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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


〜聖夜の前に〜







【1】




 チチチチチ……と、小鳥の鳴く声がする。




「……流石に、少しばかり眠いな」

 ―――日本の朝。それも冬と来れば、それなりに冷え込むものだ。

 ふ、と呟いた台詞と共に出た息は白く、見た者に否応無しに季節……その寒さを自覚させる。

 時刻は……漸く十時になろうかという時間帯。太陽も昇っている筈なのだが、その恩恵は些か薄い。

(……まったく)

 つまるところ。
 まだ人の姿もまばらな外を歩く彼、櫻・紫桜が抱く感慨も概ね、寒いな、というようなもので―――
 同時に、少しばかりの眠気もプラスされている状況の中、彼はてくてくと進んでいた。
「……この辺の筈だと、思ったんだけどな」
 彼は、それなりに栄えている住宅街をひたすらに歩いている。
 ―――実は。
 クリスマスも近いこの時期、ある意味でステレオタイプな学生の例に漏れず、彼自身もクリスマス・パーティーに友人から呼ばれていた。なんでも、色々と趣向を凝らした面白いものにするんだ!とは、自分を誘った――そして、今日も自分を呼び出した――友人の弁であるが。

 また、その「趣向」の一つが―――

(……パイ投げのパイを作るのに人手が足りない、か)
 そう、パイ投げと呼ばれる遊び(もしくは競技)である。
 一般的な日本人であるところの紫桜は、テレビのコメディ番組か漫画辺りでしかお目にかかったことは無いが、どうも自分の友人はそういった趣向が大好きであるらしい。 今日呼び出されたのも、その準備……どれだけ気合が入っているかは知らないが、一日使ってパイ投げ用のパイを量産する腹積もりらしい。
「……はぁ」


 勿論。
 ……こういった趣向に積極的とは言えない自分を、彼が慮ってくれていることは感じているのだ。


「と、此処か」
 やがて、彼は友人から言われていた住所に辿り着く。
 ……記憶が混乱・破損していなければ、そこは自分を呼び出した友人の住処ではなく、他の友人の住居であった筈だ。確か、一人暮らしのくせに広くて使いやすいキッチンがあったとか……。

 ほら、その証拠に―――家の前で友人の一人が、えぐえぐと泣き崩れているではないか!

(……!?)

 いや、いやいやいやいや!

「泣き崩れているではないか!」などと言っている場合ではないだろう……!?

「ちょっと、どうしたんですかこんな所で!」
「あ……櫻ぁ!!助けてくれよぅ!?」
 慌ててその、目の前の家の主であるところの友人に駆け寄ると、彼はこちらに抱きついてきた。
 相当怖い思いでもしたのか―――その肩を震わせて、男泣きに泣いている。
「や、奴は、奴は悪魔だ櫻!もうこうなったら、ツッコミ担当のお前しか奴にはついていけない!?」
「誰がツッコミ担当ですか」
「うう、こんな状況でも律儀に突っ込んでるくせにぃ……!」
 慈悲なく、否、或いは平等に降り注ぐ天上からの愛の如く、脊髄反射的にツッコむ紫桜。
 いつも通りだなお前は、という褒め言葉かどうか分からない言葉を受けながら、彼は思う。
(……どういうことだ?)
 今日は。
 ただの、平穏無事に終わるパーティー前の一コマではなかったのか―――?

「…俺さ、別にスペースを提供するのは構わないんだぜ?…ああ、勿論、少しくらい汚してくれたって構わない。お前とか「あいつ」は友達だからな。だから、今日作業することに異論は全然無いんだ……でも、でもさ!」
「でも?」
「俺、『あんな作業』に付き合う自信は無ぇよぅ……!!」
 
 ―――ぞくり、と。背中が粟立つのを感じた。

 異能を知り、外道と触れる戦士として。
 数知れぬ超常と正面から渡り合ってきた自分、櫻・紫桜だからこそ理解できる……!!
(ああ)

 目の前の友人が、「どれだけ酷いものを目撃して震えているのか」ということが!
 ――――凡百の現象。どれだけスパイスが効いていても、普通の日常で人間が此処まで傷付くだろうか?
 紫桜は静かに首を振った。ノー、だ。
「駄目だ、俺…櫻!」
「分かっています。後は俺に、任せて下さい」
「すまん!それと友人なんだからタメ口で良いって言ってるだろぅ!?」
「……ああ。そうだったな」

