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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


零ちゃんのファースト☆エクスペリエンス【お正月企画】

■鐘つき、ゆく月
 年越し蕎麦も食べ終わり、後は除夜の鐘を聞くばかり。
 しんしんと冷える、月の明るい夜だ。
 草間・武彦と零は、こたつにもぐって「ゆく年くる年」を見ている。
「お兄さん」
 みかんを手にしながら、零はためらいがちに問う。
「あの、今日は除夜の鐘を聞きに寺に参りませんか」
「……そんな庶民的なことはしたくねーなぁ」
 答えてから、はたと気づく。
(そうか。零は初詣をしたことがないんだ)
 残念そうにそうですか、と言ってうつむく零を見て、武彦は頭をかいた。
「零、わかった。皆も誘って、寺に行こう」
 零は顔を上げ、うれしそうに笑った。

■一月一日、午前零時十分 黒・冥月自宅にて
「行かん」
「いや、だから、もう少し考えてくれ」
 とりつく島のない黒・冥月に、少々途方に暮れつつ武彦はため息をつく。どうしてこんなヤツを誘ってしまったのか。けれどここまで来たら後には引けない。それが男というものだ。
「寺に行くことが何でそんなに嫌なんだ」
「何故私が行かねばならんのだ」
「いや、だから……零が」
「零が?」
「いや、零が行きたいって言うからな……」
「む。零の望みなら仕方ないか」
 冥月は重い腰を上げ、奥の部屋へと歩き出した。いやに男らしい仕草に見えるのは、何故なのか。武彦よりも身長があるからなのか。なんだか癪にさわって、恨み節を連ねる。
「女の願いは聞くのか。ハン! まぁ、お前は男みたいなものだからな」
 ぴくりと動いた冥月は、ゆらりと立ち上がると指の関節をボキボキ鳴らした。殺気のこもった目が、武彦に絡みつく。
「いい度胸だ」
 冥月の拳が武彦の左頬に炸裂した。

■一時だよ! お寺で集合
 鐘の音はすでに鳴り響いていた。漆黒の虚空に漂う、荘厳な音。
 こんなに遅くなったのは、武彦との年始早々バトルが繰り広げられていたからだった。近所から苦情が来て、ようやく二人の戦いは幕を閉じた。
 武彦が待ち合わせ場所まで走っているのを眺めつつ、コンパスの長い足で颯爽と歩く。すらりとした黒いロングコートが冷たい風になびく。
 待ち合わせ場所にいたのは、零、シュライン・エマ、日置・紗生、那智・三織、棗・響だった。
「ひゅー☆ カッコいい」
 響は歓声の代わりに口笛を吹く。二人は何があったのか、憮然とした表情を浮かべている。
「あたしは日置・紗生だ。よろしく頼むよ! あんたの名前は何て言うんだい」
 紗生の言葉に、すこし照れたように目を合わせないまま彼女は言った。
「黒・冥月だ」
「一瞬、男かと思いました。背が高いんですね」
 三織がにこやかに言う。からかっているわけではないことが伝わってきて、自己紹介を簡単にすませる。
「そう言えば何で紋付き袴じゃないんだ」
 武彦の言った言葉に眉をぴくりと動かし、すみやかに足を蹴り上げた。見事に武彦の側頭部に決まる。
「私は女だ」
 武彦はその場に突っ伏した。三織はそのやりとりを見ながら、胸をときめかせていた。
(この女……私と近いものを感じる)
「あっれ。三織ちゃん、恋でもしたの?」
 じろりと見てやったけれど、響は飄々としてにこやかなままだ。
「嫌い嫌いも、好きのうちらしいがね」
 豪快に笑う紗生に、一同は何で今このタイミングでと反論したかったがやめておいた。倒れていた武彦は起き上がり、服についたものを払ってから気を取り直した。
「全員そろったことだし―――行くか」

