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<東京怪談・PCゲームノベル>


緋の涙を解き放て〜お気に召すままに

「わぁ〜綺麗な水晶だね♪」
どこかのほほんとした、子供らしいはしゃぐ声。
充分過ぎる威力に傲岸不遜なアリスはテーブルに突っ伏した。
気のせいだろうか、黒ビロード地の上に乗せられた緋の水晶が怯えたかの如く揺らめいたように見えた。
水晶を引き取ってから、早2週間。
ほぼ毎日の如く出没する恨めしげな人魚のお陰で、店はものの見事に閑古鳥がさえずりを通り越して大合唱をしてくれている。
さすがのアリスも強硬手段に打って出ようかと思っていた矢先、どこから噂を聞きつけてきたのか、水晶を見たいという奇特な人物ー少女が訪ねてきた。
黒檀のごとき黒髪に雪花石を思わせる白い肌を持つ少女―ロルフィーネ・ヒルデブラントは疲労の色が濃いアリスが出した水晶を人目で気に入り、無邪気に手にする。
一瞬、姿を現しかけた人魚はロルフィーネを見た途端、慌てて消える。
無理もないだろう。
なにせ相手は正真正銘、闇の眷属―吸血鬼で、しかもハーフエルフ。
いくら悪霊といっても、元は海に属する人魚が敵うわけがない。
ここ数日、被害を被り続けたアリスは1ミリグラムの同情を抱かず、傍観を決め込む。
しばし好きなように水晶で遊んでいたロルフィーネは子供と大人の表情が入り混じった笑顔で微笑んだ。
「ボク、気にいっちゃった♪これ、欲しいな。」
「……それ……呪われてるけど。」
「え〜関係ないよ。ね、この水晶でボクに似合うアクセサリを作って♪」
無邪気に言い放たれた一言にさすがのアリスも頬を引き攣らせ、凍りついた。

冗談と思いたいが、にこにこと笑うロルフィーネの瞳が本気であると語っているのを捉えて、完璧に思考回路が停止した。
「あ……あのね〜譲るとかそーゆーのはさておいて、私が依頼したいのは…」
なんとか言葉を紡ぐが、予想をはるかに上回る事態にとてつもなく焦ってしまう。
言われてみれば、なるほど。確かに深く鮮やかな緋色の水晶は、血を連想させて吸血鬼であるロルフィーネにはよく映える。
が、いくら呪われていて、店にとてつもない閑古鳥を鳴かせたとしても、このままあっさり渡してしまえば人魚は永久に囚われたままだ。それではあまりに哀れすぎるし、目覚めも悪い。
というか、普通は解放するだろう、と内心ツッコミを入れていたりもするアリスにロルフィーネは不満そうに頬を膨らませた。
「どうして駄目なの?すっごく綺麗だもん。いいじゃない。」
「あ・の・なぁぁぁぁっ!」
思わず声を荒げるアリスだが、向けられた視線に息を飲む。
面白くないと言いたげに眇めたロルフィーネの瞳は絶対零度の殺気を帯びている。
さすがは吸血鬼、と唸るが、ここで引くわけにはいかない。
ぐっと腹に力をいれ、アリスは真っ直ぐにロルフィーネと向き合った。
「この水晶には血塗れの人魚の呪いが掛かっているの。持つものにあらゆる災いをもたらす、っていう呪いをね。私としては彼女の呪いを解き放ってほしいのよ。」
分かった?と目で訴えるアリスにロルフィーネはきょとんとした瞳で見返すと、不思議そうに小さく小首をかしげた。
「え、人魚のオバケ? 」
確認のために返された言葉をアリスが頷いて肯定すると、ロルフィーネは興味津々とばかりに両手を合わせた。
「人魚の血って美味しいのかな?」
「……あ、あのねっ!血まみれなのよ!?血塗れなのよ!?おジョーさん、怖くないの!!」
あまりな台詞に指差して問い詰めるアリスにロルフィーネは益々嬉しそうに笑う。
「怖くないのかって?だってボクもいつも血塗れだもん♪」
自信満々に胸を張って応えるロルフィーネにアリスは力なく突っ伏すと同時に自分の考えが通用するわけないことを痛切に思い知らされた。

