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<東京怪談ノベル(シングル)>


Curiosity killed the cat

「探偵業で食べて行くには、一体何が必要なのでしょう…」
 事務所のソファーに座り、いつものようにあんパンと牛乳という昼食を取りながらデュナス・ベルファーは天を仰いで溜息をついた。
 フランスから日本に来た時に、ライセンスが必要ないということで探偵業をやってはみたものの、ベルファー探偵社はお世辞にも流行っているとは言い難い。主な仕事はペットの捜索や、色々な場所からやって来る調査依頼の下請け、取材などの手伝いで、しかも冬場はただでさえ少ない仕事がさらに減る。
「冬になると、サラリーマンに憧れるんですよねぇ…」
 と呟いてみたところで仕事が入ってくるわけでもない。我が暮らし楽にならざり、じっと手を見る…そんな事を思いながら何日も鳴っていない電話を見つめていると、不意に着信メロディーの『天国と地獄』が鳴り響いた。
「はい。ベルファー探偵社です」
 探偵社に依頼をしに来る人達は大抵何か憂い事を抱えているので、内心「仕事だ」と嬉しい気持ちになってもそれを声に出してはいけない。デュナスはあんパンを片手で袋に戻しながら相手の返答を待つ。
「もしもし…捜し物をしていただきたいのだが、これからこちらに出向いてくれないか?」

