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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


狙われた三下

「『赤い薔薇の教団?』」
 アルバイトの桂が持ち込んだ話に、アトラス編集長碇麗香はいたく興味をしめした。
「聞くからに怪しい教団じゃないの。それについて何かつかんだの?」
「はあ、それが……」
 桂はいつになく深刻な顔をして、肩越しに後ろを振り返ると「三下さん!」と呼んだ。
 三下はびくっとして、おそるおそる麗香のデスクにやってくる。
「実は……ハッキングしてみたんです。その教団のサイトの裏を」
 桂は神妙な顔で言った。麗香はルージュの乗った唇を笑みにして、
「よくやったわ。それで?」
「これから殺される人の名前がつらつら並んでいまして……すでに殺された人々の名前も一致していまして……全員、名前が載った三日以内に亡くなっています」
 編集長が柳眉を寄せる。三下が真っ青になって聞いていた。
「あのサイトは特殊な造りになっていて、画面を見ていると催眠状態になったように、自分が思わぬ人の名前を入力してしまうんです。『殺したい人の名前は?』と問われるんですが、逆に大切な人の名前を入力してしまう、といった具合に」
「そ、それで……」
 三下が尋ねると、桂はうなずいた。
「いました。このアトラスの社員にも」
「誰の名前?」
 麗香が難しい顔で腕を組んだ。聞かなくても分かることだったが――
 桂は重々しい声で、
「三下さんです」
 と、言った。

     **********

「ほほう……」
 話を聞いて、パティ・ガントレットは興味深そうに何度もうなずいた。
「三下さんが狂信者に狙われている。なるほど、なるほど」
「助けてやってくださる? パティさん」
 麗香の言葉に、パティは「そうですねえ……」と少し考える様子を見せた。
「三下様にはいつもお世話になっておりますし狂信の生贄にさせるわけにはまいりませんね」
 パティは、こつりと盲人用の杖で床をつついた。
 目を閉じたまま。
「このお話、受けさせていただきましょう」

「というわけでして」
「何がというわけなんですかー!?」
 三下の寝室に突然現れたパティに、三下は悲鳴じみた声をあげた。
「これから三日間、寝食を共にさせていただこうと思いまして」
「パパパパティさん、どこからどう入っていらっしゃったんですか!?」
「そこは企業秘密で」
「企業!? 企業秘密!?」
 慌てふためく三下の前で、パティはこつこつ杖をつきながら三下の布団をさぐりあてると、もぞもぞとそこの中に入った。
「パティさん!? そこ僕の布団なんですけど!?」
「客がいるときは客にいい場所をとらせるのは基本でしょう」
「いやあの、僕はどこで寝ればいいんですか!?」
「客間のソファなどいかがでしょう」
「ここから離れてますよ!? パティさん何をしにいらしたんですか!?」
「――ああ、そうでしたね」
 ぽん、と布団の中で手を打ったパティは、おもむろに起き上がり、
「三下様をお守りするためには、傍にいることが肝要。どうぞ、三下様」
 と布団の中を示した。
 三下が真っ赤になった。パティは腕に篭手がついていたりと変わった人間だが、女性には違いない。
「ご心配なく、三下様」
 パティはおごそかな声音で言った。
「わたくし、三下様が実直で本当は芯の強い方であること、よく存じていますから」
「―――」
「ウソがつけないのも、上司に逆らえないのも、弱さではなく。ただ純粋なだけ。それは眩しいほどの魅力ですよ」
「パティさん……」
 三下の目がうるみ始める。そんなこと、誰にも言われたことがなかった。
「あ、ありがとうございます、パティさん――」
「というわけでして」
 パティは布団に入り直し、
「明日の朝食はふたり分、よろしくお願いいたします」
 言って、すぐさまぐーぐー寝始めた。
 ずるり、と三下は滑って、
「パ、パティさぁん」
 泣きそうな声で言った。
 あいにく三下の声では、パティは起きてくれそうになかったが――

「などと冗談で申し上げましたが」
 三下が律儀に布団には入らず、近くでマットにくるまって寝ている様子を感じ取りながら、パティはおもむろに起き上がった。
「襲われるのは夜が普通。夜は眠りませんよ」
 こそっとつぶやき、本当は三下をからかうのが楽しいだけのパティはひそかにかけ布団を三下にかけた。
 うーん、と三下が寝返りをうつ。
 普段こき使われているせいか、起きる様子はない。
「さて、どういたしましょうか」
 ――パティは人間ではない。
「相手は一般人のようですしね。魔人の力を解放するわけにもいきませんでしょう」
 気配がしていた。五人ほどだろうか。
「まったく……」
 パティは立ち上がる。
「ひとりぐらいはつかまえて、尋問でもいたしましょうかね」
 視覚をのぞく『四感』を全身で鋭くとがらせ、五人の動きをはかろうとする。
 が――
 あいにく、様子見に来ただけらしい――あるいはパティが起きてしまったことを都合悪しと判断したのか、五人はすぐに気配を消した。
 ふむ、とパティは息をつく。
「少しは頭のありそうな相手です」
 とりあえず夜中は起きて見張っておくことにしようか。そう考えて、パティは布団に寝転がった。

