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Christmas Market
『Christmas Market参加者募集』
蒼月亭にそんな張り紙が貼られていたのは、十一月も過ぎクリスマスムードが高まるまっただ中だった。
カウンターの中にいるナイトホークに張り紙のことを聞くと、いつものように煙草を吸いながらふっと笑う。
「ああ、クリスマスはここでパーティーしない代わりに、『クリスマスマーケット』に参加するんだ。スペース空いてるから、今なら客でも店でも参加出来るみたいだけど」
クリスマスマーケット自体はドイツの習慣で、ライトアップされたツリーの近くでクリスマスのオーナメントやろうそく、お菓子などを売ったり、グリューヴァインと呼ばれるホットワインなどの屋台が出てクリスマスを楽しむ、日本で言う所の神社のお祭りのようなものらしい。
今年は篁（たかむら）コーポレーションがチャリティーの為に会社の敷地内を使うようで、一般参加も受け付けていると言うことだった。
「ま、フリーマーケットみたいに参加してもいいし、単に遊びに来てもいいからさ。はい、ご注文の品どうぞ…」
さて、この誘いはちょっと面白そうだ。
店に参加するか、それとも客としてクリスマスマーケットを楽しむか…。
「冥月さんがお仕事で来られないみたいで残念です…」
ライトアップされたツリーや木々につけられたオーナメント、そしてプレハブで作られた様々な出店。
篁コーポレーションの敷地内は、すっかりクリスマス一色になっていた。今年は暖冬なので雪などはないが、電飾や飾り付けだけでも雰囲気はかなり出ている。そんなツリーを見ながら立花 香里亜（たちばな・かりあ）は、空を見上げながらふうっと一つ溜息をついた。
「食器取りに行ってきまーす」
「おう、早く帰って来いよ」
蒼月亭でも夜の九時まではここで出店を出しており、香里亜もドイツの『レープクーヘン』や『ヴァニレ・キップフェール』と呼ばれる三日月型のクッキーなどを少しだけ売ったりしている。
店の常連達もそれぞれ出店したり客として顔を出したりしているのだが、香里亜が仲良くさせてもらっている黒 冥月（へい・みんゆぇ）は仕事で忙しいらしい。本当なら甘い物好きの冥月に、クッキーやケーキなどを味見して欲しかったのだが、仕事であれば無理は言えない。
「でも、『多分会える』ってどういう意味だったのかな」
そんな事を呟きながらリサイクル用の食器を取りに歩いていると、ふと声が掛けられた。
「お姉さん、俺らと一緒にどこか行かない？」
……これが格好いい相手なら嬉しかったのだが。
ガラの悪そうな男性二人組が、香里亜の歩く方を遮った。人が集まるとどうしてもこういう者達もやって来る。香里亜は困ったように笑って頭を下げながら、そこから立ち去ろうとした。
「あ、私まだまだお仕事なんで…」
「いいじゃん、仕事さぼって遊びに行こうよ」
「それはちょっと…」
自分の都合とか、好みとか。
それに今回のクリスマスマーケットで使う食器は、全てリサイクル用のプラスチックなので、早く取りに行かなければ待っているナイトホーク側で足りなくなってしまう。
「ごめんなさい、急いでるんです」
「そんな事言わないでさ、ちょっと一緒にホットワインでも飲んで…」
何だか目の前の相手はしつこそうだし、背の小さな香里亜では二人に囲まれると身動きが取りにくい。仕事でなければ走って逃げたりも出来るが、客商売故小さなトラブルでも何かと致命的だ。ここをどうやって切り抜けようか…そう思っていると、聞き慣れた声がした。
「相手が嫌がっているかどうかはちゃんと見極めろ。叩き出されたくなければな」
「あ、冥月さん！草間さんも」
ふい…と現れた冥月が、横からさっと香里亜の手を取った。冥月と一緒にいた草間 武彦（くさま・たけひこ）は、香里亜に声を掛けた二人に何か話している。助けてもらったことと、知っている顔に出会えたことが嬉しくて香里亜が思わず笑っていると、冥月が一緒に歩きながら事の顛末を教えてくれた。
冥月の言っていた『仕事』とはクリスマスマーケットの警備で、主催した篁コーポレーションの社長である篁 雅輝（たかむら・まさき）に直接頼まれたものらしい。
「だから『多分会える』って言ってたんですね。草間さんも直々ですか？」
「いや、あいつは小遣い稼ぎで便乗してきただけだ。香里亜はこれからどこか行くのか？」
「あっ！食器取りに行く所だったんですよ。早く帰らないとナイトホークさんに怒られるー」
慌てて走り出そうとする香里亜の頭にポンと手をやり、冥月がくすっと笑う。
香里亜自身はあまり自覚していないようだが、どうもこうやって人が集まる場所になると絡まれやすい傾向があるらしい。今は武彦に任せているが、またやってきたら厄介だ。
「良かったら手伝ってやろう。丁度これから休憩時間なんだ」
