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<クリスマス・聖なる夜の物語2006>


夢幻の樹、願いの星


 街の様子が変わってきたのは、12月、日本では師走と呼ばれる月に入った頃からだったように思う。『年末』と『新年』に向けて、人々はせわしなく行き交い、準備をするのだ。年越し、というのは人間たちにとって重要なイベントになっている。そして、もう1つ。人間たちが何故か楽しみにし、いそいそと備えるイベントがあった。クリスマスだ。年末直前の大イベントを明日に控え、いつもの街並みが見違えるように飾り付けられている。確か日本は仏教国だと以前聞いた気がしたのだが、と思いつつ、きらめくイルミネーションの下を、黒榊魅月姫(くろさかき・みづき)はゆっくりと歩いていた。
つま先にこつんと当たったそれを拾い上げた時は、どこかのツリーから落ちたオーナメントの一つだと思った。頭に輪のついた、小さな星。だが、まわりにそれらしい木は無く、どうしたものかと思っていると、ふいに背後から声をかけられた。
「魅月姫どの」
 振り向いて、少し驚いた。久しぶりに見る友人がそこに居たからだ。真白な髪をした少女だった。名前は、天鈴(あまね・すず)。今日は背に大きな籠を背負っており、中には今拾ったのと似たような物がころころと入っている。
「久しいのう」
 微笑む彼女に、魅月姫も真紅の瞳を少し細めた。それだけで、気持ちは充分に伝わる。
「久しぶりですね。これは…鈴のものだったのですね」
だが返そうとすると、彼女はいや、と首を振り、
「手にしたからには、それは魅月姫どのの『願い星』」
 と言った。
「願い星?クリスマスのオーナメントでは…」
「まあ、似たような物ではあるがの。それを吊るすのはただののつりぃでは無い。遍く世界にたった一本の、不思議の木よ。常人には見えず、稀に見えたとしても幹へ至ることは難しい。じゃが、願い星にを手にする事の出来た者ならば、話は別じゃ。星はその者の願いに応じて道を開き、ふさわしき枝に導くであろう。すぐに願いが叶うか否かは別として、その助けくらいにはなると思うぞ?」
 木が現れるのは、24日の24時。道はその瞬間に開くのだと、彼女は言った。魅月姫は真紅の瞳を少し細めて、頷いた。瞳以外は自分と真逆の色合いをした彼女と最後に会ったのは、随分前の事だと記憶していた。元気そうじゃ、と喜ぶ鈴と顔を見合わせて微笑んでから、鈴はふと辺りを見回した。賑やかに飾り付けられたショーウィンドーの前を、人々が足早に行き交っている。街に流れるのはクリスマスソングのメドレーだ。
「今日明日を過ぎれば今度は年越しに向けて一直線じゃ。せわしないせわしないと言うならば、こうも祭を増やさねば良いものを、と不思議に思わぬでも無いが…」
 鈴の言葉に、魅月姫も頷いた。
「でも、街がこうして賑わうのを見るのは…」
「悪うない、か。わしも同じじゃ」
 魅月姫の微かな表情を見取って、鈴がにっこりと笑う。その背の籠に目をやって、魅月姫は再び手の中の星に目を落とした。小さな星。思ったよりもごつごつとしていて、何だか少し暖かいような気がする。願いを叶えてくれるのだ、と鈴は言った。叶えて欲しい願い。しばらく前の魅月姫ならば、すぐさま『探し人』の事を思い浮かべただろうが、今はその件については一応片がついている。特に見つからない場合はどうするのだろう、と思いかけた魅月姫だったが、少し考えて、顔を上げた。
「願いが、見つかったようじゃな」
 鈴が微笑む。
「…ええ。星に、叶えてもらえるようなものかは、わかりませんが」
 ほう、と鈴が目を細める。すぐ傍にあった仕掛け時計が11時を告げた。樹が現れる真夜中まで、まだ少し時間があるようだ。
「少し、歩こうかの」
 鈴の言葉に頷かぬ理由は無かった。クリスマスイブの街を並んで歩きながら、魅月姫は始めのうちこそ鈴に問われるままにぽつりぽつりと、やがて自ら、これまでの事を語りだした。永遠に近い時を経て、ようやく『あの方』に巡り会えた事。今は『あの方』の元で暮らしていると言う事。
「そうか。良かったではないか!魅月姫どのの永年の願い、叶うたのではないか!」
 鈴は表情を輝かせてそう言った後で、ふっとかすかな笑みを浮かべた。
「…だが、それでおしまい、というようなものでも、無いようじゃのう…」
「鈴…」
 魅月姫は一瞬息を呑んだが、鈴の笑顔を見て、諦めたような溜息を吐いた。どうやら、お見通しらしい。
「わかりますか」
 鈴は勿論、と頷いて、
「わしも、探して居る相手がおる故。わかる。巡り会えたその時の気持ちも、今の不安にやもどかしさも、察しくらいはつく」
 と言い、溜息を吐いた。
「鈴。…私は、贅沢なのでしょうか」
 やっと出会えたと言うのに、それだけで満足しない自分を、魅月姫は最近そんな風に思う事があった。旅している間は、再び会えれば、あの方の下に帰れるのなら、それが全てと思っていたのに。
「あの方を近くに感じていられるだけで良かったはずなのに。今は、それだけでは辛いのです。深い溝に隔てられているような気がして、ならないのです」
「そうさのう。…羨ましいとは思うが。決して贅沢とは思わぬぞ?それに、その溝とやらの正体も、わからぬではない」
 意外な返答に少し顔を上げた魅月姫に、鈴がふっと優しく微笑んだ。
「なあ、魅月姫どの。『探し人』に再び巡り会えたその時、何を思うたかの?」
 魅月姫はしばらくの沈黙の後、小さな声で、
