい。だがすぐに曇った。
「終われば…………きっと」
「…………」
 陽狩の旅の目的とは、一体なんなのだろうか。
 何が彼をこんな沈んだ顔にさせるのだろう?
「陽狩さん……今まで旅の同行者とか……いなかったの?」
 ずっと一人?
 そう尋ねた巴に、陽狩は鼻で笑う。
「こんなあてのない旅に同行させるわけねーだろ。危険だしな」
「誰も!? 今まで一人もいないの?」
「……ついて来たいって言ったヤツは何人かいたけど……」
「いたけど?」
「断ったよ。全部捨ててもついて来るっつー、情熱的なヤツもいたけど……ンなの無理だしな」
 どうしてだろう、と巴は思う。
 彼はどうして同行を許さないのだろうか。目的のない旅でも、誰かと一緒に行くくらいはいいだろうに。
(そりゃ……退魔のお仕事は危険かもしれないけど)
 寂しくはないのだろうか……。
 陽狩は背筋を正し、缶コーヒーを飲み干す。
「ぬるくなるの早いな……。ま、雪も降ってるから当然か」
 空いた缶を自販機の横に設置されてあるゴミ箱に投げ入れると、巴のほうを見遣った。巴はドキッとして視線を反射的に逸らす。
 陽狩は巴のその態度にひどく辛そうな顔をしたが……何か決心したように彼女に近づいた。
「寒いから、風邪ひかねーようにな」
「う、うん。わかってる」
 首に巻いているマフラーを陽狩は少し直してくれた。彼の手の動きを目で追っていたが、陽狩が突然耳に顔を近づけたので硬直してしまう。
(な、なに?)
 どきどきと胸が高鳴った。彼の息遣いが、聞こえる。こんな間近で……!
 陽狩が何か囁いた。
 巴は少し目を見開く。
 彼は巴から離れ、それから口を開く。
「じゃあな。送って行ってやりたいけど、ちょっとこのあと用事でさ」
 気をつけて帰れよ。
 そう言い残して彼は巴に背を向け、雪の中を歩き出した。
 去っていく陽狩の背中が完全に見えなくなり、それでも巴はその場に呆然と佇み続けた。
 やがて。彼女は小さく口を開く。
 吐き出された小さな息は白く。
 唇が少しだけわななき、巴は声を発した。
「…………好きです」
 手の中の缶を強く握りしめる。
「陽狩さん…………本当は、大好き」
 涙が落ちた。頬をそれが流れていることに巴は気づかない。
「こんなに……好きなのに」
 好きなのに。
「言うことすら……できない」
 巴は鼻をすすった。そこで初めて自分が泣いていることに気づいたようで、顔を空に向けた。涙が少しでも零れないように。
 空から雪が降る。ゆっくりと、優しく。
 両手で握った缶はぬるい。
「………………言いたい」
 彼に好きだと、自分の気持ちを伝えたい。けれど。
 ……できない。
「言えば陽狩さん……本当に遠くに行っちゃうような気がして…………」
 もう二度と会えない。それは予感だった。
「それが怖くて……怖くて言えないけど…………けど」
 先ほどの陽狩のセリフを反芻する。
 耳元で囁かれた、彼の小さな声。
 ――忘れろ。
 彼の美貌が、恐ろしいほどに近く、巴は背筋に悪寒のようなものが駆け抜けた。快感に近かったかもしれない。
 ――オレは。
 巴は鼻をすすり上げる。涙がとめどなく流れ、拳で擦った。
 ――憑物封印が。
「……ひっ、う……うあ……」
 巴は堪えきれずに声をあげて泣いた。右手で缶を握ったまま、両手で顔を覆うようにする。
 誰かに助けを請いたい。
 お願いですから。誰か。誰か!
(陽狩さんを……助けてください!)
 ――憑物封印が成功すれば、オレは死ぬ。
「うぁ……ふえぇ……」
 嗚咽を洩らして巴はその場に座り込む。
 ――だから、オレのこと。

「忘れてくれ」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】

NPC
【遠逆・陽狩(とおさか・ひかる)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、十種様。ライターのともやいずみです。
 衝撃的な陽狩の最後の言葉……いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!