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クリスマス福引
「はぅ〜。早いものです。もう冬ですか」
ステラはクリスマス色に染まっている街中を見回す。
通り過ぎる人々は寒さに白い息を吐く。
少し立ち止まって空を見上げると、少し天気が悪い。
「なんだかまだ先なのにクリスマスのことばっかり……。皆さん商売上手なんですねぇ」
ほうほう、と頷く彼女は首に巻いている赤いマフラーをしっかりと強く巻き直し……そこで手を止めた。
「そ、そうです！ こういう時こそあれです！」
何やら思いついた彼女は嬉しそうにニタニタした。
「ふっふっふっ。日本人は福引が好きと聞きました……。これはやるべきです！ クリスマス福引！」
ガッツポーズをとっていた彼女は周囲から注目されて慌てて身を縮まらせて照れ笑いをし、歩き出す。
（あのガラガラ回すのを用意して……それで、くじを引いてもらうんですぅ）
そのついでに……。
（先輩に言われていた分は用意できますかねぇ、たぶん）
にしししし。
悪い笑みを浮かべるステラはそこではた、とした。
そういえば景品がいる。
（そうですねぇ……。まあなんとかなりますか）
＊＊＊
新しい生活に神崎美桜は慣れない。瞼を擦り、溜息をつく。
（このまま眠れなかったらどうしましょう……）
悩みながら街を歩いていた彼女はちりんちりんという音に気づき、そちらを見た。
道端に不自然に設置された机。その後ろには紅白の幕。去っていく客に「ありがとうございましたー」と丁寧に言っている金髪の少女。
（あれは……ステラさん？）
サンタ衣装の彼女は、今の時期だとそれほど目立たない。街ではサンタ衣装の者が溢れ返る時期だからだ。
何をしているんだろうと近づく。
「こんにちは……」
「あらぁ。こんにちはですぅ」
ぺこっと頭を下げるステラに、美桜は机の上を見回して尋ねた。
「福引……ですか？」
「はい。あ、これは券はいらないですから。一回引くのに必要なのは、恥ずかしい思い出一つです！」
「…………え？」
訊き返す美桜に、ステラは「ですからぁ」と再度説明する。
「恥ずかしい思い出一つと引き換えに、このガラガラを回せますぅ」
「…………はぁ」
「ちなみに秘密は厳守します。ここに顔を突っ込んで話してくださいね」
ウツボカズラに似た怪しげなツボを差し出してくるステラを、美桜は戸惑ったように見た。
ステラは首を傾げた。
「神崎さん、元気ないですねぇ。目の下にクマがありますぅ。寝不足ですかぁ？」
「あ……はい。ちょっと、引越しして……」
「ほうほう。環境が変わると確かに寝付けないデリケートな人がいますからね。枕が変わっただけでも眠れなくなる人がいると聞きましたし」
「そうですね」
小さく困ったように笑う美桜にステラは言った。
「眠らないと倒れちゃいますよ？ お肌もダメージを受けますぅ」
「そうですかね……」
「張りとツヤがなくなりますよぅ。どうしても眠れなかったら病院に行ってくださいね。きっとお薬がもらえますぅ」
「ええ」
頷く美桜は人差し指を立てる。
「じゃああの……一回、させてもらってもいいですか？」
「あ、どうぞどうぞ」
差し出されたツボに、恐る恐る顔を近づけた。ツボは美桜の顔がすっぽり入る大きさだ。
ツボの中は狭いはずなのに、そうは感じない。それがやたらと不気味だった。
美桜は「えーっと」と前置きしてから語る。
「この間なんですけど、洗顔しようとして…………その、歯磨き粉で顔を洗ってしまったんです……」
顔が熱くなった。なんて間抜けなんだ、と自分でも思う。
ツボから顔をあげ、美桜はステラをうかがう。ステラは笑顔を浮かべた。
「ありがとうございますぅ。じゃ、一回ですね」
抽選器を美桜のほうへ押し出す。美桜は取っ手を掴んで回そうとしたが、ふと気になってステラに訊く。
「そういえばこれ、何が貰えるんですか？」
「えっとぉ、一等が温泉旅行で、二等が食べ物セットで、三等がソリで散歩。残念賞はボールペンですぅ」
「温泉……？」
