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<東京怪談ノベル(シングル)>


〜束の間の休息〜




【1】




 ―――日常を送る人間にとって、刺激とは必要不可欠な要因である。



 「……暇、かも知れないわねん?」


 少なくとも……彼女、桜塚・詩文にとってそれは、十分に頷ける意見であった。

(勿論、その時間に何かをすることは出来るけれど?)

 現在――彼女は、自宅のベッドの上で物思いに耽る程度に暇である。
 何故なら、詩文が経営するスナック『瑞穂』が、現在のところ改装中なのであった。

 ―――故に。
 
 彼女は今、時間をどのように有効活用しようかという題目で頭を悩ませている。
「うーん……本当に、どうしようかしらねん?」
 勿論、改装は必要なことだ。
 だが……まさか、此処まで暇な状態になるとは!
「暇を潰せそうなところ、かぁ…」
 詩文はひたすらに考える。
 元々、集中して思考することは嫌いではない…。
  

 やりたいことは何か?

 行きたい場所は無いか?


「…あ」
 そこまで色々と考えていて―――彼女は思い当たった。
「そうよ、うってつけの場所と用件があったわん♪」
 ………そう、彼女は唐突に思い出す。
 以前、草間興信所の依頼で共に事件の解決に当たった、一人の天狗。
 同時に、奥ゆかしき日本文化を自分に教えてくれたことのある、一人の男の存在に。
「うん、うん…悪く無いじゃない?」
 がばっ、とベッドから起き上がって、彼女はすっかり目の覚めた思いで行動を始める。
 やることを決め、冷静に吟味したなら―――その後は、スムースに行動するのが最良であるのだから。
 

「そう言えば久し振りねぇ……元気にしてるかしら、梢師匠は♪」

 ……その心境を喩えるなら。

 次の日の遠足を楽しみにして相好を崩す、小学生にも似た想いだった。






【2】



 ―――翌日。

「よし、到着ねん?」

 天狗が棲むと噂される山の前で、腰に手を当て微笑んでいる詩文がいた。
 ……その姿は、いつものような大人の女性をイメェジさせるそれではない。
「…なんとなーく、こっちで行きたい気分なのよねん♪」
 そう。
 いつぞやの梢を訪問した時と同じく、今回も彼女は術を使って「小さな詩文」と化していた。

「さて、こっちからだったかしらん…?」
 早速山へ向かおうという気概は、実際早足で彼女を山へと歩かせ……
 そして、その御山へ分け入ろうとする直前でぴたりと止まり、彼女は一礼する。
「―――お邪魔します。神聖なる御山に足を踏み入れることをお許し下さい」
 それは、普段の彼女らしからぬ折り目正しい一礼であるが―――
 彼女とて魔術師であり、それ以前に礼儀を弁えた大人である。

『…――…―…』
「うふ、どうもありがとうございます♪」
『…♪』

 神聖なるヤマ、人ならざる異人が住む領域へ踏み込む意味は理解している。
 御山に棲む精霊、そのカミに一礼してから、彼女は山に入るのであった。
 ……その厳粛な空気に、どこか懐かしさを覚えつつ。








 ―――さて。
 
 場所は変わり、山の奥である。

「ふむ……」

 そこは、人が歩く音さえも滅多に聞こえない聖域で。
 ……聖なる属性故にどこか長閑な山の中。天狗の梢は、今日も時間を過ごしていた。
「―――うむ、美味い」
 巨大な石の上から釣り糸を垂れ、片手で酒を呑む姿勢は悠然としていて。
「今日も……良い天気だのう」

 ―――そんな駄目人間といった風を前面に押し出した彼の周囲は、今日も平和だった。

「…」
 雄大な自然の中でのんびりと時間を過ごしながら、彼は欠伸を噛殺す。
「はて、今日の暦は……いかんな。どうも忘れがちになる」
 また、今日は自分のところへ遊びに来る奇特な子供達も来ていない。
 ならばこのまま釣りを続け、陽が落ちて終わりという筋書きなのだろう……のんびりと考える。
(いや、いっそもう寝るか?)
 そして―――そんな結論に至り、いそいそと釣り竿を仕舞う。残念ながら成果はゼロだ。
 世知辛いことだな、と呟いて彼が腰を上げ……山の奥に消えようとしたところで、


