|
ひとりもののラブラブクリスマス 〜貴方のくれた贈り物〜
うきうき歩けばジングルベル、あちらこちらでイルミネーション、ツリー、リース、プレゼント…
すっかりクリスマスに彩られた世の中で、そんな賑やかな季節を逆に寒い気持ちで過ごさねばならない者達がいるという…
世に言う、ひとりもの。
某所某日、月神・詠子はこんな言葉を耳にした。
「相手がいれば、私だってあんなことやこんなこと…」
「ああ、俺だってどうせなら年上の彼女と…!」
「年下の可愛い彼氏とナイトパレード見たり…」
『サンタさん、1日でいい! 楽しいクリスマスを下さい!!』
イベントとは、本来誰もが楽しめるべきものだと月神は思う。事実、自分は学園のイベントや事件がとても好きだ。
クリスマスというイベントを楽しめないのは…悲しいことなのではないだろうか? それなら。
「ねえ、キミ。ボクがキミのサンタクロースになってあげようか?」
藤野・咲月が顔を上げると、そこはいつの間にか賑やかな遊園地の前だった。
弱冠15歳にして御巫である咲月にとって、それは憧れであり、雑誌やTVの中でしか見たことのない眩しくて不思議な場所である。
「…?」
「咲月さん、こちらです」
穏やかな声に名前を呼ばれ慌てて振り返ると、背の高い、誠実そうな男性が立っていた。
「今日は僕に、貴方をエスコートさせて下さい」
「え、え、あの…?」
いったいどうなっているのだろう? 首を傾げれば、彼は少しだけ悪戯っぽい笑顔で言った。
「クリスマスデート、です」
クリスマス…デート? そういえば普段ならば和装のはずの自分が、いつの間にか今は洋服を着ている。
ローズピンクのコートとワンピース、手袋やマフラー…この服は、従姉妹とお揃いで買ったものだ。
「その服、可愛らしくて…貴方に、とてもお似合いですね」
「え、あ、ありがとうございます…」
褒められて、思わず少し顔が紅くなった。
その様子に気付いているのかいないのか、彼はそっと咲月の手をとる。
「さあ、行きましょう? 貴方に見せたいものが沢山あるんですよ」
考える間もなく、彼に手を引かれるままに、咲月は明るく広がる遊園地の中へと吸い込まれていった。
「まあ…!」
一歩入って咲月は思わず、小さな感嘆の声をあげる。
アミューズメントパークの中は、沢山の笑顔と楽しそうな音楽、数々の乗り物で溢れていて、クリスマス一色だ。
「すごいですね…! 私、こういう所にあまり来たことがなくて…」
赤や緑や銀色で彩られた景色に、はしゃぐ子ども達の声。魔法の世界に迷い込んだような気分である。
「何か乗ってみましょうか? あれなんかどうでしょう?」
パンフレットを見ながら彼が指差したのは、屋内をゴンドラで進むアトラクションだった。
並んでゴンドラに乗り込むと、童話の登場人物達が案内する屋内をゆっくりと乗り物が進んでいく。
「あちらは魔法使いですね? あ、こっちは小人さん…! まるでおとぎの国に来たみたいです」
楽しそうに咲月が笑うと、彼も嬉しげに言葉を返した。
「咲月さん見て下さい、あちらにも綺麗な色の鳥が…、わ、わっ」
「え? きゃ…!!」
突然、青い大空を模した空間の中を大きな鳥が舞い降りるかように、ゴンドラが急降下した。
思わず咲月は彼の袖にしがみ付き、悲鳴を上げそうになる。
そのままボフンと花畑の中へと降りたゴンドラは、スピードを元に戻し、ゆっくりとゴールへと着いた。
「…お、驚きましたね。大丈夫でしたか?」
「は、はい。ちょっと吃驚しましたけれど…! ふふ、まだドキドキしてます、素敵でした…!」
言いながら、顔を見合わせると、つい笑ってしまう。
2人がアトラクションから出ると、丁度パレードが始まる時間のようだ。
多少混雑した人々の隙間へと潜り込み、彼が咲月が見やすいようにパレードルートの前へと引き込んでくれた。
「ここなら、見えそうですね」
「はい、ありがとうございます。…あ、来たみたい」
響き渡る金色のラッパのファンファーレ、閃く旗、輝くバトン。
キラキラと眩い光を振りまいて、妖精やトナカイに囲まれたサンタクロースのパレードが近づいてくる。
子どもも大人もみんながプレゼントを待ちわびるような、嬉しい気持ちで周りが暖かい。
「わあ、可愛いです…!」
虹のように透ける羽をぱたぱたとはばたいて、妖精達が皆に近づいてくるとポケットからステッキ型のキャンディを配った。
咲月にも手渡して、にっこりと微笑んでくれる。
「ありがとうございます…! いただいてしまいました」
キャンディを見せるように彼を見上げると、とても可愛いですね、と優しい笑顔。
サンタの後ろには、ベルを鳴らしてオモチャ達のマーチングバンドが続く。
パレードが通り過ぎてもシャンシャンと鳴り響く鈴の音が、いつまでも胸に楽しい気持ちを降らすようだった。
2人は一緒に、いろいろなアトラクションを巡った。
咲月が今まで本などでしか知らなかった遊園地は、どこもかしこもめくるめくマジックのような、お菓子のように甘い楽しさで満ちている。
思わず普段の自分を忘れて、不思議とはしゃいでしまう。