「憎い、と思いました」
 と答えた。ずっと、探していたのに。あの方の下に帰りたくて溜まらずにいたのに。そして何より、本当に憎んでなぞいないのに。まずそんな感情がこみ上げた事に、魅月姫自身が驚いたのだ。だが、鈴は無理も無い、と頷き、
「忘れられぬもの故」
 と目を伏せた。何を忘れられぬのか、と問う必要は、魅月姫には無かった。無論多分に状況は違うだろうが、鈴もまた、大切な者に去られた事があるのだ。忘れられぬ記憶。それは、独り残された時の思いだ。
「仕方の無い事じゃ。大切な相手を失うた事のある者は、皆そうなる」
 慰めるように鈴が言ったが、魅月姫は静かに首を振った。
「再び会えたあの方は、以前と変わりなく私を受け入れて下さった。何も変わりなく…。私はそれが…嬉しくて…寂しいのです。あの方にとって、あれは取るに足らない事だったのかも知れない。…もし再び会えなければ、もしかしたら…」
 そう思うと、大切な一歩がどうしても踏み出せなかったのだ。しばらくの沈黙の後、鈴がぽつりと聞いた。
「魅月姫どの。…星に、何を願う?」
「…もう少し、傍に」
 『あの方』に、近付きたい。何か、きっかけさえあれば…。手の中の星が、震えた。願いを叶えてくれるというのだろうか。じっと星を見つめる魅月姫を見て、鈴がくすくすと笑った。
「案ずる事は無いぞ、魅月姫どの。力の及ばぬ事も無いではないし、叶える時間もまちまちではあるが、そやつらは総じて律儀じゃ」
 まるで星が生きているかのような言い方に、魅月姫もほんの少し、表情を和らげた。それを見てまた、鈴が微笑む。何時の間にか駅前に来ていた。時刻は、真夜中。仕掛け時計の音楽が流れ出したと同時に手の中の星が輝きを増し、樹が現れたと告げた。
「鈴、樹は、どこに…?」
 辺りを見回した魅月姫に、鈴はふふ、と悪戯っ子のような顔で笑って、上を指差した。それでも分からずにいると、鈴はぽん、と飛び上がり、空中に着地した。一瞬驚いたが、良く見ると彼女の足元はほんのりと白く輝いており、更に目を凝らすと銀色の太い枝の上に立っているのがわかった。すると、途端に世界のコントラストが逆転した。もと居た街は色を失い、銀色の巨樹の世界が魅月姫の前に現れた。
「後は星が導く。魅月姫どのも飛んで見ると良い」
 鈴の言葉に従って、飛び上がる。星は手の中で更に輝きを増していく。かけるべき枝が見つかったのは、枝をいくつか飛び越した頃だったと思う。手の中で、ちりん、と音を立てた星を、魅月姫は願いをこめて枝にかけた。星が一際明るく輝いて枝の中に消えて行った後、魅月姫も何度か会った事がある、セレスティ・カーニンガムの姿を見つけたという鈴に誘われて、二人で彼の所まで飛んだ。
「これはこれは。鈴さんに魅月姫さん、こんばんは」
 微笑むセレスティに、鈴は満面の笑みを、魅月姫は小さな会釈を返した。セレスティとは、鈴と同じくらいの頃に知り合った。銀色の豊かな髪と、海のような瞳をした不思議な人物だ。彼と鈴の話から、セレスティは夢の中からこの樹にアクセスしたらしいと知った。彼が願い星をかける枝を見つけるのに付き合いながら、鈴の話を聞いた。
「願い星はな、元々はこの樹の枝の欠片なのじゃ。それが何時の間にか世界のあちこちに散らばったのを、こうして戻してやるのがこの夜の決まりよ」
「願いを叶える、と言うのは?」
 セレスティが聞いた。
「この樹そのものが、大きな力の結晶のようなもの故、そのような言い伝えが広まったのじゃ。確かに力はあるが、願いを叶えられるかどうかは手にした者の想いや力次第」
 鈴はさらりとそう言うと、振り返った。大丈夫。魅月姫どのの願いもきっと。…魅月姫とは少しだけ色合いの違う紅い瞳が、そう言っていた。気づくと樹のあちこちで、同じ様な光景が繰り広げられていた。半分は人間のようだったが、残り半分は明らかに人ではない。中には魅月姫の知る限り、この世界の者ではなさそうな者も数多く居た。ちりん、ちりん、ちりん。かすかな音が樹のあちこちから聞え始める。
「皆が星をかけ終わったら、どうなるんですか?」
 セレスティが聞き、鈴がくすっと笑って、
「じきにわかる」
 と言った。そして…。
「これは…!」
 魅月姫は珍しく声をあげて、真紅の瞳を細めた。セレスティも同じだった。それは突然巻き起こった、光の嵐だった。目を閉じてすら感じられる膨大な光の洪水が、三人を巻き込んで消えた瞬間、深い闇に包まれているのに気づいた。
「今わしらは、あまねく世界の外側に居る。…そして、あれが、あの夢幻の樹の真の姿」
 鈴の声が聞こえた。銀色に輝く巨大な樹が、目の前にそびえ立っていた。大地は見えない。ざわり、と揺れて枝が伸びていくのがわかる。願い星が新たな枝になっているのだ。
「あれは数多ある世に同時に存在し、またどこにも無いもの。全ての世界を繋ぐもの。我らが外からこれを見られるのは、今この時をおいて他にない」
鈴の言葉が終わるか終わらないかのうちに、ぐん、と樹に引寄せられるのを感じた。ああ、元の世界に戻るのだ。目の前を、いや、周囲を様々な世界がぐるぐると廻る。時代を超え、空間を越えて元いた世界に戻るまでの間、魅月姫は懐かしい風景と見知らぬ世界を何度も行き来した。最後に、今の街の姿を見た。中にはベッドで身を起こして居るセレスティの姿もあった。知っている少女の姿もあった。いつもの通りの和装で、夜道を年上らしき少女と共に歩いていた。彼女らもまた、星を手渡された一人なのだろうか。それから…。

