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<クリスマス・聖なる夜の物語2006>


クリスマス福引



「はぅ〜。早いものです。もう冬ですか」
 ステラはクリスマス色に染まっている街中を見回す。
 通り過ぎる人々は寒さに白い息を吐く。
 少し立ち止まって空を見上げると、少し天気が悪い。
「なんだかまだ先なのにクリスマスのことばっかり……。皆さん商売上手なんですねぇ」
 ほうほう、と頷く彼女は首に巻いている赤いマフラーをしっかりと強く巻き直し……そこで手を止めた。
「そ、そうです! こういう時こそあれです!」
 何やら思いついた彼女は嬉しそうにニタニタした。
「ふっふっふっ。日本人は福引が好きと聞きました……。これはやるべきです! クリスマス福引!」
 ガッツポーズをとっていた彼女は周囲から注目されて慌てて身を縮まらせて照れ笑いをし、歩き出す。
(あのガラガラ回すのを用意して……それで、くじを引いてもらうんですぅ)
 そのついでに……。
(先輩に言われていた分は用意できますかねぇ、たぶん)
 にしししし。
 悪い笑みを浮かべるステラはそこではた、とした。
 そういえば景品がいる。
(そうですねぇ……。まあなんとかなりますか)

***

「うぐ……」
 小さくうめいた草薙秋水は、両手に持つ山ほどの荷物に足がふらふらだった。重みと、荷物のバランスをとるのに、である。
 ジングルベルが鳴り響く街中。すっかりクリスマス色に染まった中を、秋水は月乃に従われて歩いていた。
「ちょ、ちょっと……月乃、いくらバーゲンだからって買い過ぎじゃ……確かに年末は割高になるから……買いだめするのに越したことはないが……」
「秋水さんがズボラだから、こうして買いだめしておかないといけないんですよ?」
「ズボラって……」
「それに貧乏です。安いうちに買っておけばお得ですからね」
「…………」
 貧乏、という二文字に秋水は目を逸らす。実際、稼ぎはかなり少ない。
 よたよたと歩く秋水は、両腕に紙袋が7つずつ。両手で持つ箱が4つ。かなりの大荷物だ。
「そういえば年始は福袋がありますね」
「おいおい!」
 今日のバーゲンでも恐ろしい女の戦いを見ているというのに!
 月乃が揉みくちゃにされてバーゲン会場から出てきたのを見て秋水は思わず青ざめたほどである。
「とにかくちょっと休憩!」
「……だらしないですね」
 ジト目で見られて秋水は視線を慌てて周囲に向ける。彼女の意識をこちらから逸らさなければ。
「あ! あそこ見てみろよ、抽選だって!」
 道端の紅白の幕を見て秋水はその方角を首で示す。月乃はそちらを見遣り、「あら」と小さく洩らした。
「福引みたいですね」
「行ってみようぜ! な?」
「ですけど……福引の券を持ってませんよ?」
「まあまあ。行ってみるだけでも面白いかもしれないぞ」
 いそいそと月乃にそう言うと、彼女は悩んでから渋々頷いた。

