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<クリスマス・聖なる夜の物語2006>


夢幻の樹、願いの星

 クリスマスソングが延々と流れる中、緋井路桜(ひいろ・さくら)は家路を急いでいた。用事が少し長引いて、帰宅が遅くなってしまったのだ。大きなイルミネーションを横目に、人ごみの中を足早に歩いていたその時、桜は草履の足先に、こつん、と何かが当たったのに気づいて足を止めた。見ると、小さな光るモノが、すぐ傍に転がっていた。誰かに踏まれぬようにと急いで拾い上げた時は、どこかのツリーから落ちたオーナメントの一つだと思った。頭に輪のついた、小さな星。だが、まわりにそれらしい木は無く、どうしたものかと思っていると、ふいに背後から声をかけられた。
「おや、桜どのではないか?久しいのう」
 嬉しそうに紅い瞳を見開いた少女の名は、天鈴(あまね・すず)。しばらく前からの知り合いだ。桜は少し驚いたものの、小さな会釈を返した。鈴は背に大きな籠を背負っており、中には今拾ったのと似たような物がどっさりと入って居るのが見えた。だが返そうとすると、彼女はいや、と首を振り、
「手にしたからには、それはそなたの『願い星』」
 と言った。
「願い…星?…」
「そうじゃ。しかも、それを吊るすのはただののつりぃでは無い。遍く世界にたった一本の、不思議の木よ。常人には見えず、稀に見えたとしても幹へ至ることは難しい。じゃが、願い星にを手にする事の出来た者ならば、話は別じゃ。星はそなたの願いに応じて道を開き、ふさわしき枝に導くであろう。すぐに願いが叶うか否かは別として、その助けくらいにはなると思うぞ?」
 木が現れるのは、24日の24時。道はその瞬間に開くのだと、彼女は言った。
「24日…」
 問い返すと、鈴はそうじゃ、と頷いた。
「今宵じゃのう。…まあ、猶予もそう無い故、願いが見当たらなければかけずとも構わぬが…。出来るだけ使うて欲しい。それがこの星や樹の為でもあるのでな」
 どういう事だろう、と桜は思ったが、聞き返す間もなく、鈴はまた姿を消してしまった。

 夕飯にはぎりぎりで間に合った。部屋に戻った桜は、小物入れの中に入れておいた星を取り出した。見た目よりも少しごつごつとした手触りはただのオーナメントと変わりないが、持って居るとほんのりとした暖かさを感じる。やはり普通の星ではない。
「願…い…」
 桜はぽつりと呟いて、ため息を漏らした。願い事、と言われても特に思い当たる事はない。もっと強い心が持てたら、と思ってはいたが、星に頼むつもりはなかった。願いは、基本的に自分の力で叶えるものだと思っているからだ。だが、それでも何か思うとしたら、やはりそれは…。
「もっと…お話…でき・・・たら…」
 庭の木々が、木枯らしの中で揺れている。彼らも、街の木々も全て、桜にとっては大切な友だ。同胞、と言っても良いかも知れない。木々の声を聞き、心に触れる力を持つ桜だったが、声を聞けば聞くほど、心に触れれば触れるほど、もっと、と言う思いがわきあがってくるのだ。もっと、彼らの声が聞きたい。もっと、彼らと話をしたい。だが、木々の声を聞く力は、既に持っている。もっと聞きたい、と言う願いは自分の力で叶える範疇に入るようにも思えた。それならば…。
「願うの…は…」
 桜は手の中に入れた星を、じっと見つめた。星が、ふるん、と震えたのが分かった。叶えてくれる、という事なのだろうか。時計を見ると、約束の時間まであと3時間以上ある。桜は一旦布団に入ってから、23時過ぎにそっと家を抜け出した。樹を、探すのだ。

