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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


教祖は我が娘

「私の娘だったんです」
 と、依頼にやってきた相馬という男は言った。
「あの泣きぼくろに笑顔……間違いなく私の娘だった!」
「落ち着いてください」
 草間武彦は興奮している依頼人をなだめようと、妹の零にコーヒーを淹れるように言った。
 コーヒーを飲んだ相馬は、それでもまだ落ち着かない様子で、
「お願いします。私の娘を助けてください――」
「……娘さんはおいくつですか。いつから家にいないんです?」
「十七歳です。……二年前から行方不明でした」
 警察に捜索をお願いしたのですが、見つからなくて――
「そのとき私は偶然ネットで、『赤い薔薇の教団』を見つけました。二年前からできたという噂。そして集会に行ってみると、教祖として私の娘が……!」
「集会にまで行ったのですか? その教団の目的は?」
「『幸せになりましょう』でした。集会は……自由参加でしたので……」
 でも、と相馬は熱心に言う。
「かなりの規模がありました。寄付をさせているかパトロンがいるに違いないのです」
「それは警察の仕事じゃないかと思うのですがね」
「警察のことなど、娘の捜索に失敗した時点で信用していません」
 相馬は壮絶な顔になった。
「だからこちらへお願いに参りました。どうか――娘を連れ戻してください」
「それは教団を解散させろ、という依頼だと思ってよいのですね?」
 草間は念を押す。
 相馬は、ゆっくりとうなずいた。

     **********

「相馬薫……二年前に捜索願い……これはたしかね」
 と草間興信所の事務員、シュライン・エマは言った。
「警察に問い合わせたのか?」
「そう」
「私は賛成できんな」
 と、草間に呼び出された黒冥月【ヘイ・ミンユェ】が不機嫌顔で言った。
「組織を一つ潰すなんてそれこそ犯罪まがいだし、その娘が望んだ事ならこちらが悪者だ。それに潰したとしても娘が戻ってくるとは限らん」
「まあ……そりゃあそうだな」
 草間は歯切れの悪い口調で言った。
「お前がいいならいいが」
 冥月は長い黒髪を後ろへ払いながら言う。
「まずは一度その集会とやらに出てみて――」
 シュラインが「ちょっと待って」と冥月の言葉を遮った。
「この教団、ゴーストネットOFFや麗香さんに聞いた名前入力相手死亡サイトのだと思うの武彦さん」
「名前入力相手死亡……というと」
「殺したい相手の名前を入力すると、相手が死亡する……そのままのシステム」
「どうしてその教団だと思う?」
 聞いていた冥月がシュラインに尋ねた。
「赤い薔薇が出るらしいのよ」
 シュラインは言った。「その、名前入力画面の前に」
「ふうん……」
 興味深そうにつぶやいたのは、冥月のように草間に呼び出された棗響【なつめ・きょう】だった。
「ゴーストネットOFFに出てくるなら……本物くさいですね」
 と青年はつぶやき、
「仕事としてはギャラが見込めないのは困りますが面白そうですし」
 そこで、急に口調ががらっと変わって、響は笑顔になった。
「……プライベートで巻き込まれてあげるよ」
「物好きなことだ……」
 冥月がため息をついた。
「なあ、冥月」
 草間が吸い終わった煙草を灰皿に押し付けながら、「人に信仰されるってのはどんな気分なんだ?」
「なぜ私に訊く」
「ほらお前を慕う女の子がいっぱ――」
 すべてを言わせず、冥月の無言のハイキックが飛び、そこから腹へ肘落とし、そこから蠍固め。
 そして草間がぐったりしたところを狙って、腕で首をしめた。
「ぐ……ぐるじ……」
「これぐらい苦しめお前は」
「し、シリコンの胸が当たる!」
「黙れ」
 げしっと背中を蹴りながら、冥月は草間を落とした。
「うわー……草間さん、生きてる?」
 響がつんつんと床に突っ伏した草間をつっついた。
 その辺のふたりのやりとりはいつものことなのでシュラインは無視し、
「名前入力画面は、まともに見ると暗示がかかるそうだから見ないとして……」
 ゴーストネットOFFに接続し、「ただ、相馬さんご自身がその名前入力画面を見てるかどうかよね」
「見ていなかったら、集会やらなんやら分からないんじゃない?」
 響が腕を組む。
「そもそもあの人はどうやって教団をさぐりあてたんだろうね? 二年前にできたからって根拠薄すぎ」
「うーんとね……」
 シュラインはパソコンのキーボードをリズミカルに叩き、
「――あった。これだわ」
 とひとつの画面を響と冥月に見せた。
 そこに、
『あなたも幸せになりませんか?』
 ――と、いかにも怪しげなキャッチフレーズをどかどかと載せた、ひとつのホームページが映っていた。
 画面のバックに薄く載っているのは赤い薔薇――
「『赤い薔薇』ってキーワードを検索すると、このサイトが出てくるの」
「『赤い薔薇』……?」
「ゴーストネットOFFで噂になっていたのよ。このおかしなサイト。なぜか、ほら」
 『赤い薔薇を授かった人々』という項目を選ぶと、ずらずらと人間の名前が並び始める。
「――これ全部、ここ二年間で行方不明になってる人の名前ばかりなのよね」
「うっわ、それだけで怪しすぎ」
 響が顔をしかめる。
「色んな意味で怪しいから、ネットに少し深く関わっている人ならけっこう早くこの教団の噂をキャッチできると思うわ」
「――うーん、でもあの相馬って人、本物かな?」
 響は顔をしかめたままサイトを見つめた。「教団の商売敵かもね」
「ここに集会の予定表が載っているな」
 冥月はシュラインが見せてくれる色んなページの一ページに目を留め、
「まずは集会に出てみようじゃないか。そのほうが表立って情報収集しやすいだろう。教団幹部が集る場なら裏を探り易いし一網打尽にもできる」
「俺は精神体になってネットにダイブしようかな」
 響は唇を撫でた。「ネット上を主な活動拠点にしてる感じだから、証拠を集めやすそうだしね」
「んー……私は、相馬さんが寄付やパトロン気にしてる点気になるから……」
 シュラインは口元に手をやりながら、「お金目当の危惧がある相馬さんの身元調査中心動こうかしらね」
「いてて……ちょ、ちょうど全員違う方面にいけるな」
 ようやく復活した草間が、ずりずり体を引きずりながら新しい煙草に手を伸ばして言った。
「俺としては……教団がシュラインの言ってた名前入力、相手死亡の教団なら潰すことを狙いたい。……それ以外は単純に親子の再会だけが目的だ」
「分かった」
 シュライン、冥月、響は揃ってうなずいた。

