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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Christmas Market

『Christmas Market参加者募集』
 蒼月亭にそんな張り紙が貼られていたのは、十一月も過ぎクリスマスムードが高まるまっただ中だった。
 カウンターの中にいるナイトホークに張り紙のことを聞くと、いつものように煙草を吸いながらふっと笑う。
「ああ、クリスマスはここでパーティーしない代わりに、『クリスマスマーケット』に参加するんだ。スペース空いてるから、今なら客でも店でも参加出来るみたいだけど」
 クリスマスマーケット自体はドイツの習慣で、ライトアップされたツリーの近くでクリスマスのオーナメントやろうそく、お菓子などを売ったり、グリューヴァインと呼ばれるホットワインなどの屋台が出てクリスマスを楽しむ、日本で言う所の神社のお祭りのようなものらしい。
 今年は篁(たかむら)コーポレーションがチャリティーの為に会社の敷地内を使うようで、一般参加も受け付けていると言うことだった。
「ま、フリーマーケットみたいに参加してもいいし、単に遊びに来てもいいからさ。はい、ご注文の品どうぞ…」
 さて、この誘いはちょっと面白そうだ。
 店に参加するか、それとも客としてクリスマスマーケットを楽しむか…。

「クリスマスか…」
 篁コーポレーションの一室で、仕事の打ち合わせをしていた文月 紳一郎(ふみつき・しんいちろう)は、窓から見えるクリスマスマーケットを見下ろしながらそんな事を呟いていた。
 紳一郎がやっている『文月弁護士事務所』は、篁コーポレーションとも契約している。弁護士といっても刑事事件だけではなく、特許申請や新しいビルを建設する時など、会社が動く時は何かと法律関係も動く。紳一郎もその関係で契約しているのだが、ここの社長である篁 雅輝(たかむら・まさき)とも割と親しい。
 それは法律相談などを全て秘書任せにせず、疑問があれば本人から直接話があったりするからなのだが、紳一郎としては会社のそういう所はクリーンで好ましい。
 雅輝本人が『小夜啼鳥』などと呼ばれる個人組織を持っている事は知っている。持っている物の光が強くなれば、影が濃くなることも仕方ない。それでも雅輝の何かが変わるわけではないのだが、時々不安にもなるのだ。
 その鳴き声が、自分の周りの人間に何かを及ぼさなければいいと…。
「………」
 紳一郎は眉間に皺を寄せ、つい難しい表情をしていると、それを見た雅輝が資料を秘書の冬夜(とうや)に渡しながら、窓の外を見た。
「どうしました、文月さん」
「いや、外がずいぶん賑やかだなと思って…クリスマスマーケットか」
「ええ。今年からチャリティーの一環で、やってみたんです。クリスマスは平和じゃなければ出来ませんから」
 一見会社の経営とは全く関係ない事業だが、充分会社のアピールにはなる。
 募金活動と言われると人は警戒するものだが、クリスマスマーケットであれば財布の紐も緩む。なかなか上手いやり方だ…少し息をつきながら、紳一郎は少し目を細めた。
「篁、今日のこれからの予定は?」
「文月さんが僕の予定を聞いてくるなんて珍しいですね。今日は特に予定も入っていないので、部屋に戻って先ほどの資料を確認するぐらいですが」
「なら、一緒にクリスマスマーケットを見に行かないか?よろしければ、冬夜さんもご一緒に」
 雅輝とは割と親交があるので呼び捨てだが、秘書の冬夜と紳一郎はほとんど面識がない。打ち合わせの時などに顔を合わせることも多いが、冬夜はいつもスーツにサングラス姿で、黙って雅輝の横にいることが多く、挨拶程度にしか言葉を交わしたことがないのだ。
 その誘いに雅輝は一度眼鏡を外して、ふっと笑う。
「僕は構いませんよ。冬夜、文月さんからの誘いだけど一緒に行くかい?」
「…雅輝さんが来いとおっしゃるのなら」

