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<クリスマス・聖なる夜の物語2006>


クリスマス福引



「はぅ〜。早いものです。もう冬ですか」
 ステラはクリスマス色に染まっている街中を見回す。
 通り過ぎる人々は寒さに白い息を吐く。
 少し立ち止まって空を見上げると、少し天気が悪い。
「なんだかまだ先なのにクリスマスのことばっかり……。皆さん商売上手なんですねぇ」
 ほうほう、と頷く彼女は首に巻いている赤いマフラーをしっかりと強く巻き直し……そこで手を止めた。
「そ、そうです! こういう時こそあれです!」
 何やら思いついた彼女は嬉しそうにニタニタした。
「ふっふっふっ。日本人は福引が好きと聞きました……。これはやるべきです! クリスマス福引!」
 ガッツポーズをとっていた彼女は周囲から注目されて慌てて身を縮まらせて照れ笑いをし、歩き出す。
(あのガラガラ回すのを用意して……それで、くじを引いてもらうんですぅ)
 そのついでに……。
(先輩に言われていた分は用意できますかねぇ、たぶん)
 にしししし。
 悪い笑みを浮かべるステラはそこではた、とした。
 そういえば景品がいる。
(そうですねぇ……。まあなんとかなりますか)

***

(いつもより早いか……)
 腕時計で時間を確かめる。帰宅時間がいつも同じではないので、たまに早く帰れるとなんだか少し落ち着かない感じがする。
 文月紳一郎の時計はすでに夜の9時を回っている。
 街はすっかりクリスマス一色。クリスマスソングが店のあちこちから流れている。
(クリスマスか……。もうそんな時期か)
 早いものだな、と紳一郎は思う。
 クリスマスを楽しみにするような歳でもないし、最近は縁遠いような気がする。だがまあ、この陽気な空気は嫌いではない。
 帰宅途中の紳一郎は「ん?」と気づいた。
 道の端のほうに簡素な机を置き、紅白の幕を使用しているあの妙な場所は……。
(福引……)
 商店街でも、デパートの中でもないというのに……なぜこんな中途半端な場所で???
 不審そうにしていた紳一郎だったが、受付のところに立っていた少女に気づいてそちらに近づいていく。
「こんな所で何をしている? もう夜も遅いが……」
 声をかけると相手の少女はビクッと肩を反応させ、ぎこちない笑みを浮かべた。
「こ、こんばんわ〜……」
「子供がこんな遅くに何をしている? バイトだとしても、君は女の子だろう?」
「こっ、子供じゃないです!」
 ステラは両手を振り上げてぷんぷん怒る。どう見ても小学生か中学生だった。
「確かに人間として見るなら未成年ですけど……。これでも立派な社会人なのです!」
「社会人……?」
 明らかに信じていない様子の紳一郎に、ステラが泣きべそをかく。彼女のことはよく知らないが、とんでもない泣き虫だということだけは知っている。紳一郎はごほんごほんと咳をした。
「なかなか大変そうだ」
「大変ですぅ。先輩からは無茶なことをよく言われますし、個人でやってる配達業はなかなか稼ぎもありませんから……」
 今度はズドーンと落ち込んでしまった。
(……う〜む。この子は感情の起伏が激しいようだな)
 そもそもこの少女は何者なのだろうか。以前草間興信所で少し話はしたが、彼女が何をしているのかまでは知らない。
「配達業というが……君は何をしている人なんだ?」
 なるべく優しく尋ねるが、紳一郎はそもそも不機嫌顔でいる。本人はそのつもりはないのだが、そういう顔つきなのだ。そのため、ステラが顔を引きつらせてじりじりと後退した。
「ふひぃ……あんまり寄らないでくださいぃ」
「……なぜそんなに怖がる?」
「だって怖いですぅ! 誰にも言われないんですか?」
 ステラは可愛い顔をしてズバっとものを言う性格らしい。紳一郎は少しばかりずき、と胸が痛んだ。
(子供に怖がられた……)
 ショックだ。
 ステラはきょとんとし、首を傾げる。
「あれぇ? わたしの職業、言ってませんでしたか?」