     **********

「尻尾をつかんだら後はただ管をつたっていくよ」
 精神体を飛ばす準備をしながら、響が言う。
「響、ネット上の罠に気をつけろよ?」
 草間に言われ、
「鍵も罠も、システムそのものに乗り移ってるんだからないも同然だよ」
 響は笑った。「ま、問題はこの状態だと本体が無防備になるってことかな」
「それは危険だな」
 冥月がちらりと草間を見て、「無防備になった体を草間にいたずらされないことを祈れよ」
 響が、「うわっ」と鳥肌が立ったように自分の体を抱いて草間を見た。
「く、草間さんそんな趣味あったの……!」
「あるか!!!」
 草間は力いっぱい怒鳴った。
 シュラインはパソコンのサイトをもう一度注意深く見ながら、
「依頼受けた以上娘さんお渡ししなくちゃだけど、状況によっては後で娘さんを法的に守れる資料収集しておいて損は無いかな」
 相馬さんにもう一度会いに行ってみるわ、とシュラインは言う。
「ああ、それなら俺もついていこう」
 草間は煙草に火をつけそう言った。
「集会がちょうど今日の夕方からあるらしい」
 冥月がちらりとパソコンのディスプレイを見ながらつぶやく。
「私はそっちへ行く」
「大丈夫か?」
 草間の言葉にふんと笑って、
「私が失敗したことがあったか?」
「いや、教祖の女の子に惚れられないように……」
 即座にローキックが草間のすねに当たり、草間は足を抱えて部屋中を飛び回った。