 繁華街を離れると、クリスマスイブとは言え、街は静かだった。時折、庭をイルミネーションで飾り立てている家が目を引くが、静まり返った道はしっとりと暗い。どこをどう探すべきか迷ったが、桜はとりあえず、通学途中に見かける公園に向かった。一際大きな杉の樹があるのを思い出したからだ。勿論、それがそのまま鈴の言っていた樹になるとは思わないが、何か聞くならば、この辺りで一際高い、その杉の木に聞くのが一番だと思ったのだ。夜の公園は暗く静かで、普通の人からすれば多分、不気味なのだろう。だが、桜はさして気にもかけずに中に入った。ひんやりとした幹に手を触れると、それだけで杉の心がふんわりと桜のそれに重なる。言葉には出来ない、心地良さだった。桜は両手で幹を抱き締めるようにして、目を閉じた。樹がざわり、と揺らぐ。目には見えぬ何かが、桜を包み込む。瞳の色が変わった。
「おし…えて…」
 もうすぐ、この世界に不思議な樹が現れると言う。場所は分からないし、姿も知らない。けれど、桜はどうしても、その樹に辿りつかねばならないのだ。
「街…」
 杉の樹の視点から見る街の景色に、桜は目を細めた。街灯の小さな明かりが点在する住宅街から、繁華街に向かって光が増えて行く。移動しているのは、自動車のライトだろう。桜はゆっくりと、杉の樹が見せてくれる記憶を辿った。去年のクリスマスイブ。鈴の言う通りならば、その不思議な樹は、同じ様にこの世界に現れた筈だ。12月24日、丁度真夜中。樹は…現れていた。
「…そ…う……」
 鈴の言っていた意味が、やっと分かった気がした。これならば、探さずとも必ず見出せるだろう。どこに居ても、多分。
「あ…りがと…う…」
 桜の言葉に、杉が答える。その瞬間、桜は同じ公園の中に別の人間が居る事に、杉の視界を通して気づいた。桜よりは少し年上の、少女だ。中学生くらいだろうか。一瞬、驚いたが、彼女の様子とその手の中の物を見て、安堵した。彼女も又、桜と同じ様に不思議な樹を探してここへ来たのだ。何故この杉を目指してきたのかは知らない。偶然なのかも知れないし、そうではないのかも知れない。けれど、桜にはどちらでも良い事だった。見た所、彼女からは危険を感じない。杉も大丈夫、と言っていた。桜の様子を見て、少し不安げに近付いてきた彼女が、ぱきん、と足元の枝を折った音を機に、桜は両腕を下ろして振り向いた。
「あっ、あの、ごめんなさい、あたし…」
 理由を言おうとしてうろたえている少女に、桜はこくり、と頷いて見せた。彼女が探しているものを、桜は知っている。それが今、現れようとしている事も。まだ彼女には見えていないようだったが、夜の公園の風景に、うっすらと別の何かが重なりつつあった。
「…あそ…こ…に…」
 指差したのは、公園の入り口だった。そこが一番、はっきりと見えたからだ。
「え、何が…」
 彼女が聞き返そうとしたその時、かちん、と音がして、公園の時計が12時を指した。約束の時刻だ。途端に、桜が握り締めていた星が、ふわあっと光を増し始めた。
「…星…が…」
 声を漏らした桜の手の中に同じ星がある事に気付いたのだろう、少女もまた、自分の手の中の星に目を落とした。
「やっぱり、あなたも願い星を持っていたのね?」
桜は頷いて見せ、まだ樹が見出せずにきょろきょろと辺りを見回す彼女を置いて、ゆっくりと公園の入り口に向かって歩いて行った。今はもう、銀色の枝がはっきりと見える。太い太い、枝だ。巨大な樹が、この街に、いやこの世界に重なっている。その存在を認識するまでは触れられもしないそれが、今の桜にはしっかりと感じられた。太い幹に、手を伸ばして抱き締める。途端に流れ込んできたのは、処理しきれない程の情報と映像だ。中にはこの世界のモノもあり、そうでないモノもあった。過去であるモノもあり、そうとは思えぬモノもあった。この樹の中には全てがある。そんな気がした。けれど、何よりも大切な事は、他にあった。感情だ。樹は、待っていた。何を、と問う必要は無かった。樹が待っていたのは、桜の手の中にある、この星だ。
「帰…して…あげ…る…」
 輝きを増した星を胸に、桜は幹に沿って飛んだ。この星は、元々この樹と同じモノだったのだと、感覚でわかった。帰るべき場所は、星が知っている。星自身の力を借りて、桜はその導くままに、枝を飛び続けた。五つ六つほど飛んだ所だったろうか、星がちりん、と音を立てた。ここだ、と言っているのだ。
「…お願い…」
輪っかを持って、細い枝にかけると、星は一際輝きを増し、枝の中に消えて行った。元の場所に戻ったのだ。巨大な樹のあちこちで、同じような光景が繰り広げられていた。星を持っている半分は人間のようだったが、残り半分は明らかに人ではない。中にはどう考えてもこの世界の者ではなさそうな者も数多く居た。ちりん、ちりん、ちりん。かすかな音が樹のあちこちから聞え始める。異変が起こったのは、その小さな音が消えた直後だった。
「…っ…」
 それは突然巻き起こった、光の嵐だった。目を閉じてすら感じられる膨大な光の洪水が、みなもを巻き込んで消えた瞬間、深い闇に包まれているのに気づいた。
「今わしらは、あまねく世界の外側に居る。…そして、あれが、あの夢幻の樹の真の姿」
 鈴の声が聞こえた。誰かに話しているのだろうか。姿は、見えなかった。代わりに銀色に輝く巨大な樹が、目の前にそびえ立っている。大地は見えない。ざわり、と揺れて枝が伸びていくのが見えた。願い星が新たな枝になっているのだ。
「あれは数多ある世に同時に存在し、またどこにも無いもの。全ての世界を繋ぐもの。我らが外からこれを見られるのは、今この時をおいて他にない」
 その声が終わるか終わらないかのうちに、ぐん、と樹に引寄せられるのを感じた。ああ、元の世界に戻るのだ。桜はぎゅっと両手を握り締め、願った。桜が星にかけた願い。それは願いと言うより、祈りと言うべきかも知れない。皆に、幸せを。胸の内を過ぎるのは、鈴やその弟の玲一郎、彼らの苑の桃の樹や、今は掛け軸に暮らす莫竜、蔵で眠る天逢樹。それから、白い川鵜の呑天。もちろん、いつも見守ってくれている街の木々の事忘れてはいない。どうか、皆、皆、幸せでいて欲しい。ずっと幸せでいるのは無理でも、辛い事や苦しい事、痛い事の後には、必ず幸せがあって欲しい。最後には笑顔になって欲しい。そして、最後に願ったのは、この銀色に輝く不思議な巨樹の事だ。年に一度しか現れぬ樹は、全てを知りながらずっと独りなのだ。寂しくないといい。幸せになれるといい。だから。
「…おね…が…い…」
 桜の身体を、銀色の光が一瞬包んで消えた事に、桜自身も、またその時周囲にいたであろう人々も、気づかなかった。それから…。