考えるも何も、相手は吸血鬼。
前述したが呪いも何もないわけだ。
そんな相手に理を説いたって通用するはずがない。というか、説くだけ無駄な努力だ。
「ね〜いいでしょ?ボクに売ってよ。」
無邪気すぎるロルフィーネの問いかけにアリスは大きく肩を落とす。
よくよく考えれば、相手はまだ子供。
実際年齢とかはともかく、精神的にまだ未熟なのだ。
それだけに他人の苦しみを想像出来ないから、人魚の解放なんて考えない。
無邪気だからこそ人の生き血をすすれるのだ。
そこに流れるものが何かを考えられないからこそ、できることなのだろう。
アリスはロルフィーネと水晶を見比べ―大きな、本当に大きなため息をこぼした。
「いいわ、その水晶……お譲りしましょう。どんな形にしたいの?」
「えっ!!いいの?」
「ええ、ただし大切にするというのが絶対の条件。いいわね?」
あえて念を押す必要などなかったかもしれなれない、とアリスは思った。
心の底から嬉しそうにロルフィーネは笑顔でどんなアクセサリーにしようかな〜と考えを巡らせている。
苦笑いを滲ませ、アリスはさりげなく飾ってあった銀杯を手に取ると奥へを引っ込みー数秒で戻ってくるとロルフィーネに声をかけた。
「考えはまとまった?」
「うう〜ん、まだ。」
ペンダント、ブローチ、髪飾り、といくつかの装身具が浮かぶがいまいちピンとこないらしく、ロルフィーネは腕組みをして考え込む。
と、いつの間にかテーブルに置かれた銀杯に気付き、不思議そうな表情を浮かべた。
鏡のような曲面と縁に刻み込まれた精緻な文様。
無駄のないシンプルな造りだが、ひどく目についた。
惹かれるようにロルフィーネはその中を覗き込み―ふわりと視界がぼやけた。
瞬間、手にしていた水晶が銀杯に張られた水の中に吸い込まれ、ロルフィーネはそこで我に返った。
「あああ!!ボクの水晶!!」
驚いて拾おうとする手をアリスが制して、拾い上げる。
水晶は一瞬、海のごとき青に染まり―再び、何事もなかったように血よりも深い緋の色に染まった。
「大丈夫よ。ちょっと濡れただけね。」
なれた手つきで水滴を柔らかな布でふき取ると、アリスはロルフィーネに水晶を手渡した。
「決まったら、またいらっしゃい。いつでも好きなものを造ってあげるから。」
「いいの?じゃ、また来るね♪」
ロルフィーネは喜んで水晶を受け取ると、店を駆けるように後にした。
さすがに子供だな、と思うが、アリスはそれを微塵にも感じさせず、水晶が落ちた銀杯を手にする。
満たされた水面がぐらりと揺れ、水晶にいるはずの人魚の姿が浮かび上がる。
「さて、貴女はどうしたい。解放?それとも……」
冷ややかな、だが、暖かさを滲ませた問いに人魚は小さく唇を動かす。
その答えにアリスは満足そうに微笑んだ。

「ねぇ〜アリス。ボクね、あの人魚とお友達になっちゃた♪」
数日後、ようやくアクセサリーが決まったとやって来たロルフィーネの言葉にアリスはなんとも言えない表情を浮かべた。
もう水晶に囚われていた魂は解き放たれている。ただし呪いは解けていない。
あのわずかな隙にアリスは呪いの根源となっていた憎悪と純粋な魂を分離し、魂は解き放たれた。
すでに魂は安らかな眠りについているにも関わらず、ロルフィーネが人魚を友達になったというのは不可解に思えるが、実際には当然の事態だったりする。
切り離した人魚の憎悪が形となって、新たな人魚の姿をとっているのだ。
アリスにしてみれば一緒に解き放ったも良かったが、とばっちりを受ける可能性は大。
ならば、呪いに耐性があるロルフィーネに預けてしまった方が都合が良かった訳なのだが、複雑な心境に代わりはない。
返答に窮するアリスにロルフィーネは少しばかり疑問に思ったが、ようやく決めたアクセサリーについていろいろと注文をつける。
自分の気にいるように、細かな部分にまで指示を出す。
テーブルの上に置かれた水晶がほんの少し青く煌いたことに気付くことなく。

FIN

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4936/ロルフィーネ・ヒルデブラント/女性/183歳/吸血魔導士/ヒルデブラント第十二夫人】

【NPC:アリス・御堂】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、こんにちは。緒方智です。
今回はご依頼いただきましてありがとうございます。
初の東京会談ということで、気合を入れて書かせていただきました。
解放するかしないかについては結構迷いましたが、最終的にはロルフィーネ様に気付かれないうちに、魂だけという形を取りました。
さすがにアリスも本気で切れると少々厄介なことになりますので、自制したようです。
ややこしい展開になりましたが、いかがでしたでしょうか?
お気に召しましたら光栄です。
また機会はありましたら、お声をかけてください。