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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Roses are red

 Roses are red, (バラは赤い)
 Violets are blue,(スミレは青い)
 Sugar is sweet, (砂糖は甘い)
 And so are you. (あなたも素敵)

「………?」
 クリスマスムードも高まる街中。
 あちこちの店などから流れてくるクリスマスソングに混ざって、そんな歌が聞こえたのは神楽 琥姫(かぐら・こひめ)が、手芸屋から紙袋を抱えて出てきた時だった。
「はうー布ってやっぱり重たい…」
 クリスマスパーティー用の服や、チャリティー用の衣装などは既に作り終えているのだが、この時期充実する赤や緑の布やふわふわとしたフリース生地、それにキラキラとしたスパンコールやビーズなど、セールということもありつい買い込んでしまった。それでも琥姫としては、デザインだけでなく布やボタンなどの佇まいも大好きなので、いい買い物だ。
「さてっと、こたろーちゃんに電話しなきゃ」
 今日の予定は買い物をした後、家に帰り荷物を置いたら幼なじみの矢鏡 小太郎(やきょう・こたろう)がバイトをしているという店で、ちょっとしたクリスマスディナーをご馳走してもらう約束だ。
 その前にまず電話をして、予定通り行けそうだと言うことを伝えておこう…そう思いながら琥姫は携帯のメモリーから小太郎の名前を捜す。
「こたろーちゃん…こたろーちゃんっと」
 ついこうやって名前が出てしまうのは琥姫の癖だ。これもそろそろ直さないと…そんな事を思っていた時だった。
『Roses are red…Violets are blue…』
 クリスマスソングではない微かな歌声。
 人がたくさんいる街の中…音はあちこちから聞こえてくる。人の話し声、歌声…はしゃぐ声に、独り言を話しているような電話の話し声。
 この歌声が聞こえてくるのは…?
「………」
 琥姫はそっと自分が背にしているショーウインドーを見た。
 自分が背にしていたのは、有名ブランドのショーウインドー。クリスマス用に新作のバッグとアクセサリーを持ったマネキンが、何もない虚空を見つめていた。でもこの歌が聞こえてくるのは自分の背中で…。
「いや。いやいやいや、私の気のせいだよね。忙しくてトマトもあんまり食べてなかったし」
 自分を鼓舞するように呟き、くるりと振り返る。
 ショーウインドーに映るのはせわしない街並みと、意を決したような自分の表情、そして……。
『And so are you…』
「いーやー!」
 琥姫の肩越しからじったりと微笑む『何か』の姿。

「店にいる時は携帯バイブにしとけ。昼間はいいけど、夜はな」
「あ、ごめんなさい」
 その頃小太郎は、蒼月亭の店内でテーブルなどを拭きクリスマスの準備をしていた。
 今年蒼月亭はクリスマスマーケットに参加するということで、特にディナーとかをやるわけではないのだが、夜中はそれなりに予約が入ったりしているらしい。
 小太郎も自分で稼いだバイト代で幼なじみの琥姫にご馳走するつもりなので、いつもより少し気合いが入っている。
 自分のベストのポケットに入れていた携帯電話を取り出し、小太郎はそれを開いた。琥姫からの着信…そういえば、バイト代で奢ると言った時に「買い物してから行くから、用事が終わったらこたろーちゃんに電話するね」と聞いた。多分それだろう。
「ちょっと電話出てきます」
 そう言うと、カウンターの中でナイトホークが少しだけ伸びをした。
「おう。小太郎も電話終わったら休憩しろ。クリスマスだからって気合い入れっぱなしだと抜けた時に体壊すぞ」
「はい。あ、もしもし。琥姫姉ちゃん?」
 いつものように軽く受話器を取る。きっと琥姫のことだから、つい色々買いすぎて疲れているかも知れない…そんな事を思っていると、聞こえてきたのは小太郎が想像していたのと全く違った言葉だった。
「助けてこたろーちゃん!何か後ろにいて歌ってるの!」
「えっ?」
「ああーん、今こたろーちゃんのお店の近くまで来てるんだけど…どうしよう」
 琥姫の声に遮られているが、小太郎の耳にも微かに何かの歌うような声が聞こえてきている。まずは状況を確認しなければならない…小太郎はひとまず琥姫を落ち着かせることにした。
「琥姫姉ちゃん、僕の声が聞こえるなら落ち着いて。今からちゃんと助けに行くから、ね?」
「う、うん…」
 『それ』の正体についてはよく分からないが、とにかく琥姫の後ろにくっついてずっと歌っているらしい。それは英語の歌のようだが、微かな声だけでなく聞き慣れない歌なので何を歌っているのかはよく分からない。
「じゃあ、怖いかも知れないけどそこにいてね。今から行くから」
「こたろーちゃん、お仕事大丈夫?」
「今から休憩だから安心して。待っててね」
 琥姫を追っている『何か』が、一体何を求めていて、そして何者なのかは分からないが、一人で怖い目に遭わせているわけにはいかない。それに、小太郎には決意があった。
「琥姫姉ちゃんは僕が守らなきゃ…」
 ドアベルの音を背に、小太郎は何かに弾かれたように走っていった。