また、彼と共にいると時が過ぎることに気付かぬくらいに、穏やかな気持ちになれて楽しい。
「あの建物はなんでしょう? 行ってみてもいいですか?」
軽やかにローズピンクの靴の踵を鳴らして、咲月は明るく笑った。
クマをかたどったパンケーキ、月のカップに入ったプリン、ふわふわに泡立った暖かなカフェラテ。
プレゼントボックスでいっぱいのソリ、星屑の詰め込まれたオルゴール、天使の像に囲まれた扉。
しかし楽しい時間とは驚くほど早く過ぎてしまうものだ。いつの間にか辺りは薄闇に包まれ始める。
「少し暗くなってきましたね。…そうだ、咲月さん、観覧車に乗ってみませんか?」
「…? はい」
彼に誘われ観覧車へと乗り込むと、窓の下に遊園地で過ごす人々がゆっくりと小さくなっていった。
「そろそろ見えますね。さあ、あちらです」
「え? …あ…!!」
宙に浮かぶ小部屋から示された方を見れば、遊園地の向こう、夕闇に光を放つ街がすべて見渡せるのだった。
「綺麗…」
広がる夜景は、誰のものともわからぬ芸術作品と言えようか。
名所で知られるタワーも、高層ビルも、キラキラと瞬いて宝石を散りばめたように美しい。
その光は遠く、小さくて水飛沫のようなのに、確かに人々の生きている証なのだ。
「あそこが繁華街ですね。あっちに見えるのは、水族館です」
「私の通う学校も見えるでしょうか?」
何を話しても、うきうきと声が弾む。咲月はこの景色や気持ちを心に焼き付けるように、何度も何度も瞬きをしながら夜景を眺めた。
「こんなに暗くなってしまいましたね…」
観覧車から降りると、外はすっかり夜に包まれていた。
「寒くはないですか?」
彼は来たときと同じように、咲月と手をつなぐ。
楽しいと思う気持ちがそうさせるのか、胸はぽかぽかと暖かかったが、手を繋いでもらうと咲月はより一層安心する気がした。
「最後に…中央広場へ行ってみましょう?」
そこで咲月を待っていたのは、見上げても天辺が見えないほど大きなクリスマスツリーだった。
沢山のライトや星や、さんかく、しかく、様々な形の飾り、雪に見立てた真っ白なボール…見事なツリーだ。
咲月は言葉を紡ぐことも忘れて、そのツリーに見入ってしまった。
(なんて大きくて…素敵なんでしょう)
あまねく照らすその光は、この大きな姿からこぼれるものかもしれない。
いつまでも、ずっと見つめていたい、そんなふうに雄大で聖なるクリスマスツリー。
「咲月さん。今日は、ありがとうございました。…とても楽しかったです」
「いいえ、私こそ…! こんなに素敵で楽しい日をありがとうございます。本当に…」
めいっぱい遊ぶとはこういうことを言うのだろう。疲れを知らず、期待と好奇心に導かれるまま歩き回った。
「本当に心から、楽しかったです」
繋いだ手が、時をとめるように優しい。
彼はにっこりと笑った。
「温かくて、清楚で可愛い咲月さん。どうか貴方に素敵な聖夜を」
柔らかな音楽が降り注ぐ。抱き込まれるように、咲月はふわりとした心地になる。
遊園地が、メリーゴーランドが、ツリーが、彼の姿が… 真っ白に包まれた。
うっすら、と咲月が目を覚ます。
月神・詠子が操った、彼女の望んだ深い夢の中から。
緋色のリボンで緩やかに結われた長い黒髪が揺れて、彼女の覚醒を告げた。
「目が、覚めた?」
「あ…」
…夢。…そうだ、夢だった。
粉雪のような眩しさの降る遊園地も、柊色のコーヒーカップも、共に歩き、楽しんだ彼もが…
そう、幻のように遥か彼方まで広がる、夢の中のもの。
「……」
いいや、それでも間違いはない。咲月は胸の辺りを両手でそっと押さえた。
この心にいつまでも響き渡るベルの音は、両手から全身へと伝わるぬくもりは、決して幻なんかではないのだ。
「それじゃ、ボクはいくよ」
立ち上がった月神の後姿を、咲月は呼び止めた。
「月神さん、素敵なプレゼントをありがとうございます。あなたは私にとって、本当のサンタクロースさんです」
にっこりと、感謝と嬉しさでピンク色に頬を染めて。
「貴方にも、清しこの夜に奇跡が舞い降りますように。メリークリスマス…月神さん」
咲月のそんな姿を、月神はちらりとだけ振り返るが、そのまま足を止めずに歩いて行った。
少しだけ照れたような、小さな…だけどとても温かな言葉を残して。
「…メリークリスマス」
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【1721 / 藤野・咲月 / 女性 / 15歳 / 中学生/御巫】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
今回は参加して下さり、ありがとうございました。
遊園地でのデート、女の子の憧れをいっぱい詰め込んでみました。いかがでしたでしょうか?
咲月さんはとても可憐で素敵な女性で、そんな彼女が楽しそうに
歩く姿を思い浮かべると、私も嬉しい気持ちになれます。
このプレゼントがお気に召しましたら幸いです。メリークリスマス…!
|
|
|