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Mischief of a witch
★◇★◇★♪★◇★◇★
ふっと、通り過ぎていった風の中に含まれていた微かな臭いに笹貝 メグル(ささがい・−)は眉を顰めた。
「今の、血・・・?」
次に吹いてきた風は、近くのお菓子屋さんからの香りを帯びており、そこに先ほどの違和感を感じる事は無かった。
「もしかして、また、彼女が蘇ったの?」
銀色の細い髪が、背中で大きく揺れる。
か細い声が道に響くことは無かったが、それでも・・・その声を聞いた人が1人だけいた。
クスリと口元を笑みの形に歪めた“彼女”はそっと、右手で直ぐ隣をすり抜けて行った白い軽自動車を指差した。
綺麗なネイルが光る指先から、一陣の光が車へと伸び ―――――
大きな音とともに、車が歩道に乗り上げた。
鷺染 詠二(さぎそめ・えいじ)はつい今しがた届いたばかりの手紙を開くと難しい顔をして、床に放り投げた。
ボウっと音を立てて燃え上がる手紙。炎の揺らめきを見詰めながら、溜息をつく。
「今時仕掛けつけるのってどーよ」
毎度思うが、もっと良い仕掛けは無いのか。燃え上がるなんて、なんだか物騒だ。物には燃え移らないと言っても、炎自体は熱い。手を放すタイミングを外せば、痛い目をみる。
「つーか、そんなコトよりアイツだよな。何でこんな日に限って・・・」
視界の端に、メグルが飾ったクリスマスツリーが映った時だった。
「お兄さん!」
「メグル!?」
勢い良く開いた扉の先に佇んでいた妹の姿に、詠二は首を傾げた。
「もっと遅くなるんじゃ・・・」
「お兄さん!彼女、蘇ったんですか!?」
「それどこで聞いたんだよ?」
「聞いたんじゃないんです!見たんです!」
「みたぁ!?」
「交差点の近くで、事故があって・・・チラっとですけど、彼女らしき後姿が・・・」
「で、アイツはその後どうしたの!?」
「ふっと消えちゃいました。まさかと思ったんですけれど、お兄さんの態度からして、見間違いではなさそうですね」
端正な顔を顰めながら、メグルが唇を噛む。
「あぁ。俺のところにも今手紙が届いたんだ。封印が解かれたらしくってさぁ。ったく、もっとちゃんとしとけっつーの」
「そんな愚痴言ってても仕方ないじゃないですか」
「そうなんだけど・・・」
「早急に手を打ちましょう。幸い先ほどの事故で大怪我をした人はいませんでしたけれど、それも時間の問題です。彼女が本来の力を取り戻す前に捕まえましょう!」
「って言っても、俺らには仕事があるわけだからそんな直ぐには動けないだろ?」
「でも・・・!」
「誰かに頼もう。俺らも仕事が終わり次第合流して・・・」
「誰かにって、誰に頼むんですか?彼女を捕らえられる人なんて早々いやしませんよ」
「捕らえられなくても、彼女の悪戯を止めることは出来るだろ?」
詠二はそう言うと、部屋の隅に掛かっていたコートを羽織った。
「とにかく今は、協力者を捜そう」
☆◆☆◆☆♪☆◆☆◆☆
浮かれたクリスマスソングが流れる街中で、陸 誠司(くが・せいじ)は隣を歩く桜月 理緒(おうつき・りお)の顔色を窺った。
こんな日は大切な人と居たいし、その人と良い日にしたいと思っている。
・・・そんな日を、そんな想いを壊しちゃいけない。誠司はそう思ったからこそ、詠二からの依頼を受けた。
大切な人が居るからこそそう思えた。・・・けれど、誠司がそう動くことによって大切な人との大切な日の予定に狂いが生じてくることになる。
だからこそ、誠司は隣を歩く理緒の顔色を窺ったのだ。
怒っていたり、悲しそうにしていたりしなければ良いのだけれども・・・
けれど、その心配は無用だったようだ。
「大体さぁ、その魔女の身に何が起きて何が原因で封印されたかは知らないけども、自分の悲しみや恨みつらみの為に他人を巻き込むようなバカの事情なんてどうでもよろしい!」
「そうよねぇ、魔女の株を下げてくれちゃって感じ悪いわ!」
理緒の言葉に、レナ スウォンプが大きく頷く。
「他人を不幸にしてばっかだと、自分も不幸になっちゃうんだから!そりゃあれよ?他人の不幸は蜜の味とかいうけど、他人に感謝される方がずっとずっと快感なんだから。もうやみつきよ?」