「はい、スパイスの入った『グリューヴァイン』飲んで暖まってください。味見用のクッキーもあるので遠慮なく食べちゃってくださいね」
店の警備をしながら、冥月は自分の影でクリスマス市の全域を見張っていた。まあ大したことはないだろうが、用心はしておくに越したことはない。
「店自体はナイトホークの所と繋がってるんだな」
「はい。一応手作りの小物とかも売ってるんですけど、メインは『蒼月亭』なんです」
案内されたプレハブは、中に入って休めるようになっている大きめの物だった。そこでクリームスープやポトフ、ホットワインなどの軽食と共にクッキーなどを売らせてもらっているらしい。
「じゃあ、こういう物は邪魔になるかな」
そう言うと冥月は影の中からぬいぐるみや衣服など、まだ新しい物をそっと取り出す。
「いえ、フリーマーケットみたいな所もあるので大歓迎ですよ。でも、これいいんですか？まだ新しいですよ」
くまのぬいぐるみをピコピコ動かしながら首をかしげる香里亜を見て、冥月はグリューヴァインを飲む。
「それは捨ててあったのを私が拾って、洗ったりしたものだから誰か使える人に売ってくれ」
冥月自体金がないわけではなく、どちらかというと持て余しているぐらいなのだが、子供の頃貧しかったので、使える物が捨ててあるとつい拾ってしまうのだ。今日は店の雰囲気を考えて衣服や小物を出しているが、本当は電化製品なども結構あったりする。
「すまんな、貧乏性で」
すると香里亜はニコニコと微笑みながら、冥月が出したぬいぐるみなどをクッキーの周りにディスプレイし始めた。
「そんな事ないですよ。私も勿体ないなって思うものたくさんありますから…あ、冥月さんって『こたつ』持ってます？」
「ん？いくつがあるが、それがどうした？」
「私北海道育ちなんで、こたつってあんまり使ってなかったんですよ。こたつは背中が寒いですし…だから、一人暮らししたらこたつ買おうって思ってたんです。冥月さんが持ってるなら、譲ってもらっちゃおうかな…よし、可愛くできました！」
ぬいぐるみや小物、衣服などが飾り付けられ並べられていると見違えるようだ。そうやって並べられたばかりの物が、またすぐ客の手に取られるのが嬉しい。
「これ可愛い。これはクッキーと一緒に売ってるんですか？」
「はい。ぬいぐるみとの出会いは縁ですから、是非是非お家に連れて帰ってあげてください。こちら、クッキーの味見もどうぞ」
かごに入れられた三日月型のクッキーや、マシュマロが入ったクッキーなどを差し出され、冥月もそれを一つつまんだ。粉砂糖で雪の化粧をされているのがまたクリスマスっぽい。
「うん、美味しい」
クッキーを袋に詰めたり、焼きたてを味見したり、食器を洗い場までさげたりと、のんびりしているように見えてやることは普段の営業よりも多そうだった。そんな香里亜を手伝ったりしていると、あたりにチラチラと小雪が舞い始める。
「やっぱり夜になると寒いですね」
香里亜がそういって天を仰ぎながら白い息を吐く。
「…ああ。さて、そろそろまた一周してくる。今度は絡まれないように気をつけろよ」
「もう大丈夫ですよ。冥月さんも風邪ひかないよう気をつけてくださいね」
くすっと一つだけ微笑んで、冥月はそっと香里亜の側を離れた。別に警備に関して、何分に一周するなどと言う細かい指示があったわけではない。
ただ、気付いたのだ。
楽しげにクリスマスマーケットを楽しんでいる者達の中に潜む不審な影を。
相手が何を狙っているのかは分からないが、ここで大事にすることは出来ない…冥月は丁度その不審な男の側にいる武彦に、そっと電話をかけた。
「どうした、冥月。デートは終わりか」
いつもなら一言怒鳴ったりのやりとりをするのだが時間が惜しい。するとその異変に気付いたのか、武彦も声を落とす。
「どうした」
「…お前の真後ろの男、懐に拳銃、ケースにライフルを持っている」
「………」
普段ふざけていたりするが武彦もプロだ。全く素知らぬふりをしながら店の品物を手に取り、そっと辺りをうかがっている。男は普通のスーツ姿で、時間的には会社帰りにも見える。武彦はオーナメントを手にしながら、冥月に電話を続けた。
「『変装したサンタクロース』か…」
「多分奴は誰かを狙う気だ。尾行しろ、私も行く」
「分かった」
この人混みの中で誰を狙う気なのか。
いや、ある意味これだけ無作為に人がいるからこそ、誰かを狙いやすいのだろう。本来であればクリスマスは宗教的行事だが、日本では平和の象徴とも言えるイベントだ。その中で誰かが死ねば…それだけでパニックになりかねない。
人混みを抜け、男はIDカードを使いビルの中に入っていく。
「すまん、冥月。IDカードがないとエレベーターの中に入れん！」
ビルの入り口で立っていた武彦が上を指し示した。このビルは篁コーポレーションのビルで、カードがなければエレベーターに乗ることも出来ない。
