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エンジェル・トラブル
「ああ、どうしましょう。どうすれば良いんでしょう」
聖なる日の前夜――クリスマス・イブ。往来を見れば幸せそうに笑う人々がおり、朝になれば目に出来るだろうプレゼントに思いを馳せる子供達が眠りにつこうとしている。
そんな日に似つかわしくない、とても困った顔をした人物が、上空を彷徨っていた。
いや、『人物』というのは正しくないかもしれない。何故ならその人物の背には、ヒトの持ち得ない純白の羽根があるのだから。
――そう、上空を浮遊している彼…リアン・キャロルは、天使だった。美しい金の髪が風に煽られ、乱れるのも構わずにただひたすら地上を見る。両性でも無性でもあるリアンは、ある目的を持って地上へ来ていた。
「ティル・スー…どこに行っちゃったんですかぁ…」
覇気のない、弱りきった声で呟くのは、彼が懇意にしていた天使の名。クリスマスを目前に控えた、天使が最も忙しい時期に突如姿を消してしまった天使――ティル・スーを探すのが、リアンに課せられた使命だった。
「うう、なんでわたし一人で探さないといけないんですか。無理ですよぅ、クリスマスの時期は他の天使も地上に来てるじゃないですか。気配とかごちゃまぜになっててさっぱりです…」
ブツブツと愚痴らしき言葉を零しながら、当てもなく上空を彷徨う。
「そもそもティル・スーが羽根をしまって人間の中に紛れ込んでたら分からないし…やっぱりわたし一人で探すなんて無謀です、無理です、有り得ません。人手不足だからって酷いです神様…」
と、そこまで呟いて、はたとリアンは気が付いた。
「そうです、別に他の天使に手伝いを頼めないからってわたしだけで探す必要はないはずです…人間とか動物とかに手伝ってもらえないでしょうか。地上のことは地上に住むものの方が詳しいでしょうし…」
何故今まで気付かなかったんでしょう!わたしの馬鹿!…と自分の頭をポカポカ叩きながら、リアンは地上へ向けて急降下した。
「ふう…冷えるな」
頭に巻かれた赤いバンダナが印象的な少年――阿佐人・悠輔は、綺麗にラッピングされたクリスマスプレゼントを手に家路を急いでいた。
恋人へのプレゼント――と言うわけではなく、妹へのプレゼントである。血はつながっていないものの、彼にとっては誰よりも大事な存在である。その彼女が腕によりをかけてケーキを作ると言っていたのだから早く帰らなければ――そう思い、足を速める。
「うわわわわそこの人ちょっと危ないです避けてください―――!!!」
突如聞こえてきた声に驚き、悠輔は思わず立ち止まった。辺りを見回すが、大通りから少しばかり離れたここは異様なほど静かで、悠輔以外に誰がいる様子もない。
一体なんだ、と内心首を傾げる。と、再び声が聞こえた。
「だから危ないですってば―――!ってあ、いた、いたいいたいやめてくださいつつかないでっ!わたし食べ物じゃないですおいしくないです――!!」
……気のせいだろうか、なんだか頭上から聞こえた気がする。そんなまさか、と思いながらも上を見上げれば。
すごい速さで地面に向かって落ちてくる、ヒトらしきものが目に入ったのだった。
「なっ……!?」
絶句して固まる悠輔をよそに、そのヒトらしきものは重力にしたがって落ちた。その速さと障害物が無いことからして、そのまま地面と激突するのは必至だった。
しかし、そのヒトらしきものは地面に激突する一瞬前にふわりと失速し、悠輔の目の前に降り立ったのだ。そのありえない出来事に驚きながらも降り立った者を見てみれば、その背には一対の純白の翼が。
「ヒト、じゃない……?」
ふうなんとか無事に着陸できましたー、神様ありがとうございます!などと独り言のように口にしていたその人物は、悠輔の言葉ににこっと笑って、答えた。
「はい、ヒトじゃないですよー。わたしは天使です」
「…………………は?」
「だーかーらー、天使ですってばー。そりゃあ普通天使は鳥につつかれて落ちてきたりしないかもしれませんけど、わたしは立派な天使ですっ!」
「鳥に、つつかれて?」
「そうなんですよぅ、鳥って普通夜飛びませんよねぇ?まったく非常識です」