「・・・封印なんかされて怒ってるのは分かりますけど、だからって関係ない人を巻き込んで良いってことにはなりませんよねっ!」
樋口 真帆(ひぐち・まほ)がそう言って、腰に手を当てる。
ちなみに、レナも真帆も魔女としての能力がある。だからこそ、今回の魔女悪戯騒ぎには結構過敏に反応しているのだ。
「さて、色々と思うところはあるだろうけど、早いところ行動を開始した方が良いかもね」
理緒がそう言って、ポケットの中に大切にしまった小さなペンダントを取り出す。
ヘッドは銀色の天使のモチーフで、その手には小さな桜色の玉を持っている。
これは、一緒にいられないメグルが魔女の捜索の少しでも手がかりになればと、それぞれに1つずつ手渡してくれたのだ。
1人1人天使の持つ玉が違い、理緒は桜色、レナは翠色、真帆は淡い紫色、誠司は赤色だ。
天使の捧げ持った玉を4つ合わせれば、脳裏に映像が流れ出す・・・これは4つで1つの役割を果たすのだと言うから、絶対に失くしてはならない。
「これは・・・どこかな?」
「どこかのお店の前ですね。お洋服屋さん・・・?」
「あれ、誠司さん、ここ・・・知ってるよね?」
「ちょっと待ってください。クリスマスソングが・・・」
そう言った時、誠司の視界の端に凛とした不思議な雰囲気を纏った女性が映った。
長い黒髪は、太もも部分まで伸びており、吹いた風に緩やかに揺れている。
指の先は繊細なネイルが施され、大きなスリットの入ったミニスカートから伸びる脚はしなやかで細い。
何となく気になって見ていると、その女性がまるで誠司の視線に気付いたかのように、横顔だけ振り返った。
上品な赤の口紅が光る唇を、キュィっと笑みの形に変え・・・
唇が何かを紡ぐ。細い指先が指し示す先には、楽しそうな家族連れが歩いていた。
まだ6歳か7歳かと言う男の子の手には、今しがた買ってもらったばかりの玩具が握られている。
無邪気に微笑む男の子の脇に、クリスマスのイルミネーションで飾られた街灯が1本・・・
「あっ!この歌、ここで今流れてるものですよ!」
「そう言えばそうだね。って事は、この近くにいるってことかな?」
「案外すぐ近くに居たりして?」
レナが冗談交じりに言った言葉が、誠司の中で大きな意味を持っていく。
女性の ――― 魔女の ――― 指先から鮮やかな色の光が発せられ、街灯の根元がミシミシと音を立てる。
「危ないっ・・・!!」
「え?」
誠司は無我夢中で真応旋から符を取り出すと、今にも倒れそうになる街灯を何とか止める。
・・・が、中途半端なところで止まってしまった街灯を如何することも出来ない。
不自然な位置で固まった街灯に、男の子が驚きの目を向け・・・
レナがすぐさま詠唱を開始すると、街灯の上に小さな天使 ――― レナのイメージとして具現化したものなので、その容姿はペンダントの天使とそっくりだった ――― を2人出現させると、街灯をに手をかけパタパタと背中の羽根を羽ばたかせつつ所定の位置へと持って行く。
その様子に、理緒がエメラルド・タブレットの力を借りて折れた部分を修復して行く。
一連の現象に驚いていた男の子に向かって、天使が人差し指を唇につけてウインクをする。
男の子の表情が少しだけ和らいだのを感じ、レナがパチリと2人の天使を消す。
「ママ、パパ!今ね、天使がいたの!」
「なに言ってるの、この子は・・・?」
必死に天使の存在を主張する男の子に、否定的な両親。
真帆がその様子に、幻の魔法を使う。
全てはクリスマスのイルミネーションだったとでも言うかのように、街灯の上には小さな天使が2人、チカチカと淡い光を発しながら微笑んでいた。
――― ★♪★ ――― ☆♪☆ ――― ★♪★ ―――
魔女の姿を追って商店街を右往左往したのだが、結局その姿を見つけることは出来なかった。
「またネックレスの出番、かな?」
「はっきりした場所の特定までに時間が掛かるのが難点だけど・・・」
けれど、魔女の居場所を知る手段はそれしかなかった。
「きっと悪戯をするなら人通りの多いところだと思いますけど・・・」
「誰も居ないところで悪戯しようって言うわけはないからね」
真帆の言葉に理緒がそう返し、早いところ動かないと今度こそ怪我人が出るかも知れないと言って、ネックレスを取り出す。
流れてきた映像は、色褪せた赤色のレンガ・・・の、道・・・?