「聞いていないな」
 うむ、と頷く紳一郎をまじまじと眺め、ステラはムフーっと鼻息を吐く。何やら意気込んでいるようだ。
 彼女はない胸を反らし、えっへんとばかりに腰に両手を当てる。
「わたしはサンタクロースですぅ。まいったかぁ」
「……………………」
 何がどう「参った」なのかは不明だが、彼女はとても偉そうだ。偉そうではあるが…………なんとも微笑ましい。
「サンタ……クロース……。白ヒゲで赤い衣服の……煙突から不法侵入する老人か」
「ふっ、不法侵入ってなんですか! 夢と愛と希望をお届けする必殺仕事人ですぅ! ……わたしはちょっと違いますけど」
「非現実的な職業だな」
 はっきり言われてステラはガーンと青ざめる。すぐさま彼女は涙ぐんだ。
「うわ〜ん! 失礼な人ですぅ! 確かにわたしはサンタに見えないとは思いますけど、けどサンタってのは人間が勝手に想像で描いた姿のことであって実際のサンタってのは……!」
 一息で喋っていたステラは舌を噛んでしまい、そのまま悶絶してうずくまる。
「大丈夫か……?」
「ら、らいりょうるれふ……」
 大丈夫だと言いたかったようだが、うまく発音できていない。
「ふむ……。まあ百歩譲って君がサンタだとしよう」
「譲らなくてもわたしはサンタです!」
「そのサンタの君はこんなところで何をしているんだ?」
「はっ。え、えーっとですね、福引をしています」
 ハッと我に返ったステラが説明しだした。
「福引?」
「はい。恥ずかしい思い出一つで、福引一回引けますぅ」
「……それはなんだ。記憶を奪うとかそういう……」
「ちっ、違いますぅ! そんな物騒なことしません! 恥ずかしい思い出を語ってくださればいいんです」
 奇妙だ、と紳一郎は思った。
 東京に数ある不可思議な事件や事象。不思議な人間も数多いが……この娘は特に変だ。
 サンタと名乗るところまではいい。だがなぜサンタが福引をするんだ? 意味がわからん……。
「……なぜ福引をするのに恥ずかしい思い出を話す必要が……?」
「えっ」
 ぎくっとしたようにステラが硬直した。
 一秒、二秒、三秒……。
「ちょ、ちょっと……諸事情がありまして……。
 いいじゃないですか! 普通はお買い物とかして券をもらうんでしょう? これはそんなことしなくても、ただ思い出を語ればいいんですからお得ですぅ!」
「なぜそんなに必死に……」
 かなり怪しかった。
 ステラはぶんぶんと再び両手を上下に振った。
「やるんですか!? やらないんですかっ?
 冷やかしはとっとと帰ってください!」
 ぷぅ、と頬を膨らませるステラとしばし睨めっこをし……紳一郎は眼鏡を押し上げる。
「一回くらいはやろう。君に貢献しようじゃないか」
「!」
 驚くステラがまじまじと紳一郎を見つめた。
「怖い顔ですけど、優しいんですねぇ」
「怖い顔は余計だ……」
 さて。
(恥ずかしい……思い出か)
 しばらく沈黙して思い返していた紳一郎は口を開く。
「昔……もう10年以上も前の話だが」
「うわーっ! ストップストップ! ここで堂々と話さなくてもいいんですよぅ!」
 慌ててステラが怪しげなツボを出してくる。ウツボカズラに似たツボだ。人間の顔がすっぽり入りそうだった。
「ここに顔を突っ込んで話してくださればいいですから。個人情報保護ってやつです」
「……違うような気がするが、まぁ……秘密は守られるということか」
「はいです。あ、でも気にせずに堂々と話すお客さんはいらっしゃるんですけどね」
 苦笑するステラはツボの側面を撫でている。見た目がツルツルしている陶器のような物なので、きっと触り心地はいいだろう。
「…………」
 考え込む紳一郎は、悩んだ。
 ここで堂々と言う事に抵抗はないが、誰が聞いているかわかったものではない。だが、ステラの持っているツボは見るからに怪しい。だいたいこんな狭い中に顔を突っ込んで話せるものなのだろうか? 息苦しくなるんじゃないか、普通。
「それは使用しないことにする。
 ……10年以上も前の話なんだが、私の友人が子供を産んでな」