「はい。わたしの知っているところなんですけど、いいところですよ？」
「へぇ」
呟いた美桜は取っ手を回す。当たるとすれば、一等がいいけれど……。
出てきた玉の色を見て、ステラがベルを鳴らした。
＊
「温泉？」
「はい！ 福引で当てたんです。一緒に行ってくれますか？」
当てた一等はペア券だったのだ。美桜は和彦に同行してくれるように懇願する。
狭い四畳半の部屋の中、和彦は無言になってから嘆息する。
「行ってもいいが、いつだ？」
「クリスマス・イブです」
「…………」
再び無言になってしまう和彦は何かを考えていたようだが、頷いた。
「いいだろう。予定は空ける」
「！ 本当ですか!?」
嬉しい！
美桜は歓喜のあまり頬が緩んだ。
（そうだ！ イブですし、徹夜で編んでいたセーターを持っていきましょう）
眠れないのですることもなく、夜な夜なセーターを編んでいた。それがもうすぐ完成しそうなのだ。黒のセーターは彼に似合うことだろう。
（まぁ……こっそりではないのが、ちょっと残念ですけど）
美桜が眠れていないことも、編物をしていることも彼にはバレている。
弱音を洩らせばすぐにでも「帰れ」と言いそうなだけに、美桜は何も言えない。そのうち倒れてしまえば、彼は美桜を病院に入院させて早々に目の前から消えてしまうことだろう。
（少し意地悪ですよね、和彦さんて）
和彦が厳しくすることを「意地悪」と思ってしまうあたり、美桜は成長していない。……と、彼女のこの心の呟きを聞けば和彦は言うだろう。
（そうだ。意地悪な和彦さんに逆襲です）
ちょっと笑って美桜は和彦に擦り寄る。彼は仕事に使うらしい退魔用の道具を作っている最中だった。畳の上に新聞紙を広げ、その上で製作しているのだ。
「温泉……もし混浴なら背中を流してあげますね」
「……別に俺は構わないが、他に客がいてもおまえができるんならな」
「…………他に客？」
「当たるのは一組だけなのか？」
冷静に言う彼は数珠に文字を彫り込んでいる。かなり細かい作業だ。
美桜は考え込む。そういえばあの福引は人数が限定されていなかった気がする。ステラに言われたことは、ペアであることと、一泊二日である、ということだけだ。
それに温泉旅館を美桜と和彦だけで貸し切るというのはありえない話だろうし、イブの日に二人しか客がいない……なんてこともないだろう。
「う……そうですね、他にお客さんがいるかもしれません……」
貸切でないうえに、見知らぬ普通の旅館に行くこと自体が少ないため、美桜は身を縮こまらせる。やはり自分の感覚は一般人と違うのだ。
数珠に彫り込んだ文字を確認しつつ和彦は言う。
「くだらないこと言ってないで、さっさと寝ろ」
「…………恥ずかしがらなくなりましたね、和彦さん」
意外そうに呟く美桜を、彼は手を止めて見遣った。
「元々そういうのは希薄だからな」
「そうですか……」
つまらない。と美桜は思った。
恋は病という。一時期の熱病のようなものだと。
和彦はまさしくそれだった。彼は夢から覚めたようにすっきりしている。今の彼は憑物封印をしていた頃の状態に近いのだろう。
＊
クリスマス・イブ――。
２４日の昼、指定されたバス停で待っていると、目の前に古めかしいバスが停車した。ステラが窓から顔を覗かせる。
「お待たせしました〜。ささ、乗ってください！」
二人はバスに乗り込む。バスの中には他にも乗客がいた。
ステラは乗り込んだ美桜たちに説明する。
「明日のお昼頃にまた迎えに来ますから、それまでゆっくりしてくださいね。ああそうそう、宿の人の姿が見えないとは思いますが、気にしないでください〜」
「宿の人の姿が見えない？」
怪訝そうにする和彦に、ステラは頷く。
「シャイな人たちだと思ってください〜。旅館には案内図がありますから、迷子にはならないと思いますぅ」
「案内図って、ステラさんは泊まらないんですか？」
「ええ？ 今日はイブですよ？ サンタは大忙しですぅ。無理無理」
明るく笑うステラは続けて説明した。
「大浴場は男女別。食事はお風呂に行っている間に部屋に用意されますぅ」