その近くには白い家が立っており『メリークリスマス♪』と書かれたショーウィンドウの中には真っ白なテディベアーのぬいぐるみが端が少しだけ金色に染まっている赤と緑色のリボンを結ばれて、アンティーク調の木の椅子におとなしく座っている。
「あれ?ここって・・・」
レナが何かに気付いたようにその先を紡ごうとした瞬間、映像の中に見知った顔を見つけた。
・・・と言うか、この場にいる4人が映像の中に映り込んでいる!
さっと周囲を見渡せば、真帆の背後から数十歩離れた場所に切れ長の目をした美しい女性が立っていた。
クスリと、その口元が微笑む。
「あーっ!!!アンタね!?魔女の株を下げる魔女!」
レナがビシリと指をつきつける。
「へぇ、あんたとそこの小さいの、そっちも魔女でしょ?」
小さいのとは、真帆の事だ。
凛と響く美しい声は、冷たさを纏っているように聞こえる。
「折角のクリスマスなのに、どうして悪戯なんてするんですかっ!」
「浮かれちゃって。バカみたい」
カチンとくる言い方だった。
大人な誠司はグっと我慢でき、元々大らかな性格の真帆も別になんとも思わなかったが、レナと理緒は違った。
「人を不幸にするしか出来ないような魔女にバカとか言われたくないっ!」
「そうだそうだっ!みんなの幸せな時間を壊させやしない!」
「私が本当の力を取り戻したら、あんた達の明日なんて一瞬で奪ってやるわ。・・・でも、まだ力が戻らない。だから、これはほんのお遊び程度」
魔女の指先から、光があふれ出す。
先ほどよりも、威力も速度も格段に上がっている・・・それを感じた誠司が身構える。
光が物に当たるたびに、パチリと音がして小さな悪魔が出現する。
1人2人・・・パチリと弾ける音とともに、邪悪な顔をした悪魔が黒い羽根で空を飛ぶ。
「幻は沢山。でも、本体は1つ。本体を倒さない限りは永遠に悪魔は増え続けるわ・・・」
魔女はそう言うと、残酷な笑みを口元に浮かべた・・・
「私が力を取り戻すのが先かしら?それとも、貴方達が到着するのが先?・・・最も、悪魔が勝つって言う手もあるわね」
「こんな事止めなさいよ!こんなことしたって・・・」
「・・・貴方達も、大切な人が目の前で誰かが死んでいく瞬間を見るが良いわ。・・・無力な自分を、呪うが良いわ」
つらそうな表情でそう言うと、魔女はヒールを鳴らしながら背を向けた。
「待ちなさいよ!」
そう言って走り出そうとした理緒の前に、悪魔が通せんぼをするように降り立った。
★◇★◇★♪★◇★◇★
真帆の魔法とレナの魔法が魔女の作り出した悪魔の繰り出す悪戯を、次から次へと可愛らしいものへ変えて行く。
人に喜ばせられる悪戯に変えてあげようじゃない!と意気込むレナは真剣だった。
理緒と誠司がソレを受けて、本物の悪魔探しに奔走する。
きっと、囮の悪魔とは違う安全な場所にいるのだろう。
その考えは間違っていなかった。
レナと真帆が奮闘する街の中心部を見渡せるように建っていたビルの屋上で、のんびりと見下ろしていた悪魔を見つけると誠司が方術で結界をはって足止めをする。
「魔女の居場所はどこなのよ!?」
『はぁ〜、キーキーうるさい女だ』
耳に手を当てて、首を振る悪魔。
妙に人間っぽいその仕草がいけ好かない。
「なんですって!?」
理緒が詰め寄ると、その胸倉を掴みかからんとして・・・
『わっ!分かったよ!魔女はここからそう遠くない教会にいるだろ!ほら、言ったんだからあっち行けよ!それからそこの男!結界を解かないと分身をしまえないだろ?』
「そんな事言って、逃げるつもりじゃないでしょうね?」
『するわけないだろ。昔、あの魔女に助けられた事があったから、その恩返しのつもりで手助けしただけだ。仕事は終わったんだ。俺は帰らせてもらうぜ』
恐らくその言葉に嘘偽りはないだろう。
そう感じた誠司が結界を解き、悪魔はすっと宙を人差し指でなぞった後で不思議な笑顔を浮かべた。
『メリー・クリスマス』
消える前にそう、一言だけ2人に残して ―――
――― ☆♪☆ ――― ★♪★ ――― ☆♪☆ ―――
朽ち果てる直前と言った無人の教会の中で、魔女が黒くなった聖女に両手を組み合わせている。