 敷地内はクリスマスムード一色だった。
 真ん中にある木には電飾がつけられ、辺りを彩る照明などにもオーナメントが飾られている。クリスマスなど自分の歳になると普段の一日より賑やかなぐらいだ…そう思っていた紳一郎でも、これだけ華やかだと流石に辺りをうかがってしまう。
「ずいぶん本格的だな」
「本当は移動遊園地などを呼んで、ドイツのクリスマスマーケットぐらい大げさにやりたかったんです。でも許可が下りなくて」
 そんな事を言ってクスクスと笑う雅輝は、何だかいつもと違って子供のようだ。それが珍しいので思わず黙っていると、そこに冬夜がスッとフォローを入れる。
「ドイツのドレスデンではクリスマスタワーを飾って、夜になるとそこにキャンドルを灯すらしいです。本当は、日本で一番大きなクリスマスマーケットにしたかったようですが」
「日本でもクリスマスマーケットをやっている所が?」
 あちこちにある屋台からは『シュトーレン』の甘い香りがしてきたり、ソーセージなどを焼く香りが漂ってくる。オーナメントを売っている店も、紳一郎はデパートや百貨店で見るぐらいだが、辺りを見回すと金属で作られた物やレースが編まれたもの、そして木で作られた素朴な物など様々な物が並べられていた。
 雅輝はクローブで作られた、天井からつるすタイプのオーナメントを見ながら紳一郎に説明をし始める。
「日本だと札幌が姉妹都市という関係で『ミュンヘン・クリスマス市』をやってます。一度見に行ったことがありますが、雪が降っていたのもあってそこで飲んだグリューヴァインが美味しかったことを思い出します…文月さんは飲まれたことがありますか?」
 ドイツなどで飲まれているホットワインということは知っているが、そういう物を飲ませてくれる場所があるわけでもないので紳一郎はそれを味わったことがない。体を温める…という点では、日本の甘酒のような位置づけなのだろう。
「いや、飲んだことはないな」
「買ってきましょうか」
 そっと離れようとした冬夜を雅輝が引き留めた。
「屋台に来たら自分で選ぶのが楽しいんだよ。それに、冬夜一人で三人ぶんのグリューヴァインは持てないと思うけど」
 いや、冬夜自体は自分のぶんを買う気はなかったのだろう。悪戯っぽく雅輝が笑い、屋台を指さす。
「文月さんはお酒は大丈夫ですよね」
「ああ」
 その屋台にはグリューヴァインの他にも白ワインを温めてリンゴを入れた『アップルワイン』や、オニオンスープなどを売っていた。
「冬夜は何にする?」
「…俺は仕事中ですので」
「グリューヴァインを飲んだぐらいで使い物にならないようじゃ、僕の秘書は勤まらないと思うけど」
「………」
 こういうやりとりを聞くと、どうして雅輝の下に人が集うか分かるような気がする。雅輝は相手の気の抜き方が上手いのだ。真面目であればその緊張を上手く解き、飄々としていれば上手く緊張感を作る。一緒に仕事をしていても、その辺りはとてもやりやすい。
 冬夜がほんの少しだけ溜息をつく。
「では、グリューヴァインを…文月さんはどうなさいますか?」
「私も同じ物で」
 カップはリサイクル用のプラスチックだった。他にも長靴型で持ち帰りできる陶器のマグカップもあったが、それはやりように苦労しそうなので流石に遠慮した。それに持ち帰ったとしてもどこで使っていいのか困る。
 三人で店の前にある立食用テーブルに並んでいると、雅輝がカップを持ったまま少し目を伏せた。
「グリューヴァインは、甘酒みたいにすすると大変なことになるんですよ」
「………?」
 言っている意味がよく分からない。
 何が大変なのか…そう思いながらカップに口を付け飲もうとした瞬間、紳一郎は雅輝が何を言わんとしていたのかを理解した。
 湯気と一緒に立ち上ってくるアルコール。それは元々ワインとして作られた物なので結構残っていて、ワインが口にはいるより先に湯気が喉に引っかかる。カップをテーブルに置くと、紳一郎は小さく二回咳をした。
「ふふっ、大変だって言いましたよ。僕は」
「…消費者として、今の説明は大変分かりにくかったが」
「僕の兄が、これを飲むのが下手なんですよ。何度も飲んでるのに毎回すすっては咳き込んでるんです。それを思い出しました」
 くすくす。
 そう笑いながら雅輝はちら…と少しだけ振り返った。そこではサンタの格好をした雅輝の兄の雅隆が、綿あめを売ってたりするのが見える。
「お兄さんの店には行かないのか?」
 スパイスの香りがするグリューヴァインは、暖かく体の中に落ちていく。紳一郎の横にいる雅輝も、同じようにグリューヴァインを飲みながら、ふうっと息を吐いた。
「あんまり顔を出しすぎると『監視しに来た』とか言われるんで、程々にしようと思っているんです。兄は僕と違って、束縛されるのが大嫌いですから」
 篁コーポレーションを、兄の雅隆ではなく弟の雅輝が継いだことには色々な噂があるらしい。兄弟仲が悪いなどという話もあるが、それが違うということを紳一郎は知っているし、むしろ真逆だ。
 雅隆は経営者に向かない。
 自分が好きな研究などをやらせればその能力は真っ直ぐ伸びていくが、経営者として椅子に座っていれば会社はここまで大きくならなかっただろう。雅隆自身「僕が会社継いだら、三日で潰す自信がある」と言っていた。
 だが、果たしてそれは本当なのか。