     **********

 草間とシュラインは、とある喫茶店に相馬を呼び出した。
 相馬は事前の電話で頼んだとおりに、娘の二年前の写真やアルバムを持ってきた。
「かわいい娘さんですね」
 シュラインは微笑みながらそう言い、
「ですけれど……この写真の時点では十五歳でいらっしゃるのでしょう?」
「はい」
 相馬は硬い表情でうなずく。
 シュラインは少し目を細めて、
「それでしたら……今はちょうど顔立ちが変わる年代です。……教団の集会で見た教祖のお嬢様が、娘さんだと言い切れますか?」
「もちろんです!」
 相馬は力強く言った。「私は父親です。十五年も共に過ごしているのです。分からないはずがありません!」
 ――実際、顔立ちがまるで変わってしまっても、親子の情愛というものはそれを越えることもある。
 シュラインは必要以上にそこを問い詰めなかった。
 代わりに草間が、静かに口を開いた。
「あの後少し調べさせていただきましたが、教団を潰すのは無理かもしれません。ですが、娘さんにはお会いできるよう尽力いたします」
「お願いします!」
 相馬は嬉しそうに顔をほころばせた。
「会いさえすれば、娘を説得して家に帰らせる自信がありますので、それだけでも充分です……!」
「………」
 草間とシュラインはひっそりと目を見交わし、肩をすくめる。――相馬の言っていることが全部本心なら、よほどの親ばかだ。
 思い込みも激しいとみた。それだけでも充分な情報である。
「教団については、どう思われましたか」
 シュラインが問う。
 相馬は嫌そうな顔をして、
「私の娘が教祖をしている教団を悪く言いたくはありませんが、怪しい教団です。幸せになりましょう、なんて……」
「普通、信仰というものは『幸せになる』ことが目的だと思いますが」
「それは分かります。しかし『皆さんの心には赤い薔薇がある』と言うのですよ? 赤い薔薇は『愛』の象徴、皆の心には愛がある……」
 集会に来た者は皆、胸に赤い薔薇を挿しました、と相馬は言った。
「……怖気がしました。信仰とはあんなに嫌悪感を感じるものなのですね」
「分かりました」
 草間は静かに相馬のしゃべりをとめた。
 それから少し雑談をして、相馬は帰っていった。
 シュラインは預かった娘の写真を見つめる。
「どうだシュライン」
「……行方不明者一覧のサイトに載っていた写真とは一致するわ。警察の名簿にも名前は載っていたことだし……」
 ふたりは喫茶店を辞すると、小さな声で話を続けた。
「依頼人の家は連絡先から割り出せるとして。私はその周辺地域の聞き込みに回るわ、武彦さん」
「分かった」
 草間は軽く婚約者の肩を抱いて、「危険になるようなことをするなよ」
 と念を押す。
「大丈夫よ」
 ふたりは軽くキスをした。

     **********

「皆さんの心には、赤い薔薇があります……」
 高らかな少女の声がする。
「赤い薔薇は愛の象徴。皆さんの心には愛があります……」
 ――胸元に挿された赤い薔薇を見下ろし、冥月はため息をついた。
 集会の規模はたしかに大きかった。青空集会である。
 ステージが用意されており、その中央に少女は立っていた。
 十七歳ほど、顔の右側に泣きぼくろ。情報とは一致している。
 マイクも使わずにこの集団全体に声を届かせているのだ。相当な声量がある。
「二年も教祖をやっていればそれぐらい鍛えられるか……」
 冥月は周囲にいる教団の信者たちに話を聞き、あの少女が二年前――教団が立ち上がったときからすでに教祖だった情報を入手していた。
 華奢な少女である。しかし凛々しく立っている。
 無理やりやらされているような様子はみじんにも感じ取れない。
(となると……暗示にかかっているか、本人が本気か……)
「愛。これを持てば皆さんも幸せになれます。いえ、今すでに、皆さんは幸せなのです。なぜなら愛をすでにその心に持っているのですから――」
 しばらく『愛』について語った少女は、やがて舞台袖に姿を消した。
 冥月は違和感を感じた。
 少女が語っていった言葉をしばらく心の中で反芻し、そしてふと思い至る。
(――幸せになる、幸せになると連発するわりには、具体的なことを言わない)
 たとえば家族円満になる、恋人友人ともうまくいく。そういった言葉を使わない。
 ただ、「あなたがたの心の中には愛があり、だからあなたがたは幸せなのだ」と繰り返すだけだ。
 そのことについて、近くにいた信者に訊いてみた。
 すると信者はにこりと笑って、
「その『幸せ』は人によって違うものですから。その『幸せ』が何かを一番知っているのは他でもない私たちだと分かっていらっしゃるから、教祖様は何もおっしゃらないのです」
「………」
 何か……しっくりとこない。冥月は眉をひそめる。
 教祖の話はしばらくの休憩の後、もう一度あるらしい。
 冥月は信者の集団から少し離れ、そして影に沈んだ。
 影の中を移動して、向かうはステージ裏――
(できれば組織の施設自体をあさりたいのだがな)
 信者の話ではここのステージ以外にこの教団の施設はないのだという。
(アバウトすぎる……)
 何もかもしっくりこないことばかりで、冥月はだんだんいらいらしてきた。

