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Christmas Market
『Christmas Market参加者募集』
蒼月亭にそんな張り紙が貼られていたのは、十一月も過ぎクリスマスムードが高まるまっただ中だった。
カウンターの中にいるナイトホークに張り紙のことを聞くと、いつものように煙草を吸いながらふっと笑う。
「ああ、クリスマスはここでパーティーしない代わりに、『クリスマスマーケット』に参加するんだ。スペース空いてるから、今なら客でも店でも参加出来るみたいだけど」
クリスマスマーケット自体はドイツの習慣で、ライトアップされたツリーの近くでクリスマスのオーナメントやろうそく、お菓子などを売ったり、グリューヴァインと呼ばれるホットワインなどの屋台が出てクリスマスを楽しむ、日本で言う所の神社のお祭りのようなものらしい。
今年は篁（たかむら）コーポレーションがチャリティーの為に会社の敷地内を使うようで、一般参加も受け付けていると言うことだった。
「ま、フリーマーケットみたいに参加してもいいし、単に遊びに来てもいいからさ。はい、ご注文の品どうぞ…」
さて、この誘いはちょっと面白そうだ。
店に参加するか、それとも客としてクリスマスマーケットを楽しむか…。
「へぇ、何だか面白そうね」
張り紙を見たシュライン・エマは、コーヒーカップを持ちながら、嬉しそうにナイトホークや香里亜に向かってそう言った。クリスマスマーケットはテレビのニュースなどではよく見るが、自分達が参加するのは楽しそうだ。
「出店はクリスマス限定じゃないみたいなので、気軽に参加出来るんですよ。一日だけの参加とか、そういうのもありみたいです」
「ふーん、だったら事務所にあるものとかも出しちゃおうかしら。人が集まるから色んな物があって片づかないのよね」
シュラインが勤めている草間興信所には、色んな能力を持った者達などが東京中から集ってくる。そして自分達が持ち込んだ物を持って帰らずに、そのまま置いて行ったりするので、興信所の中はいつも片づかない。これから大掃除のシーズンだし…そんな事を思いながらふと溜息をつくと、カウンターの中で、ナイトホークと香里亜が笑う。
「曰く付きの物とか好きな人もいるかもな」
「そうね。そんなのと一緒に、私も飴細工とかで参加するわ。クリスマスってそれだけで何か楽しいわよね」
特にキリスト教徒というわけではないが、日本の年中行事は何だか幸せと平和を感じさせる気がする。商業主義だという者もいるようだが、それでも平和でなければこうやって楽しむことは出来ないし、宗教の垣根を越え広く何でも受け入れる土壌はシュラインとしてはなかなか興味深い。
クリスマスにはプレゼントを贈り、お正月には神社でおみくじを引き、バレンタインにチョコを渡しあったりする。それもゆったりとした平和が根底にあってのものだ。
さて、どんな店にしようか。
出てくる吸殻の多い灰皿とか何故か寝袋とか、夜中に盆ダンスしだす熊のぬいぐるみとか事務所には色々な物が溢れている。武彦や零にも手伝ってもらえば、可愛らしい店が出来るだろう。
「We wish you a merry Christmas,We wish you a merry Christmas…」
少しだけ鼻歌を歌いながら、シュラインはその日のことを考えコーヒーを口にした。
蒼月亭の中はそれなりに人がたくさん入っていた。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
忙しく立ち振る舞っているナイトホークの横では、香里亜が楽しげに接客をしていた。詩文の作ったニッセ人形や、クリスマスクッキーなどもぼちぼちと売れ始めている。
「やっぱり古本は売れないかな…」
「そんな事ないわよん。律花ちゃんがいいなーと思った人の所に、本も行きたいなーって思ってるのよ、きっと」
並んで商品を出しながら、詩文と律花は楽しげに話をした。詩文自身、魔術などに造詣が深いが、律花が持ってきている考古学の本も何だか面白そうだ。そんなところに長身の青年がひょいとやってきて、本を一冊手に取る。
「いらっしゃいませ。どうぞ遠慮なく見ていってね〜♪」