「梢師匠、御久し振りです♪」
「む?」


 がさりと、元気に茂みから顔を出した詩文と視線がかち合った。

(おや…)
 眉を寄せ、目を少しばかり見開いたのは本当に一瞬だった。
 ……その一瞬で、すぐに梢はその「少女」の情報に行き当たる。
「いつぞやの少女だな?ほれ、村の子供でもないのに書道を習いに来た…」
「えへへ、覚えていてくれて嬉しいです」
「無論だ。貰ったあの紙は、今も大切にして居るぞ?」
 優しい瞳で微笑んでくる天狗に、それも嬉しいです、と再び詩文。
「それで…どうした、今日は?」
「時間が出来たので遊びに来ました!今も、ぐるっと色々な山の中を探検して来たんですよ」
「そうか…元気そうで何よりだな」
 元気に言ってくる詩文に目を細めて……梢は、小さな彼女の頭を優しく撫でる。
「ならば、歓迎するぞ少女。良く来たな」
「はいっ♪」
「…それで、山の幸でも御馳走してやりたいところではあるのだが――これに関しては時期が悪かったな」
「ふぇ?」
 不思議そうに小首を傾げてくる詩文に、彼は小さく首を横に振ってやる。
 次いで彼が示した籠の中には、残念なことに魚の姿を認めることが出来なかった。
 ……一寸格好悪いな、と苦笑する梢。
「さて、まあ、それでは代わりに山菜や猪の一匹でも…」
「あ、師匠、師匠!」
「うむ?」

 ――――けれど。

「私、ここでお魚を釣ってみたいです!」
「……そうか?」
「はいっ!」
「……そうだな。それも良い……」


 その苦笑は、
 無邪気に笑い、瞳を輝かせる少女の姿を見て、すぐに朗らかな笑いに変わったのであった。







【3】

「大漁ですねっ!」
「うーむ……まさしく」

 そして、数十分も経過した頃には―――

「師匠師匠、これで十匹目です!」
「…そうか」

 弾けるような笑顔を咲かせて、魚篭に大漁の魚を入れる詩文が居た。
 ……ちなみにその隣には、一匹も釣れていない天狗が一人。

「くっ……己を師と呼んでくれる者の前でこの醜態とは、格好が悪い……!」
「?師匠、どうしたんですか?」
「……いや。では、焼いて食べるとするか」
「はいっ!」
 無邪気に首を傾げる弟子に、情けない男の見栄を言ってはいけない。
 作り笑いで詩文に応じながら、いそいそと梢は火の用意をする……


「うむ。やはり、焼魚は単純に塩焼きにするのが一番だな……味はどうだ?」
「はい、美味しいです♪」
 ぱちぱちと火の爆ぜる音を聞きながら、二人は静かな山奥で食事する。
 ……けれど梢は、あまり食が進んでいるというわけでもなく。
「そうか、良いことだ……グミの実やアケビもあるぞ?遠慮はするな」
「はいっ!」

 ただ、彼は。
 詩文が楽しそうに笑うことこそ大切なのだ、と言わんばかりに語り、微笑むのだ。

「…」
「ん?どうした、己の顔などまじまじと見て……ふ、さては見惚れているな?」
「はい」
「はっはっは、嬉しいことを言う少女だ!」
 それを見て――――
(……ああ)
 似ている、と。思わず彼女は思ってしまう。
 自分が過去に愛した、一人の男。

 目の前の彼と同じく人外の、それでいて孤独に震えていた、優しい男を。

「師匠は……」
「っ、と」
 ――――物思いの途中で、彼は自分を抱き寄せる。
「え…」
「……子供が、風邪などひいてはいけないからな。許せ?」
 遅れて、少しばかり寒さを感じさせる風が、ひゅう、と自分たちを襲う。
 ただ、梢が多くを請け負ってくれたお陰で、詩文自身はさほど風を感じなかったが―――
「…」
「どうした……退屈か?すまんな、己はどうも、人の気持ちを汲むのが――」
「いえ、そんなんじゃないんです」

 ああ。
 細かな部分は色々と違うくせに―――何故か、思い出してしまう。
 人狼と周囲から恐れられ、一人で森に住んでいた、『彼』のことを。

 目の前の天狗は、おそらく「孤独」を理解している。
 寂しくて、誰かと交わって。
 それでも、他人より遥かに長い命を持て余して、時々たまらなく寂しくなって――
(全部とは言わなくても……私には分かる。理解、出来てしまう)
 だから、陽気に成る。
 だから、尊大なくせに好きな他人に優しくしてしまう。

