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ハッピーバレット(下)
状況を確認しよう、と浩介が言った。今自分達が知っている事、知らない事。やれる事とやれない事とやりたい事。それらを明確に捉えなければ、動きようがない、と。この意見に『完全なる球体』の二人―――市川・健吾と菅原・祐二は頷いた。何しろ現状は最悪である。犯人は分からず、唯一まともな話を聞けそうな人物は行方不明なのだから。
「最初の最初から始めましょうか。いつ、どこで、誰が、誰に、何を、どうして、どうなった」
「んー、昨日の一時半頃、草間興信所前で、誰かが、草間・武彦に、銃弾を、撃ちこんで、武彦が入院した」
「更に昨日の二十三時、武彦が入院していた病院で、武彦が、意識を取り戻して、失踪」
無言のうちに顔を見合わせる三人。
「肝心なトコロは全然わかってないんだよな」
「さて……どうするか。取り合えず、俺達がしたい事は何だ?」
「犯人捜し」
「武彦探し」
健吾はふむ、と唸ると、何かを探すように視線を巡らせた。武彦を撃った犯人。顔も名前も分からない相手を捜そうと思っても、普段なら相手に辿り着くまで決して消えない「追っている」感覚が、ある瞬間に必ず切れる。対して武彦は、その感覚は消える事はないが、複雑に絡み合い何処に行くべきかが判然としない。恐らくは犯人が見つけ出せない事と関係しているのだろう。丁寧に追って行けば辿り着けるだろうが、どれだけの時間がかかるかも分からない。科学からも異能からも物理からも魔法からも人一人隠し通すだけの力がある、モノ―――。虚無の境界の存在を感じ取れるが故に、出来る限り早急な解決がしたかった。
じゃあ、と浩介が不意に言った。
「こっちから探せないならよ、あっちから出てきてもらうってのはどうだ?」
「なに?」
「『撃った連中の情報がある』って騒げば、あいつら出てくるんじゃねえか?」
祐二は手を打ち、相棒を振り返った。
「問題がある。こちらは実際に情報を持っていないから、下手に騒ぐとブラフと言う事が露見する」
一瞬盛り上がった雰囲気は、その言葉で再び沈んだ。もはや策無しかと考えるうちに、やがて一人の人物が浮かび上がる。犯人でも武彦でもない、突如として今回の事件に表れた、もう一人。
「その、草間さんと一緒にいたっつー忍者はどうだ!?そいつは追えないのか!?」
「ああ―――そうだよな、そいつもいたんだよな。どうだ相棒?捜せるか?」
「……いるな。それでも感覚は不明瞭だが、かなり追い易い。これならいける。
まあどう考えても忍者はIO2だろう。俺達もIO2の振りをして、『この事件に関する有力な情報を掴んだので、先行する二人に知らせる』為に動いているという設定で行く」
さりげなく餌を巻き、食い付くのを待つ。そうとも、こちらも早急な解決を目指しているが、障害になるものを早急に解決したいのはお前達も同じだろう?
