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<東京怪談・PCゲームノベル>


Another Story:Time Bomb

「『どこにでもいる普通の人』となると、さすがに数が多すぎるわね。
 例えその人がある程度特徴的な行動をとっていたとしても、短期間で探すのは難しいわ」
 二人から相談を受けて、エリィ・ルーは正直にそう答えた。
 情報屋をやっている彼女だからこそ、この捜査の難しさはよくわかる。
 まして、情報屋としてはまだまだ駆け出しの彼女にとっては、間違いなく手に余る。

 しかし、だからといって、解決方法がないわけではない。
「だから、『爆弾を持っている人が誰か、確実に知っている人』に聞いてみたいと思うの」
 エリィのその言葉に、ソフィーが驚いたような表情を浮かべる。
「エリィさん、まさか……?」
「ええ、そのまさか。あなたはその爆弾を作った人を知っている……違う?」
 彼女の顔に浮かんだ動揺の色は、肯定の返事に等しい。
「お願い、その人に会わせて。それ以外に、この問題を解決する方法はないと思うの」
 エリィがそう頼むと、ソフィーは少しの間悩んでいたが、やがて一度だけ小さく頷いた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ソフィーに案内されたのは、近くの駅前にある繁華街の路地裏だった。
 入り組んだ細い道を、右へ、左へと何度も曲がっていく。
 エリィは懸命にその道順を覚えようとしていたが、やがてそれも追いつかなくなり、だんだんと記憶が曖昧になってきた。
「ソフィー、ちょっと待って!」
 一旦ここまでのルートを整理しようと、前を行くソフィーを呼び止める。
 すると、ソフィーはその場でこちらを振り向き、そっと路地の突き当たりを指した。
「あそこです」
 なるほど、路地の奥には階段があり、その先に白いドアが見える。
 おそらく、あの爆弾を作った人間は、あの中にいるのだろう。

 その人物と会う前に、どうにかしてここまでの道筋を思い出そうとしたが、頭の中にもやがかかったようで、なぜかうまくはいかなかった――。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 部屋の中にいたのは、十歳くらいの金髪の少年だった。
「いらっしゃい。僕に何か聞きたいことがあるんだろ?」
 予想外のことに少し驚いたが、すぐに「この手の人物の外見は全く参考にならない」ということを思い出す。
「ソフィーに聞いたわ。あなたがあの『爆弾』を作ったんでしょ?」
「ああ、そうだよ」
 エリィの問いに、少年は全く悪びれもせずにそう答えると、椅子の後ろに手をやって、そこから小箱のようなものを取りだした。
「これがそうさ」
 そう言いながら、そっと箱を開ける。
 エリィが近づいて覗き込んでみると、確かに時限爆弾のようなものが入っていた。
「これが……」
「そう。触ってみる? ひょっとしたら爆発しちゃうかもしれないけど」
 そんなことを言われても、そうそう手を出せるものではない。
 なにしろ、「この世界そのものを吹っ飛ばす」ような爆弾なのだ。
「あ、あたしはいいわよ」
「そう? 遠慮しなくてもいいのに」
 慌てるエリィを見て、少年は楽しそうに笑った。

 ともあれ、いきなり出鼻をくじかれる格好になってしまったが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「あたしは、なんとかしてその爆弾を止めたいの」
「いいよ? その代わり、今見えてるコードは全部ダミーだから……」
「そうじゃなくて。あなたはその爆弾を『止める権利』を誰かに渡したんでしょ?」
「ああ、そういえば確かに渡したね」
 これで、どうにか話を肝心な部分にまで持ってくることはできた。
「あたしはその『誰か』に、その権利を行使してもらいたいの」
「ふーん。まあ、様子を見る限り難しそうだったけどね」
 苦笑する少年。
 その目をじっと見つめて、エリィは素直にこう頼んでみた。
「お願い。その『誰か』が、どこの誰なのか教えて」
 すると、少年は少しの間考えるような様子を見せた後、少しもったいぶってこう答えた。
「それを教えちゃ、面白くなくなっちゃうよ……と言いたいところだけど。
 今回はソフィーもあまり人を探してこられなかったみたいだし、肝心の人まで辿り着かないうちにタイムオーバー、じゃボクもつまらないからね」
「それじゃ、教えてくれるのね?」
 思わぬ好感触に、軽く身を乗り出す。
 そんなエリィに、少年はこう続けた。
「直接教えてはあげないけど、それを知るチャンスをあげる。
 ……あとは、自分で彼に聞いてみてよ」

「それは……?」

 ――どういうことなの?