 ステージ裏にたどりつくと、早速話し声が聞こえた。
「――今日もお見事です、リベ様」
「お疲れ様です」
「この後もよろしくお願いします、リベ様」
 大人たちの声だ。男女入り混じっている。
(リベ……)
 冥月は顔をしかめた。リベ――リーベ――ドイツ語でいう『愛』――
 何とか本名を出さないだろうか。冥月は影の中で話を聞き続ける。
 ようやく、少女が口を開いた。
「……まだ、目的は達成できそうにないでしょうか、黒部」
 凛とした声。
(目的……?)
 冥月は耳をすます。
「は……申し訳ありません。いまだ見つからず……」
「そうですか」
 少女は静かに、咎めるでもなく応える。
「では、今後も調査をお願いします」
「は」
「それから」
 少女の声から、わずかな怒りの気配がした。
「――あの男。集会に来ている可能性もあります。参加者の顔には重々注意なさいますよう」
「承知しております」
(誰だ……? 誰の話をしている?)
 顔で分かるような誰かを、彼らはさがしている。
 誰を?
 ――もっと話を聞きたい。そう思った瞬間に、
「リベ様。休憩時間の終了でございます」
 女の声がした。
「分かりました」
 少女が立ち上がる気配がする。冥月は舌打ちした。
(とにかく、連中がステージに注目している間にこのステージ裏をあさるか……)
 冥月は少女が歩いていく音を注意深く聞いて……

     **********

 精神体になってネットへダイブした響は、まずシュラインの見せてくれたサイトのシステムにもぐりこんだ。
 『赤い薔薇の教団』。一日に千はカウンタを回している、中規模信仰といったところか。
「……二年でここまできたのは立派かもねえ」
 響はつぶやきながらシステムを解析していく。
 サイトの中ではお悩み相談をしている。それをすべて、「あなたの心に赤い薔薇を、愛を」で終了するように返答している。
 けれど、それ以外にはけっこうまともなお悩み相談として成立していた。
「だから人気があがったのかな?」
 サイトのシステムには、鍵も罠もなにひとつなかった。
「無用心だなあ……」
 何だか違和感を感じて、響は眉をひそめながら呆れた声を出す。
 サイトを管理している人間と、お悩み相談に返信している人物はどうやら別人らしい。
「元はどこのコンピュータかな……」
 システムをつたっていくと、ひとつの家にたどりついた。個人宅だ。
 そこの住所も、響にかかればすぐに分かる。
 精神体では現場には突入できない。響はいったん草間興信所へ戻ることにした。

 草間は、シュラインと出かけていてしばらく留守だった。
 少し待つと、シュラインとは分かれたらしい草間がひとりで帰ってきた。
「や」
 響が軽く挨拶をすると、草間は眉をひそめ、
「……やけに早いな?」
「だって、とりあえずあのサイトの元コンピュータを見つけてきただけだもん」
「――ああ、そうか。で、どこだ?」
「ええとねえ」
 響は頭に覚えこんだ住所をそらんじる。
 草間は地図を広げて、
「――相馬の家ではないな。かなり離れている」
「東京都内ではあるね」
「ああ……」
 それで、と草間は響を見た。
「教団のシステムから、例の相手を殺すシステムにはたどりつけそうか?」
 言われて、響はいったんきょとんとしてから、
「――あれ?」
 自分で声をあげた。
「そーいや、それっぽいのにつながるところがなかった……なあ」
「なんだって?」
「悪い。もう一回ダイブしてくるよ」
 響は慌てて精神体になる準備をする。
「悪いな、気をつけろよ」
「うん」
 草間に送られ、響はもう一度サイトのシステムにもぐりこんだ。

     **********

 シュラインは相馬の連絡先から割り出した相馬の家の周辺で、聞き込みを開始していた。
 近隣の住民に相馬自身と相馬が持ってきた娘――薫の写真を見せ、
「これがあちらのお宅に住んでいる相馬さん親子ですよね?」
 と尋ねてみる。
 全員が、それにうなずいた。
 そして、「娘さんは二年前から行方不明」だと証言した。
 シュラインは雑談に混ぜながら、相馬の家庭事情を訊く。
「あそこは母親が早くになくなっていて、父と娘でずっと暮らしていた」
「父と娘の仲は悪くなかった」
 そういう証言が多数得られた。だが、
(……父が親ばかなくらい娘を溺愛してる、とは皆言わないんだわ)
 ためしにシュラインは、おしゃべり好きそうなおばさんに言ってみた。
「あそこはお父様が娘さんを溺愛しているそうですね」
 するとおばさんはケタケタと笑って、
「溺愛なんてとんでもない! いっつも娘さんが父親の尻を蹴飛ばしていて、立場が逆転していたのよ」
「……でも、溺愛していてもおかしくないですよ?」
「相馬さんがちょっとだけ愚痴っていたことがありますよ。娘がいなければ少しは自由に暮らせるんだがなあ、とかなんとか」
「それは言葉のあやかもしれないじゃないですか」
「たしかにねえ……でも」
 相馬さんが娘さんを少し遠ざけていたのはたしかだと思いますよ――
「……そうなんですか……」
 シュラインは笑顔で、ありがとうございますとおばさんに礼を言った。

