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クリスマス福引
「はぅ〜。早いものです。もう冬ですか」
ステラはクリスマス色に染まっている街中を見回す。
通り過ぎる人々は寒さに白い息を吐く。
少し立ち止まって空を見上げると、少し天気が悪い。
「なんだかまだ先なのにクリスマスのことばっかり……。皆さん商売上手なんですねぇ」
ほうほう、と頷く彼女は首に巻いている赤いマフラーをしっかりと強く巻き直し……そこで手を止めた。
「そ、そうです! こういう時こそあれです!」
何やら思いついた彼女は嬉しそうにニタニタした。
「ふっふっふっ。日本人は福引が好きと聞きました……。これはやるべきです! クリスマス福引!」
ガッツポーズをとっていた彼女は周囲から注目されて慌てて身を縮まらせて照れ笑いをし、歩き出す。
(あのガラガラ回すのを用意して……それで、くじを引いてもらうんですぅ)
そのついでに……。
(先輩に言われていた分は用意できますかねぇ、たぶん)
にしししし。
悪い笑みを浮かべるステラはそこではた、とした。
そういえば景品がいる。
(そうですねぇ……。まあなんとかなりますか)
***
今日もせっせと欠月のいる病院に見舞いに向かう菊坂静の姿があった。
(すっかりクリスマス一色だなぁ……)
街中の賑やかな装飾を眺めるだけでも楽しい。
クリスマスが終わればすぐに正月になる。この時期は普段よりあっという間に時間が過ぎる。
流れるクリスマスソングに耳を傾けていた静は、視界に入った妙なものに足を止めた。
道端に机を置き、その背後には紅白の幕。規模の小さい怪しげな福引会場だった。デパートの中などでやっているというならわかるくらいの規模だったが……ここは道端だ。
「福引どうですかー?」
そう、道行く人に声をかけている受付らしい少女は……。
「…………ステラさん?」
静は呆然とした。怪しげな福引の受付をしているのはステラだ。彼女はまた何かやっているのだろうか?
(配達業以外にも色々やってるみたいだけど……ある意味、物凄いバイタリティーのある人だよね)
静はステラのいるほうへと足を向け、近づく。彼女は静に気づいてにこーっと笑った。
「こんにちは、菊坂さん」
「こんにちはステラさん。こんなところで何をしてるの?」
「福引ですぅ!」
元気いっぱいに応える彼女は両手を広げ、机の上を示した。確かにガラガラと回す抽選器がある。
ステラは今日はサンタ衣装だ。彼女はこの格好がかなり似合っている。
「可愛らしい格好だね。やっぱり、もうすぐクリスマスだから?」
「この格好のほうが効果的ですからね。日本人は目から入る情報をとても大切にしますから」
「……なんだかだんだん、商売人みたいになってきてるね……」
「当たり前ですぅ。生き残るためにわたしも必死なんですよ?」
サンタという非常識な職業のくせに、言っていることはかなり現実的だ。
「あ、お時間あるようなら福引していきませんか?」
「福引……。アルバイトか何かでしてるの?」
「違いますぅ。先輩に言われ……。ごほっ、ごほっ」
わざとらしい咳払いをしてステラはあからさまに作った笑顔を静に向けた。
「なんでもないですぅ。券はいらないですから、やっていきませんか?」
「……はぁ」
しかし券が必要ないとはどういうことなのだろうか?