 その疑問を口にする間もなく、エリィの意識は闇へと引き込まれた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 青年は、目の前の大きな爆弾を見つめていた。
 その爆弾は、確かにクリスマスに夢の中でもらったものと同じ形だったが、大きさは毎晩どんどん膨れあがっている気がする。

「なあ、お前は本当に爆発するのか?」

 十二月二十五日。
 バイトの帰りにコンビニでなけなしの貯金を半分下ろした。
 本当に世界が滅ぶなら、全額使ってしまってもいいはずなのに、そこまでは踏み切れない。

 そして、十二月二十六日。
 話題のノロウィルスとやらにやられたことにして、二、三日バイトを休むことにした。
 本当に世界が滅ぶなら、別にクビになっても関係ないのだから、普通にすっぽかせばよかったのに、そこまでする勇気はない。
 それから、バイト先の仲間に見つからないようにビクビクしながら、久々にレストランで夕食をとった。
 普段の彼の生活からすればかなりの贅沢だが、「後先を考えない」と言うほどではない。

「お前が本当に爆発してくれると信じられれば、もう少し無理もできたかもしれないのにな」

 爆弾は答えない。そんなことはわかっている。

「……我ながら、小さいよなあ……」

 ……と、彼が大きくため息をついて、顔を上げた時。

 いつの間にか、プラチナブロンドの髪の少女が彼の目の前に立っていた。
 少女は辺りをきょろきょろと見回し、それから横の大きな爆弾と青年とを見比べて、こう尋ねてきた。
「あなたがこの爆弾の持ち主?」
「一応、そういうことになってる」
 もらった覚えはあるが、自分はこの爆弾をてんで制御できていない。
 そんな自分を、はたして「持ち主」と呼べるのだろうか?
 むしろ、もらったはずの自分が、この爆弾に振り回されているのではないだろうか?
 その迷いから、どうしても歯切れの悪い答えになってしまう。

 けれども、少女にはそれで十分だったらしい。
「あたしは、あなたにこの爆弾を止めてほしくて来たの」
 真剣な顔で言う少女に、しかし、「いい返事を返す」という選択肢ははじめから存在しない。
「無理だよ」
「なぜ?」
「『この世界を終わらせたくないと強く願う』……そんなの、今の俺には無理だ」
 正直にそう告げると、少女は悲しそうな顔をした。
「それじゃ、あなたはこの世界を終わりにしたいと思っているの?」

 この世界が、終わる。
 何もかも、誰も彼も、全て消えてなくなる。
 別に、それを望んでいるわけではない。

「そういうわけじゃないけど」

 世界が続いてほしいと願っているのか?
 それとも、世界が終わってほしいと願っているのか?
 答えは、多分「どちらでもない」。

 生きているのはツライけど、死ぬのはコワイ。
 まして、自分の勝手で他の全てを巻き添えにして「消える」なんて、考えたくもない。
 でも、「なんとしても世界があり続けてほしい」とまでは、思えなくなってしまった。

「そんなの選べないよ、俺には」

 爆弾が爆発するなら、すればいい。しないなら、しなければいい。
「世界の存亡」なんて重荷は、とても小さな俺には背負いきれない。

 こちらを見つめる少女の若葉色の瞳は、とても綺麗で、澄み切っていて。
 そんな彼女の眼に、自分の瞳はどんな風に映っているのだろう。
 そう考えた時、「死んだ魚のような眼」という言葉が自然に浮かんで、つい苦笑が漏れた。