 デュナスが来るように言われたのは、大きな蜜柑の木がある日本家屋だった。辺りは閑静な住宅街で、他にも同じような古い家屋が建ち並んでいる。玄関の引き戸は閉められているが、鍵はかかっていないようだ。
「ごめんください。お電話いただいたベルファー探偵社の者ですが」
 戸を開けると、玄関先には茶トラの猫がごろりと寝転がっていた。そういえば最近猫を見かけたり、触ったりしていないような気がする…そのふわふわとした毛に惹かれ、中腰になってつい撫でくりまわしていると、奥から短髪で長身の青年が作務衣姿で出てきた。
 その赤い瞳と険しげな表情に思わず怯み、デュナスは慌てて立ち上がりポケットから名刺を差し出しお辞儀をする。
「あ、私ベルファー探偵社の『デュナス・ベルファー』です。先ほどお電話いただいた太蘭(たいらん)様ですよね」
「ああ。詳しい話は中でしよう。安綱(やすつな)、そこにいると邪魔だぞ」
 安綱…というのがデュナスが触っていた猫の名前らしい。靴を脱ぎ揃えると、安綱は金髪の異邦者に興味津々なのか、鼻を近づけて匂いを嗅いだりしている。
「えーと、捜し物ということですが、何をお捜しなのでしょう」
 電話では詳しいことを聞けなかったので、客間に通されお茶が出てきた時点でそう聞くと、太蘭は少し溜息をつきながら卓の上で指を組んだ。
「是秀(これひで)が、ちょっと目を離した隙にいなくなったんだ」
 どうやら自分が捜さねばならないのは、その「是秀」らしい。
 名前からして父親とかなのだろうか…メモを取り出しながら、デュナスはいなくなった時の状況を聞き出そうとする。まず何事も基本からだ。どんな状況でいなくなったのかはまだ分からないが、家出とかなら連絡してくれた時間が早ければさほど遠くまで行っていることはないだろう。
「えーと、是秀さんのいなくなった時間と、その時の状況をは分かりますか?」
 いなくなったのは、丁度午後十二時になる少し前の時間との事だった。デュナスの所に電話が来たのが午後一時半ぐらいだったので、いなくなってすぐに電話をかけたようだ。
「今日は天気が良かったので、そこの縁側でひなたぼっこをさせていたんだ。昼少し前に近所の人が玄関先に来て、それで少し世間話をしていたら人の声や足音が聞こえたので、慌てて戻ったんだが、その時にはもういなくなっていた…」
「声や足音ですか…」
 人の声がしたと言うことは誘拐や、連れ去りの類だろうか。だとしたら探偵ではなく警察に連絡した方がいいような気がするが、営利誘拐なら警察の姿が見えた時点で犯人が証拠隠滅のために凶行に及ぶこともある。大事になる前に済ませられるならその方が良い。
 抵抗する間もないほど極めて短時間の犯行か…誘拐のプロが相手なら厄介だ。少し考えながらデュナスは更に質問をする。
「では、是秀さんがどんな格好をしていたか参考に教えてください」
「……何も着てないが」
「はい?」
 急に訳が分からなくなった。是秀氏は縁側で全裸でひなたぼっこをしていた時に連れ去られたのだろうか…にしても、いくら庭が広く木々で外からの目が遮られているとはいえ、それはあまりにもあまりのような気がする。
 いや、人には色々理由がある。
 動揺を悟られないように出されたお茶を飲むと、太蘭は席を立ち引き出しから封筒を取り出し、その中身をデュナスに見せた。
「人に撮ってもらった写真だが、これが是秀だ」
 見せられた写真には三毛の子猫が写っている。
「ああ…あーあーあー、是秀さんって猫の名前だったんですね」
「なんだと思っていたんだ?」
「いえ…」
 ……それはとても口に出しては言えない。
 そういえば今デュナスにくっついて毛繕いをしている猫の名が「安綱」だった。それを考えたら「是秀」が猫でないという可能性はない。
 だが…。
「可愛い子猫ですけど、わざわざ連れ去ろうとするでしょうか。迷子の線でも捜した方がいいかも知れないですね」
 デュナスはよくペットの捜索をするのだが、血統書付きの珍しい犬猫でない限り連れ去りということはほとんどない。いなくなったと言われ捜してみたら、軒下に隠れていたりするのもよくある事だ。
 まず捜すのであれば軒下からだろうか…そんな事を考えていると、太蘭がさらりととんでもないことを言う。
「是秀は雄なんだ」
「なるほど…って、ちょっと待ってください。色々動転しているのは分かりますが、そういう重要なことは先に言ってください」
 だとしたら連れ去られる理由はたくさんある。三毛猫の雄が三万匹に一匹の確率でしか生まれないとか、マニアの間では高値で取引されるとかいろいろあるが、これだけ証拠があれば連れ去りの線で調べていいだろう。子猫が遠くに行くような季節でもない。
 一緒に探しに行くという太蘭をなだめ、デュナスは聞き込みをするべく家を後にした。
 いなくなってからまだ時間はさほど経っていないので、遠くには行っていないだろう。
ペットブローカーの犯行かとも思ったが、塀の裏口を壊していたり、足音や声を出したという点でそれは考えにくい。太蘭にも聞いてみたが、ブローカーが是秀を売って欲しいと来たこともないし、第一プロならもう少し上手くやる。
 道を歩いていると中年の女性が玄関先を掃いていたので、デュナスは笑顔で挨拶をしながら近づいた。
「すいません、少しお話よろしいですか?」
「あら、日本語上手ねぇ」
 外人ということで見た目で警戒されることも多いが、日本語が話せると分かると大抵の場合は話をしてくれる。ここの家は太蘭とも親しいようで、太蘭が作った漬け物が美味しいとかそんな世間話をしつつ、今日の昼間のことを聞いた。
「何か怪しい人を見たりしませんでした?」
「丁度その時間買い物から帰ってきたんだけど、ぼさぼさ頭で眼鏡の若い子が、懐に何か入れて歩いてたわねぇ…私がじっと見たら、何か逃げるように走っていったけど」
 他にも近所の人に聞き込みをしてみたが、その「ぼさぼさ頭に眼鏡の青年」は、その時間帯に目撃されていた。
「太蘭さんの所をうろうろしていた」
「何日か前から塀を覗き込むようにしていた」
 住宅街と言うことで、昼時の目撃情報を期待してはいなかったのだが、この辺りはお年寄りも多く住んでいるようで、丁度ゲートボールから帰ってきたりする時間帯にぶつかったらしい。
「多分素人の犯行でしょうね…」
 だとしたら行く場所は絞られる。
 デュナスは次に近所のペットショップに行くことにした。ネットで取引するにしろ、生き物であるからには世話をしなければならない。きっと犯人はキャットフードなどを買いに来ているはずだ。
「すいません、ここに子猫を連れた人が来ませんでしたか?」
「子猫…もしかして三毛猫を連れてきた人のことですか?」
 ビンゴだ。
 キャリーケースにも入れずに首輪をしたままの子猫を連れ「これぐらいの猫が食べるキャットフードが欲しい」と言ったことが珍しかったので、印象に残っていたようだ。
「何か猫について話をしていませんでしたか?」
「ええ…キャットフードの相談の他に、予防接種の相談を。で、獣医さんを紹介したんです」
 相手はどうやらかなり急ぎで事を済ませたいらしい。動物を取引するためには、予防接種の有無はかなり重要だ。
「その獣医さんを教えてください。お願いします」