「師匠は、寂しくないんですか?」
「時々な。だが、それで己の生を閉ざしてしまおうとは考えんよ…孤独すらも経験であり、友だ」
「…そうですか」
 一度だけ溜息をついて、詩文は傍らの天狗に身を寄せる。
「師匠、口元にお魚がついてます!うっかりさんですね♪」
「む、それは格好悪いな」
「ふふ、取ってあげます♪」
「い、いや別に……」
「遠慮しない!さ、動かないで下さいねっ」
 そして、満面の笑みで彼に向き直る。
 ……ついつい世話を焼きたくなってしまうのは、やはり「彼」の影を見てしまっているからだろうか?
「むぅ…」
「えへへ♪」
(そして……やっぱり、甘えちゃうのよねん?)
 心の中で苦笑しながら、彼女は暖を取るため、梢に抱きついた。






【4】

「そういえば師匠、御山の三つくらい向こうの山に魔物かなにか封じてなかったですか?」
「ううん?」
 食事もあらかた食べ終わった頃、はぐはぐと魚を食べながら、そう切り出したのは詩文で。
 なにやら嫌に具体的な質問に、彼は思わず首を傾げる。
「三つくらい向こう、か…」
「なんか、来る途中に祠かなにかが壊れていて危ないなーと思ってたら襲ってきたの…」
「ふむ?」
「それでね、とりあえず殴っちゃったから追っかけてくるかも……ごめんね。師匠」
 しゅん、と申し訳無さそうに、詩文。
 ……彼女としても、梢に迷惑をかけることは本意ではないし、残念なことだ。
「……気にするな。祠が壊れていたのはお前の咎ではないし……『なにより、お前がそのことで己に謝って顔を曇らせてしまうのは残念だ』」
 だが、梢は笑うだけだった。
 詩文を安心させるように優しく頭を撫で、立ち上がる。


 そして――――

「とりあえず、早いところ片付けて夕飯の支度としような?」
 彼女を抱えて、後ろの茂みから突っ込んでくる「それ」の攻撃を回避した。
「グルルルルル…!!」
「師匠!」
「……覚えがあるな」
 果たして、二人を襲ったのは巨大な熊。
 ―――それも、常人の三倍はあろうかという巨体である。
「以前打倒した、山神の一種だな」
「じゃあ……」
「ああ。ただ、「奴」の場合は気が触れてしまったようでな。誰彼構わず殺すので、己が封じたのだが…」
 やはり手心を加えるべきではなかったか、と苦笑する梢。
 そして、
「では、少し離れていてくれるか?」
 すと、と詩文を離れた場所に置き、彼は一瞬で巨熊との距離を詰めた。
「ガアアアアアア!!」
「吼えるな。客人が嫌がるであろう、たわけ」
 鋭い爪を伴った一撃が梢を襲うが、紙一重でかわして梢が細腕で反撃。
「セイ」
「オオッ!?」
 深くめり込んだ梢の一撃にたたらを踏むが―――
 強引に持ち直し、驚異的なタフネスを武器にひたすら梢へ襲い掛かる!
「ち、面倒な…!」
 攻撃を回避し、反撃を続けながら梢は舌打ちする。
 正直、敵は弱くない。以前倒した時も無傷ではなかった。
(血を見せるのも、な)
 だが―――後ろで見ている少女に、格好良く勝利の勝ち鬨を上げたいという心はある。
「オオオオオオ!!」
「っ、ええい!」
 さてどうしたものか、と迷う中で―――
「師匠!」

 突如。
 雷撃が、敵の身を打ち震わせた。
「これは――!」
 振り向けば、存外気概を整えてこちらを見ている詩文の小さな姿があった。
「お手伝いします!ちゃんと状況は把握してますから気にしないで下さい!」
「…」
(これは、頼もしい)
 どうやら、自分の判断が性急であったか、と彼は己の非を認める。
 ふむ、と軽く息を吐いて苦笑しながら―――梢は言った。
「すまなかった。では、速やかに終わらせよう」
「はい!」

 ―――そうして、戦いは始まる。
 詩文が高速で呪文を紡ぎ、正確に熊の巨体を穿ち続ける。
 彼女がその行為のみに専念できるよう、梢は接近戦で熊の足をその場に縫いとめる。
「アアアアアアア!!」
 多少のダメージは覚悟の上で、熊が梢を超えようとすれば―――
「…おい」
「グ」
「触れるな」

 凄まじい怒気を孕んだ梢が、それを絶対に許さない。

「その穢れた手で、己の友人に触れるな」
「オ…」
「――師匠!」
 そして、熊が彼を振り払おうとする頃には、次の雷撃がその身を襲う。
 ……それは急造コンビとは思えない、息の合った連携だった。