健吾の能力によって二人を追跡し、各所でそれとなく「自分達は犯人を知っている」と匂わせる。方向が決まれば後は動くのみだ。武彦は東京を西へと移動しているようである。犯人ならともかく、武彦は只の人間であるし後ろ盾もない。覚えている人間も多い。探せば探せるものだ。
「けど……よ、おっさん達」
道中で浩介は首を傾げた。
「俺ら、出番あんの?IO2にしろそうじゃないにしろ、草間さんと誰かが一緒に行動してるのは間違いないんだろ?草間さんだって腕っ節はある方だし、後からノコノコ出てっても足手纏いになるんじゃねぇか?」
「連携が取れないと言うなら、確かにそうかもな」
「喧嘩には負ける気はしないが、向こうがテロリスト集団ってなら話は別だわな。何より数が違うからな」
ははは、と能天気に笑う祐二は果たして本当にそう思っているのか。だが数で見るならば三対たくさんだ。その三人がどれだけの戦力を有していたとしても、組織全て向こうに回して事を構えられるとは、到底思えない。
「こうなるとIO2が絡んでくれてる事に期待するしかないよな……っと」
「おいでなすった。で、どうする?」
「適当に気絶させるくらいで良い。"匂い"を逆に辿って行けば本拠地にまで行き着ける」
浩介は口笛を吹く真似をして、そいつぁ便利だ、と呟いた。
見える範囲では前方に三人、両脇に二人ずつ。背後にも三人、計十人。荒事に携わった事がある者同士のアイコンタクトで無言のままに割り振る。浩介が前二人と右の二人、祐二が前の残りと左の二人、健吾が後ろの三人。方向が決まれば動くのみ。能書きを垂れる必要は無い。三人はやはり無言で駆け出した。
常人離れした脚力で一気に前の二人に詰め寄り、そのまま張り倒した。脇の二人が寄ってくるが、これも瞬く間に沈めた。見れば健吾も祐二もあっさりと決着したようだ。
「んじゃ行こうぜおっさん」
纏めて縛り上げ、物陰に隠すようにして転がすと、浩介はにやりと笑った。
「いよいよと親玉と対面か」
ビルの一階にある喫茶店に入り、道路沿いの席を選ぶ。ウェイターにはアメリカンを三つ頼んで追い払った。
先ほど襲ってきた連中から辿れたそこは、何の変哲もない雑居ビルのようだった。「大輪建設」「いのうえ歯科」「自動キャッシング・パール」……入って行く人間も出て来る人間もいない。道行く人も見向きもしない、忘れられたかのようなビルだ。浩介がいのうえ歯科とやらが入っている筈の二階の窓に目を凝らせば、ちらりと白衣の男が見えた。
「人がいるぜ?本物の歯医者かはわかんねぇけど。機材も揃ってるみたいだな。多分実際に歯医者やってんじゃねぇかな、あれは。おー、治療してる奴がいんのか?婆さんだ。何か先生と話し込んでるみたいだけどな……」
特段に目が良い訳でもない健吾と祐二は、何気ない風に会話しながら、ビルの入り口を見張っている。
「隠れ蓑に使うなら、免許を持った歯科医がいてもおかしくはないな」
「大輪建設ってのが怪しくないか?事務所なら誰も入らないだろ。取引してないなら業者も来ないしな」
その時、ビルの入り口に何者かが立った。軽く見上げるようにして何かを確認すると、咥えていた煙草を携帯灰皿に落とし、躊躇いの無い足取りで中へ消えた。見覚えの無いコートにサングラスだが、あれはどう見ても
「―――草間さん!?」
「行くぞ!!」
祐二と浩介は先を争うように店を飛び出し、健吾はきちんを料金を払って、トイレに向かった。
「ふーむ、計算外だ」
油断の無い構えで銃を突きつける武彦。彼の前には、浩介が見た白衣の男が立っていた。銃口が真っ直ぐに狙っていると言うのに落ち着いたものである。どこまでも冷淡な目で、目の前の武彦を只の研究対象としてしか見ていない目で、しきりと首を捻っている。
「被検体08号がこんな内面を持っていたとはな。『抑圧された願望を顕在化する』だけでは些か不確定に過ぎるか。しかもここを探し当てられるとは……やはり人任せにするべきではなかったか」
(被検体ハチゴウって……草間さんだよな?)