 庭に、その花が咲き始めたのは、クリスマスが終わった翌日の事だった。5月に咲くはずの小さな青い星のような花が、魅月姫の庭に今を盛りと咲き乱れていたのだ。狂い咲きするような気候ではない。そもそもここに咲くはずの無い花なのだ。魅月姫はすぐに、その花に託された言葉を思い出した。『私を忘れないで』。あまりに有名な花言葉は、そのまま魅月姫の胸に沈んでいた不安に重なった。私を忘れないで、もう、置いてゆかないで。
「これを、あの方に…?」
 花は何も答え無い。けれど、魅月姫には分かる。これはあの、願い星の力なのだ。眩しいばかりの冬空の下。春の花はきっとすぐに消えてしまうだろう。ほんの少し考えてから、魅月姫は『あの方』のもとへ向かった。いつものようにドアをノックし、現れたあの人に言うのだ。
「庭で、お茶を飲みませんか?」
 そして、勿忘草を見ながら、これまでしなかった話をしよう。『あの方』のもっと傍で、これからの日々を過ごせるように。

<終り>





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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4682 / 黒榊 魅月姫(くろさかき・みづき) / 女性 / 999歳 / 吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】

<登場NPC>
天鈴(あまね・すず)


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■         ライター通信          ■
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黒榊魅月姫様

だいぶご無沙汰しております、ライターのむささびです。ご参加、ありがとうございました。お楽しみいただけたなら良いのですが…。魅月姫さんはもっと強い方だなあとは思ったのですが、『あの方』に対する気持ちは他とは違うものがあるのでは?と思ったので、こんな顛末になりました。もしも弱すぎると思われたら申し訳御座いません。かわいらしい花に託された少々切ない言葉に、『あの方』が気づいてくれる事を、鈴ともどもお祈りしております。それでは、またお会い出来る事を願いつつ。
むささび。