「せあ!!」
 ……あくまで詩文を倒そうとする熊の懐に潜り込んで、掌底で吹き飛ばし、梢が毒づく。
「くそっ、埒があかんな…」
「……それなら、一気に決めてしまいますか?」
「あ―――」
 その呟きを詩文は見逃さない。
 振り向いた彼に、優しく微笑む詩文である。
「嵐。師匠なら、呼べますか?」
「……ああ、或いは」
「お願いしますね♪」
 そして、梢の答えを待たずに彼女は呪文の詠唱を始めてしまう。
 ……今度のそれは、流石に、すぐには完成しない。

「ふぅ…頼もしい少女だ、お前は。それに……」
 そんな風に微笑まれたら出来ぬとは言えん、と。
 苦笑して梢が、天にその右腕を翳す。
「―――期待に応えよう。そして、その間御身は己が守り切る」
「グ……」
 
 ―――暗雲が、一挙に空を覆い始める。

「ガアアアアア!」
 こちらが勝負に出ようと決めたのを察知したのか、敵は出鱈目に風の刃を放ってくる。
 その速度と数、そして威力は流石だが――
「……舐めるなぁぁぁあぁぁ!!」
 梢は全てを左腕の一振りで掻き消し、背後の詩文には傷一つ付かない!
「オ!?」
「この己が守ると誓ったのだ。己の友は、汚させんよ……!」


 そして。
「師匠、これで晩御飯が食べられますっ!」
「ふ……それは、良いことだな」

 嵐の中で。
 天狗と魔女が視線を絡み合わせて、笑った。

「いっけえぇぇぇぇぇ!!」
「ギャアアアアアアア!?」
 まさしく、それは神鳴る力。
 詩文が放った希代の魔女の一撃が、神速の速さで空間を駆け敵を穿つ!
「…では、嵐ももう要らんな」
「はい♪」
 
 ……ぐらりと敵が揺れ、崩れ落ちる。
 ぶすぶすと煙を上げる黒焦げのそれは、おそらく二度と立ち上がることはあるまい。
(しかし…末恐ろしいな)
 そして、梢は思う…これだけの威力を出せる魔術師が現代に何人居るだろう?
 否、おそらく、嵐を呼ばずとも一級の―――
「師匠?」
「ん…何でも無い」
 素直に彼女の才を認めて感嘆する彼に、訪れるのは余りにも無邪気な笑み。
 ……こちらばかり顰め面をしていては、駄目だろう。

「では、夕食としようか!」
「はいっ」
「それと―――この山には温泉もある故な。存分に暖まれば良い」
「えへへー、師匠も入ります?」
「はっはっは、良かろう。己を父と思い存分に甘えるが良い!」
「………えへへ♪」
 

 ……嵐が去り、夕日が沈み始める山を二人は歩き始める。

 身体はすっかり冷えているが、それが嫌なことだとは思わない。

「夕飯は何が良い?ああ、というか…」
「……大丈夫。私、嫌とか面倒とか、感じてませんよ?」
「はっはっは……いや、これは嬉しいことを言ってくれる」

 
 …きっと温泉も夕食も、悪く無い。
 少々スリリングな展開はあったが、それすらも思い出に変わるという確信はある。

 つまり―――


「本当に。師匠に会いに来て、良かったと思ってるわよ?」


 自分の思いつきは間違っていなかったのだ、と。
 中々に上機嫌で、詩文は梢の後をてくてくと追っていくのであった―――


                             <END>




<ライター通信>
 ご指名どうもありがとうございました、緋翊です。

 新参NPCの梢も、ありがたいことに、意外と好きと言って下さる方やノベル受注を行ってくださる方が居らっしゃいまして、書き手としてはとても嬉しいです。
 詩文さんにおかれましては、二度目のご指名ということで、驚くと共に楽しく執筆に当たらせて頂きました。性格が壊滅的な駄目天狗ですが、気に入って頂けて本当に幸いです(苦笑)
 今回もやや長めの仕上がりとなってしまいましたが……戦闘シーンと、詩文さんが人狼の「彼」と梢を重ねる、という点に留意して書いたつもりですが、如何でしたでしょうか?

 文字数と相談しながらの悪戦苦闘でありましたが―――気に入って頂けることを祈るばかりです。


 さて、今回も楽しんで読んで頂けたなら、これほど嬉しいことはありません。
 それでは、また縁がありお会い出来ることを祈りつつ………
 改めて、今回はノヴェルのご指名、ありがとうございました。

 緋翊