 と。
「見失っちゃった、のかな」
 ぽつりと、少女が呟いた。
「……何を?」
 何となく気になって尋ね返すと、少女はそれには答えず、代わりにこんなことを言い出した。
「今のあなたに選べないなら、あたしが選べるようにしてあげる。
 ええと……とりあえず、明日会えない?」
 ついドキッとしてから、これが夢だったことを思い出す。
「会うって……こうやって、夢の中で?」
 ところが、彼女の側は、そのことを知らなかったらしい。
「夢の中? ここはあなたの夢の中なの?」
 まあ、改めて「これは夢ですか?」と聞かれて、「間違いなくそうだ」と言いきれるだけの自信はないのだが、これが夢ではないとすると、自分の記憶が布団に入った辺りで途切れていることや、何よりこの巨大な爆弾の説明がつかない。
「だと思う。確信はないけど」
 その自信なさげな答えに少女は一度首をかしげたが、すぐに気を取り直して続けた。
「そうじゃなくて、目が覚めている時、現実で。
 あなたがどこに住んでいるのかわからないから、あなたがどこか時間と場所を指定して」
「場所……柏駅東口に十一時?」
「わかった、必ず来てね」
 そう念を押して、最後に少女はもう一度軽く微笑んだ。





 不思議な夢だった。

 そう思いながら、青年は試しに枕元に目をやって――まだ、あの銀色の小さなタイマーが時間を刻んでいるのを確認した。

「あと4日16時間21分26秒」

 一度あることは、二度あるのかもしれない。
 そう考えて、青年は出かける準備を始めた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 気がついた時には、エリィはソファの上に寝かされていた。
「あ、気がつきましたか?」
 エリィが目を覚ましたのに気づいて、ソフィーが安心したような笑顔を見せる。
「……あたしは一体?」
「『夢を見せた』と言っていました。『彼の夢と、あなたの夢を繋いだ』と……」
 そう言えば、確かに夢の中であの「爆弾」の持ち主の青年と会った気がする。
 そして、確か待ち合わせの時間と場所を決めたような……?
「ソフィー、今何時?」
「ええと……もうすぐ八時になるところですね」
 八時というのは、おそらく朝の八時だろう。
 だとすると、軽く半日以上は眠らされていた、ということになる。
 そのことに驚きながらも、エリィは冷静にこれからの時間の使い方を考えていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 エリィとソフィーが待ち合わせ場所である柏駅東口に着いたのは、十時五十分過ぎだった。
「あとは、彼がちゃんと来てくれていればいいんだけど」
 そう呟いて、辺りを見回す。
 ソフィーは彼の顔を知らないのだから、頼りになるのは自分だけだ。
 けれども、なかなかそれらしい人物が見あたらない。

 せめて、名前だけでも聞いておけば。
 今さらながら、そう後悔する。

 そうこうしていると、ちょうど十一時を回った辺りで、一人の青年が声をかけてきた。
「あの、ちょっといいかな?」
 その声に、エリィは声の主の方を振り向いた。
 服装はもちろん、髪型まで変わっているから気づかなかったが、まぎれもなく今朝夢で会った青年だ。
「ええと、何て言ったらいいのかな……」
 自分から声をかけておいて口ごもる青年の様子が、なんとなくおかしくて。
 エリィは、自分からこう切り出した。
「あたしを待っててくれたんだよね?」
「ああ。君を見た瞬間、すぐわかったけど……でも、何て声をかけたらいいかわからなくて」
 まあ、それはそうだ。
「夢の中で約束をした」なんて、万一違う人に話したら変な目で見られることは間違いない。
「でも、見違えちゃったよ」
 少しからかうようにそう言ってみると、青年は照れたように笑った。
「女の子と出かけるなんて、十年ぶりくらいだからね」
 それから、改めてこう自己紹介する。
「俺は竹田……竹田征郁。君は?」
「あたしはエリィ、エリィ・ルー。そして、この子はソフィー」
「はじめまして、ソフィーです……その、よろしくお願いします」
 彼とは初対面なこともあって、人見知りするタイプのソフィーは少しおどおどしている。
 そんな彼女の様子を見て、征郁が少し困ったように笑いながら握手を求める。
「こちらこそよろしく、ソフィー」
 ソフィーはなおも少しの間戸惑ったような様子だったが、やがてそっと握手に応じた。