 頼もしいぜ、と言いながら友人が立ち上がり、きらきらと綺麗な涙を流して――街へ消える。

 絡み合った視線には―――確かに、互いを慮る美しい友情があった。

「頼んだぞおおおおおおおおお!!!!」

 そんな切実な叫び声を、残して。彼は街へ駆けていく。
 紫桜は頷く。自分は此処を任されたのだから―――此処が、今日の自分の戦場だ。
「……お邪魔します」
 礼儀正しく言って、彼は友人の家に足を踏み入れる。
 目指すは奥。人の衣食住、その食を司る神聖な場所だ。
(油断するな。衝撃は、何処から来るか分からない…)
 き、と強い眼差し。
 凄まじい勢いで、けれど足音一つさせずキッチンへ紫桜は到達して、


「ありゃ?しーたん、良く来てくれたな!っていうか、肝心のこの家の主は何処よ?」


 そこに佇む、自分を呼び出した張本人と。
 ―――およそパイ生地を作るとは思えない材料が満載された、地獄を見た。
「……一つだけ、確認しておきたいのですが」
「口調軽くしてな、しーたん。それで?」
「ああ……その、今日は、『パイ投げのパイを作るだけ』の用件じゃなかったのか?」
「そーだよ」
 それがどうしたのさ、なんて気安い口調で。目の前の友人、弓削・森羅は首を傾げる。
(……成程)
 そして、ついに紫桜は理解する。何故この家の主は、家の前で泣き崩れていたのか?
 つまり―――それは彼の精神が弱かったのではなく、当然の帰結だったのだ。


 ……こんな、パイを作る材料とは思えない、“いっそ黒魔術の儀式にでも”使われそうな食材達(食材か?)。

 常人なら裸足で逃げ出すそれらを、「パイ投げのパイに使うのだ」などと笑顔で言われたら……?

「…逃げ出したくもなる」
 ふ、と彼は目を閉じた。
 確かに、これは常人では無理だろう。楽しそうに製作を開始している目の前の森羅は、こういった諧謔色満載な趣向が大好きなのだろうけれど……
 ―――紫桜は決断した。
 自分が今すべき、最良の行動を選択する。



「では、俺はこれで失礼する」
「逃がさないよ?」



「……」
「……」



「……駄目か?」
「へっへー、どうせ最初から逃げる気なんて無いくせに。しーたんは律儀だからな!」



 ―――だが、あえなく逃走には失敗したらしかった。






【2】



「良いか?一粒の米にも神様が宿ると言うように、食べ物というものは非常に尊いものでだな……」
「……じゃあ、シェービングクリームを使うことにする。それなら良いだろ?」
「よし。では次の議題に移ろうか。森羅はそもそも、普段の食生活においては…」
「うわ、終わらないで話題移るんだ………」


 紫桜が現場に到着してから、数分後。
 ……場の主導権を握っていたはずの森羅は何故か正座させられ、紫桜のありがたいお話を聞いていた。


「…そうして、日本に流入してきた仏教においては既存の宗教で対応し切れなかった現実的な…」
「しーたん、しーたん。話題がズれてきてる」
「む……では、」
「では、じゃなくてー!もう好い加減に腹を決めろって!」
 むぅ、と腕を組む友人を制して森羅は立ち上がり、ぴし、と指を立てる。
 そして、その指を今度は倒し――――まっすぐに、キッチンの奥へと向けた。
「俺達の任務は、今日中にパイ投げ用のパイを作り上げること!オーケイ?」
「いや、勿論、その為に俺も呼ばれたわけだし……ですが、」
「…ですが?」

 視線が、一瞬だけ交わされる。

 こほん、と咳払いをしてから紫桜は再び口を開いた。

「だが………もう一度訊くぞ?『テーブルの上のアレは、一体何に使うんだ?』」
「え、パイ作成の材料じゃん?」
「……」
 がっくりと、紫桜が肩を落とした―――

「森羅。俺はパイ投げについて良く知らないが――『あんなモノ』を使わないことくらいは知っているぞ」

 そう。
 それこそ、紫桜のありがたいお話が始まった発端にして、この家を貸してくれた友人が逃げた原因だ。
「うーん、そうかねぇ……」
 首をひねる森羅にとっては、おそらくそれも問題になっていないのだろう。
 否、少しばかりの異常性は認めているのだろうが……
「でも、あれくらいした方が盛り上がるじゃん?」
「…盛り上がるのは、パーティー会場に一番近い病院だと思うが」
「あっはっは、まさか。その時は隠蔽すれば良いんだよ、しーたん!」
「犯罪だ!」