何かを必死に祈っているらしいその背中に声をかけ辛くて・・・何となく、黙ってしまう。
「もう来たの?」
背中越しにそう言うと、魔女は立ち上がって振り返った。
先ほどよりも鋭さを増した瞳には、感情らしい感情が浮かんでいないようだった。
「ねぇ、貴方はどうしてこんな事をするの?」
「・・・説明なんて出来ないし、したくない」
「何か、封印された理由があるのか?」
「そりゃそうでしょ?理由もないのに封印なんてされないわ。魔術師を、ざっと100人ほど殺したくらい」
「なっ・・・」
あまりの数の多さに、理緒が絶句する。
この細く美しい魔女から、何故だか血の臭いが漂っている気がした・・・
「そうするに至った理由は?」
「説明なんてしたくないって言わなかった?」
誠司に鋭い視線を向ける魔女。
光の加減で青にも紫見える瞳がすっと細められ、隣り合う誠司と理緒を交互に見詰める。
「・・・恋人」
「え?」
ポツリと呟いた魔女の言葉に、理緒が首を傾げた。
その瞬間、魔女の指先が動いた。形の良い唇が正確に音を刻み・・・
「理緒さん・・・!」
七色の光が理緒に襲い掛かる前に、誠司がその華奢な体を突き飛ばした。
「い・・・っ・・・」
「誠司さん!?」
「陸さん!?」
「大丈夫!?」
右腕部分の服が焦げ、むき出しになった皮膚からは鮮血が流れ出している。
とりあえずの応急手当にと、レナが魔法で包帯を作り出すと傷口を巻いて行く。
「誠司さん・・・」
「大丈夫です、頑丈さなら人一倍ですから」
心配そうに眉を顰めた理緒の頭にそっと手を乗せる。
「魔女さん、これはちょっと酷いんじゃないですか!?」
真帆がキっと鋭い視線を向け・・・誠司が「別に大丈夫ですから」と言ってその腕を引っ張る。
「・・・ねぇ、どうしてこんな事するのよ。理由がないわけじゃないんでしょう!?説明がしたくないってどう言う事なのよ!?このままじゃ、あんた、悪者にされちゃうんだよ!?」
レナは、魔女の瞳の奥に潜む哀しみに、絶望に、気付いていた。
聖母像に祈っていた背中が、小さく泣いていたのも・・・分かっていた。
「悪者で、十分だよ。復讐なんて、良いことじゃないもの」
「復讐しなくちゃならないほど、辛いことでもあったんですか?」
「・・・言ったって、分からない。あんた達なんかに」
「でも・・・」
誠司が何か言おうとするのを、理緒が止めた。
そっと右腕に触れ・・・痛そうに唇を噛んだ誠司に優しい笑顔を向ける。
「誠司さん、キミが他の人の不幸を放っておけないのは分かるし、いい人だってのも分かるよ」
理緒の声が、静寂に沈む教会の中に厳かに響き渡る。
「私はそんなキミが好きだし、正直過ぎるのも結構悪くない。でもね、こいつは自分の不幸を伝える為に他人を巻き込んだ。何の関係もない人を、復讐と言う名の元に引きずり込んだ」
理緒の声がだんだん低くなり、熱を帯びていく。
「敵なんだ」
その一言に、魔女が笑みを浮かべる。
まるで・・・その言葉を待っていたかのように・・・
「そう、敵よ。私は貴方達の敵!さぁ、どうするの!?貴方達が私をどうにかしない限り、私は無関係な人間をどんどん巻き込んでいくわ!何人殺したって構わない!私は痛くも痒くもない!」
「何を・・・」
「理緒、ちょっと待って。様子がおかしいよ・・・」
レナの手を振り解き、理緒が魔女を鋭く睨みつける。
「貴方達がグズグズしているなら、私はまた外に繰り出すわ!何人でも殺してあげる!今日と言う日を、絶望と悲しみの中に突き落としてあげる!」
「・・・なんだか、まるで挑発しているような・・・」
「何か考えがあっての事なのでしょうか?」
誠司と真帆の声が合わさり、レナが思わず身構える。
「キミは私にどうしてほしいの?」
「どうしてほしくもないわ。・・・そうね。それじゃぁ、ただそこで見てなさい。あんたの彼氏を粉々に吹き飛ばしてあげる!」
綺麗な指先が、誠司の方へと真っ直ぐに伸びる。
呪文を紡ぐ口元に、理緒がエメラルド・タブレットを取り出し・・・
「そこまでよ」