 そうして自己紹介が終わったところで、征郁がこう尋ねてきた。
「それで、これからどうするんだ?」
「あなたが見失ったものを探しに行こうよ」
「見失ったもの?」
「そう。きっとどこかに落としてきたんだと思うから。
 あなたの思い出の場所とか、よかったら案内してくれないかな?」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 それから、電車でどれくらい行っただろうか。
 三人が降りたのは、とある小さな駅だった。

「ここは?」
 エリィの問いに、征郁は黙って線路沿いの並木を指さした。
 すっかり葉が落ちてしまっているが、おそらく桜の木だろう。
 それも、かなりの本数だ。
「……こっちに来た時、ちょうど桜が咲いててさ」
 懐かしそうに、征郁がぽつりと呟く。
「あわてて電車から降りたんだ。今撮らなきゃ絶対後悔する、って」
「撮るって、写真?」
「ああ。これでも、高校時代はちょっとしたものだったんだ」
 そう言いながら、カメラを構えるような仕草をする征郁。
 そこには、確かに彼の「見失った」はずの何かの断片があった。

「もう一度撮ってみたら?」
「カメラを持ってない」
 エリィの言葉に、征郁は力なく首を横に振る。
 それでも、エリィはちゃんと解決策を見つけていた。
「携帯電話は持ってるでしょ? 最近の携帯電話なら、カメラくらいついてるんじゃないかな」
「ああ、それもそうか。今までロクに使ったこともなかったな」
 苦笑しつつ、ポケットから自分の携帯電話を取り出す征郁。
 いつから変えていないのか、ずいぶんと古い型のものだ。
「こんなんじゃ、撮れる写真もたかが知れてる」
 そんなことを口にしながら、しかし、その目つきが鋭くなるのを、エリィは見逃さなかった。

 彼は、まだ、本当は諦めきれていない。
 それは則ち、そこを突破口にできる可能性がある、ということだ。
 けれども、今はまだそこに触れるべき時ではないだろう。
 エリィがそんなことを考えているうちに、征郁は慎重に構図や撮影場所を選び、数枚の写真を撮って戻ってきた。
「このカメラ、この季節、それに今の俺じゃ、これが精一杯だ」
「そんなことないよ。あたしは結構よく撮れてると思うけど……ね、ソフィー?」
「はい……私も、よく撮れてると思います」
 二人がそう褒めると、彼は少し照れたような表情を浮かべた後、小さく笑ってこう言った。
「それじゃ、メールで送ろうか? アドレスを教えてもらえれば、だけど」
「あ、お願いするね。でも、本当に十年近くもデートしてないの? 怪しいな」
「怪しくないよ。実際、このカメラだってほとんど使ったことなかったんだし」
 しばらくそんな話をした後で、三人は駅へと戻った。





「とりあえず、昼前から日帰りで行けるような『思い出の場所』は、ここくらいかな。
 俺の故郷はもう少し先だけど、片道三時間以上もかかるから、行って帰ってくるとそれだけで夜になっちゃうからね」
 そう言いながら、ちらりとソフィーの方に目をやる征郁。
 なるほど、確かにソフィーはどう見ても中学生くらいにしか見えない。
 そんな彼女を夜中まで連れ回すのはよくないと彼は考えたのだろう。
 
 とはいえ、これだけでは突破口としてはやや心許ない。
「それじゃ、明日もっと早くに待ち合わせすれば、そこまで行けるかな?」
「行ったって、ほとんど何もないけど」
「いいの。他の人には何もないかもしれないけど、征郁には思い出がいっぱいあるんでしょ?」
 エリィの申し出に最初は戸惑っていた征郁だったが、やがてあっさりと押し切られる形でそれを了承する。
「わかったよ。それじゃ……そうだな、八時に同じ場所で。いい?」
「うん。待ってるから、必ず来てね」