「…あのぅ…」
 遠慮がちに声をかけられて、桜はゆっくりと我に返った。元の公園に、戻っていた。全てが終わると、元居た場所に戻るらしい。樹の所へ行く寸前に出会った少女が、心配そうにこちらを見ている。
「…とっても、静か」
 少女がぽつりと呟いた。桜もその通りだと思った。杉の樹の上に、星がかかっている。最近は曇ってばかりだったのに、今夜はすっきりと雲ひとつ無い夜空だった。
「…一緒に、帰りましょうか」
 少女の言葉に、こくりと頷いた。断る理由は特に見つからない。並んで歩く間に、ほんの少しだけ、話をした。その中で聞いた事は、彼女の名が、海原みなも(うなばら・みなも)で、今は中学生だと言う事。桜の名を聞くと、彼女はぴったりね、と微笑んだ。優しそうな、真面目な雰囲気の人だった。横顔をちらりと見た時に、ふと、彼女は星に何を願ったのだろうと思った。無論聞きはしなかったが、ただ、叶うといい、と思った。空を見上げると、街灯の明かりの切れ目から夜空が見えた。星が、近く見える。手の届きそうな輝きに、桜はもう一度、心の中でさっきと同じ願いを繰り返した。

<終わり>





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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1233/ 緋井路 桜(ひいろ さくら)/ 女性 / 11歳 / 学生&気まぐれ情報屋&たまに探偵かも 】
【1252 / 海原 みなも(うなばら・みなも) / 女性 / 13歳 / 中学生】



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■         ライター通信          ■
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緋井路桜様

ご無沙汰しております。ライターのむささびです。今回はご参加ありがとうございました。お楽しみいただけたなら良いのですが…。桜嬢の願いは、『皆の幸せ』を選ばせていただきました。願い、というより祈り、という感じで、こればかりはすぐに結果が出るものではないなと言う事もあり、祈るシーンに重きを置かせていただきました。ご自分の事は置いておいて、というのは、何とも桜嬢らしいですね。天姉弟や呑天たちに代わって、お礼申し上げます。それでは、またお会い出来る事を願いつつ。
むささび。