律花の本なのに、ついいつもの癖で挨拶してしまった。律花も本を真剣に見ている青年に思わず声を掛ける。
「あ、あのっ、どれも良い本なので是非読んで下さい」
少し声がうわずってしまった。
俯きつつその本の行方を見ていると、青年が少し目を細めながら持っている本を指さした。それは剣や武器などに関する考古学の本だ。
「これは売り物なのか？」
「はい。大事にしていた本なので、出来れば大事に読んで頂ければいいな…と思ってます。すごくいい本なので」
くす。
青年が笑って懐から財布を取り出した。それに思わずぼーっとしていると、詩文が横から律花をつつく。
「律花ちゃん、お買いあげよ。よかったわねん」
「あっ…は、はい。ありがとうございます、大事にして下さい」
ぺこっと一つお辞儀をしながら本を持参してきた紙袋に入れていると、青年がナイトホークの方を指さした。
「二人ともここで店を出していると言うことは、ナイトホークの店の常連か？」
特に常連というわけでもないが、まあお互い知り合いではある。
「私はお店同士の繋がりなの。これ、私のお店の名刺だから、よかったら来てちょうだい」
さっと自分のスナックの名刺を出す詩文を見て、律花は本を差し出しながら少し青年を見上げた。
「私は増えすぎた本を少しだけ売ろうと思って、お店を出させてもらったんです」
「そうか。俺は太蘭（たいらん）…ナイトホークの知り合いだから、どこかで会うこともあるかも知れないな」
「アリガトゴザマシター」
雅隆に『怪しい日本語』を強要されたデュナスは、何だか妙な外人の振りをしながら一生懸命飴がけのアーモンドや綿あめを売っていた。どこからも見ても外人のせいか、客もおずおず話しかけてくるのだが、日本語が喋れると分かると安心するらしい。
本当は、流暢な日本語が喋れるのだが。
「いいよいいよー。やっぱりクリスマスマーケットには『本場っぽい人』がいると、売れ行きもひと味違うよね」
「…そんなものでしょうか」
とはいうものの、それはそれで怪しい日本語も癖になる。店先に客の影が見えたので、デュナスは思わず声を出した。
「イラシャイマセー」
「デュナス…さん？」
相手をよく見ていなかった。
店先にやってきたのは、一通り店などを回ってきた静だった。雅隆やデュナスの姿が見えたので何か買おうと思ってやってきたのだが、こんな日本語を喋る人だっただろうか…思わず怪訝な表情をすると、デュナスの隣で雅隆が無責任に笑っている。
「デュナス君は今『怪しい日本語』を喋る変な外人なの」
「違っ…というか、変な外人じゃありません。私は普通のフランス人です」
「まあそれは横に置いといて、静君甘い物が嫌いじゃなければ何か買ってかない？もしくは研究員にならない？」
普通のフランス人だというデュナスの主張は、すっかり横に置かれてしまった。雅隆の誘いに静がにこっと笑う。
「ドクターは綿あめを作ってるんですか？」
「そう。でも飽きたから静君変わってー。僕も怪しい日本語喋って飴ちゃん売りたい」
「いや、ドクターは日本語でいいじゃないですか」
客として何か買うのもいいが、綿あめを作るのは面白そうだ。他にも飴を煮て果物に掛けたり、ナッツに絡めたりと普段やったことのない事がたくさんだ。
「じゃあお手伝いしようかな。白衣は持ってませんけど」
「白衣なら売るほどあるよー。よし、研究員一丁捕獲！綺麗どころ二人に店に出てもらって、僕はその辺でさぼる」
「ちょ！」
へろへろと逃げようとする雅隆の首根っこを掴むデュナスに、静が白衣を着ながら感心する。
「研究員って一丁って数えるんですね」
「いや、感心どころ間違ってますから」
「Silent night, Holy night…」
ステージで行われている楽器の演奏に合わせ、歌を歌いながらシュラインは道行く人たちを眺めていた。溶かした飴で星や雪の結晶、ツリーやサンタなどの形を作って冷やした物や、武彦や零に手伝ってもらって持ってきた事務所にあった物、その他にもラム酒のフルーツ漬けなどを並べている。買い手が付くのか不安だったが、フリーマーケットとして来ている人たちもいるようで、その値段のやりとりなどが結構楽しい。
「シュライン様、こんばんは」
しずしずと店に近づき挨拶をしてきたのは、亜真知だった。クリスマスマーケットというものが初めてであちこちの店を眺めてきたのだが、主に食べ物などの店やオーナメントなどを売っている所が多いらしい。この辺りは日本の神社の出店と似たようなものだと思う。