そう言ってむくれる自称天使。夜飛ぶ鳥と、鳥につつかれて落ちてくる天使。どちらがより非常識だろうか、と悠輔はぼんやり考えた。不思議な出来事に遭遇することは多い悠輔だが、あまりのことに少々混乱気味だった。
「あれ、大丈夫ですか?なんか遠い目になってますよー?」
パタパタと目の前で手を振られて、ようやく悠輔は目の前の現象を認めることにした。
いくら天使らしくない言動でも、本人が言うからには天使なんだろう――半ば無理矢理そう思い込む。
「で、天使がなんでこんなところに?」
悠輔の至極真っ当な問いかけに、自称天使はそれまでのぽやぽやした顔でなくきりっとした顔で――と思えばすぐに今にも泣きだしそうな情けない顔になって話し出した。
「それがですねぇ、わたしの友達にティル・スーって言うかなり高位の天使がいるんですけど、その天使がいなくなっちゃったんです。クリスマス前後って天使はすごく忙しいんですよ。なのにティル・スーはいなくなっちゃうし、探しに行ける天使もいないし。仲が良かったってだけの理由でわたしひとりに探すの押し付けられて。そりゃわたしだって仕事ですしティル・スーのこと心配ですし真面目に探しましたよ?でもこのあたりまで気配を追ったらわからなくなっちゃって…うう、神様酷いです、無理に決まってるじゃないですかー!」
「なるほど…」
後半はなんだか愚痴になっていた気もするが、事情はわかった。
「それでですね!」
突然勢い込んで自分を見つめる天使に、ちょっと気圧されながらも向き直る。
「やっぱり地上のことは地上にいる人――いや別に動物とかでも構わないんですけど!――が一番よく知ってると思うんですよね!あれです、餅は餅屋ってやつです」
何か間違っているような。しかし勢いにのまれている悠輔にはつっこめない。
「…なんだ?」
「お願いです、ティル・スー探すの手伝ってください!!」
がばっと頭を下げる天使。背の一対の羽根がぴこぴこと揺れていた。
「…………」
「…………………」
「……………………………」
「……………………………………やっぱり駄目ですか…?」
悠輔が思わず反応を返しそびれ沈黙を生み出してしまった後、しゅん、と飼い主に叱られた犬のように――ぺたんと垂れた犬耳の幻覚が見えるようだ――天使はチラリと悠輔を伺い見る。
「い、いや――手伝うよ。あまり長くは付き合えないけど」
ああ早く帰らないととか、別に関係はないんだよなとか、天使の探し方なんて知らないんだけどとか、色々思うところはあったのけれど。
結局、見捨てられない悠輔だった。
「本当ですか!?うわぁありがとうございます、このご恩は一生忘れません!!」
「気にしないでいいから。…それで、その天使っていうのはどんな外見なんだ?」
天使の一生ってどれくらいかなんてつっこみはせず、ともかくも探すために必要な情報を聞き始めるのだった。
★ ★ ★
「やっぱり難しいな…」
探し始めて早数十分。ひとつの目撃情報も得られず、早くも捜索は難航していた。
「や、役立たずですいません…」
今にも泣き出しそうに項垂れる天使――リアン・キャロルと名乗った――を宥めつつ、悠輔はあたりを見回す。
お互いに名乗りあい、探している天使、ティル・スーについても聞き。どうやら彼には目的があっただろうこともわかった。
微弱な上に入り混じっているらしいティル・スーの気配をなんとかリアンが追い、探す範囲も狭まったには狭まったのだが。
「せめて目的がわかれば…」
そう、この辺りにティル・スーがいるだろうとリアンが判断したのはイルミネーションの輝く大通り。多種多様な店なども見られる。ならば何かを探しに、もしくは買いにきたのではないかと推論したまでは良いのだが――それが全くわからない。
「そのティル・スーは何か言ってなかったのか?何が欲しいとか、そういうこと」
「ティル・スーが欲しがってたモノですかぁ…うーん、そもそもティル・スーはそういうこと口に出したりしませんしぃ…」
うーんうーんと頭を抱えて考え込むリアン。それを横目で見つつちらりと時間を確認する。
―――そろそろ帰らないとまずいな。
プレゼント選びに思ったより時間を取ったために、予定よりも帰宅時間が遅れていた上に、この状況。せっかく作ってくれたであろう料理を冷めてから食べるなんてことになったら申し訳ない。