 道端に不自然に存在している机。その背後には紅白の幕。規模の小さな福引会場である。
 近づくにつれて秋水は「あれ?」と呟く。
 そこには先客がいた。黒髪の少年は秋水のよく知る人物だ。名は浅葱漣。学生服の上にコートを羽織っている彼は、横に並ぶ少女と共に福引の机の前に立っている。
(あそこにいるのは漣と……)
 漣の横に居る赤茶の髪の少女は深紅のセーラー服姿だ。後頭部に白いリボンをつけている彼女は、漣と年齢がそう変わらないだろう。短いスカート姿なので少し寒そうな印象を受ける。制服の上にはダッフルコートを着ていた。
(漣と、その彼女か。へー)
 後ろ姿だが、なんだか漣とお似合いな感じはする。高校生カップルだ。
 だが、そんな二人に説明している福引受付人を見て秋水は無言になり、眉間に皺を寄せる。
(……出たよ、ちびっ子)
 無論、秋水の言う「ちびっ子」とはサンタ娘・ステラのことである。サンタなので、出現する時期は間違ってはいないが……。
 近づくが、漣はこちらに気づいていないようだった。彼らの会話を聞いていたが、たまらず口を挟む。
「漣の恥ずかしい思い出ってあれだよな」
「草薙!?」
 突然声をかけられ、背後に立っている自分に気づいた漣がぎょっと目を剥いた。
 大荷物を抱えている秋水は、愉しそうに笑みを浮かべている。
「えーっと、確かあったはず……。月乃、俺の財布を出してくれないか?」
「お財布ですか?」
 瞬きをする月乃はやれやれというように、秋水のズボンの後ろのポケットを探る。年中貧乏な秋水の財布は月乃が予想した通り、ぺったんこだった。
「これでいいですか?」
「それそれ。中に写真があるから、出してくれ」
 月乃が素直に従って財布から写真を取り出す。
「黒髪の女の写真があるはずだから、それを出してくれ」
「…………」
 黒髪の女?
 月乃がその言葉に面白くなさそうにし、秋水を冷たく見遣る。だが秋水はそのことに気づかなかった。
 写真を見つけて秋水に見せると、彼は笑い声を立てる。
「そうそうこれだ! ほれ、この写真、お前が女装したヤツ!」
「な、その写真はっ!?」
 真っ青になって慌てる漣の様子に秋水は意地悪な笑みを浮かべる。
「中学の時、任務でお嬢様寮に潜入したんだよな? 黒髪のロングで似合ってたぜー! ははははは!」
「なんでそんなもの持ってるんだ!」
「お姉様〜って慕われてまんざらでもなかったんじゃないか? ラブレターとか貰って困ってたじゃん。
 漣の彼女、彼氏の麗しい写真やるよ」
 荷物を降ろし、秋水は月乃から写真を受け取り、漣の連れの少女に渡す。真正面から彼女を見た秋水の笑いが一瞬、引っ込む。
 赤茶の髪に凛々しい表情。なんだか作り物っぽい印象を受けるがそれをすぐに忘れてしまうほどの美少女だった。
(月乃以上とはいかないが、いい勝負だ……)
 おそらくは遠逆の退魔士だろうが、遠逆家というのは美形の巣窟なのだろうか?
 しかし、月乃とはえらくタイプが違う。真逆と言ってもいいくらいだ。
 漣を変えた原因はこの少女だろう。間違いなく。
 笑い続ける秋水を漣が恨みのこもった目で睨みつけた。そして薄く笑う。
「……ふ。そっちがその気ならこっちだって……!」
 ビシッ! と漣が秋水を指差した。
「あんた、三年くらい前に俺とコンビで大仕事を片付けたよな? その時、依頼人の少女に熱烈に気に入られたらしくどこまでも追いかけられて、足音がするだけで物陰に隠れる程に参ってたよな!」
「ば、漣! お前その話は……!」
「まったく。傍から見ていて情けなかったぞ?
『俺はいないと言ってくれ!』