「券がいらないということは、現金で? それとも物々交換みたいな感じ……?」
「そんなわけないですぅ。恥ずかしい思い出を話してくれればいいだけですから」
「………………」
無言になってしまう静は、十秒ほど経ってから訊き返した。
「え? 恥ずかしい思い出って……?」
「一つ話してくれると、一回福引ができますぅ。どうですか? かなり良心的な福引ですぅ」
何がどう良心的かは不明だが、ステラはにこにこと笑顔のままだ。その笑顔を見ていると「嫌だ」とは言えない感じがした。
ステラは机の下からツボを取り出した。ウツボカズラに似た形のツボで、少々不気味である。しかもツボの口は人の頭がすっぽり入るほど広い。
「ここに顔を突っ込んで話してくれればいいですから。秘密厳守ですぅ」
「……ほんとに?」
「はい。皆さんの恥ずかしいお話を誰かに言ったりはしません。これはお約束します」
はっきりとステラは言い放つ。声に張りがあるので、嘘ではないだろう。それに彼女は嘘を言ったり、誤魔化したりしようとすると目が泳いだり、視線を逸らすことが多い。真っ直ぐこちらを見ているのでおそらく大丈夫だろう。人の秘密を吹聴する悪趣味は持ち合わせていないだろうし。
「じゃ、じゃあ一回だけ」
静はツボに顔を入れようとするが、少し躊躇う。
「……どうしてこのツボに……?」
「エネルギーをため……なんでもないですぅ! いいじゃないですか、形はどんなものでも!」
はいどうぞ、とツボを両手で持って押し出してくるので、静はツボに顔を突っ込んだ。
中は暗い。暗闇だ。だが狭いと思ったがそうでもなかった。息苦しいという予想は裏切られた。
「えっと……」
静はどきどきしながら口を開く。いざ口に出すと、余計に恥ずかしさが増した。
「この間、欠月さんが泊まりに来てくれた時のことだけど……僕、うっかり寝坊して……欠月さんが起こしに来てくれて……」
顔が熱くなる。非常に恥ずかしかった。
「その時、なんか夢を見てたみたいで……起こしに来た欠月さんを、おっ、おにいちゃんって……」
もうだめだ! 耐えられない!
静はツボから顔をあげる。外の空気が冷たくて気持ちよかった。
「こ、これでいいの?」
まだドキドキと鳴っている心臓の上に手を置き、静はステラに尋ねる。ステラはツボを凝視していたが、極上の笑みを浮かべた。
「はい! じゃあこれを一回、回してくださいね」
静の前からツボをどけ、抽選器を置く。静は取っ手を掴むとぐるぐると回し始めた。中の玉がごろごろと低く鳴った。
手を止めると、中から玉が出てくる。色は黄色。なんだろう? 残念賞かな。
そう思っていた静の前でステラがベルを上下に振って鳴らす。
「おめでとうございますぅ。二等ですぅ」
「二等?」
瞬きをする静の前から抽選器を退けて、今度は紙を出してくる。住所と氏名を書くものらしい。
「イブの日にお届けしますね。ここに住所と、お名前をどうぞ」
「……あの、二等の景品ってなんなの?」
「あれ? 言ってませんでしたかぁ?」
「聞いてないけど……」
不安そうに言う静の前で、ステラがない胸を張った。相変わらずのまな板だ。
「えっとぉ、二等は食べ物と飲み物のセットですぅ! どういうのが行くかは届いてからのお楽しみですぅ」
「はぁ……」
なんだかとてつもなく怪しい……。
そもそもステラの出す物は、どれもこれも一癖あるものだ。それに普段から貧乏な彼女が自分たちで食べ物を食べずにいるなんてことが……信じられない。
「その、景品はステラさんが出してるの?」
「そうですよう?」
「……どうして自分で食べないの? いつもおなか空いたとか言ってるのに」
「自分で食べれる量には限界がありますから。早く食べないと勿体無いですからね」
なるほど。食べ物だからこそ、早めに食べなければということで景品に出したようだ。クリスマスは確かに今日からそれほど遠くない日だ。
(でもステラさんのアイテムだから……気をつけないと)
何事もなければいいけれども……。
そう思いつつ、静は彼女からボールペンを受け取って紙に書き始めた。
*
クリスマス・イブ――。
ステラが家まで景品を届けに来た……のはいいが。
ちょうど欠月のところへ行こうとしていたので、静は受け取ってそのままそれを鞄に入れて病院までやって来てしまった。
「今日はイブですね、欠月さん」
欠月の個室で腰を落ち着けてからそう言うと、欠月は「そうらしいね」と小さく言う。