 征郁と別れた後で、エリィは今日わかったことを武彦に連絡してみた。
 最大のポイントは、やはり彼が「かつて写真に情熱を注いでいたこと」である。
 その話をすると、武彦から意外な返事が返ってきた。
『写真か。それなら、ことによっちゃどうにかなるかもしれない』
「写真家かカメラマンの知り合いでもいるの?」
『ああ。まだ若手だが、写真家に一人知り合いがいるんでな。
 ひょっとしたら、助けを借りられるかもしれない』
 思わぬ吉報に喜びつつも、エリィは念のためにこう言って電話を切った。
「じゃ、確信が持てたらまた連絡するね。それじゃ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 十二月二十八日。
 再び駅前で落ち合った三人が向かったのは、北関東のとある町だった。

 駅の周りこそ、かろうじて商店街のようなものがあったりするが、そこから少し離れると、あとはほとんど畑と民家、そしてかろうじて小さな商店がいくつかあるかないか、という結構なレベルの田舎である。

「すっかり変わったな、この辺りも」
 懐かしさと寂しさの入り交じった顔でそう口にする彼に、エリィはこう尋ねてみる。
「昔はどうだったの?」
「例えば、あそこのコンビニは、もともとは個人営業の酒屋だったんだ。
 酒屋って言っても、まあお菓子とかも普通に置いてたし、よく買いに行ったもんだよ」
「そういうお店って、最近あんまりなくなっちゃったよね」
「ああ。まあ、コンビニが悪いという気はないし、コンビニはコンビニで嫌いじゃないけどな」
 そう語る彼の瞳は、今はどこか遠くを――きっと、記憶の中にある昔の故郷を見つめているのだろう。
「駅前の商店街も変わったな。ずいぶん閉まったままの店が増えたみたいだ」
「年末だからじゃなくて?」
「それなら、普通そう書いた貼り紙とかがあるだろ?
 この感じはそういうのじゃないし、『貸店舗』なんて書いてあるところもあった」
 近くのどこかに大きな店でもできて、そこに客を取られたのか。
 それとも、ただ単にこの辺りに住む人が少なくなり、店がやっていけなくなっただけなのか。
 そんなことを話しながら歩いていると、急に征郁が何かを見つけて立ち止まった。
「……お、あの駄菓子屋、まだやってたのか。懐かしいな」
 なるほど、彼の視線の先には、駄菓子の入った箱をいっぱいに並べた小さなお店がある。 
「小学校の頃は、遠足とかがある度にあそこに行ってさ。
『おやつは三百円まで』の決まりを破らないで、どれだけのお菓子が買えるか競争したりしてた」
 遠い昔の、懐かしい思い出。
「せっかくだし、寄っていく?」
 エリィがそう言うと、征郁もすぐに首を縦に振った。
「いいね。俺がおごるよ、って言うほどのものじゃないけど」





 そうしてしばらくあちこちを見て回った後で、三人は小さな公園へとたどり着いた。
「すっかりここも寂しくなったな。寒いからか、それとも子供なんてそもそももういないのか」
 悲しそうにそう言いながら、錆びついたブランコの方へと歩み寄る征郁。
「これ、俺が幼稚園の頃にできたはずなんだけどな。これじゃ、何十年も昔からあるみたいだ」
 彼がブランコの片側に腰を下ろしたのを見て、エリィは少し考えた後、ソフィーと並んで彼の向かいに座った。

「やっぱり、何もかもおしまいなのかもしれない」
 不意に、征郁がそう呟く。
「この町は俺と同じだ。生きているようで、実はただ単にゆっくりと死んでいるだけに過ぎない」
 これは、まずい展開だ。
 昔の楽しかった思い出を思い出させるはずが、彼の故郷が彼に見せたのは厳しい現実だけだったのか。