 とか……。……こんな男が俺を救ったと思うと……泣けてくる」
 はあ、と溜息をつく漣の前で秋水が顔を引きつらせ……ゆっくりと月乃のほうへ視線をやる。彼女は冷ややかな目で秋水を見ていた。
「つ、月乃!」
「…………」
 無言の彼女に秋水は慌てて弁解している。
「言っておくが何もなかったぞ? つかあの時本気で怖かったんだぞ! なあ!」
「………………」
 月乃はツンと顔を逸らした。秋水がガーンとショックを受けて青ざめる。
(せっかく機嫌良かったのに!)
 買い物に付き合ったこともあって、彼女はそれなりに機嫌が良かったのに……なんてこった。
 そんな秋水の様子を嘲笑うかのような笑みを浮かべていた漣の袖を、日無子が引っ張る。
「せっかく話したんだから、一回は回さないと勿体無いよ?」
「え? あ、ああ」
「はいどうぞー」
 ウツボカズラに似たツボを両手で持っていたステラはハッとして抽選器を漣のほうへ押し出した。漣は取っ手を掴んで回し出す。
 出てきた玉を見てステラがベルを鳴らす。
「おめでとうございますー。三等ですぅ」
「秋水さんも回さないと!」
「え? あ、うん」
 月乃に背中を押されて秋水も回し出した。出てきた玉は、漣とは違う色だ。
 ステラがベルを鳴らす。
「二等ですぅ」
「やった! 勝ったぞ!」
 どーだ、とばかりに漣に勝ち誇った笑みを向ける。そんな秋水にステラが紙を差し出した。
「えっとぉ、イブの日にお届けしますぅ。こちらに住所とお名前を書いてくださいね」
「…………そういえば二等はおまえの出すアイテムだったな」
「アイテムじゃないですぅ」
「……おまえのアイテムは食べ物でもなんでも、毎度不安になるからな……」
「アイテムじゃないって言ってますぅ!」
 ぷーっ、と頬を膨らませるステラはボールペンを秋水に差し出した。
「さっさと書いてください!」
「へいへい」
 机の上に紙を置き、秋水はそこに自分の現住所と、名前を書き込んでいく。せっかく恥ずかしい思いをしたのだし、二等だし……もらっておいて損はないだろう。……たぶん。
 全て書き終えて秋水は用紙とボールペンをステラに渡した。
「本当に届くんだろうな?」
「失礼ですねぇ。きちんとお届けしますってばぁ」
「ふーん。さてと、帰るか月乃」
 月乃のほうへ向き直った秋水を、彼女は冷たく見る。彼女はそのままフンと言い放って歩き出した。どうやら先ほどのことをまだ根に持っているようだ。
(まだ怒ってる……!)
 秋水は荷物を持つと慌てて彼女を追いかける。
「つ、月乃! だからさっきの話は……っ!」
 スタスタと早足で歩く月乃に秋水は追いつくべく、足を速める。
「本気で迷惑してたんだって! なあ月乃! 話を聞いて……!」
「そのことで怒ってるんじゃありません!」
 ぴしゃりと月乃が言い放った。立ち止まった彼女はこちらを振り向く。
「いくら男性の女装写真とはいえ……お財布に入れて持ち歩いてるなんて! 秋水さんの不潔!」
「ええっ!?」
「おかしいと思ってたんですよね……。秋水さんにそんな趣味があったなんて……!」
 眉間に皺を寄せた彼女は前に向き直ると溜息をつきながら歩き出した。
 秋水は冷汗を、つぅーっと流した。
(誤解されてる……)
「ち、違う! 男が好きだとか、そういうんじゃなくて! あれはネタになると思って偶然入れてて……!」
「言い訳はいいです。どうして恋人の私の写真は持ち歩かなくて、男の人の女装写真なんて……」
 ぶちぶちと小さく文句を言う月乃を、秋水は必死に追いかけた。
 これはまた、誤解を解くまで時間がかかりそうな……予感。