 ―――テーブルの、上は。
 およそ普通のスーパーでは売っていないような怪しげな物品で溢れかえっていた。

「というか、こんな怪しげなもの、何処で仕入れたんだ?」
「ふ、それはだな!パーティーを楽しくするため、俺のコネをフル動員して辛党の魔術、」
「セレナさんか」
「ああ、最後まで言わせない苛烈なしーたんのツッコミが俺の心を抉る……!」
 よよよ、と崩れ落ちる森羅を放置して、紫桜は本格的に嘆息した。
 ……なにせ、魔術師推薦の品々だ。ただ辛いだけなら問題無いが(いや、その時点で十分問題かもしれないが…)、怪しい効果を実際に引き起こしてしまう薬などあった日には、本当に病院が大盛り上がりである。



「…はぁ。それで、怪しい効果を引き起こしそうなのは、どれだ?」
「あ、外すの?」
「当然だろう。まったく……」
「えーとね、それじゃコレとコレ。ああそうだ、コレも下手すると死人が出るかな」
「どれだけ陽気な殺人事件を引き起こすつもりだ?」
「あっはっは、まあそう言わないで。ねぇ森羅君、本当に外しちゃって良いのー?」
「んー、俺としては皆が笑って許してくれることを期待してるんですがねぇ」
「ううん、チャレンジャーだね!」

 はっはっは、と巻き起こる朗らかな笑いの声。
(好い気なものだ…)
 頭痛を覚えつつ、速やかに紫桜は指定された物品をビニル袋へ放り込んで、

 ―――――いや、ちょっと待て。

「…森羅。今、会話が『三人で』進んでいなかったか?」
「え?」
「そうかな?」


 ……嫌な予感と共に、振り向くと。
 きょとん、とした顔で魔術師、セレナ・ラウクードが森羅の隣に立っていた。

「セレナさん!?」
「うん」
「うおっ、そういえばいつの間に!?」
「魔術を使ったのさ!」
「……真面目に研究を続けている世界の魔術師に謝って下さい」
 ……頭痛が、酷くなるのを感じる。
 うわぁ、と驚く森羅の隣に出現していた魔術師は、『それを見て楽しげに笑ったのだが』。
「ふっふっふ、紫桜君、敬語は無しで良いからね?」
「森羅の声真似は止めて下さい……なんでこんなところに居るんですか!」
「そうですよセレナさん、こんなの台本には無かったんじゃ!?」
「パイ作りは、筋書きの無いメークドラマだよ森羅君。……いや、森羅君がパイ作りに紫桜君を呼ぶって言っていたのを思い出してね。どうせ危ない物品は棄てられちゃうと思って――残念に思いつつもその手伝いに、ね?」
 驚く森羅――どうやら彼にも予想外だったらしい――へ、愛嬌を込めたウインクを一つ。
 肩を竦めて二人の知り合いを見つつ、セレナはやれやれと云った口調で答えた。
「あ、もう残ってるのは、『病院に行かなくて良い』程度の代物だからね。使って大丈夫だよ?」
「それ、暗に怪しい効果の薬は残ってるって主張してませんか?」
「はっはっは、相変わらず紫桜君は容赦ないなぁ―――おっと電話だ」
 嘆息交じりに、それでも神速で突っ込みを入れる紫桜に笑いながら、セレナはわざとらしく電話を取る。
 そして、数秒間わざとらしく会話をしてから――さも残念そうに、告げた。
「……残念ながら急用ができてしまったので、これで失礼するよ」
「え?セレナさん、出番これだけですか?」
「うん。まぁ、僕が出しゃばると……それは些か、森羅君の意図から外れてしまうかもしれないしね」
「?」
「それは……」
「それじゃ、森羅君に――紫桜君。また何処かで会えることを楽しみにしているよ?」
 どういうことですか、と紫桜が問い詰める前に。
 セレナ・ラウクードは身を翻し、早々に広いキッチンから出て行ってしまう。
「あ、そうそう」
 ………そして、一度だけ立ち止まって、振り返り。

「紫桜君。やっぱりアレだね。君は、中々良い友人に恵まれていると思うよ?」

 知己の者にしか見せない純粋な微笑で。
 セレナは、一つだけ指摘して帰っていった。


「……帰っちゃったなぁ」
「…みたいですね」
 二人して、呆然と立ち尽くしていたのは果たして何秒ばかりだろう。
 ただ、多分それはそんなに長くなかったし―――
「ま、いいか!さあしーたん、ガンガン作ろうぜ!楽しく、さ!」
「…そうですね。ああ、いや―――そうだな。そうしよう、森羅」