「ああーん、こたろーちゃん。良かったぁ…」
 布の入った紙袋に財布の入った和柄のバッグ、そしてトマトが入ったバッグを持ったまま駅前でぽつんと座っていた琥姫は、小太郎の顔を見ると安心したようにぴょんと抱きついた。寂しかったのか目の端が少し潤んでいるが、ちゃんとトマトを持っているのを見るとまだ元気はあるらしい。ぎゅっと抱きつく琥姫に少し狼狽えながら、小太郎は辺りを見渡した。
「こ、琥姫姉ちゃん、その変なのに追いかけられたのはいつぐらいから?」
「えっと…お店にいた時は平気だったから、外に出た時かな。なんか聞いたことのない歌が聞こえてきたの」
 ざわ…。
 確かに人のざわめきの中、聞き慣れない歌が聞こえる。
『Roses are red…Violets are blue…』
 それと共に琥姫の後ろにすがりつくような黒い影…それを見た小太郎は、思わず一歩踏み出した。
 このまま放っておけば、琥姫姉ちゃんが取り憑かれる!
 そう思った瞬間……。
「せいあっ!」
 琥姫にのしかかろうとしている影を相手に一歩踏みだし、肩口を掴み引き倒す。そして相手を確かめる間もなく、小太郎は琥姫をひょいと横に抱え上げた。無論紙袋やバッグも一緒だ。
「ごめん、琥姫姉ちゃん」
「ちょ、ちょっと待って、こたろーちゃん」
 思いもよらず『お姫様抱っこ』になってしまった琥姫は、ややしばらく顔を赤くしてジタバタしていたが、自分が走るよりは小太郎に抱えられたまま走った方が早いのに気付き、つい顔を見上げたままぽーっとしている。
「こたろーちゃん、こんなに大きくなってたんだね…」
 つい何年か前までは、小さい小太郎の手を琥姫が引いていたのだが、ここしばらくでそれはすっかり逆転してしまっている。幼い時から合気道を習っているので体もしっかりしてきてるし、見上げれば喉から顎のラインがすっかり大人だ。
「………」
 何だか急に恥ずかしくなってきた。
 こんな近くで小太郎を見ることもなかったし、何だか分からないものに追われる恐怖でつい現実逃避してしまった。
「一体何が私のこと追っかけてるのかな…」
「うん、でもとにかく人気が少なめの所に行った方がいいよ」
 小太郎的に何か勝算や、作戦があるわけではない。
 今のところ分かっていることといえば、その『何か』が歌を歌っていることと、琥姫を狙おうとしていることだけだ。自分には退魔系の能力があるわけでも、戦闘能力があるわけでもない。
 今小太郎を突き動かしているのは「琥姫を守る」という強い意志だけだ。それが何の切り札になるかは分からないが、今のところ対抗できる手段はそれしかない。
 どうしよう。
 どうしたらいい。
 さっき合気が使えた所からすると、相手は全く実体がないわけではないようだ。
 だが二度目は通用するだろうか…それにまだ何も分からないことだらけだ。どうして歌を歌っているのか、そしてこの歌がいったい何なのか。
 そして、一体何を求めているのか…。
『Roses are red…Violets are blue…』
 歌が近づいてくる。
 大通りを一本小路へ入り、小太郎は走り続ける。
「琥姫姉ちゃん、大丈夫?」
「こたろーちゃんこそ、すごい汗…私のこと抱えてたら疲れちゃうよ」
「大丈夫だよ。僕ずっと、琥姫姉ちゃんのこと守ってあげたいって思ってたから…」
 ……どさくさ紛れにとんでもないことを言ってしまった。
 耳から煙が出そうになりながら、小太郎が何か言おうとした時だった。見慣れた木の看板に、蔦の絡まったビルの前でナイトホークが煙草を吸いながら、走ってくる小太郎をじっと見ている。
「…休憩なのに若いと元気だな」
 苦笑するナイトホークの前で立ち止まると、小太郎と琥姫は何故か同時に、聞かれてもいない言い訳を一気に喋り始めた。
「違います…これには色々と訳があって、琥姫姉ちゃんが何かに追っかけられてて…」
「これは走るのが遅い私を、こたろーちゃんがフォローしてくれて…」
「それはいいんだけど、アレはお前の友達か?」
 ざざざざざ…。
 黒い影が歌いながら近づいてきた。ナイトホークの言葉に二人がぶんぶんと首を横に振る。
「ちーがーうー。あんなの友達じゃないです」
「あ、あれがずっと琥姫姉ちゃんを追っかけてて…」
 それを聞くとナイトホークは吸っていた煙草を消し、琥姫が髪飾りにつけていたポインセチアの造花をそっと取った。
「これ、一個もらうわ。ずっとマザーグース歌ってたから、知り合いかと思った」
「マザーグース…って、イギリスの童謡の事ですか?」
「そう。『Roses are red』って、本当はバレンタインにちなんだ歌で、プレゼントのメッセージに添えたりするんだけど…っと、話はこれを何とかしてからにすっか」
 肩で息をしている小太郎と、何が何だか分からずに横抱きになったままの琥姫を尻目にナイトホークは造花を持ち歌いながら黒い影に向かっていく。
「Roses are red…Violets are blue…」
『Sugar is sweet…』
 ざわざわ…。
 黒い影がナイトホークの足下に近づいてきた。お互いの歌声が低く小さく風に溶けていく。
「…And so are you」
 赤い花が黒い影に差し出された瞬間…今まで覆い被さるように追いかけてきていた『何か』は、すっと地面に溶けるように消えていった。