さてどうしようかと、意味なくイルミネーションを眺めつつ思案しようとしたそのとき。
「っきゃぁあぁ〜〜〜!この子!このくまさん!!」
なんだかとても身近な人物を連想する声が聞こえてきた。別に声自体は似ていない。そのリアクションと言うか言葉というか、それが悠輔に義妹を思い出させる。
「けど、ここにいるはずないし…」
と、傍らで唸っていたはずのリアンが突然顔を上げ、「阿佐人さん阿佐人さん!」と悠輔に呼びかけた。
なにか手がかりでも思い出したのかと思いながら「どうしたんだ?」と尋ねると。
「今女の子の声がした方からティル・スーの気配がしましたぁ!」
「…気配?」
手がかりどころの話ではなかった。本人の気配を感じたと言うのだ。
「とにかく行ってみるか。移動したら厄介だ」
「は、はいぃ!!」
そうして悠輔とリアンは、雑踏の中を声のした方へと進んで行った。
☆ ☆ ☆
「ああぁあぁあぁ!!ティル・スー見つけましたぁ!!」
「あー、やっぱりリアン・キャロルだったんだー」
とあるテディベア専門店の前。金髪の天使が叫ぶ声と、銀髪の天使ののんびりとした声が交差する。
「わたしずっと探してたんですよぅ!?なんでいなくなったりするんですか!おかげで神様は機嫌悪いし他の天使はてんてこ舞いだしわたしはひとりでティル・スー探さなきゃならないしっ!」
「それは悪かったってー。でも有休認めてくれなかった神様が悪いんだよー?僕ちゃんと働いてるのに」
なんだか天使にしては世知辛い会話が聞こえる。天使に有給休暇とはまた俗な。
と、お互いに連れ合っていた天使が会話しているのを眺めていた二人――悠里と悠輔は互いに目を遣り、そして唐突に気付く。
――ああ、知っている。自分であって自分でない、けれどやはり自分であるこの相手を。
正確には違うのかもしれない。悠里は厳密には悠輔とその義妹が混ざり合っているのであるから。
それでも、間違いなく二人の間には確実なつながりがあるのだ。
「初めまして?――もうひとりの『私』」
「ああ、初めまして、もうひとりの『俺』」
それは本来なら起こり得ないはずの邂逅。接触は出来ても――こうして現実世界で相見えることは出来ないはずだった。
けれど今日はクリスマス・イブ。聖なる夜の前夜。いつもより少しだけ奇跡の起こりやすい日。
ひとまずは――二人の天使を交えての、自己紹介でも。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【5973/阿佐人・悠輔/男性/17歳/高校生】
【0098/広瀬・悠里/女/17歳/神聖都学園高校生】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、こんにちは。遊月と申します。
「エンジェル・トラブル」にご参加有難うございました。
お二人での参加ということで気合を入れて執筆させていただいたのですが。
……ほとんど個別ノベル状態ですね…力量不足が否めません。
ご希望されていた一緒に出られる場面、ほとんど作れなくて申し訳ありませんでした…。
お二人は面識があるのかないのかわからなかったため、とりあえず「初めまして」ということで。
きっとこのあとなんだかんだ言って皆仲良くクリスマスを過ごすのではないかなーなどと想像するライターでした。
☆広瀬・悠輔様
ぽやぽや天使リアンのティル・スー探しに付き合って頂いて有難うございました。さぞ心労が溜まってしまったことと思います…。
なんというか終始『懐っこくてちょっと感情の起伏が激しい犬』のようなリアンが迷惑をかけてしまった上に、結局徒労に終わってる感が無きにしも非ずですが、多分悪気はないので大目に見てやってくださいー。
多分如才ないティルがフォローをしてくれるはずですから!そのうち手土産持ってお礼しに伺うに違いありません。
「ここは違う!」などと言う点がございましたら、どうぞ遠慮なく仰ってくださいませ。
ご縁がありましたら、またご参加くださいー。
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