どこを走ったのかわからないが、気が付けばバスは旅館の前に停まっていた。海の波の音が近くから響く。どうやらここは海の近くらしい。
バスから降りた乗客を見回し、ステラは窓から顔を出して「それではまた明日〜」と手を振った。そしてバスは来た時と同じようにのろのろと出発して、去ってしまう。
美桜は和彦と共に旅館に向き直った。玄関は開けっ放しで、玄関先には火の灯った提灯が飾られている。
「セルフなのかな……」
小さく呟きつつ和彦が玄関をくぐった。
こんな旅館は初めてだ。美桜は不安になりつつ、彼に続いた。
靴を脱いであがる。入ってすぐの広間には旅館内の地図があり、その手前には机があった。机の上には、客の名前が書かれた紙に鍵が添えられていた。どうやらこの鍵はそれぞれに割り当てられた客室のものらしい。
美桜たちの部屋はそこそこ広い。アパートの狭さに比べれば十分な広さだ。
「わ……素敵なお部屋ですね」
「うん。落ち着くな」
素直に頷く和彦は窓から外を眺める。海が見えた。
「……ここ、どこなんだろう……」
悩んでいる和彦とは違い、いつ持ってきたセーターを渡そうかと考えていた美桜にはそんなことはどうでも良かった。
「あ、じゃ、じゃあ先にお風呂に行ってきますね」
「ああ」
部屋に用意されていた浴衣を持って立った美桜だったが、彼の注意はムダなものになってしまう。
戻って来た美桜はのぼせてふらふらだったのだ。乱れた浴衣姿の美桜が戻ってきて、彼は仰天した。
「ただいま戻りまし……た」
「なんだその格好！」
驚愕して怒鳴る和彦を無視して鞄に近寄り、セーターを取り出す。そして和彦の横に座る。
「これ、クリスマスプレゼントです……」
「……浴衣を直せ」
不愉快そうに言う和彦は顔をしかめ、逸らす。
「身なりをきちんとできないヤツは嫌いだ」
和彦は大きく嘆息した。色仕掛けをされて動揺していた頃が懐かしい。健全な男ではあるが、今はあまり興味が出ないのだ。例え相手が美桜でも、だ。むしろ彼女の無防備な行動に最近は苛立つこともある。
（言っても正しく理解してるかどうか怪しいしな）
はあ、と溜息をつく和彦の心情などわからない美桜は首を傾げ、それからくすくす笑って言う。
「そういえば和彦さんは私と一緒に寝てると無防備ですね。計り放題ですし、今度は何しようかな？」
和彦の頬を突付こうとする美桜の手を彼が止めた。完全に呆れ果てた顔で美桜を見て、呟く。
「おまえは本当に空気を読まないよな……」
だいたい無防備に寝ていたのは彼女の屋敷内でのことだ。現在は違う。
「どうでもいいからさっさと浴衣を直せ。はしたない」
「プレゼント……」
「ありがたくいただくから……」
うんざりしたように言う和彦はやれやれと美桜の浴衣を直す。
「俺はおまえのお守りじゃないんだが……」
甘え癖の抜けない美桜は、まだ一人だけ甘い恋に浸っている。和彦と温度差があるのは明白だったが、そのことに気づいてはいなかった。
「じゃ、俺は風呂に行くから」
浴衣を持って風呂に行き、戻って来た和彦は苦笑した。のぼせた美桜は布団で休憩をしている間に寝てしまったようだ。
「寝てると大人しくていいんだがな……」
布団をかけてやり、彼女がやっと眠れたことに彼はまた深く息を吐いた。今度は安堵の息だった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
ＰＣ
【0413／神崎・美桜（かんざき・みお）／女／17／高校生】
ＮＰＣ
【遠逆・和彦（とおさか・かずひこ）／男／17／退魔士】
【ステラ＝エルフ（すてら＝えるふ）／女／16／サンタクロース】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
その後の二人のクリスマスでしたが、いかがでしたでしょうか？
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました。書かせていただき、大感謝です。
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