 クリスマス・イブ――。

(やべ……約束したのにまた遅くなっちまった……)
 慌てて帰ってきた秋水は玄関で靴を脱ぐ。
 せっかく今日は二人きりだというのに、何をやっているんだろうか自分は。
(いや……べ、別に下心があって居候を今日はよそへやったというわけでは……。…………下心が全くないと言ったら嘘になっちまうけど……)
 なぜか頬を赤らめて自身に言い訳をする秋水は小声で「ただいまー」と囁く。月乃が怒っていないといいけれど。
 腕時計の時間はすでに夜の9時を回っている。おなかはぺこぺこだし、寒いしで秋水は台所に一直線に向かった。
「月乃―? いないのかー?」
 怒って出て行ってしまったとしたら……。
 嫌な予感が一瞬、頭をよぎった。
 あまり仲が進展していないくせに、秋水は度々「実家に帰りそうになる妻」を心配しているような感覚に陥る。
「つ……」
 足を止め、秋水はのけぞった。
 テーブルの上には月乃が頑張ったらしい豪華な食事と、ケーキがある。月乃はイスに座っていたが、ぽりぽりとクッキーを食べている最中だった。
 怒ってる、と思うところだが今日は違う。
 月乃は普段絶対に着ないロングの白いチャイナドレス姿だった。確か、上海で貰ったとか言っていた……あの服だろうか?
 かなり深いスリットが入っているため、身に付けている赤い紐の下着が微かだが見えている。ただでさえスタイルがいいのにこういう格好をされてしまうと、かなり困る。
(な、なんだ……? どうしたんだ月乃は?)
 困惑する秋水はそっと月乃の背後に回る。彼女はクッキーを食べるのに夢中だ。いくら甘いもの好きとはいえ、秋水に気づかないほどというのは変だ。
「月乃? おーい、月乃さん?」
 もぐもぐと食べていた月乃は、ゆっくりと振り向いた。彼女はぼんやりとした瞳で頬を赤らめている。うぐ、と秋水が一歩後退した。か、可愛い……。
「あ、おひゃえり、なひゃ……い」
 呂律の回らない月乃は立ち上がったはいいが、バランスを崩して倒れてしまう。慌てて秋水が受け止めた。
「お、おい月乃!? 大丈夫か?」
「ひゃ〜い……らいじょうぶ、れす」
 口調は怪しいし、体からはすっかり力が抜けていてまともに立ってくれない。
 原因はなんだ? と秋水がテーブルの上を見ると、開けられた小さなダンボール箱がある。クッキーと紅茶のセットらしいが……。
(……ん?)
 サンタのマークが箱に貼ってあるのに気づき、秋水は青ざめた。これはアレだ。この間の福引で当てた二等の……?
(やっぱりあのちびっ子のせいか……!)
 どうやらクッキーのせいらしい。酒に強い彼女が完全に酔っ払っているような状況になっているので、秋水は驚くしかなかった。
(くそ……! 効果はいつ切れるんだ?)
「シュースイさん、あのれすね、この格好、どーれすかぁ?」
「え? ど、どうって……」
 月乃は秋水から離れて立つ。ゆらゆらと揺れているので秋水はハラハラした。
「こーゆうのは、嫌いれすか……」
 月乃がしょんぼりと肩を落とす。そしてめそめそと泣き出した。
「っ、嫌いじゃない! むしろ好きだ!」
 慌ててそう言ってなだめる秋水を見遣り、月乃は彼に飛びついた。突然のことに秋水は受け止めきれずに床に倒れてしまう。後頭部を打って痛かった。
「ふえ〜ん、シュースイさん大好きぃ〜」
 泣きながら抱きつかれた上、この言葉……! 秋水は気を失いそうになる。
(だ、誰か助けてくれ……理性が……!)
 我に返った月乃が悲鳴をあげて彼の頬を引っぱたいたのはきっちり30分後。秋水は自分を褒めた。よく我慢したものだ。
「私が何をしたか憶えてませんけど、さ、さっきの格好と行動は忘れてください! いいですか!」
 真っ赤になってそう言う月乃と一緒に夕飯を食べながら、秋水は頷く。だが実は――。
(あとで待ち受け画面に設定しとこう)
 こっそり携帯カメラで撮っていたことと、熱烈にキスされたことは彼女には秘密だ。



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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★

PC
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/退魔士】
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】
【ステラ=エルフ(すてら=えるふ)/女/16/サンタクロース】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、草薙様。ライターのともやいずみです。
 月乃と過ごすちょっと変わったクリスマス・イブ、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!