そんな声とともに教会の扉が開くと、銀色の髪を靡かせたメグルがすっと右手を魔女の方に向けた。
銀色の細い光の筋が一直線の魔女の左胸に向かって行き・・・それは小さな刃となると、魔女の心臓からほんの少しだけずれた場所に深く突き刺さった。
「魔女さん!?」
真帆が走りより、魔女の手を取る。まだ息はあるけれど、もう助かりはしないだろう。
魔女が喀血し、真帆のスカートを深紅に染める。
「何で・・・!?どうしてこんなこと・・・」
「処分命令がおりました」
憤りを表すレナに、メグルは酷く残酷な声でそう告げるとポケットの中から小さな紙を取り出した。
何の言葉で書いてあるのか分からないそれは、恐らくその命令許可が書かれたものなのだろう。
「処分って・・・?」
「処分は処分です。言葉の意味が分からないとは言わせません」
誠司の言葉を素っ気無く突っ返すメグル。
真っ直ぐに背筋をただし、ツカツカと魔女の傍らに歩み寄るとすっと膝を折る。
「・・・本当なら即死にしても良かったのですが、少し話がしたくてずらしました」
「ヤなヤツ・・・」
「どう言われても結構です。その代わり、痛みはないはずです」
「そうね。・・・だんだん、眠くなっていく感じ・・・」
「貴方は、もう復讐は終えたはずです。そして、願いも叶った」
いったいどう言う事なのだろうか・・・?
首を傾げる4人に、メグルは小さく首を振った。
それを説明している時間がないのだろう。魔女の命の炎は、今にも消えそうになっている。
「上から正式に貴方の処分命令が出ました」
「もっと早くに出してくれれば良かったのに・・・。そうすれば、他人に迷惑をかけることもなかったわ」
「術を意識的に弱めて、怪我以上の事はしないようにしていたんでしょう?貴方の魔力はとっくに戻ってるはずです」
「・・・それはどうかしら。久しぶりの魔術で、勘が戻らなかっただけかもよ」
「貴方ほどの才能を持つ術師に、それはないでしょう」
「・・・メグル、もうくだらないおしゃべりはお終い。私は、地獄へ堕ちなければ。命令書にはそう書いてあるんでしょう?さぁ、それを見せて」
魔女が差し出した右手を軽く押し返すと、メグルは先ほどと同じ小さな紙を取り出すと、真っ二つに裂いた。
「なっ・・・」
「ビオラ・サタウェイ。私は貴方を祝福します」
そう言いながらメグルが黒い聖母に右手をかざせば、純白の肌に変わっていく。
「どうなってるの・・・?」
レナの言葉に、メグルはただ微笑んだ。
「貴方の魂が、天へと昇り、貴方の大切な人とともにある事を、願います」
「俺も、願います」
誠司の言葉に、理緒が驚きの視線を向ける。
「どうして・・・?だって、あの人は・・・」
「上手く言えないけど、今日は・・・悲しい想いをする人がいないように、願いたいんだ」
「本当、キミはお人よしだね」
苦笑しながら、理緒は誠司の隣に座り込むとそっと肩にもたれた。
「私も、祝福してあげる」
「ビオラさんは、色々な事をしました。でも・・・悲しいままは、イヤです」
真帆が魔女・ビオラの手を取って静かに首を振る。
「理由があっても、人を傷つけたり命を奪ったりすることはイケナイコト。でも、私も祈る。貴方が、大切な人と一緒にいられるように」
レナが優しい笑みを浮かべ、そっと両手を組み合わせる。
「私は、貴方の罪を引き受けましょう。貴方を、許しましょう。私は、貴方の願いを受け入れましょう」
メグルが一言、二言と紡ぐたびに、聖母像が輝き出す。
「あんた達、本当に・・・どうしようもないバカばっかり」
だんだんと遅くなっていく呼吸の中で、ビオラが囁く。
「私は、貴方を祝福します」
「・・・ごめんね」
そう呟くと、短い詠唱とともに右手をゆっくりと持ち上げた。淡い光が部屋中を包み込み ―――
最後に一言だけ『ありがとう』と言い残し、ビオラは目を閉じた。
☆◆☆◆☆♪☆◆☆◆☆
ビオラ・サタウェイ、享年25歳。
強大な能力を宿した彼女は、兵器としてその能力を使われ、命令によって魔術師を95人殺害した。
「でも、ビオラは100人って言ってたわよ?」
「残りの5人は、彼女の復讐の対象者でした」