 かくなる上は、一か八か、切り札に賭けてみるしかない。
「でも、この町でもあの駄菓子屋さんはちゃんとまだ開いてた。
 征郁にもあるんじゃない? なにか、そういう捨てきれない夢みたいなものが」
 エリィのその言葉に、征郁は黙って俯き――。

「俺さ……写真家になりたかったんだよ」

 一度口をついて言葉が出ると、後は彼自身にも止めようがないようだった。
「親に反対されて、家飛び出して、一人で東京に出てきて。
 一か八か芸大受けてみたけどダメで、専門学校行くにも金がなくてさ。
 仕方がないから、バイトしながら精一杯頑張ってはみたつもりだったんだけど。
 いつの間にか、こんなことしててもダメなんじゃないか、って思えてきてさ。
 気づけば親は二人とも病気で死んじまって、帰る場所もすっかりなくなったし。
 どうしていいのかわからないから、どうもしないで、ただ昨日の繰り返しをしてた」
 その肩が小刻みに震え、錆びついたブランコの床に数滴の涙が落ちる。

 エリィはそっと席を立って彼の隣に移ると、優しく彼の背中を撫でた。
「……辛かったんだね」
 その言葉に、征郁は一度自分の腕で涙を拭って、それから大きなため息をついた。
「昨日会ったばかりの女の子にこんな事まで話して、泣いて、慰められて。
 ……本当、何やってんだろうな、俺。カッコ悪すぎるよな」
「そんなことないよ。全部話してくれて嬉しかった」
 エリィがそうフォローしていると、ソフィーがふと思いついたようにバッグの中に手をやり、さっき駄菓子屋で征郁に買ってもらったチョコレートを一つ取り出すと、そっと彼の手に握らせた。
「……悲しい時は、甘い物を食べると、少しだけど、元気が出るから……」
「優しいんだな、二人とも」
 征郁はそっとそんな彼女の頭を撫でると、静かに立ち上がってこう言った。
「さあ、そろそろ帰らないと遅くなる。帰ろうか」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 その後の二日間、彼はアルバイトを理由にエリィたちと会おうとはしなかった。
 それがいい兆候なのか、悪い兆候なのかは、まだわからない。

 アルバイトを続けているということは、「その先の未来を生きる気が全くなくなったわけではない」という意味では、確かにプラスである。
 けれども、「繰り返す日常の中へと逃げ帰ることを選んだ」のだとしたら、これ以上の状況の好転は望み得ない。
 そして――このままいけば、おそらく、世界は滅ぶだろう。

 エリィはたびたび彼の携帯電話にメールを送ってみたが、返事が返ってくることはなかった。





 そして、十二月三十日の深夜。
 エリィの携帯に、征郁からメールが届いた。

『世界最後の日にアルバイトなんてしていられないから、無理を言って休みを取ろうと思ったら、明日どころかその先永久に休みになった。つまりクビ。
 明日会えるかな? できれば朝七時くらいに、前と同じ場所で』

 間違いなく、これがラストチャンスになる。
 とはいえ、すくなくとも、最後のチャンスはもらえたのだ。

 そう考えて、エリィは彼に承諾の返事を送った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 待ち合わせ場所に現れた征郁は、これまでとは違って、やや大きな荷物を持っていた。
「それは?」
「カメラ。実は昨日の朝の時点でクビになってね。その後はずっとこいつをいじってた。
 十年近く前のだけど、ちゃんと点検したし、フィルムとかは新しく買ったから、特に問題はないと思う」
 尋ねるエリィに、嬉しそうにそう説明する征郁。
 どうやら、クビになった時点ですっかり何もかも吹っ切れたらしい。
「今日が世界最後の日になるかもしれない。
 そう考えたら、そうなっても悔いはないような過ごし方をしたいと思ってね。
 実は、ぜひ一度行ってみたかったところがあるんだ」
 そう言いながら彼が差しだした切符には、この前とほとんど変わらない金額が記されていた。
「貯金は全部コンビニで引き出してきた。
 今日で世界が終わるなら残しておいても仕方ないし、
 もし仮に終わらないとしたら、それは俺がそれだけのものを手に入れたってことだから、どっちにしたって損じゃない」