 それからの作業は、存外楽しいものだった。






【3】



「しかし、赤くなるなぁ……」

「ぐはっ、しーたん……この粉、目に入ると激痛がぁぁあぁぁ!?」

「大丈夫か?……なぁ森羅。あのパイ皿、今触手が生えて動いた気がするんだが…」

「うおっ、セレナさんの緑色の粉を振りかけたらクリームが襲って来やがった!?」

「ちっ、俺は右から!森羅は左から攻撃を加えるぞ―――!」
「応!」


 ………存外楽しい作業は、ある程度の危険が伴いつつも順調に進んでいた。

「しーたんは本当にやらないのか、パイ投げ?大活躍だと思うんだけどなぁ」
「……夢中になって力を込めてしまったら、怪我人が出るかも知れない」
「うわぁ、確かにそれは危険かも…あ、次はその小瓶のペーストを混ぜて。凄いことになるから」
「ああ。しかし……裏方に徹して、正解だったかもな……」
 ははは、と苦笑しながらパイ皿に要領よくクリームを盛り付けていく森羅に、
 隣で、言われるがままに怪しげなモノを混ぜ合わせていく紫桜である。

(これをぶつけられるであろう人、どうか安らかに…)
 黙祷と共に十字を切り、黙々と紫桜は怪しげな調味料やら何やらを入れていく。
 ……パイ投げのパイとは白いものである筈なのに、出来上がった品の七割が白い色をしていないのは何故だろう?
(……)
 考えてはいけない。
 ふるふると首を横に振りながら、森羅と絶妙な連携で、パイをどんどん完成させていく―――

 やがて、何か宗教儀式さえ連想させる作業が、ようやく終わりの兆しを見せた。
「ふぅ、こんなもんかな。それじゃしーたん、そろそろ休憩にしよう」
「ああ」
 二人は「パイ皿を持ったまま」呟いて同意し、休憩に入る……
 そして。こと、と皿をテーブルに置こうとするのと同時に、
「そういえば、しーたん?」
「どうした?」
「いやね。折角作ったんだから―――ひとつくらい使ってみなくちゃ駄目じゃないかな!」

 瞬間、森羅は皿をテーブルへ置かずに紫桜へ全力で投げ放った!!
(良し!)
 相手がぴくりと反応し、避けようとするが―――それさえも計算の内。
「っ!」
 小さな息を呑む音と共に、紫桜の顔に森羅の投げたパイが寸分違わず命中する!
 心の中で奇襲の成功にガッツポーズを決め、思い切り森羅が笑おうとするが――

 そこで、紫桜の口元が微妙に綻んでいることを発見した。
(!?しまっ、)
「ぐはぁああぁぁぁああぁ!?」
 そして、笑おうと口を開けた自分の顔に、紫色のパイ皿が直撃する感触を感じた……。
 ―――そこで、映画のようなスローモーションの世界が終わりを告げる。
 どさ、と地味な音と共に落ちた二つのパイが、何が起こったのかを端的に告げていた。
「くっ……なんだよしーたん、卑怯だぞ!?」
「どの口が云うんだ、それは?全く、作業に付き合ってやった友人にする仕打ちか……?」
「はははっ、確かに……いやほら、スキンシップとかそういうものだって!」
「……ふ。うん、まあ、そんな所だろうな」
 非難の声を出しながらも―――ああ駄目だ、微笑が零れてしまう。
 すとん、とその場に腰を下ろして、二人は自分たちを襲ってくる笑いの衝動に身を任せた―――




