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<東京怪談ノベル(シングル)>


熱唱レクイエム

 五代真のストレス発散方法は、カラオケで思いっきり熱唱する事である。
 数時間篭って、心行くまで歌い続ける。そうする事で、真の心は活力を取り戻すのだ。
 だが、一人で行くというのはどうにも面白くない。やはり誰かと一緒で無いと盛り上がれない。
 とはいえ、約束もしていないのに、そうそう付き合ってくれる人間がいる筈がない。一部を除いて、誰しも事情というものがあるのだ。歌を楽しむ為にはその一部に入る、つまり絶対にNOと言えない人間を捕まえなければならない。そんな訳で、真は白王社ビルの前で待ち構えていた。
 待つこと30分。中から目当ての人間が出てきた。
 眼鏡をかけた、ひょろひょろとした男性だ。その全く覇気の無い顔に、真はニヤリとほくそ笑む。相手が反応するよりも早く、真は男性の肩を強く叩いた。
 男性、三下は突然現れた真に驚くと社に戻ろうとした。が、真に肩をがっしりと掴まれてしまう。
「そういう訳で、カラオケに行こうぜ」
「こ、これから怪奇現象が起きるというカラオケボックスに行かなきゃいけないんですど〜」
「んじゃ、そこな!」
「はい?」
「その怪奇現象が起きるカラオケで、歌おうって事だよ」
「ええ!?」
「俺は歌えるし、アンタは取材ができる。いい事ずくめじゃないか」
「ま、まぁそうですけど」
「じゃ、決まりだな」
 そこで話を打ち切ると、真は三下に案内するよう言った。

 取材先というカラオケは、路地裏に入ってすぐの所にあった。
 そこそこ昔からある店のようで、店内には独特の匂いが感じられる。午後三時という、普通ならば学校帰りの学生で賑わう筈の店内には、客の気配が無かった。
 時計と睨みあっていた受付の幸薄そうな女性店員は、二人の姿を認めると営業スマイルも浮かべずに出迎えた。取材の旨を告げると、店員は不機嫌顔になった。
「人数は二人で。時間は一時間」
「あ、フリータイムで」
 え、と三下は真を見やる。
「当然だろ?」
 そんな彼に真は素敵な笑顔で、びっと親指を立ててみせた。
「お二人ですと、1400円となりますが」
「あ、ちょっと待っ…」
「それでOKっす!」
 真と財布の中身とを交互に見比べ、金魚のようにぱくぱくと口を動かす三下。真はキラキラと歯を光らせたまま、店員からリモコンの入った籠を受け取る。
 そして三下の首根っこを掴むと、足取り軽くずんずんと奥に突き進んでいくのであった。

 怪奇現象が起きるという部屋は、やけに暗かった。照明のせいではない。空気が暗いのだ。立っているだけで背中に寒気が走るほど負の空気に包まれていた。成程、幽霊が出てもおかしくはない空気ではある。真にはそういったモノを感じる力は無いが、そんな彼ですらこの部屋には霊がいてもおかしくは無い、むしろいなければおかしいと感じた程であった。
 しかし、如何な恐怖とはいえ、それは絶対的な強制力を持っていない。真のテンションを打ち消すほどの力は無かった。
 部屋に着くなり、真は籠からリモコンを取り出し曲をセットした。
 備え付けのマイクを握り締め、イントロがスタートすると早速歌い始める。三下は怪奇現象が起きないか、真の隣に座って待ち構えた。
 異変が起きたのは、一曲目が終わった頃だ。
 テンションが上がってきた真は、次の曲を入れようとリモコンを手に取った。その瞬間、背筋がざわついた。怪訝に思い、周囲を見渡してみる。
 恐怖に顔を引きつらせて気絶している三下がいて、部屋の隅にすすり泣く女がいる。
(女?)
 女だ。何者かと思ったが、すぐに思い当たった。幽霊だ。
 よくよく考えてみれば当然だ。この部屋には怪奇現象が起きるのだ。ならば幽霊の一つや二つ、出てもおかしくない。
 幽霊は何をする事も無く、ただ泣いている。
 そこに真をどうこうしてやろうという脅威は全く感じられない。不思議に思った真は、すすり泣く幽霊の視線がマイクに注がれているのに気付いた。
「歌を聞きたいのか?」
 頷き、霊は口を開いた。
「もっと貴方の歌を…聞かせて」
「いいぜ。何曲でも歌ってやるぜ!」
 真は霊に不敵に笑って見せると、次の曲をセットした。
「オン・ステージだ!」