 貯金を全て使い切ったということは、当然ながら、彼に「終わらせたくない」と思わせるためのハードルが上がったことを意味する。
 しかし、彼がこの一日を楽しもうとしていること自体は、そう思わせるチャンスを格段に増やすことでもあった。

 はたして、この開き直りが吉と出るか、凶と出るか。

 いや。
 吉と出なければ、出させなければならない。

 そう強く心に決めて、エリィは彼の後に続いた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 それから、電車に揺られて約三時間。
 征郁の言う「来たいと思っていた場所」とは、南房総だった。

「この時期に葉っぱすらない桜の木じゃやっぱり華がないからね。
 ここなら、冬でも花がいっぱい見られると聞いて、ぜひ一度来たいと思っていたんだ」
 一面の花畑に顔をほころばせながら、さっそくカメラを取り出す征郁。
 そこで、彼が突然こんな事を言い出した。
「それでさ、二人の写真も撮らせてもらっていいかな?」
「あたしたちの?」
「本当は、風景写真とかの方が得意なんだけど。
 二人のおかげで、こうやってもう一度やってみようって気になれた。
 だから、そのお礼の意味も込めて、二人を撮らせてほしいんだ。ダメかな?」
 もちろん、エリィに断る理由はない。
「あたしでよければ喜んで。ソフィーは?」
「征郁さんが、そう言うなら……お願いします」
 二人がそう答えると、征郁は嬉しそうに笑った。
「じゃ、この花畑をバックに、さっそく一枚いいかな?」





 そうして、三人は日が暮れるまであちこちを回った。
 ポピー、ストック、キンセンカ、キンギョソウ、ラベンダー。
 それらの花と、エリィたちの姿を、征郁は次々とフィルムに収めていく。

 これまでの彼とは全く違うその様子に、エリィは確かな手応えを感じていた。

 これなら……きっと、大丈夫かもしれない。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 そして。
 いつしかすっかり日も落ち、征郁が買ってきた大量のフィルムも見事に底を突き。

 三人は、あまり人気のない夜の海岸沿いを歩いていた。

「……どうするか、決まった?」
 沈黙を破って、エリィの側からそう問いかけてみる。
 征郁は答えず、ただ黙って歩き続ける。
 そんな彼に、エリィは呟くようにこう言った。
「世界をどう見るかは、他の誰でもなく、自分が決めることなんじゃないかな」

 すると、ちょうど街灯の真下あたりまで来たところで、突然征郁が足を止めた。
「俺、どんな目をしてた?」
 予期せぬ言葉にエリィがきょとんとしていると、彼はエリィたちのほうに向き直って、微かに笑ってみせた。
「最初に夢の中で会った時、『エリィの瞳、綺麗だな』って思った。
 それから、俺の目はどんな風に見えてるのかな、って思ってさ。
 多分、『死んだ魚の目』ってやつなんだろうな、って思ったら、なんだかしっくりきて」
「そんなことは……」
「いいよ、気を遣わなくても。
 多分、俺はずっとそんな目してたんだと思う。自分でもそう思うんだ」
 そう言って、彼は一度大きく息をつき――。

 じっとエリィの瞳を見つめて、一言こう言った。

「どうかな? 今でも俺、そんな目してるかな?」





「違うよ。あの時より、ずっと綺麗な目になった」

 その言葉は、決してお世辞やでまかせの類ではなく。
 彼の瞳に宿った光は、明らかに彼が「見失ったもの」を取り戻せたことを物語っていた。

「ねえ、これから初詣に行かない? 初日の出、一緒に見ようよ!」
 エリィがそう提案すると、彼は笑顔でそれに応じた。
「これからか……よし、急げばまだ今年のうちに列の最後尾くらいには着くかな」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 そして。