「あ……そうそう、しーたん。俺の投げたパイだけど」
「うん?」
 顔も汚れたままに、笑い転げて暫し後。
 むくりと起き上がって森羅が呟いた。
「それ、中を見てみると色々とサプライズの予感です」
「成程?よし、では平穏な人生のためにゴミ箱へ捨てよう。全力で!」
「しーたん!?待ってくれ、一度見てからでも遅くは――」
「……いや、『なんとなく』、何が入ってるかは分かるんだけどな」
 真に受けて皿をゴミ箱に放り込もうとする紫桜を慌てて止める。
 だが、紫桜はそんな森羅に笑いかけて、手が汚れるのも厭わずパイの中を探す…
「ん」
 やがて、その中に入っていた小さな箱を見つけて目を見開いた。
「……これ?」
「そうそう。開けてみろよ」
 森羅の言葉に従って、慎重に、中を開ける。
 ………中には、中々に凝った意匠のブレスレットが入っていた。
「しーたん、こういう小物ってあんまり持たないからさー。クリスマスプレゼントです、はい」
 企みの成功した、子供の顔で。
 森羅は、思い切り、ブレスレットを見る友人に微笑みかける。
「……森羅」
「んー?」
「ありがとう。それと、俺のパイも『特別製』なんだ。中を開けてみると、面白いかもしれない」
「―――あ」
 次に口を開いたのは紫桜だったが―――その台詞で、今度は森羅が苦笑する番だった。
「………むむむ」
 パイに手を突っ込んでみると、中には小箱。
 ……参ったなぁ、などと呟きつつ中を開ければ―――銀に細かい細工を施してある腕輪が出てくる。
「何が良いかと迷ったんだが……結局シンプルになってしまったんだ」
「くくくっ……しーたん、これは反則だ!なんだ、結局考えてることは同じだったんじゃないか!?」
「……別に、俺は悪く無いだろ」
「俺も悪く無いじゃんか!」
 
 ……笑い声が、また響いた。




(―――君は、中々良い友人に恵まれていると思うよ?)



 苦笑しつつ、紫桜はセレナの言を思い出す。
 ……まあ、分かってはいたのだ。森羅という男は、あれで中々人の機微を捉えるのが上手い。
 黙々と、ケーキだけ食べて終わるかもしれない己のクリスマスに、彩を加えようとしてくれたのだろう。


「ういーす、弓削に櫻、完成した?……ってうお、もう始めてやがったのか!?」
 陽気な声に振り向けば、セレナの用意した品に恐れをなして逃げ出した友人だった。
 互いに、顔にたっぷりとクリームが付着した二人を見て彼は驚きの声を上げる。
「おー、ちゃんと完成したぜ?っていうか、お前だけキレイなのも不公平だなー」
「は!?ちょっと待て、だってパイ投げやったのはお前らの勝手だろ!?」
「しーたん!」
「応」
 ……森羅と紫桜が、悪戯めいた瞳で互いにアイコンタクト。
 口元に微笑をたたえ、それぞれが手にパイ皿を持って立ち上がり、件の友人へ向き直る。
「なっ…櫻までどうしたんだよ!?お前そういうキャラだったか!?助けろよー!!」
「まぁ……たまにはこういう日があっても良いじゃないか?」
「お、言うねぇしーたん」
「言うねぇ、じゃねぇえぇぇぇええぇぇ!?」

 ……一緒に、目標に向かって一歩を踏み出す。

「「せーのっ!」」
「ぐはっ!?」

 そして、二つのパイが、一人の哀れな友人を撃破した。

「あっはっは!凄いな、顔、黄色くなってるぞ!」
「……もうこれは、パイじゃないのかも知れない」


 賑やかな喧騒を纏いながら、一日が過ぎていく。

 きっと、クリスマス当日も楽しい一日になるのだろう。


「っ……テメエ等、二人がかりとは恥を知りやがれ―――!」
「お、やるかい―――!?」


 さあ、楽しみだと。二人は心の中で楽しそうに呟きながら―――


 ………この、今日という一日も全力で楽しむことにしたのであった。


                             <END>





<ライター通信>

 ご指名どうもありがとうございました、緋翊です。
 
 お待たせ致しました。シチュエーションノベル、「聖夜の前に」をお届け致します。
 何度か私の依頼に参加して頂いたことのある森羅さんと紫桜さんのお二人に関するノベルでしたので、ご指名頂けたことに感謝しつつ、色々と頭を悩ませて、けれど楽しく執筆させて頂きました!

 仲の良いお二人の日常描写、加えてコメディ傾向でという御希望でしたので、全編通して明るい感じの仕上がりとなっております。その賑やかさにつられて、ついついセレナも顔を出していますが(苦笑)―――果たして、如何でしたでしょうか?

 お話を気に入って頂けることを切に祈りつつ、此処に納品をさせて頂きます。
 リテイクなどありましたら、遠慮なくお申し付け下さいませ。


 さて、今回も楽しんで読んで頂けたなら、これほど嬉しいことはありません。
 それでは、また縁がありお会い出来ることを祈りつつ………
 改めて、今回はノヴェルのご指名、ありがとうございました。

 緋翊