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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


もう一人の自分

 早朝、目覚めた暁美は、上体を起こして紫の瞳に窓の外に広がる青い空を映した。
「デステニーランドで待つ」
 思い出す。夢の中で出会った少女の言葉を。
 こいと言った。少女が自分と同じ存在であるならば、それは、自分を捕らえる為の罠に違いない。
 だが、行かねばならない。
 素早く着替えを済ませると、暁美は家を後にした。

 デステニーランドに急行した応仁守・瑠璃子は、二人が入ったとされるお化け屋敷の裏口にいた。
 最初は正面から行こうとしたのだが、遊園地スタッフによって入り口は封鎖されていた。私服で潜り込んでいた部下の鬼神党員に話を聞くと、どうやらよからぬ事態になっているようだ。一般人に怪しまれぬように、また内部にいるであろう暁美と早く合流する為裏口からの侵入となった。
 小型のインカムを取り付け、今も情報収集活動を行っている鬼神党情報部員達からすぐに情報を受け取れるようにする。すると、まるで待っていたかのように部下から情報が入ってきた。どうやらこの病院で本来の意味での怪奇現象は起きておらず、そういう噂を流して客を集めようという企業の戦略によるものらしい。
 残念ながら、暁美を開発した組織との関連性は掴めていなかった。
(暁美…)
 暁美が無事であることを祈りつつ、万が一の場合の対処指示を部下に下すと瑠璃子は内部に突入した。
 人の気配は無い。瑠璃子は鬼の血を覚醒させた。
 覚醒できた。付近に暁美はいないようだ。
 内心から沸き起こる不安を抑え、瑠璃子は奥に進んだ。

 今にも消えそうな赤い灯の下、ブルーノ・Mは一人通路を歩いていた。
 静寂を行く通路に、人の気配は感じられない。どうやら外で何かあったようだ。多分、自分が入ったすぐ後に閉鎖されたのだろう。後方からは、足音は全く聞こえない。
 静寂。お化け役、驚かし役のスタッフもいないようで、おかげで噂の怪奇現象も起きやしない。
「僕と同じ存在、か」
 カトリックの情報組織から伝えられた、天宮暁美という霊鬼兵。
「会ってみたいなぁ…」
 しかし、その為にはまず彼女に迫る脅威を排除せねばならない。
 決意を新たにするとブルーノは神経を研ぎ澄まし、静寂の中に隠された音を拾い集め始めた。

 薄暗い廊下で、二人の霊鬼兵は戦いを繰り広げる。否、それは戦いというよりも狩りであった。
 相手の素早く正確な攻撃に、暁美は何もできず、ダメージを利用して逃げる事しかできない。
 霊鬼兵故に致命的なダメージには至っていないが、時間の問題だろう。
 圧倒的に不利な状況。それでも、暁美は諦めていなかった。
 近くの病室に逃げ込む。病室には数台のベッドだけが置いてあった。しまったと思った。
 気持ちを、呼吸を整えながら、悠然と歩いてくる霊鬼兵へ暁美は問うた。
「何故、ここで戦うと言ったの」
「この場所を提供したのは我が組織。故にお前を捕らえる為の手筈を整えるのは容易い。それに、ここならば一般市民に危険を及ぼす心配は無い」
 両肘と両膝に鋭い痛みが一瞬走った。何かと思った時には、暁美の体は地に倒れていた。四肢に力が入らない。
「神経弾。一時的に神経を殺させてもらった」
 じりじりと、もう一人の暁美が距離をつめてくる。その顔には何の感情も無かった。
「殺しはしない。このまま捕獲させてもらう」
 もう一人の自分が、ぬっと手を伸ばしてきた。髪を捕まれ、軽々と持ち上げられる。
「…捕獲しても、外に出れば多くの人の目に触れることになる」
「根回しは済んでいる。退路は確保済みだ」
 絶望に顔を歪ませる暁美。その時、風が吹いた。
 凄まじい速度で壁に激突し、壁を砕きながら更に吹き飛ばされる霊鬼兵。
 一瞬の無重力感覚。宙に放り投げられた暁美の体を、柔らかな腕が受け止めた。
「世話を掛けるのは、迷惑掛けるのと違うのよ。自分の出来る事をやるのと、全て自分でやろうとするのもね」瓦礫の向こうに消えた霊鬼兵に闘気を向けるその人は、目を閉じたまま諭すように言った。暁美の心に熱い何かがこみ上げてくる。
「あ…」
「お姉ちゃん、参上」
 応仁守瑠璃子は、静かに目を開いた。

「お姉ちゃん」
「大丈夫、暁美?」
 暁美を降ろし、瑠璃子は様態を観察した。ぱっと見、目立つ傷は負っていないようだ。内心で安堵を吐いた瑠璃子に、暁美は申し訳無さそうな顔をした。
 どうした、と問おうとして気付いた。暁美は右手を挙げようとしたが、間接に撃ち込まれた弾丸のせいで動くことが出来ないのだ。
 自力では動けぬその姿に、瑠璃子は自責の念に貫かれた。
 そんな彼女の内心を察したのか、暁美は弱々しく微笑んだ。
「大丈夫。それより」
「民間人の侵入は禁じた筈だが…否」
 瓦礫の向こうから聞こえてきた声。続いて埃を払いながら現れた顔は、それは紛れも無く暁美と同じモノである。
 普通ならば同じ人間がいる事に驚愕するだろう。だが、瑠璃子はそれが何故暁美と同一なのかを知っていた。
「暁美を生み出した組織が作った、霊鬼兵」
「能力者…しかも組織を知っている」
 暁美を探す傍ら、瑠璃子は多くの情報を得ていた。最も、情報といってもこの遊園地と組織が癒着関係にあるという位で、詳細な情報は殆ど得られていない。それでも相手の正体と目的は、大体はわかった。
「ならば排除する」
 霊鬼兵は拳銃を投げ捨てると、静かに間合いを図る。
 瑠璃子は警棒を構えた。
 暁美のおかげで、能力は使えない。合気道と護身用警棒では、厳しいかもしれない。
 だけれども、引く訳にはいかなかった。
「暁美を渡す訳にはいかない!」