 父親はインドア派で、インターネット関連の仕事をしている。
 娘はアウトドア派で、気が強く元気に高校一年生をやっていた。
 少しばかり娘が父親を尻にしいていたが、そこはそこで、ふたりはうまくやっていた。
 ただし、それは娘がしょっちゅう外に出ていてふたりの生活習慣が合わなかったからで、ふたりがよく顔を合わせる間柄だったらどうなっていたか分からない――

 外から見ればそうだっただけで、やっぱり相馬が娘を溺愛していた可能性もないではないが。
「……やっぱり、おかしいわ」
 シュラインはつぶやいた。
 相馬の証言が、破綻してきている――

     **********

 冥月はステージ裏をあさっていた。
 表側では相変わらずの声量で、あの少女が『赤い薔薇の愛』について語っているのが聞こえる。
 『リベ様』を囲っていた連中は皆舞台袖に移動し、ステージ裏にはいなかった。
 チャンスと思い、冥月は裏をあさっていたわけだが――
(……何もない、だと……?)
 そんなわけがない。
 しかしそこにあるのは普通の、たとえば演劇ステージに使うような器具ばかりで、他に何もない。
 冥月はちらりと横を見る。
 ――荷物。おそらく幹部、そして教祖――の。
(あそこをあさるしかない……)
 思い立ったら冥月の行動は早かった。すばやく全てのかばんを開き、中身を物色していく。
 書類。やはりある。
 冥月はそれを取り出し手早くめくっていく。
 ――名簿リスト。信者の名前ではないらしい――これは。
(シュラインの見せたサイトに載っていた――行方不明者名簿!)
 日付が載っている。何の日付か分からないが、それぞれの名前に、みっつずつ日付が付属されている。
(何の日付だ……!?)
 冥月はその書類が入っていたかばんをあさった。しかし書類以外にめぼしいものがない。
 すぐ横を見る。
 ――一番、少女っぽい形をしたかばんがある。
 冥月はすぐさまそれを開ける。中には化粧道具、筆記用具など。それから、
 生徒手帳。
 ――表から、盛大な拍手が聞こえてきた。
「リベ様、お疲れ様でした――」
 複数の足音。
 冥月はかばんを閉め、行方不明者の名簿と生徒手帳を持って影に沈んだ。
 そして、影の中で、持ってきた生徒手帳を開いた。
 そこに載っていた名前……

 相馬薫。

     **********

(つながらない――)
 響は『赤い薔薇の教壇』システムから飛べるすべてのシステムにアクセスした。
 しかし、つながらない。
 あの『書き込んだ名前の相手、死亡』システムにつながらない。
(まったく別のものなのか?)
 響はアクセスの方法を変えた。
 すなわち、『死亡』システムのほうに直接ダイブすること。

 そこは、教団のシステムとはまったく違う場所にあった。
(関係……ない?)
 そちらのシステムは複雑怪奇だった。あらゆるところにシステムが飛び、混乱するようになっている。鍵も罠も大量にあった。しかし響には関係ない。
 そこから、ひとつの線を導き出した。
 どうやらそれは外からのアクセスで、何とかぎりぎりで鍵と罠をくぐりぬけ、つながっているような状態の。
(これは……ハッキングだ)
 響はそう判断した。ハッキング元を確定する。
 教団とは関係ない場所に、それはつながっている。
 響は再び草間興信所の本体に戻った。
「どうだった?」
 草間が訊いてくる。
「まだ『死亡』のほうのシステムは完全に解析できてない。けど、そこにハッキングしてる誰かがいる」
 響はそのハッキング元の住所を口にする。
 草間が広げっぱなしだった地図の上で指を滑らせた。
「これも……相馬とは関係ないな」
 教団の元とも。
「もう一回行ってくる。今度は『死亡』システムにいきなり突入してくるよ」
 響は三回目のダイブに挑戦した。
 『死亡』システム。それは画面を見つめているうちに、人間を催眠状態にかけるシステムだ。
 それでわざと自分の大切な人間の名前を入力させ、そして――
 システム内には、今まで入力された全員の名前が残っていた。
(これは……たしか『赤い薔薇の教団』の『赤い薔薇を授かった人々』とかいう名簿の……)
 つまり、行方不明者の。
(コンピュータ元はどこだ?)
 響の能力ならば、そんなものは簡単に見つかった。
 響は草間興信所に戻り、口を開くなりその住所を言った。
 待ち構えていたように、草間がその住所に赤ペンで×を打つ。