「? 恥ずかしい話ですけど……」
 怪訝そうにするステラを無視して紳一郎は続きを話す。
「名前をつけてくれと頼まれた事があったんだが……ちょうど徹夜明けで疲れていたんだろうな。普通は女の子につける名をつけてしまったんだ…………生まれた子は男の子なのに」
 最後の部分はかなり小声になってしまう。
「……恥ずかしいどころか、人生屈指の失敗だ……」
 ぼそぼそと呟く紳一郎は、ステラが無反応なことに怪訝そうにした。彼女はツボを構え、手元をじっと凝視している。彼女は唇を尖らせた。
「うーん……まだまだ足りませんねぇ……」
 ぶつぶつ言っている彼女は紳一郎が待っているのに気づき、慌てて頭をさげた。
「わはっ、すみません! えっと、一回ですね」
 机の上の抽選器を紳一郎のほうに押し出す。取っ手を掴んだ紳一郎はがらがらと音をさせ、ノロノロ回す。別に何が当たろうと構わないのだ。
(できれば生活に役立つ物のほうがあり難いんだが)
 抽選器を止めると、穴から玉が出てきた。色は赤。
 ステラがベルを鳴らした。
「おめでとうございます〜。一等ですぅ。温泉旅館へ一泊二日ですぅ」
「……一等と言われても……行く暇がないのだが……」
「ええーっ!」
 非難がましい声をあげるステラが再び唇を尖らせる。
「どうして日本人てそんなにお仕事ばっかりしてるんですかねぇ」
「……どうしても行かなければいけないのか?」
「そんなことはないですけど」
 彼女はすぐに嘆息して、そう答えた。
「まあわたしの知ってる旅館ですから別に構いませんよ」
「……どうしてもというなら、誰かに譲れば……」
「そういうズルっこはナシですぅ」
 人差し指を立て、左手を腰に当ててステラは言い聞かせるように言う。
「当てたのはあなたなんですから、あなた以外の方の使用は認めません! 使用権を放棄するなら、それはそれで構いませんから」
「そうか」
「ですが、せっかく当てられたのになにもナシでは可哀想ですぅ。残念賞のボールペン、いりますか?」
 机の下にあるダンボール箱からボールペンを取り出して、紳一郎に差し出してくる。温泉旅館よりは実用的だ。
 受け取った紳一郎はボールペンを眺め、ありがとうと礼を言ってふところに収めた。
「それでは帰るか。ステラ君も早く帰りなさい。今夜は冷えるようだからな」
「もうちょっとしたら帰りますから、ご心配には及びませんよ文月さん」
 紳一郎は帰宅するべく歩き出す。その背中に、ステラから声がかけられた。
「イブの夜……サービスで夢をお届けに行きますね」
 小さな声だったので聞き取れなかった紳一郎は振り返った。ステラはにこにこと笑顔で手を振っている。
「何か言ったか?」
「いいえ何も。あ、まだ少し先ですが……。メリークリスマスですぅ!」
「…………メリークリスマス」
 今度こそ背を向けて歩き出す。なぜだか……サンタの少女は自分の姿が見えなくなるまで手を振っていると確信しながら。



 クリスマス・イブ――。

 の、次の朝。つまり、今日がクリスマスだ。
 目覚めた紳一郎はベッドから起き上がり、しばし考え込む。
「…………」
 なにか、ささやかな……それでいて気分のいい夢をみていたような気がするがさっぱり思い出せない。
 だがまあ。
「いい目覚めでは、あるな」



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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PC
【6112/文月・紳一郎(ふみつき・しんいちろう)/男/39/弁護士】

NPC
【ステラ=エルフ(すてら=えるふ)/女/16/サンタクロース】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、文月様。ライターのともやいずみです。
 結局ボールペンでした。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!