 がさ…ごそ…。
 ダンボールの中から一生懸命小さな爪で壁をひっかく音がする。
「大人しくしろよ」
「ミュー…ミュー」
 餌はやったがあまり食欲はないようだった。飼い主の顔が違うせいなのか、自分の顔を見るたびに手を上げひっかいたり、噛みついたりする。大事な商品でなければ思い切り叩いてやりたいぐらいだが、この猫を売るだけで百万近い金が入るのだから、多少の怪我は大目に見るしかない。
 つけられていた首輪は鋏で切った。
 雄の三毛猫がいる…その話はたまたま風邪で行った病院の待合室で聞いた。あちこち話題が飛ぶ老人の話を聞き、猫を盗むまではハラハラしたが、盗んでしまえばなんということはない。
 後は予防接種を済ませて、写真をアップするだけだ…。
「診察室へどうぞ…」

 診察室に入った青年を待っていたのは、白衣を着た獣医ではなかった。診察台の奥では、太蘭が腕を組んだまま青年の顔をじっと睨んでいる。
 デュナスが予想したとおりだった。
 計画的に家を覗いたりしているつもりだったのだろうが、犯人は成功するかどうか分からない犯行のために、前もってキャットフードなどを用意していないだろうと。そして取引を急ぐのであれば、その日のうちに予防接種を済ませる。ペットショップから先回りして獣医に協力してもらい、前もって診察室で張り込んでいたのだ。
「是秀を帰してもらうぞ」
 ひっ…と小さな叫びと共に青年が後ずさると、ドン…と人にぶつかる感触がした。逃げられないようにとドアの陰に隠れていたデュナスが、微笑みながらぽんと肩に手を置く。
「残念ですが逃げられませんよ。貴方にとってはお金儲けの道具かも知れませんが、太蘭さんの大事な家族ですから」
 太蘭の声が聞こえたのか、ダンボールの中の是秀が大きな声で何度も鳴く。青年はダンボールを持ったまま、じりじりと隅の方へと移動する。
「こ、この猫がどうなっても良いのか!」
 青年がダンボールを高く持ち上げる。だが、それを見て太蘭の目がすうっと細くなった。
「…一度死んでみるか?」
 ぴた…と、金縛りのように青年の動きが止まった。それを見てデュナスはダンボールをそーっと取る。隙間からピンクの鼻や、手が見えている所を見ると元気らしい。
「太蘭さん、是秀さん確保しましたよ」
「よし。取りあえずこいつを殺す」
 良くない。
 一体お互いの間でなにが繰り広げられているのか分からないが、青年の表情がみるみるうちに凍り付いていく。デュナスが目の前で手をぶんぶん振ってみたが、全く反応がないところを見ると何やら恐ろしい目に遭っているらしい。あまり詳しく知りたくないが。
「殺しちゃダメです。ほら、是秀さん無事ですから…」
 ダンボールを開け是秀を太蘭に渡すと、やっと目が笑ってくれた。真っ青な顔色の青年の前に立ち、デュナスはにっこり微笑む。
「『Curiosity killed the cat』…悪いことをすると死ぬような目に遭うんですよ。次は本当に死にますよ」
 胸元に突きつけられた特殊警棒に、青年が何度も首を縦に振った。

「あー、猫良いですね…」
 無事に是秀を取り戻したお礼に、デュナスは太蘭の家で夕食をご馳走になっていた。
 味噌仕立ての牡蠣鍋だけではなく、聞き込みをした時に聞いていた自家製の漬け物や炊きたてのご飯などそれだけでも幸せなのに、こたつに猫付きだ。
「俺の猫たちは皆可愛いぞ。一匹も譲れんが」
 火の通った牡蠣などを器によそいながら太蘭がふっと笑う。
「いや、それはちょっと怖いので遠慮します」
 後から太蘭に聞いたのだが、あの時青年が動けなくなっていたのは太蘭の邪眼の能力らしい。太蘭は「殺す」と言っていたが、デュナスが止めていなかったら本当に死んでいたかも知れないと思うと、ちょっと背筋が冷たくなる。
 まあ、そもそも譲られたところで自分一人の食い扶持も時々怪しいのに、それ以上養える自信もないのだが。
 新しい首輪をした是秀がデュナスの膝の上で眠そうに目を閉じている。
 他の猫たちもデュナスの近くで寝転がっていたり、こたつに入れた足にもたれかかったりしている。
「猫まみれになりたかったんですよね…幸せの館です」
「そんなに幸せか?」
 それを聞いた太蘭がクスクスと笑いながら具の入った器を差し出す。自分で行った言葉に思わず赤面しながら、デュナスは箸を持ち両手を合わせた。
「いただきます」

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
子猫探しで、最後は猫まみれに…ということで、こんな話を書かせていただきました。探偵の話が一本もないということでしたが、普段から調査とかをやっているのでそんな気がしませんでした。
タイトルの『Curiosity killed the cat』は、日本語で『好奇心猫を殺す』です。実際死にそうになっていたのは犯人ですが…。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。