 それから、真は歌い続けた。
 流行曲。演歌。アニソン。
 ありとあらゆるジャンルを知っている限り、ひたすらに歌い続ける。
 その傍ら、意識を取り戻した三下は、最大限の勇気を振り絞って霊にインタビューを試みようとしたが、霊は真の歌に聞き入っていて、全く相手にされなかった。
「もっと…もっと」
 歌い始めて二時間。真はずっと霊の要求に応えていたが、流石に二時間水一滴も喉に通さないのはきつい。ついに水分を要求してくる喉の訴えに屈し、真は次の曲で休憩する事に決めた。
「フィニッシュはこれだ!」
 リモコンを回転させ、素早くナンバーを打ち込む。
 数秒の読み込み時間の後、勇ましいイントロが流れ出した。
 モニターに大きく表示される曲名は『返すぜローンレンジャー』。最近巷で有名な特撮番組、返済戦隊ローンレンジャーの主題歌だ。
「負けないぜ どんな敵が来ても」
「大丈夫 利息はトイチだから」
「借りたからにはきっちりと 耳を揃えて金を返すぜ」
「究極、ローンフラッシュ!」
 やがて曲は間奏に入る。真の熱唱は止まらない。最大値を突破したテンションは留まる所を知らず、更にヒートアップしていく。
 その全身から溢れる熱気か、はたまたいい加減聞き飽きたのか、霊は溜息を吐いた。
「レッド、キャッシングキック!」
「ブルー、アドオン返済ソード!」
「イエロー、サラリーローンカレー!」
「グリーン、不良債権拳!」
「ピンク、利息バリアー!」
 必殺技のシャウトも忘れない。
「説明しよう。ローンレンジャーとは、悪の組織アレコレホシイーズの魔の手により金欠に陥った人々を救う為、日々戦う正義の戦隊だ!」
 カラオケ版ではカットされている、途中の台詞も忘れない。
「ブラック! お前が司令だったなんて!」
「そんな事はどうでもいい! 俺が怪人コウキュウシャーを抑えている内に、ローンフラッシュで倒すのだ!」
 名場面の再現も忘れない。一人多役は当然である。
 そして、曲は最終パートに突入していく。
「何かが欲しいなら 手に入れればいい その手で! 財布で!」
「守って見せるさ 力になってみせるさ 俺たち 正義の」
「返済戦隊 ローンレンジャー!」
 拳を突き上げ、思い切りシャウト。
 シャウトが終わるのと同時に曲が終了した。
 歌い終えた真は、場の空気が正常な物に戻っているのに気付いた。霊の姿が消えている。
「あれ? あのコは?」
 三下はぽりぽりと頭を掻いて、軽く絶望を含んだ声で言った。
「なんだか…成仏しちゃったみたいです」
 三下の言によれば、ローンレンジャーを歌っている途中で飽きて成仏してしまったらしい。
「よかったじゃないか」
「よくないですよ! 怪奇現象を体験していたら、成仏しちゃったって…これじゃあ記事にならないじゃないですか」
「成仏したおかげで、ここはユーレイ話から解放される。そうすりゃ、ここは繁盛するだろ? それって人助けって事にならないか?」
「そうですけれど」
 まだ何か言いたげにへの字に口を曲げる三下に、真はマイクを差し出した。
「ま、うだうだ悩んだったて仕方ないよな。だったら歌おうぜ?」
 暫し三下は真の右手をじっと見つめていたが、諦めがついたのか、静かにマイクを受け取った。