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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


零ちゃんのファースト☆エクスペリエンス【お正月企画】

■鐘つき、ゆく月
 年越し蕎麦も食べ終わり、後は除夜の鐘を聞くばかり。
 しんしんと冷える、月の明るい夜だ。
 草間・武彦と零は、こたつにもぐって「ゆく年くる年」を見ている。
「お兄さん」
 みかんを手にしながら、零はためらいがちに問う。
「あの、今日は除夜の鐘を聞きに寺に参りませんか」
「……そんな庶民的なことはしたくねーなぁ」
 答えてから、はたと気づく。
(そうか。零は初詣をしたことがないんだ)
 残念そうにそうですか、と言ってうつむく零を見て、武彦は頭をかいた。
「零、わかった。皆も誘って、寺に行こう」
 零は顔を上げ、うれしそうに笑った。

■一月一日、午前零時五分。草間興信所
「あら、零ちゃんだけ?」
 シュライン・エマが興信所に着いたのは、すでに深夜十二時をまわった頃だった。
「はい。お兄さんはちょっと用があるそうです。お寺で現地集合です。シュラインさんと一緒に来るようにって」
 紫色の風呂敷に包んだ重箱を、ていねいな手つきで事務所内の給湯室に置く。
「零ちゃん、今回が初詣、初めてなんですってね」
「そうなんです。シュラインさん、それは何ですか?」
 重箱を指さして、零はたずねる。
「お節って言うのよ。本当は明日持ってこようと思ってたんだけど。お正月に食べる縁起のいい料理なのよ」
「そうなんですか」
 三十分ほど前―――「除夜の鐘を聞きに行きたい」と零が言うんだと、すこし気恥ずかしそうに武彦は電話をしてきた。だから一緒についてきてもらっても構わないかと聞かれて、シュラインはすこし笑ってしまった。
(本当に零ちゃんも変わったわね)
 かいがいしく零のコートやマフラーを用意してやると、ポットに温かい珈琲を入れた。そのとき、シュラインは何か思いついたように顔を上げた。

■一時だよ! お寺で集合
 鐘の音はすでに鳴り響いていた。漆黒の虚空に漂う、荘厳な音。
 零とシュラインは、一足先に寺の門の前で待っていた。
「皆、来ないわね」
 白い息がふわりと消えていく。そこに、二人の男女が近づいてくる。女性は、真っ赤な髪をしどけなく背中に垂らしていて、背が並の男性よりも高い。男性はスーツ姿で、中性的な顔立ちをしており、やわらかく笑んでいる。
 ちょうど同じタイミングで合流したのはショートボブで黒と檜皮色の混じった髪、灰色の瞳の小柄な少女だった。少女―――那智・三織はかくりと肩を落とし、師と共にやって来た彼を見た。
「……なんで響さんがここに……」
 その視線にまったく気がついていないように、棗・響はにこにこと気の抜けるような笑顔を浮かべている。
「ちょっと小耳に挟んだものだから遊びに来てみましたー」
「どうやって知ったんだ……」
「ああ、それは」
 日置・紗生が言いかけたのを遮って、意地悪く笑みを浮かべると人差し指を唇に当てた。
「秘密☆」
「……〜〜〜っ〜〜〜……」
 三織は何か言いかけたけれど、かっくりと肩を落とし口を閉ざした。 
「エマさんおっひさー」
 響が腕を組んで微笑む。シュラインはにこやかに返した。
「おひさしぶりね」
「零ちゃん初めまして! 棗・響です。こちらの素敵な女性は日置・紗生さん。こちらの可愛い女性は那智・三織ちゃんだよ。今日はよろしくね」
「貴様に紹介されたくない」
「ひどいなぁ、三織ちゃん」
 紗生は少しかがんで、零に目線を合わせる。零は小首をかしげた。
「零ちゃん、今日が初めての『初詣』なんだって?」
「はい。今日はよろしくお願いします。集まってくださって、うれしいです。ありがとうございます」
 ぺこりと頭を下げる零に、一同はほんわかと和んだ。
「武彦さん遅いわね」
 シュラインが携帯を片手に唸る。連絡を入れようと携帯のボタンを押していると、武彦が走ってやって来た。隣には、すらりとした黒いロングコートを着ている女性が颯爽と歩いている。
「ひゅー☆ カッコいい」
 響は歓声の代わりに口笛を吹く。二人は何があったのか、憮然とした表情を浮かべている。
「あたしは日置・紗生だ。よろしく頼むよ! あんたの名前は何て言うんだい」
 紗生の言葉に、すこし照れたように目を合わせないまま彼女は言った。
「黒・冥月だ」
「そう言えば何で紋付き袴じゃないんだ」
 武彦の言った言葉に眉をぴくりと動かし、すみやかに足を蹴り上げた。見事に武彦の側頭部に当たる。
「私は女だ」
 武彦はその場に突っ伏した。三織はそのやりとりに見入っていた。
「あっれ。三織ちゃん、冥月さんに恋でもしたの?」
 じろりと見てやったけれど、響は飄々としてにこやかなままだ。
「嫌い嫌いも、好きのうちらしいがね」
 豪快に笑う紗生に、一同は何で今このタイミングでと反論したかったがやめておいた。倒れていた武彦は起き上がり、服についたものを払ってから気を取り直した。
「全員そろったことだし―――行くか」