 その夜は、何も起こらずに終わった。

 三下がもぞもぞと起き上がり、なぜかパティではなく自分にかけ布団がかけられているのを見て大慌てになった。
「パパパパティさん! すみません、僕途中で奪っちゃったんでしょうか……!」
「………」
 のっそりと起き上がった――最初から目覚めてはいたが――パティは、顔を伏せて、
「三下様があんなに乱暴だとは知りませんでした……」
 両手で顔を覆う。
 ひいいっ、と三下は土下座をした。
「す、すみませんすみませんすみません……っ!!!」
 パティはこっそり笑ながら、すん、と鼻をすすりあげ、
「せめて……朝食はおいしいものをたんと食べさせて頂きたいものでございます……」
「は、はい! たくさん作りますから……!」
 三下は慌てて立ち上がり、かけ布団を踏んづけ滑って転んで頭を打った。

 三下の料理はなかなかいける。
「三下様……いい腕でいらっしゃいますね」
 お味噌汁をずずっとすすりながら、パティは言った。「これならいつでもお嫁に行けるのではありませんか……?」
「ええいいお嫁さんになろうと努力を――じゃなくて!」
 ノリツッコミをかましてきた。なかなかやるな、とパティは思った。
 と、ぴるるるると三下の携帯電話が鳴った。
「はい」
 三下はパティに背を向けて、電話口を隠しながら携帯に出る。
 あいにくと、聴覚も発達しているパティには無駄だったが。
「――編集長? え? 来なくてもいいって――編集長!」
 ツーッ ツーッ ツーッ
「切られた……」
 唖然と三下は携帯電話を見下ろす。
 パティはのんびりと、「どういたしましたか」と訊いた。本当は全部聞こえていたのだが。
 三下は泣きそうな顔になり、
「みんなが巻き込まれるかもしれないから三日間仕事に来るなって……」
「おや。そうですか」
「………」
 三下はとぼとぼと食卓に戻ってきて、箸に手を置いてしばらく考えていたが――
「……仕方ないですよね。みんなを危険に巻き込んじゃいけない」
 真剣な声でつぶやく。
 パティは口元で微笑んで、
「心配ありませんよ。三下さんの傍にはわたくしがおりますから」
 それを聞いて、三下はパティを見つめた。心配そうに。
「パティさん。パティさんも危険です――」
「申し上げたはずです。わたくしは三下様を護りにきたのです」
「パティさん――」
 またもや三下が涙ぐみ始める。
「――おいしゅうございました」
 パティは手を合わせてごちそうさまをすると、
「さて。おなかが一杯になると眠くなるというもの。三下様。お布団お借り致します」
「は? え?」
「眠らせていただきます。危険ですので、三下様もわたくしの寝ている傍から離れませんように」
「へ――」
 パティは杖をつきながら迷わず三下の寝室に入り、布団にもぐりこんだ。
 そのままがーがー眠りだす。
「パ、パティさぁん」
 三下の泣きそうな声では、やっぱりパティは起きてくれそうになかった。

 三下は律儀にパティの寝ている傍で、仕方ないので部屋の掃除を始めた。音を立てないよう静かに。
 やがて昼になると、パティはおもむろに起き上がり、
「昼食のお時間ではありませんか?」
「え? あ、ほんとだ」
「三下様、わたくしの分もよろしくお願いいたします」
「は、はい」
 三下は慌てて台所へ飛んでいく。のっそりとパティも後を追った。

 三下との昼食中、ぴるるるとまた携帯電話が鳴った。
「あ、編集長――え? そんな、ちょっと編集長〜!」
 プッ
 ツー ツー
「……襲われる気分をレポートに書けってどういう仕事なんでしょう……」
 三下は呆然としながら携帯電話を見つめる。
「滅多にあることではありませんからねえ」
 パティはのほほんと言い、
「さて、おいしゅうございました」
「あ、ありがとうございます」
「ではまたわたくし眠ります。三下様、わたくしから離れてはなりませんよ」
「へ???」
 あっけにとられる三下の前を杖をつきながら通り過ぎ、パティは再び三下の布団でがーがー寝始めた。

 三下が再び律儀に、寝室に置いてある書類の整理などを始める――
 パティはおもむろに起き上がり、
「麗香さんに頼まれたお仕事を、さぼってはなりませんよ」
 とだけ言って、また寝た。
「襲われる気持ち……」
 三下はとほほとレポート用紙を取り出しながら嘆く。
「襲われる気持ちって言うより、軟禁されてる気持ちのほうが書きやすいよう……」
「何かおっしゃりましたか三下様」
 パティがのっそり起き上がる。
「いえっ!」
 三下はあははと乾いた笑いで返してきた。

 それから夕方まで、三下はやっぱり律儀に『襲われる気分』についてレポートを書こうと四苦八苦していた。
 実際には『襲われそうになっている気分』だが。
「赤い薔薇の教団って、何だろうなあ……」
 三下がつぶやくのを、寝たふりをしていたパティはひそかに聞いていた。