ビオラが20の時、初めて彼女に普通に話し掛けてきた男性が居た。
初めのうちは馴れ馴れしい彼に嫌悪感を抱いていたビオラだったが、いつしか惹かれるようになって行った。
「ビオラの夫となる予定の男性でした」
そしてビオラが23歳の時、彼が任務中の事故で命を絶った。
「・・・それは、仕組まれたことでした。ビオラの力を必要としていた上の人間が、邪魔な彼を殺害したのです」
それを知ったビオラは怒り狂い、5人の魔術師を次々に殺害して行った。
「彼女は、本当は彼の元へ行きたかった。けれど、彼女には自分で自分を殺す事が出来ないように術がかけられていたのです」
上はビオラの封印を命じた。
ビオラは約2年間封印され、そして・・・封印の綻びから外に出た。
「人間を殺すつもりなんて、なかったはずです。騒ぎを起こして、誰かが自分を殺してくれるのを待っていたんです」
「そんなのって・・・悲しいじゃないですか。もっと、違う方法はなかったんですか?」
真帆の言葉に、メグルは軽く首を振った。
「彼女の願いは、彼の元へ行くこと。彼を蘇らせることは、出来ません」
「・・・悲しいクリスマスプレゼントになっちゃったね」
レナが目を伏せながらそう言った時、突然誠司が「あっ」と声を上げた。
「どうしたの?」
「見てください・・・傷が・・・」
真っ白な包帯をはずせば、傷一つない皇かな肌が窓から差し込んでくる陽の光に照らされる。
「最後に何か唱えていたのって、コレ?」
理緒の言葉に、誠司が分からないと言うように首を振り・・・
「きっと、ビオラからのクリスマスプレゼントですね。外を見てください」
メグルの指の先を追う。
四角く切り取られた窓の先、白雪がちらちらと舞い落ちている。
「今日は晴れの予報だったのに」
「ホワイトクリスマス・・・」
真帆とレナが教会の扉を開けて、外へと飛び出していく。
メグルがビオラの体にそっと触れ・・・淡い光とともに、その体が消えていく。
誠司は窓の外を嬉しそうに見詰める理緒の肩を叩くと、そっと小さな箱をポケットから取り出した。
赤と緑のクリスマスカラーのリボンに、雪の結晶が描かれた包装紙。理緒が“え?”と言うように首を傾げ・・・
「メリークリスマス」
「誠司さん・・・」
了解をとってから、リボンを解き包装紙を開ける。
中から出てきたのは、可愛らしいジュエリーケースに入ったイヤリングだった。
「綺麗・・・雪の結晶?」
銀色のソレを手に取り、手の込んだ繊細なイヤリングに理緒が目を輝かせる。
「気にいってくれると良いんですけれど・・・」
「有難う」
理緒が、そっと誠司の腕を取り、するりと自分の腕を絡める。
真帆とレナが空を仰ぎ、次から次から舞い落ちてくる雪に願いを託す。
今日と言う日に祝福を ―――――
☆ E N D ☆
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3428 / レナ スウォンプ / 女性 / 20歳 / 異界職
6458 / 樋口 真帆 / 女性 / 17歳 / 高校生 / 見習い魔女
5096 / 陸 誠司 / 男性 / 18歳 / 高校生(高3)兼道士
5580 / 桜月 理緒 / 女性 / 17歳 / 怪異使い
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■ ライター通信 ■
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この度は『Mischief of a witch』へのご参加まことに有難う御座いました。
シリアス傾向に執筆いたしました。
本当はビオラを悪い魔女として描写しても良かった気がいたしますが・・・
やはり、クリスマスに悲しみだけを残すのは切ないかな?と思いこのような結末にいたしました。
良いクリスマスをお過ごしくださいませ♪
それでは、またどこかでお逢いいたしました時は宜しくお願いいたします。
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