「ビンゴだな」

 それは、相馬の家だった。

     **********

 シュラインと冥月、響が草間興信所に戻ってくる。
 シュラインは相馬親娘の評判を口にし、冥月は教団にあった行方不明者名簿と相馬薫の生徒手帳を示し、そして響は『死亡』システムの元が相馬家にあることを情報としてもたらした。
「単純に考えれば……親娘で書き込まれた人々を誘拐してると判断するところだが……」
「あの教祖の娘は、誰かをさがしていたようだぞ」
 冥月は言った。「特に、顔で分かる人物を嫌悪していたようだったな」
「親娘の仲は、相馬さんが言っているのも近所の人が言っているのも、どちらもアテになりそうにないわね」
 シュラインがため息をつく。
「でも、『死亡』システムと教団のシステムはつながってないよ」
 響が地図に身を乗り出した。
 シュラインが、響が見つけ出してきた教団のシステム元と、『死亡』システムにハッキングしているコンピュータ元の住所の住民を割り出す。
「ええと……熊沢修、黒部孝樹」
「黒部?」
 冥月が眉をひそめた。「黒部という名の人間なら、教祖の傍にいたぞ」
「――黒部は、ハッキングしているコンピュータの持ち主じゃないかしら」
「何か目的があって教団は動いているようだったな」
 冥月は言った。「まだ目的は達成されてないか、と教祖の娘は言っていた」
「相馬薫、か……」
 冥月の持ってきた生徒手帳を見ながら、草間はつぶやいた。
「――これはどうやら、親娘をまともにご対面させたほうが早そうだな」
 草間は椅子から立ち上がった。冥月を見やる。
「私の影ならおやすい御用だが?」
「――シュラインや響もつれていけるか?」
「お前もだろう、草間」
「よし」
 冥月の能力に頼るか――と草間は机に手をつく。
「次の集会は、あさってよ」
 とシュラインが言った。

     **********

「赤い薔薇を胸に。愛を胸に」
 そんなキャッチフレーズをでかでかと看板に書いた、集会の入り口。
 そこへ、草間とシュライン、冥月、響はやってきた。
 相馬をつれて。
「あそこが受付だな……赤い薔薇が山盛りだ」
「あの集会に入るのですか?」
 歩き出した一行に、相馬だけが動かなかった。嫌そうな顔をして。
「私は嫌です。話を聞いているだけで怖気がする」
「――あなたの娘さんの声でしょう」
「だからこそ嫌なんです」
 嫌がる相馬を冥月が力任せに引っ張り、痛がる相馬を無視して受付へ向かう。
「参加なさいますか?」
 にこにこと受付の娘が言った。
 冥月がわざわざ相馬を前に押し出すのを見ながら、
「四人分お願いします」
 と草間は言った。
「違うよ、五人分」
 響がにこにこと言う。彼は護衛用に、白狼の『クルイーク』をつれていた。
「かしこまりました」
 五本の薔薇が全員の手に配られる。
 それを胸に挿しながら(クルイークだけは頭に飾られながら)、唇を動かさずに冥月は草間たちに囁いた。
「――受付の後ろのテント。そこから男が覗いている」
「分かった」
 草間は素知らぬ顔で集会へ向かう。
 相馬だけが「嫌です!」と反抗していたが、冥月の腕力にとても適わないと知ると、やがておとなしくなった。

「皆さんの心に、赤い薔薇を咲かせましょう――」
 伸びやかな娘の声がする。
「……あら、本当に……」
 シュラインが目を細めて言った。「二年前とあまり変わっていないわ。珍しいわね」
 相馬が落ち着かなさそうにしながら、しかしシュラインの言葉に反応して、
「でしょう? ですからあれは私の娘です」
 と小さな声で言った。
 響が肩をすくめて、
「なんでわざわざ声小さくしてんの? 大きな声で宣言しちゃえばいいじゃない、教祖の親なんてみんなに最高にありがたがられるよ」
「冗談じゃない、こんなところにくる信者なんかに――」
 早く帰りましょう。相馬はそんなことを言って逃げ出そうとする。
「何を言ってる。これからお前の娘に会わせてやろうというのに」
「こんなところで対面したくありません! こんな組織潰れてしまえばいい」
「何をおかしなことを言っているんです。だからこそ、今、あなたが娘さんを説得するんです」
 草間が煙草の煙を吐きながら、当たり前のように言う。
「もっと落ち着ける場所で落ち着いて話し合いをしなければ、二年間の溝は埋まりません……!」
「さあて、どうだろうな?」
 冥月が、
 さっと相馬の背中側に腕を伸ばした。
 そしてシュラインが、
「一応、こちらの方は我々の連れなんです。何か御用なら私たちにどうぞ」
 と背後に言った。
 ぐ、と背後でつまる気配がする。
 一行は振り返る。
 そこに、男が三人いた。
 その中央にいた男が、困ったような愛想笑いで、
「そちらの男性に、ぜひお話があるので……すみませんが、お時間をいただけませんか」
「――その声は、黒部だな」
 冥月はつぶやいた。そして、
 ざぶっ
 まるで水に沈めるように。
 草間一行と相馬、そして黒部をまとめて影に沈めた。