 その裏には何かが隠れているような気がしてならないのだ。『小夜啼鳥』という個人組織、行方不明になった父親、異例の若さで社長の椅子に着いた経緯…それを視ようと思えば、雅輝は紳一郎に何も隠すことはないのだろうが、それはお互いフェアではないのでそれを行使したことはない。
「………」
 そうしていると不意に雅輝の後ろに影が現れ、それを冬夜が手でぱしっと叩いた。
「あ痛ぁ〜何で僕って知ってて叩くかなぁ、冬夜君は」
 額を抑えているのは雅隆だった。自分の店から雅輝の姿が見えたので、驚かそうと思ってそっと近づいたのだが、冬夜に気付かれたらしい。冬夜はグリューヴァインを飲みながらぼそっとこう呟く。
「…雅輝さんを脅かそうとするからだ」
「脅かしてないもん。雅輝がグリューヴァイン飲んでる所に、ちょっと膝カックンしようと思っただけだもん」
 ぷうっと頬をふくらませた雅隆は、被っていた帽子を直すと紳一郎に挨拶をした。
 言ってしまうと何だが、紳一郎とは雅輝より雅隆の方が歳が近いはずなのに、いつ見ても雅隆の方が幼く見える。
「あっ、文月さんこばーわ」
「こんばんは。雅隆さんはお店をやってるんですか?」
 少し笑って紳一郎が聞くと、雅隆は後ろにある店を指さす。
「あそこで綿あめとか売ってるのー。そうそう、文月さんにもお裾分けしようと思って持ってきたから皆さんでどぞー。飴がけのアーモンド」
 テーブルの上に出されたのは紙包みだった。そして雅輝を見ながら雅隆がにぱっと笑う。
「本当は、スーツの男が三人雁首揃えて綿あめ食べてる所も見たかったんだけど、店のみんなに止められたのと、後から雅輝が怒りそうだからやめたよぅ」
 それはちょっと嫌な光景だ。
 その事を想像して軽く目眩を覚えていると、雅輝が口元を押さえて笑った。そうやって感情を表向きにしているのも珍しい。
「兄さんにしては賢明な判断だね。文月さん、甘い物がお嫌でなければお土産に持っていってください」
「ああ、ありがとう。家で食べさせて貰おう」
「それじゃ、僕もうちょっと飴ちゃん売ってくるー。文月さんもお仕事お疲れ様でした、楽しんでってね」
 手を振りながらパタパタと雅隆が店に戻っていく。きっと兄なりに気を使ったのだろう…その包みを紳一郎はカバンに入れた。
「家で召し上がるんですか?」
「ああ、篁はクリスマスはどうする?」
「僕はいつもと変わらず仕事ですよ」
 いつもと変わらず…そういう雅輝に冬夜が溜息をつく。
「俺は雅輝さんには、クリスマスぐらい休んで頂きたいと思っているんですが」
 まあ、それはそれで正しい姿なのだろう。
 一人で過ごすクリスマスも、家族と過ごすクリスマスもその一日に変わりはない。いつもと変わらず…などと雅輝は言っているが、クリスマスマーケットを主催したことで、それは去年とは違うクリスマスだ。
 そう思っていると紳一郎の携帯が鳴った。
 発信先を見ると自分が後見人をしている菊坂 静(きっさか・しずか)からだ。
「もしもし…静か。何をしている?」
「あっ、文月さん…今クリスマスマーケットにいるんですけど、遅くなりそうなので…」
 どうやら静も同じ所にいるようだ。辺りを見渡すと、人混みの中に静の背が見えた。紳一郎は眉間に皺を寄せながら携帯を片手に持ち、ツカツカと背後から静に近づく。
 ぽん…と肩に手を置くと、静は振り返りながら吃驚した表情をした。
「ふっ文月さん!?どうしてここに?」
「私は仕事の途中だ…そちらは?」
 屋台の中には色黒で長身の青年が煙草を吸っていた。静から『蒼月亭』のマスターであると紹介され、軽く会釈を一つ。静とナイトホークは親しいのか、何か楽しげに話をしている。
 それを見ていると、雅輝が横でくすっと笑った。
「文月さんが驚いた所を初めて見ました」
「私だって人の子だ…驚けば変な顔だってする」
 そう呟き額に手をやり溜息をついた紳一郎は、小さな声で雅輝にこう呟いた。
「篁、あの子は『小夜啼鳥』に巻き込むなよ?」
 紳一郎の心配。
 それは静が篁の後ろに広がる闇に飛び込んでいくこと。それを聞いた雅輝はちら…とナイトホークを見て目を伏せる。
「文月さんとは仲良くさせて頂きたいと思ってますから、懐に飛び込んでこなければ巻き込む気はありませんよ」
「………」
 そんな日が永遠に来なければいい。
 小雪がちらつき始めた空を睨みながら、紳一郎は大きく白い息を吐いた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6112/文月・紳一郎/男性/39歳/弁護士
5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」


◆ライター通信
ご参加ありがとうございます。水月小織です。
まず納入が遅れたことをお詫びいたします。申し訳ありません。

個別指定はなかったのですが、篁雅輝と一緒に…ということで、個別対応させて頂きました。一緒にクリスマスマーケットを楽しんだり、お互い腹の探り合いをしていたりしてます。
親しい感じですので『Nightingale』のことも知っている事になってますが、文月さんが知っているのは『雅輝が持っている個人組織』ぐらいで、後は深入りしないように会えてみないようにしているのではないかと思います。危険に飛び込むタイプでもなさそうです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。