「その時」が訪れたのは、三人が初詣客の列に並び始めてから一時間くらい後だった。

 彼の様子を見る限り、ほぼ間違いなく大丈夫だ、とは思う。
 でも、もし、万が一のことがあったら。
 そう考えると、自然と緊張してくる。

 そして、それはソフィーも、そして征郁も同じことのようだった。

「……やっぱり、緊張しますね」

 きっかりに合わせてきた腕時計の針が、十一時五十九分を指す。
 あと六十秒後に、世界の命運が決まる。

「『心の底から、強く』か……できるかな、俺に」
「そんな弱気なこと言わないで。ね?」

 あと三十秒。
 不安そうな顔をする征郁の手を、ぎゅっと強く握る。

「……そうだな、きっとなんとかなるよな。ありがとう」

 あと十五秒。

 あと十秒。

 我慢しきれず、エリィはぎゅっと目を閉じた。

 五、四、三、二、一――。





 歓声が聞こえる。

 ――と、いうことは――?

「……終わった、のか?」
 征郁の声に、おそるおそる目を開ける。

 目の前に、世界はあった。これまでと同じように。

「よかった……」
 安心したら、なんだかどっと力が抜けた。
 他の二人も同じだったらしく、年明けムードで盛り上がる周囲をよそに、なんだか三人だけぐったりしてしまっている。
 それがなんだかおかしくて、やがて、誰からともなく笑い始めた。

「あけましておめでとう、征郁、ソフィー」
「ああ、あけましておめでとう」
「はい……あけまして、おめでとうございます」

 笑顔で新年の挨拶をかわしてから、エリィは最後の最後まで隠しておいた「隠し球」を出すことにした。

「それじゃ、征郁にあたしからお年玉。須藤光孝って人知ってる?」
「須藤光孝って……あの写真家の?」
「そう。
 あたしの知り合いにその人の知り合いがいたから、ちょっと征郁のことを話してみたの」

 もちろん、その知り合いというのは武彦のことであり、彼の言っていた「心当たり」こそ、その須藤光孝だったのである。

「そしたら、『今どんなアルバイトしてるのか知らないけど、それより確実に生活は苦しくなる。それでもいいならウチにこい』ってさ」

 もし彼の気持ちが最後まで揺れていれば、一か八かの最後の賭けとして、この話をするつもりだった。
 けれども、できることなら、この話を聞かなくても「世界を残す」道を選んでほしい。
 そう思っていたから、そしてそうしてくれると信じていたから、エリィは年が変わるまでこのことを言わなかったのだ。

「それって……アシスタントで使ってくれる、ってことかな?」
 半信半疑と言った様子で聞き返してくる征郁。
「だって、写真続けたいんでしょ? アルバイトもちょうどクビになっちゃったし」
 エリィがそう答えると、征郁は一度嬉しそうに微笑み、それから困ったように頭を掻いた。
「最高のお年玉だよ。それじゃ、俺からもお礼に……と思ったけど、もう帰りの電車賃くらいしかないや。
 我ながら、本当に情けないな、俺」
 そんな征郁に、エリィは少し冗談めかしてこう言った。
「出世払いでいいよ。いつか一人前の写真家になったらね。ね、ソフィー?」
「はい……約束ですよ?」
「参ったな。そんな約束したら、今度はもう投げ出すこともできないじゃないか」





 三人は笑った。

 年明けの、幸せな空気が辺りを包んでいた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 5588 / エリィ・ルー / 女性 / 17 / 情報屋

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■         ライター通信          ■
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 撓場秀武です。
 この度は私のゲームノベルにご参加下さいましてありがとうございました。
 また、ノベルの方、大変遅くなってしまって申し訳ございませんでした。

 さて、今回かなり長めになってしまいましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?

 なお、須藤光孝については、大昔に私が執筆させていただいた別口の依頼(草間興信所・調査依頼「ある夏の約束」)に登場した人物ですが、ちょうど設定がピッタリでしたので名前だけ登場させてみました。
 ちなみに彼にも「ある少女と出会ったことで挫折から立ち直れた」という過去があるのですが、その辺りはもしご興味がありましたら前述のノベルの方を参照していただければ、ということで。

 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。