 再び影から昇ったとき、そこはステージの裏だった。
「さて」
 冥月が相馬の腕をわしづかんだまま、黒部の腕もわしづかむ。
「このまま、教祖様が戻ってくるのを待つとしようか」
「あ――あなた方は誰です!」
 黒部が悲鳴じみた声をあげる。
「我々は探偵ですよ。単純に、相馬さんの娘さんを捜しに来た」
 草間は煙草片手に言う。
「――まあひょっとしたら、ふたつほどの組織も潰れるかもしれませんがね」
「横暴な!」
「仕方なかったんですよ」
 ――ステージ表で、盛大な拍手が湧いた。
「来た」
 冥月がつぶやく。
 おそらく黒部の異変が伝わっていたのだろう――
 教祖たる娘が――足早に、ステージ裏に戻ってきた。
 そして、
 足を、止めた。

「お父さん――」

「薫」
 相馬が冥月につかまれていないほうの腕を伸ばす。
「こんなところで何をやっているんだ。早く家に帰ろう」
 悲痛な顔をして、彼は言いつのる。
 リベは――相馬薫は、嫌悪感をあらわにした。
「冗談じゃない。もう顔も見たくなかった」
「何を言っている? 何か不満があるなら言ってくれ、私も直す努力をするから――」
「私を殺そうとしておいて、何を言ってる!」
 薫は怒声をあげた。
「殺そうと? 何を言っているんだ薫、何か勘違い――」
「違う! 私はちゃんと見てた! あの赤い薔薇の恐怖と呼ばれるシステムに、お父さんが私の名前を書き込んだところを!」
「待って、薫さん」
 シュラインが薫のほうへ足早に近づき、彼女の肩を抱いた。
「……あなたは相馬薫さん。間違いないわね?」
 薫は牙をむくようにシュラインを見上げる。
「誰、あなたたち」
「探偵事務所の者よ。あなたのお父さんに言われて、あなたを捜していたの」
「嘘だ! お父さんが私を捜そうとするわけがない!」
 私を殺そうとしたんだ――と薫は吼える。
 薫の取り巻き連中が、ようやく我に返ってシュラインから薫を取り戻そうとした。
 その取り巻きたちを、
「邪魔だ。しばらく沈んでろ」
 冥月は影に沈めた。
 薫は目を見張り、「皆をどこへやった……!」と暴れだした。
 響のクルイークがうなり、薫の足元へ行くと彼女のドレスに噛み付く。
 猛獣に近寄られて、さすがに薫は動けなくなった。
「取り巻き連中は話が終わったら全部返してやる」
 冥月が黒部だけは解放しながら、逆に相馬を拘束する手を強める。
「あのね、薫さん」
 シュラインが薫の背丈までかがんで言った。
「あの『赤い薔薇の死亡』システムはね、『殺したい人を』って画面にはあるけど、暗示にかかった人が『大切な人の名前を書く』ようにされているのよ」
「――嘘だ!」
 薫は激しく首を振る。
「だって私は見た! 書き込んだ後、お父さんが嬉しそうに笑ったのを……!」
「――でもあのシステム、行方不明者リストに相馬薫なんてのはなかったと思うけど」
 響が思い出すように虚空を見て言った。
「私が削除させたんだ!――私の名前は、あの赤い薔薇の恐怖に書き込まれた、第一の名だったから」
「……それを削除したのは私です」
 黒部が苦しそうな声で言う。「リベ様――薫さんが、あまりに気の毒だったから」
「黒部……」
 相馬がうなるように、初めてその名をつぶやく。
 黒部は相馬を軽蔑するように見つめ、
「お久しぶりです、専務」
 と言った。
「もしこの集会に来るようなら、痛い目に遭わせて追い出せと命じていた」
 薫はクルイークにドレスをくわえられながらも、凛々しい立ち姿を取り戻した。
「じゃあ、お前たちが探していたのは相馬じゃなかったんだな」
 冥月が素っ気なく訊く。
「そいつは集会に来たら追い出せと言っておいた。探していたのは――」
 と薫は目を細めた。
「私たちが探していたのは、あの赤い薔薇の恐怖を作り出した人間だ」
「――なんだって?」
 草間が目を見張る。
 薫は自嘲するように、笑った。
「私があの人殺しシステムに偶然気づいたのは二年前――黒部が私の名を削除してからしばらく経ってのことだ。死んだのは私の友人だった」
「――羽田美奈子さん?」
 シュラインが行方不明者リストを取り出し、そのトップに書かれている名を読み上げる。
 薫はうなずいた。
「そのときも……そこの卑しい男が名前を記入していた」
 薫は父を父とも呼ばなくなった。
「最初はそのシステムのせいで美奈子が死んだとは思っていなかった。けれど……」
 やがて被害者は増大し――
 噂はネット上に広がり――
「……美奈子の敵をとりたかった」
 薫は、ふんと父親を侮蔑するように見た。「だから赤い薔薇の教団を別に設立したんだ。これで警察につかまれば、十中八九うちの教団は赤い薔薇の恐怖の関係者と見なされる。そうしたら、私は父親に脅されてやったと証言するつもりだった」
 それに、と薫は言う。
「いつか必ず、あの人殺しシステムを作り出した人間も、こちらの様子を見に来るとふんでいた」
「………」
 シュラインが、痛ましそうな顔で薫を見た。
 響が目をそらす。
 冥月は肩をすくめる。
 ――草間は煙草を落とし、踏み潰して消した。
 そして、言った。
「残念だが薫さん――あの人殺しシステムを作り出したのは、他ならぬこの相馬忠志さんだ」
「―――!」
「……あのシステムのコンピュータ元が、相馬さんちだったからね」
 俺のハッキングに失敗はないよ――と響が目をそらしたまま、言う。
「相馬さん……」
 シュラインが、ゆっくりと冥月につかまっている相馬を見る。
「あなたがこの集会に参加したことがあるというのは……嘘ですね」
「来ていたら私が気づいています」
 と黒部が言う。「他に仲間がいるんですね。でなければあの赤い薔薇の恐怖も実行できない」
「すべての黒幕は――」