「あら、亜真知ちゃん。クリスマスに着物ってのもなかなか素敵ね」
「ありがとうございます。シュライン様のお店の具合はどうですの？」
そう聞かれ、くすっと笑いながらシュラインは持参してきた毛糸玉とマフラーを亜真知に見せた。ものすごく忙しいというわけでもなく、ゆっくりと演奏などを聴きながらマフラーを編むぐらいの余裕はある。普段は客側から店を眺めるのだが、たまにはこうやって店側から街を眺めると、また色々な発見がある。
「ぼちぼちって所ね。でも、クリスマスマーケットに来る人たちって、皆幸せそうだからこっちで見ていてもつい観察しちゃうわ」
「そうですわね。この辺りは日本のお祭りと同じで楽しそうですわ。わたくしはクリスマスマーケットが初めてなので、興味深いです…結構甘い物のお店が多いんですね」
元々長い期間でやるマーケットなので、長期間の保存が利くようにとスパイスが利いたものや甘みの強い物が多く売られている。シュトーレンもナッツや砂糖、スパイスがしっかり入っているので一ヶ月ぐらいもつらしい。
「うーん、クリスマスと合わせて新年も祝うお祭りだから、おせちみたいに保存が利く食べ物が多いのよ。亜真知ちゃんは何か食べた？」
ゆるゆると亜真知が首を横に振る。まずは店を回ってみようと思っていた所なので、一軒一軒のお店はまだじっくり回っていないのだ。
「まだですの。これから蒼月亭に行ってご挨拶してきますから、その時に何かお勧めを伺おうと思っています。シュライン様が作ったこのラム酒漬けのフルーツを一つ頂いていきますわね」
「ありがとう。お互い楽しみましょうね」
結構人がいるマーケットを歩きながら、ヴィヴィアンは麗虎と一緒にアップルワインを飲みながら暖まっていた。店先に並べられたクッキーなどを眺めたりしながら、ゆっくりと席で足を伸ばす。
「ヴィヴィアン、俺ちょっと写真撮ってくるからその辺でゆっくりしてて」
「うん、麗虎も頑張ってね」
あちこちの店も見たし、可愛い小物や人形なども買ったりした。今度は手伝いをしたりするのも良いだろう。ひょい…と蒼月亭の店先に行くと、中ではナイトホークや香里亜と一緒に魅月姫が鍋に入ったワインをカップに注いだりしていた。それに気付き、ヴィヴィアンはひらひらと右手を振る。
「こんばんは。魅月姫もお手伝いしてたんだね」
「ごきげんよう。近くに来たら香里亜達が忙しそうでしたので、少しお手伝いしようと思ったの」
そうやって話をしていると、赤い帽子を被った香里亜がいそいそとやってきた。
「いらっしゃいませ。私、これから休憩なので良かったら一緒にマーケット回りませんか？皆さん色々なお店出してて楽しいですよ」
試食用のクッキーを一つつまみ、二人は顔を見合わせる。
「私は香里亜と見て回ろうかしら」
「ヴィヴィアンは、その間ホークちゃんをお手伝いするね。皆で休んじゃったら大変そうだし」
にこっ。
ヴィヴィアンはそう言って微笑むと軽い仕草でカウンターに入っていく。
「ホークちゃん、香里亜が休憩の間ヴィヴィアンがお手伝いにはいるね♪」
「おう、サンキュー。注文が来たらプラスチックのカップにスープとかグリューヴァイン入れるだけだから」
二人いれば店の方は大丈夫だろう。魅月姫は香里亜の手を引き、外に出ようとする。一人で見ても楽しげだが、やはり誰か一緒の方がいいし、それが香里亜ならなおさらだ。
「じゃあ行きましょう。香里亜のお勧めとかあるのかしら」
「えっと…クリスマスワッフルとか美味しかったですよ。一緒に食べましょう」
「むう、退屈ですね…」
「翠サン、さぼらないで店番やって下さい」
景品が置いてある店で、翠とヴィルアは二人で店番を続けていた。時々交代で休憩に行ったりもするのだが、翠が会ってみたいと思った篁 雅輝の姿も今のところ見えず、何となく二人でまったりとした時間を過ごしている。
「こんばんは、翠さんヴィルアさん」
「おや、立花殿に黒榊殿ではありませんか」
二人仲良くやって来た魅月姫と香里亜を見て、翠はほんの少しだけ微笑んでみせる。蒼月亭のイベントなどでも顔を合わせてはいるのだが、あまり親しく話をしたわけではない。
こそにヴィルアがプライズ物のぬいぐるみを持ってやってくる。