(まあそうだろ。武彦が八なら、その前に最低七人は銃弾撃ち込んだ奴がいるって事か。とんでもねぇ)
武彦を追ってビルに飛び込んだ二人は、既に武彦が主犯格と思しき男と対峙しているのを見て、扉の影に隠れて出て行くタイミングを計っていた。
「お前の研究に興味は無い。だがそれを使われると面倒な事になるんでな。……俺に撃ち込んだ物と同じ銃弾はどこだ?」
白衣の男は全く聞いていない。そもそも、男にとっての武彦は只の「被検体」であって、話を聞くに値する「人間」ではないのだ。だが、男の思考はやがて一つの結論を導き、ここで初めて意識を武彦に向けた。
「このモルモットは潰しておこう」
無造作に右腕を突き出す。そのまま拳を握るのと、武彦が横に飛ぶのとは同時だった。寸前まで彼が立っていた場所は、見えない何かに握り潰され、床がひび割れた。
「草間さん!!!」
「!?お前―――浩介か!?」
浩介は思わず飛び出していた。浩介の身体能力の高さを知っているからか、武彦は一瞬黙った後、油断するなよ、とだけ言って白衣の男に向き直った。
「どうした松坂。何かあったのか?」
不意に奥からもう一人、男が出て来た。こちらも白衣を着ている。
浩介は未だ状況が掴めていないだろう奥の男に向かって走った。自分達に気付いて戦闘態勢を作られる前に、終わらせる。
だが、男は浩介を完全に捕らえていた。そして、あろう事かカウンターを合わせて来たのだ。掠めるように顎を殴られ、意識が揺らぐ。その隙を見逃す筈もなく、男はがっちりと浩介の喉を掴み、右腕一本で持ち上げて締めてくる。
「ああ、田宮か。実は前の実験で使った被検体08号が、我々の障害になっているんだ」
「ん?―――そうか。やはり人任せにするべきではなかったな」
「予定は詰まっていたが、こちらで吟味するべきだった」
「言っても始まらないな。取り敢えず、潰すんだろう?」
「ああ。扉の向こうにもまだ隠れているようだ」
息が出来ない。目の前が赤く染まる。視界の端に、見えない手に掴まれないように巧みに身をかわす武彦が見えた。
(草間……さん……)
薄れる意識の中で田宮の腕を掴む。なんとかしてこの拘束を外さなければ。
嫌な音がした。
「む?」
田宮は驚いた。自分の親指と人差し指と中指が折れたからだ。こうなっては物は掴めない。支えを失い落ちていく浩介の頭を地面に叩きつけようと、左腕を打ち下ろす。だが、これも防がれる。浩介の右腕がしっかりと防禦していた。浩介はがら空きの腹に左右の連撃を叩き込み、前のめりになった田宮の顔面に止めの膝を入れた。そして田宮の服を掴むと、振り回して松坂へと放り投げた。予想外の方向から飛んで来た予想外の物に反応出来ず、直撃する。その隙に武彦が駆け寄り、銃弾のお返しとばかりに鳩尾を殴りつけた。力を失い崩れ落ちる松坂と田宮。
「やったな、こうす……!?」
言葉は最後まで言えなかった。浩介は天井まで飛び上がり、倒れた二人に向けて落下速度も加えて右拳を繰り出そうとしていたが、何よりも武彦の眼に止まったのは―――。
(竜!?)
浩介の体から立ち昇る、蒼い竜。
「っぉらあ!!」
横合いから気魄の篭った声。祐二が浩介に体当たりを食らわせたのだ。真っ直ぐ下に落ちていた浩介は、その一撃で真横に飛ばされ、壁にぶつかって止まった。一度呻き声を上げると、それきり動かなくなる。
「……ちと、やりすぎたか、な?」
「いや、いいだろう……浩介は、完全におかしくなっていたからな」
(それを言うならお前さんも同じなんだぜ、武彦……)
浩介・武彦・祐二が戦っている間に健吾は何をしていたかと言うと、ビル内部を調べて問題の銃弾やその他開発に使われていた資料等を見つけ出していた。
武彦に撃ち込まれた銃弾は『ハッピーバレット』。抑圧された願望を顕在化させる銃弾。研究資料は全て押収され、研究・開発施設も壊された。ハッピーバレットを無効化する方法も見つけ出され、武彦は元に戻った。他にも使われた人はいるらしいが、近く全員が正常化するそうである。そして気付いたら終わっていた、と言う何とも言えない疎外感を味わうはめになった浩介だが、解決したのだから良しとする事にした。
「願いを叶える魔神だったり銃弾だったり……草間さんも大変だよなぁ。そんな状況でもないとハードボイルド探偵になれないんだから……。まあ、幸せの弾丸で計画丸ごと潰れた連中にしてみりゃ、皮肉な話だな」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 6725 / 氷室・浩介 / 男 / 20 / 何でも屋 】
【 NPC / 草間・武彦 / 男 / 30 / 草間興信所所長・探偵 】
【 NPC / 市川・健吾 / 男 / 28 / 「完全なる球体」マスター】
【 NPC / 菅原・祐二 / 男 / 25 / 「完全なる球体」従業員 】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、猟犬です。今回はご依頼ありがとうございます。
ハッピーバレット下巻。お届けします。下巻だけでも楽しんで頂けるように配慮したつもりです!
しかし、ハードボイルド探偵って難しいですね……。
それでは、また機会がありましたらお会いしましょう!!
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