■除夜の鐘
 鐘の音はやまない。いつもならひっそり閑としている寺の夜。今日は賑わしく、どこかおごそかな気持ちになる。着物を着ている女性や、子供連れ、カップルなどいろんな人たちが通り過ぎてゆく。張りつめたような冷たい空気と、あたたかそうなオレンジ色の屋台の光が混ざると、妙にわくわくした気持ちになる。
「零ちゃん、鐘を撞きに行くのはどう?」
 シュラインが提案すると、零は顔を上げて笑った。紗生が零の肩に手をのせて、
「一緒に並ぶか。あたしも久々に鐘を撞きたい」
「じゃあ、俺も行こうかな」
 響をギロリと睨み、なんでとてもとても嫌そうに無言のまま、むっつりして三織は紗生の後について行く。
 シュラインは、そっと武彦に耳打ちをする。
「ひとつ、思いついたことがあるのだけど」
「何だ」
「後で、零ちゃんに着物を着せてあげてもいいかしら」
 武彦はうなずく。ふたりが仲睦まじく微笑み合うのを冥月は冷たい目で見ていた。その視線に気がついた武彦は、にやりと笑う。
「欲を落して今年は女を口説くのは控えろよ」
「年明け早々か!」
 素早く卍固めを食らわせ、武彦の体からゴキと嫌な音が聞こえた。シュラインは頭を抱えて彼らを傍観している。
 ちょうど、零が鐘を撞いた。ぐぉーん、とあり得ない大きな音がした。尋常ではない。まるで地響きだ。すごい勢いで鐘が揺れている。一行は素早くその場を後にした。
「いやぁ元気な子だ!」
 やはり豪快に笑う紗生は、笑いすぎたのかすこし涙目になっていた。対する零はしょぼんとうつむいている。
「ごめんなさい。弱く撞いたつもりだったんですけど」
「見た目の割に、すごい力ですね」
 三織の言葉に零はぴくりと体を震わせた。
「あっ、辛口〜! 零ちゃんが泣きそうじゃない!」
 響が非難囂々に叫ぶ。さすがに慌てて三織が言った。
「えっ、いやあの、泣かなくていいんですよ全然ッ。おみくじ! おみくじ、ひきませんか」
 三織は零の手を取った。シュラインと武彦を残して、紗生と響、冥月がついて行く。

■おみくじはいかが?
「どうやったらいいんですか?」 
 おみくじ初体験の零は、紗生にたずねた。
「こうやればいいんだよ」
 おみくじ代の百円を白木の箱に入れて、木製のおみくじ箱を逆さにして振る。すると、小さな穴から細い棒が出てきた。
「すみません、八番おねがいします」
 八番のおみくじをもらい、中を開くと大吉だった。
「こんな感じだ! やってみな」
 恐る恐る、零は同じようにおみくじ箱を振る。棒に書かれていたのは二十三番。開いてみると、大吉だった。
「よかったね! 大吉ってのは、一番いいんだ」
 聞いてうれしそうに笑い、おみくじをぎゅうと抱きしめた。
 三織もおみくじをやってみると、吉だった。響はといえば、凶だった。のぞき込んだ三織は鼻で笑って、
「名前が名前だけに、凶なわけだ」
「えっ、でもそれって、逆にツイてるのかもしれないってことじゃない?」
「いや、いい方に考えすぎだろう」
 やんやと騒ぐ二人の背後で、零はおみくじを折って木につけようとしているが、低い枝にはびっしりとおみくじが並んでいた。
 冥月は彼女をひょいと抱き上げる。零はすこし驚いたように冥月を見たが、ありがとうと言っておみくじを無事に枝につけた。
「冥月さんは、引かないんですか」
「いや、私はいいんだ」
 ふとやさしい口調になっていることに自分で気がついて苦笑する。
(確かに、女に甘いな。私は)
「じゃあ次は、お賽銭ね!」
「師よ、順番が違うのでは……みくじを引く前に……」
「あんた、そんな小さいこと気にするんじゃないよ! さぁ、行くよ! あんたたちっ」
 はぁいと気の抜けたような返事をして、一同はようやく本堂に歩き出した。

■お賽銭とお祈り
 そうして、一同はお賽銭を投げる。冥月が一万円札を投げるのを見て武彦があっと息を呑んだ。
「勿体無い、くれ」
「黙れこの貧乏探偵」
 武彦が何かぶつくさ言っているのを聞かないように、精神統一。
 手を合わせ、祈る。
(退屈しない一年である様に)
 祈りは、きっと叶うだろう。元旦からこれだけ喧しいのだから。

■そして、朝を迎えて
 事務所に戻ると、皆でシュラインが用意してくれていたお節を食べた。その時には、零は晴れ着を着ていた。赤い豪奢な金銀の模様がある着物。赤がよく映えて、とても可愛かった。
 そんな、平和でおだやかな一年のはじまり。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4412 / 日置・紗生 (ひき・さお) / 女性 / 37歳 / システム屋】
【4315 / 那智・三織(なち・みおり) / 女性 / 18歳 / 高校生】
【4544 / 棗・響 (なつめ・きょう) / 男性 / 26歳 / 『式』の長】
※整理番号順

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■         ライター通信          ■
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