 皆の視線が集まる。

 相馬は――相馬忠志は、やがて狂ったように笑い出した。

     **********

「黒部さんが持っていた行方不明者リストのみっつの日付は――」
 シュラインが、パソコンで冥月の手に入れてきたそれを処理しながら言った。
「名前が書き込まれた日付、行方不明になった日付、それから警察に捜索願が出された日付だわ」
 このシステムに名前が書き込まれるとね――とシュラインは。
「三日以内に行方不明になる。……ほとんどが、もう亡くなっているわね」
「相馬は娘をどうするつもりで捜させたのかな」
 響がクルイークを撫でながらつぶやく。
「教団を引きこみたかったんだろう。表側が綺麗になれば、システムのいい隠れ蓑になる」
 いざというときは――
「娘が勝手にやったとか、その逆にもできただろうしな……」
 実際に黒部やその他大人たちも薫の手助けをしていたのだから、「娘に脅されてやった」という言い分も、あるいは通ったかもしれない。
「後味の悪い親子げんかだ」
 冥月が不機嫌そうに腕を組む。
 相馬は逮捕され、赤い薔薇の恐怖のシステムは崩壊した。
 ただし、赤い薔薇の教団のほうは現在も継続している。まったく関係ないことは草間たちの手に入れた情報で証明されているのだから、警察も何も言わなかった。
 薫はやめるかどうするか迷ったようだったが、
「――信者が悲しみます」
 ぽつりと黒部がこぼした言葉で、継続させることを決めたらしい。
「若いのに大変ね」
「サイトのお悩み相談室でも、大人っぽい考え方で皆を導いてたよ」
 シュラインのつぶやきに、響が応える。「あの子なら大丈夫じゃないかな」
 周囲に強い味方もいたことだし――
「さって。なーんか暗い空気だしー」
 響はうん、と伸びをして、「俺はこれから、あの若い教祖様をお茶にでも誘いにいこっかな!」
「あ! それなら私も……!」
 シュラインが、「ねえ、武彦さんも、冥月さんも!」とふたりを呼ぶ。
「あ? 草間も一緒に?」
「冥月と一緒? 勘弁してくれよこいつの信者の女の子たちに目の敵にされ――」
 すかさず首に手刀!
 草間の呼吸が一瞬とまり、それからげほごほと咳き込み始める。
「お、お前、いつか本気で俺を殺す気だろういくら男でも暴力で物事を解決させるのは――」
 どごしょっ
 冥月のかかと落としが決まり、
 なぜかついでにクルイークがぱくっと草間の手をくわえた。
「さあ、三人で誘いに行くか」
 冥月は素知らぬ顔で響とシュラインを促した。

 草間武彦の『信者』は、少々荒っぽい人間が多いようである……


 ―FIN―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4544/棗・響/男/26歳/『式』の長】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回も依頼にご参加くださりありがとうございます!
納品の遅れ申し訳ございません。
他の依頼もごらんになってくださっていたようで、とても嬉しかったです。
よろしければまたお会いできますよう……