「いらっしゃいませ、お二人とも。可愛いぬいぐるみがありますから、お揃いでいかがですか？」
割と不真面目に店番をやっている翠と違い、ヴィルアは客に品物を勧めたり時にはからかったりしつつ着々と商品を売っている。そのぬいぐるみを手に持ち魅月姫は辺りを見渡した。
「ゲームセンターの景品が売っているお店なのね」
「ええ。なかなか取れない商品も、こうやって買えますよ。最近の景品は出来が良いんです」
本場のクリスマスマーケットとは趣が違うが、こういう物が手に取れるのもいいだろう。手渡された黒ウサギの人形を取ると、魅月姫はそれと対になった白いウサギも手に取る。
「ねえ香里亜、このぬいぐるみは可愛いわ。お揃いで買わない？」
「そうですね。じゃあ翠さんこれお願いします」
「ありがとうございます」
夜も更けて客足も少し減ってきた頃、シュラインは店をたたみクリスマスマーケットを見て回ることにした。プレゼントは既に渡してあるが、出店を見回って何か事務所にお土産を買っていくのもいいだろう。
「あ、シュラインさーん。アーモンド安くするから買ってってーぇ」
歩いているシュラインに、雅隆が声を掛けてきた。そこに近づいていくと、雅隆が売っている品物も残り少ない。
「ドクター。ドクターもお店出してたのね」
「えへ。やっぱりクリスマスってウキウキするよね。なんかこうやって皆で仲良くできるのっていいなーって思って。はい、飴がけのイチゴプレゼントー」
小さなイチゴ飴をもらうと、ステージの方からはクリスマスの演奏が聞こえてくる。
ささやかだけど平和なクリスマス。それが一番楽しくて、嬉しいことなのかも知れない。シュラインは持っていたマフラーを雅隆の首に掛けた。店をやっている家に編んでいたのだが、その間に一本出来てしまった。
「ドクターにプレゼント。Merry Christmas」
突然マフラーをもらった雅隆は、一瞬何が起こったのか分からず辺りをきょろきょろと見渡した後、何故か周りにいた研究員達に向かってこう言った。
「…えーと…シュラインさんにサービスでアーモンド一年分！」
「ドクター、そんなにアーモンドありません」
「わ、私もそんなにもらっても困っちゃうから…あ、雪」
空を見上げると、細かい雪が少しずつちらついてくる。
その雪を見上げながら、シュラインは今年一年のことを思い出しながらふっと息をついた。
fin
◆登場人物（この物語に登場した人物の一覧）◆
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
0086／シュライン・エマ／女性／26歳／翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員
6157／秋月・律花／女性／21歳／大学生
6392／デュナス・ベルファー／男性／24歳／探偵
4916／ヴィヴィアン・ヴィヴィアン／女性／123歳／サキュバス
6118／陸玖・翠／女性／23歳／（表）ゲームセンター店員（裏）陰陽師
6625／桜塚・詩文／女性／348歳／不動産王（ヤクザ）の愛人
6777／ヴィルア・ラグーン／女性／28歳／運び屋
4682／黒榊・魅月姫／女性／999歳／吸血鬼（真祖）／深淵の魔女
5566／菊坂・静／男性／15歳／高校生、「気狂い屋」
1593／榊船・亜真知（さかきぶね・あまち）／女性／999歳／超高位次元知的生命体・・・神さま！？
◆ライター通信
ご参加ありがとうございます。水月小織です。
まず納入が遅れたことをお詫びいたします。申し訳ありません。
今回は、最初と最後のシーンが個別になっています。
本当はもっと色々わいわいという感じにしたかったのですが、プレイングが反映されていない所も多くなってしまいました。それぞれのクリスマスマーケットが出ているといいなという感じです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってくださいませ。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。
ご参加下さった皆様に感謝を。
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