「カードを持っているということは、社員か…草間、お前は篁に連絡をしておいてくれ。後は私が何とかする」
影を伝って来る気配…エレベーターは戸惑うことなく上昇を続ける。
拳銃は自己防衛用だとしたら、ライフルを使った狙撃手か。ここからなら狙うのは容易い。
「………」
影を伝い冥月は相手を追う。
今までの者とはおそらく訳が違う。人混みの中で目立たないようにする動きと、迷いなく上っていった相手は、自分と同じようなプロの暗殺者だ。
ビルの屋上は風が強く吹き、降っている雪が少し横殴りになっている。
男はそこにたどり着くと、灯りもないのにケースの中からライフルを出しそれを組み立て始めた。
黒い革の手袋に、鋭い視線…何かを確かめるようにスコープを覗こうとするその刹那…。
「………！」
冥月は闇の中音もなく駆け出し、相手に当て身を喰らわせた。まずはライフルから手を放させなければならない。集中して狙おうとしている所に不意を突けば、それは容易く破られる。
お互い声は全く出さなかった。
ライフルが男の手から離れ、冥月はそれを影で確保する。そしてそれと同じように影を使い、男の身を縛り上げようとした時だった。
「ぐっ…！」
それが、冥月が聞いた最初で最後の男の声だった。
喉をかきむしるように苦悶し、口から血を流しながらうっすらと雪が積もった所にゆっくりと倒れる姿…。
歯に仕込んでいた毒で捕獲される前に命を絶ったのか。そう思いながら冥月は男が最初にいた場所から辺りを見下ろす。
「…篁？」
そこから見えたのは、篁コーポレーションの重役達と話している、篁 雅輝の姿…。
「結局何者だったんだ」
「分からん。身元を現す物は全くなかった…」
ビルの下で待っていた武彦に聞かれ、冥月は溜息混じりにそう呟いた。結局男の身元は分からず、IDも偽造だったらしい。一体誰が…いや、何が誰を狙っていたかなど全く分からないまま、かき消すように闇に消えてしまった。
だが、冥月には分かっていることがあった。
これは犯罪のプロが関わっている。それが篁の会社…いや、篁個人を相手に牙を向こうとしているのではないだろうかと。
「…謎が増えてしまったな」
どうやらこの一件だけで終わりはしないだろう。後を篁の警備達に任せ、武彦と並んだまま無言で会場の方に向かうと、こちらはこちらで様子がおかしい。
「なんであなたがここにいるのよ！」
「わ、私は蒼月亭のお仕事です。若菜さんこそどうしてここにいるんですか、高校生はお家に帰る時間ですよ」
「私は聖・バルバラ女学院、一年雪組の奉仕活動よっ！」
……どうして香里亜と伊藤 若菜（いとう・わかな）が睨み合っているのだろう。
詳しく思い出したくもないが、若菜には「黒薔薇様」などと呼ばれ、何故かお姉様候補になっている。無論冥月はそれを承諾した覚えはない。
その様子に武彦がニヤニヤ笑いながら煙草に火をつける。
「冥月、モテモテだな」
「誰がっ！」
これ以上の面倒事は御免だ。武彦を蹴り飛ばし、くるりと踵を返し立ち去ろうとすると、その背中にどかっと衝撃が走り、思わず二三歩つんのめる。
「黒薔薇様！あ、そちらのヒモの方もごきげんよう」
若菜が思い切り背中にタックルをしてきたからなのだが、殺気があれば容易く避けられるのにこう無邪気な攻撃はどうも作為がないぶんどうにもならない。
「皆さん、こちらが私のお姉様なの！」
「ち、違います。それは若菜さんの自己申告です」
何だか気が付くと若菜の友人達に勝手に紹介されているし、右手に香里亜、左手に若菜と妙な大岡捌き状態だし…。
「ええい、もうヤケだ。全員まとめてスープでも飲ませてやるからここでかたまるな。通行の邪魔だ…」
考えることはたくさんあるが、今はひとまずの休息を。
「冥月さん？」
「ん、何でもない」
心配そうに見上げた香里亜に、冥月はそっと微笑んで見せた。
fin
◆登場人物（この物語に登場した人物の一覧）◆
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
2778／黒・冥月／女性／20歳／元暗殺者・現アルバイト探偵＆用心棒
◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
まず遅れてしまったことをお詫びいたします。申し訳ありません。
今回は個別でということで、プレイングなどを見ながらこのような話を書かせて頂きました。次に繋がる謎になってますね…暗殺者が何者かとか、一体誰が…というのも気になります。ラストは若菜嬢登場でいつも通り賑やかなオチですが、それでもちょっとした不安などを感じさせてます。草間氏も蹴られてますね。
リテイク・ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。
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