 夕食も食べるだけ食べて、パティはまた三下の布団を奪った。

 夜になり――

 三下が、パティとは少し離れたところで、マットにくるまって眠った頃――

 パティは完全に覚醒し、今度は寝転がったままで感覚を研ぎ澄ました。
(――また五人)
 毎夜毎夜飽きないことです、などと思いながら。
 本当は知っていた。
 昼間もひとり、ふたりと三下の家をうかがいに来ている者がいたことを。
 そして彼らの情報では、おそらくパティは『盲人』と判断されたことだろう。
(そうなれば、都合のよいことです)

 パリン……
 カチャッ

 何かを割ってから鍵を開ける音がする。おそらく、窓の。
(入ってくる気になったか)
 足音も立てず、五人の人間が部屋に入ってくる――

 誰かが、
 三下を取り巻くように立ち、
 何かを、
 振り上げて――

 キィン

 金属音が、空気を凍らせた。
「――いらっしゃいませ、お客様」
 いつの間にか立ち上がっていたパティは、しこみ刀で男の振り下ろした斧を受け止めながら静かな声を出す。
「申し訳ありませんが、こちらの方に危害をくわえることは許しません」
「―――」
 誰も返事をしない。声を出さない程度の頭があるらしい。
 男たちの意識が、三下からパティに移るのが、パティには分かった。
 パティは三下から離れるように動く。
 それに合わせて、男たちも三下から離れる。
 まるで音の立たない移動――
 けれど空気の動く気配でパティには分かる。呼吸の気配で分かる。
 そして男たちは声を出さない。
 やがて視線で合図でもしあったか――
 一斉に、斧がパティに振り下ろされてきた。

 ――……ッ

 凍るような金属音は空気に散り、
 パティは無傷でそこに立つ。
 代わりに、男たちが得物を落とし、手首を押さえてうずくまった。
 ――パティは斧をすべて跳ね返すと同時、しこみ刀の鞘のほうで男たちの手首をきつく打っていた。
 おそらく手首が折れた者もいただろう――
 男たちは一斉に窓に移動し始めた。逃げるつもりか――
「させませんよ」
 パティはそのうちのひとりをつかまえ、背中から押し倒した。腕を背中に回させ、肩の関節をきめる。
「さて……聞かせていただきましょうか」
 パティは冷たい声で言った。「一人の人間を殺さなければ成り立たないほど強烈で崇高なその教義とやらを」
「……っ……っ……っ」
「痛いですか?――貴方たちが殺してきた人たちはどうでしょうね?」
「――殺せば――誰かが喜ぶ――喜びのための死――」
「………」
 パティは無言で、その男の肩の骨を折り、激痛で気絶させた。
「殺せば、誰かが喜ぶ……ですか」
 つぶやく。何も知らずすーすー眠っている三下を見つめながら。
「こんな……善人まで……」
 しかし、暗示は『殺したい人間は?』と問われながら、逆に『大切な人間』の名を入力してしまうというもの。
「誰かに……大切に思われているのですね、三下様……」
 それだけが救いだった。

     **********

 パティは肩の骨を折った男を、夜中のうちに交番の前に放り出しておいた。
 それから二日間。昼間はがーがー眠り、夜だけ見張っていたパティだったが、刺客が再びやってくることはなかった。
 三下を連れて三日ぶりのアトラス編集部へ向かうと、
「三下さんの名前が削除されてましたよ」
 と桂が言った。
 それを聞いて、へなへなと三下が床に座り込む。
「よかったですね」
 パティは微笑んだ。そしてぼそりと、
「これでこれからも三下さんで遊ぶことができる」
「? パティさん、何かおっしゃいました?」
「いいえ」
 笑顔の下に腹黒い顔。
 パティはコロコロと笑いながら、教団の気持ちがほんの少しだけ――分かったような気がしてしまった。
「ま、三下もいないよりマシだからね」
 麗香がデスクに頬杖をつき、「で、レポートは?」
「は? え――」
「襲われる気分のレポートは!?」
 麗香の顔が鬼の形相になる。
「わわわわす」
「忘れた、とか言ったらどうなるか分かってるでしょうねえ……!?」
「だって襲われてないんですから〜〜〜!」
「三下! 今から新しい心霊スポット五つまとめて取材してらっしゃい!」
「ひいいいいいいい!!」
 ――アトラス編集部には裏などない。相変わらずにぎやかなまま――


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【4538/パティ・ガントレット/女/28歳/『魔人マフィアの頭目】

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■         ライター通信          ■
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パティ・ガントレット様
お久しぶりです。笠城夢斗です。
このたびは依頼にご参加くださり、ありがとうございました。
納品の遅れ、本当に申し訳ございません。
今回はほんの少しのギャグとシリアスを混ぜた感じにできあがりましたが、いかがでしたでしょうか。
楽しんでいただけますよう。
またどこかでお会いできますよう……