「はい、黒い影の正体はこいつでした」
 ナイトホークが両手に持っていたのは、小さな黒い子猫だった。ただ普通の子猫と違うのは尻尾が二つに分かれている猫又だというだけで。
「えっ?何でその子猫ちゃんが私を追いかけてきたの?」
 ずっと琥姫を抱えて走っていた小太郎に膝枕をし、額に濡れタオルをあてながら琥姫はそっと子猫に手を出した。首にはさっきまで琥姫がしていた髪飾りが首輪代わりに飾られている。
「多分猫を使った術をしようとした途中にそれが途切れたんだろうな。で、どうしていいか分からなかった所に、琥姫ちゃんの髪飾りが目に入って欲しくなったんだろ。まあ、こいつ自体に罪はないよ」
「んにー」
 そうナイトホークが言ったとおり、子猫は大人しく缶詰を食べている。飼ってくれそうな人にも心当たりがあるということで、これからは幸せに暮らせるだろう。
 それにしても…。
 冷やされているタオルの隙間から、小太郎はそっと琥姫を見上げていた。
 つい何年か前までは一緒にお風呂に入ったりもしていたのだが、知らない間に琥姫はずいぶん大人っぽくなっている。華奢ながらも柔らかい肩や膝、ふわっと漂う甘い香り…胸元から喉にかけてのラインは既に女性だ。
「………」
 何だか急に耳まで赤くなってきた。
 意識し始めると急にさっきまでの威勢の良さが恥ずかしい。そういえばどさくさ紛れに何か言わなかっただろうか…そんな事を思いながらそっとタオルを取ると、琥姫が小太郎の顔を覗き込んでいる。
「こたろーちゃん、大丈夫?」
「あ、うん…何か、役に立たなくてごめんね」
 そう言うと、琥姫の柔らかい手が額に乗せられた。
「そんな事ないよ。こたろーちゃんすごい格好良かった…おとぎ話のナイトみたいで嬉しかったよ。あ、忘れちゃう所だった…これ、こたろーちゃんにプレゼント」
 差し出されたのはベージュのシンプルなセーター。琥姫がクリスマスプレゼントにと小太郎に編んでいた物らしい。
「こたろーちゃんがご飯ご馳走してくれるって言うから、お礼に編んだんだけど、着てくれる?」
「あ、ありがとう…でも、琥姫姉ちゃんに…あ、今度一緒に髪飾り買いに行こう。片方あの子にあげちゃったから」
 本当は今日ここに招くことで頭がいっぱいで、何もプレゼントを考えてなかったのだがこれなら丁度いい。小太郎の言葉に琥姫が満面の笑みで頷く。
「ありがとう。じゃあこたろーちゃんも一緒に選びに行こうね」
 あの子猫は…もしかしたら、こんな自分達を少し後押しするためにやって来たのかも知れない。小太郎がそう思いながら顔を上げると、子猫は顔を洗いながら目を細め、一声小さくこう鳴いた。
『And so are you…』

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6615/矢鏡・小太郎/男性/17歳/神聖都学園 高等部生徒
6541/神楽・琥姫/女性/22歳/大学生・服飾デザイナー

◆ライター通信◆
発注ありがとうございます、水月小織です。
まず納入が遅れたことをお詫びいたします…大変申し訳ありません。

「何か」から逃げ回るお話ということで、所々お互いを意識する話も入れつつマザーグースにも絡めた話にさせて頂きました。あまり怖い話ではなく、幼なじみの二人を脅かしながら後押しする存在です。タイトルにも使った『Roses are red』は恋人達の歌なのですが、クリスマスにもありかなという感じです。
お互いを意識するというのは、こんな些細な出来事からなのかも知れません。
リテイク・ご意見は遠慮なく言ってください。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。