■除夜の鐘
 鐘の音はやまない。いつもならひっそり閑としている寺の夜。今日は賑わしく、どこかおごそかな気持ちになる。着物を着ている女性や、子供連れ、カップルなどいろんな人たちが通り過ぎてゆく。張りつめたような冷たい空気と、あたたかそうなオレンジ色の屋台の光が混ざると、妙にわくわくした気持ちになる。
「零ちゃん、鐘を撞きに行くのはどう?」
 シュラインが提案すると、零は顔を上げて笑った。紗生が零の肩に手をのせて、
「一緒に並ぶか。あたしも久々に鐘を撞きたい」
「じゃあ、俺も行こうかな」
 響をギロリと睨み、なんでとてもとても嫌そうに無言のまま、むっつりして三織は紗生の後について行く。
 シュラインは、そっと武彦に耳打ちをする。
「ひとつ、思いついたことがあるのだけど」
「何だ」
「後で、零ちゃんに着物を着せてあげてもいいかしら」
 武彦はうなずく。ふたりが仲睦まじく微笑み合うのを冥月は冷たい目で見ていた。その視線に気がついた武彦は、にやりと笑う。
「欲を落して今年は女を口説くのは控えろよ」
「年明け早々か!」
 素早く卍固めを食らわせ、武彦の体からゴキと嫌な音が聞こえた。シュラインは頭を抱えて彼らを傍観している。相手は女性なのだから嫉妬でもするかと言えば、この二人がそういう関係になることは間違いなくあり得ないという確信がある。ふと、先程の沙生の言葉を思い出す。
(嫌い嫌いも、ねぇ……)
 ちょうど、零が鐘を撞いた。ぐぉーん、と尋常でない大きな音がした。尋常ではない。まるで地響きだ。すごい勢いで鐘が揺れている。一行は素早くその場を後にした。
「いやぁ元気な子だ!」
 やはり豪快に笑う沙生は、笑いすぎたのかすこし涙目になっていた。対する零はしょぼんとうつむいている。
「ごめんなさい。弱く撞いたつもりだったんですけど」
「見た目の割に、すごい力ですね」
 三織の言葉に零はぴくりと体を震わせた。
「あっ、辛口〜! 零ちゃんが泣きそうじゃない! ダイジョブ? 零ちゃん」
 さすがに慌てて三織が言った。
「えっ、いやあの、泣かなくていいんですよ全然ッ。おみくじ! おみくじ、ひきませんか」
 三織が零の手をとって、本堂へ向かう。それについて行くように、沙生と響、冥月が歩いていく。
 その場に残ったシュラインと武彦は、五人の後ろ姿を眺める。
「すっかり人気者ね」
「ああ」
「あら、面白くないの?」
「そんなことはないさ」
 シュラインはあらたまって、武彦を見つめた。武彦もシュラインを見つめている。シュラインは頭を下げて、
「昨年はお世話になりました、今年も宜しくお願いします」
 サングラスの向こうがわは見えないけれど、すこし戸惑っているようだった。頭をかきながら、
「あー、うん。宜しくな」
 シュラインは、吹き出した。
「お前、笑うなよ……」
「今年も無事一緒に年越せて嬉しいわ。お疲れ様。今年ものらりくらりといきましょ。ね? 武彦さん」
 武彦はすこし口元をゆるめる。
「ああ」
 今年は、どんな年になることやら。
(でも、こんな一年のはじまりというのもいいわね―――)

■お賽銭とお祈り
 そうして、一同はお賽銭を投げる。冥月が一万円札を投げるのを見て武彦があっと息を呑んだ。
「勿体無い、くれ」
「黙れこの貧乏探偵」
 それを横目にして、シュラインはコインを投げた。
 手を合わせ、祈る。祈ったことは、シュラインだけの秘密。

■そして、朝を迎えて
 事務所に戻ると、皆でシュラインお手製のお節を食べた。その時には、零は晴れ着を着ていた。赤い豪奢な金銀の模様がある、シュラインが見立てた着物。赤がよく映えて、とても可愛かった。
 そんな、平和でおだやかな一年のはじまり。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778 / 黒・冥月(ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4412 / 日置・紗生 (ひき・さお) / 女性 / 37歳 / システム屋】
【4315 / 那智・三織(なち・みおり) / 女性 / 18歳 / 高校生】
【4544 / 棗・響 (なつめ・きょう) / 男性 / 26歳 / 『式』の長】
※整理番号順

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■         ライター通信          ■
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