 ブルーノは徐々に近くなってくる戦闘音を聞きなはがら、自分が正しい道を進んでいる事を実感し、哀しくなった。
(出来る事なら、戦いを止めて欲しい)
 同じ存在同士、同じ技術で作られた命が、何故戦うのか。
 早く止めなきゃと、急ぎ足で道を行く。いた。
 無表情のまま、女性と戦っている暁美…いや、違う。情報通りならば、暁美には感情がある。ならば同型か。
 戦っている女性は、まるで何かを守っているかのように、最小限の動きで霊鬼兵に一撃を叩き込む。霊鬼兵の技を受け流し、その力を利用して壁に叩きつけている。合気道という奴だ。
 女性の後ろにいた人物を見て、ブルーノは状況を理解した。そしてはらはらと戦闘を見守るその人物にそっと歩み寄ると、元気に挨拶をした。
「暁美さんですね? お会いできて嬉しいです!」
 場違いな朗らかな声に、暁美はおろか戦闘中の二人でさえ動きを止めて彼に注目した。
「誰?」
「僕も、あなた方と同じ力で生み出された者です」
 ブルーノの言葉に瑠璃子は眉を潜め、暁美はその意味を理解しようと首を傾げ、霊鬼兵は戦闘態勢を維持したままじっと闖入者を見つめる。
「他組織によって作られた兄弟か」
「あなたは、闇の中に居続けて良いのですか? ただの人とは違う生まれでも、穏やかな光の中を生きているのは、暁美さんだけではないんですよ」
 霊鬼兵は瞼一つ動かさず、じっとブルーノを見つめる。
「回収を継続する」
「…聞いてはいただけませんか」
 霊鬼兵は小さく頷いた。その目はブルーノに注がれていない。
「任務内容の変更を確認。試験体と他組織の霊鬼兵の捕獲」
 まるで機械そのものの、抑揚の無い声。
 霊鬼兵の言葉に、ブルーノは残念そうに首を振った。
「それでは機械ですよ…それでは!」

 それは、霊鬼兵にとって予想外であった。ブルーノの姿が消えたと思った瞬間には、眼前に現れていた。咄嗟に迎撃を行おうとする。
「確かに、技術は凄いです」
「ですが」
 それよりも早く、ブルーノの掌が顎に触れた。そこに力はこもっておらず、正に触っただけという表現が正しい。
「経験が足りていません」
 しかし触れられただけで、霊鬼兵の体から凄まじい勢いで力が抜けていく。
 ブルーノの掌が離れると、霊鬼兵の体は糸が切れた人形のように床に転がった。
「力を相殺させて頂きました」
 力を失い全身を虚脱感に包まれながらも、ブルーノは目を瑠璃子に向けた。
 その意図を理解すると、瑠璃子は駆けた。
 素早く霊鬼兵に圧し掛かり、相手を取り押さえる。霊鬼兵は抵抗を試みたが、力を失った今、瑠璃子の力に抗う事はできなかった。
「任務失敗。消去ツール起動。消去実行」
 呟いた直後、霊鬼兵の体が崩れだした。まるで風に吹かれる砂山の様にさらさらと崩れていく。
 あ、と思った時には、霊鬼兵は一握りの灰となっていた。どこからか一陣の風が吹き、霊鬼兵だった灰を彼方へと運んでいく。
 瑠璃子は立ち上がると、暗い天井をきっと睨みつけた。その先に、この戦いを監視していたであろう「組織」を見据えつつ。
「暁美を奪おうとするというのならば」
「我が一族、いつでも相手になるわ」

 部下からの連絡で、そろそろ潮時と知ると瑠璃子は暁美に振り向いた。毒が抜けたようで、義妹はエネルギーを失ったブルーノに肩を貸していた。感謝の言葉を延べながらも、ブルーノの顔は赤い。
「どうしたの?」
「…あの、僕の事をお兄さんと呼んでも良いんですよ」
 きょとんとする暁美。ブルーノは赤面したままだ。
「…お兄、さん」
 1拍の間を置いて放たれた言葉に、ブルーノは更に真っ赤になる。
 その和やかな空気に瑠璃子は苦笑すると、ブルーノに自己紹介をして、退路は確保してあるから共に脱出するよう告げたのだった。


■登場人物
【1472/応仁守・瑠璃子(おにがみ・るりこ)/女性/20歳/大学生・鬼神党幹部】
【3948/ブルーノ・M(ぶるーの・えむ)/男性/2歳/聖霊騎士】

■ライター通信
 こんにちは、檀 しんじです。
 ご参加頂き誠にありがとうございました。
 演出上の都合で、台詞に若干のアレンジを加えさせて頂きましたが、如何でしょうか。
 またご縁があればお願いします。