「ボクには縁遠いイベントだよ。可愛いカノジョもいないし、家族もいないから」
一人で祝ってたらバカみたいだもん。
ベッドの上に座って文庫本を片手にそう言う欠月に、静はなんだか悲しくなる。自分も家族がいないが、最初からいないわけではない。家族の記憶は残っているからだ。だが彼にはそれが元々ない。
「今年は僕がいますよ!」
張り切って言う静は、鞄から箱を取り出す。ステラが持ってきてくれた小さなダンボール箱だ。
「なあに、それ?」
「実はこれ、福引で当てたんです。まだ開けてないんですけど……」
鞄を床に下ろし、箱を膝の上に置いてガムテープをはがす。箱の中には煎餅が入っていた。それに緑茶のティーバッグも。どうやらこのティーバッグが「飲み物」らしい。
「欠月さんも食べます? あ、このお茶、飲みますか?」
「美味しそうだね。クリスマスなのに和風だ」
くすくす笑う欠月にお茶を淹れるべく、静はイスから立ち上がる。
すぐさまお湯を入れ、ティーバッグをそこに垂らす。いい香りがした。
(ステラさんのことだから高価ってわけじゃないだろうけど……。でもなんだか本当にいい香りだな……)
どこか安心するような、そんな匂いだ。
お茶を淹れて戻って来た静は、湯のみを欠月に渡す。
「ありがとう。なんか、こういうクリスマスもいいね。二人で煎餅をぽりぽり食べるってのも、ボクは嫌いじゃないな」
「そうですね」
なんだか楽しくなってくる。
欠月は一口お茶を飲んだ。静は煎餅を袋から出して齧る。それほど固くないが、ちょうどいい歯応え。それに美味しい!
「このお茶……なんだかすごく美味し……」
呟いていた欠月がうとうととし始めた。
「あっれー……? なんか眠い……」
「欠月さん?」
「おかしいな……」
ごしごしと瞼を擦る欠月は、お茶を飲み干した。
静は真っ青になってしまう。
(やっぱり普通のお茶じゃなかった!?)
困惑して欠月をうかがい、声をかける。
「大丈夫ですか、欠月さん?」
「んー……眠いというか、なんだろうこれ……目が痛いような……」
俯いて目元をおさえていた欠月は顔をあげ、唖然とした。そして「は?」と呟く。
「どうしたんですか欠月さん!」
「え……いや、なんかねぇ、キミが女の子に見えるよ……。なんだこれ、幻覚?」
「他にも何か変わってるところはありますか?」
「えーっと……」
悩む欠月は自身を見下ろす。そして「おお……」と声を洩らした。
「すごいね。ボクも女の子だ。胸がある」
「完全に幻覚ですよ、それ!」
「これ面白いね」
感心している欠月の神経が信じられなかった。静は箱に入っている説明書に気づき、取り出す。
『注意。お煎餅は恥ずかしがり屋エキスが入っております。効果は30分。人体に悪影響はありません。
注意。緑茶ティーバッグは逆転香の作用があります。効果は30分。普段とは違うものが見えますが、見えるだけです』
書かれているものを読んで、静はおろおろする。やはり普通の食べ物ではなかった!
瞬間、静の体内がカーッと熱くなり、一気に赤面した。そして激しい羞恥心に思わず立ち上がり、部屋の隅に移動して座り込んでしまった。
「……なにしてるの静君」
「かっ、構わないで……くださいっ」
妙に恥ずかしくなっている。うずくまっている静は顔を両手で覆ってしまう。
効果は30分――。それが終わるまでこの状態らしい。
ああ、なんだかとんでもないイブになってしまった。
(でもきっと一生、忘れられない日だ……!)
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
PC
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】
NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】
【ステラ=エルフ(すてら=えるふ)/女/16/サンタクロース】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
思い出に残りそうな珍クリスマス、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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