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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


剣を取り戻せ 3

「これで二本の剣がそろった……」
 如月竜矢【きさらぎ・りゅうし】がほうと息をつく。
「まだ半分もいってないぞ」
 そっけなく草間武彦は言った。
「分かってるさ」
 竜矢は苦笑して、
「今までに見つかったのは『エクスカリバー』と『グラム』……次は」
 ふいに彼は一呼吸置いた。
「なんだ?」
 草間が怪訝そうな顔で問う。
「……イギリスの、四月二十三日が何の日か知ってるか?」
「………」
 草間は顔をしかめた。
「聖ジョージか」
 と、言うことは、と草間は煙草の灰を灰皿に落とす。
「次の剣は『アスカロン』か?」
「そう……だけど」
 特殊なんだ。と竜矢は言った。
「アスカロンの抜け殻と、聖ジョージの魂。この両方が揃わなくては『アスカロン』は完成しない」
「二手に分かれるのか?」
「聖ジョージの居場所はここだ」
 竜矢が地図に示した場所は、やはり心霊スポット……
「で、アスカロンの抜け殻なんだけど……」
 そこで竜矢は眉を寄せて、
「――動いているんだよ」
「あん?」
「姫の探知によると、抜け殻は動いているんだよ。おそらく……別の魂が乗り移った、か、単に持っているか……」
「………」
 草間は、はあとため息をついた。
「とにかく、動いている抜け殻と、聖ジョージの魂を出会わせればいいんだな」
「頼むよ」
 竜矢は真剣なまなざしで草間を見ていた。

     **********

 今回の回収に関わることになった人々は八人――
 黒榊魅月姫【くろさかき・みづき】。
 ヴィルア・ラグーン。
 阿佐人悠輔【あざと・ゆうすけ】。
 浅海紅珠【あさなみ・こうじゅ】。
 加藤忍【かとう・しのぶ】。
 黒冥月【ヘイ・ミンユェ】。
 ノイバー・F・カッツェ。
 そして草間探偵事務所の事務員シュライン・エマ。

「……んで、結局そのアスカロンって剣は何なんだ」
 あくびをしながらヴィルアが訊いた。
「そうねえ……」
 シュラインがとんとんと自分の頬をつついた。
「サンジョルディの日か。胡散臭い布教だな」
 冥月が心底不愉快そうに顔をしかめ、ふと思い至ったように、
「神話や伝説自体には今までの二本とつながりがない……が、まさか」
 ドラゴンつながりか――? と冥月はつぶやく。
 シュラインがうなずいて、
「英国の七英雄のひとり、聖ジョージが使っていた、これもいわゆるドラゴンスレイヤーよね」
「……今回の場合は剣自体に力があったとは言われていないわ」
 魅月姫がそっとシュラインの言葉につけたす。
「アスカロンが有名なのはその能力ではなくて、聖ジョージが使っていたから、という理由のほうが大きい……」
「はぁん……」
 ヴィルアは気のない返事をする。
「どうやって手分けをしましょうか」
 若いながらも凛々しく立って、悠輔が皆をぐるりと見回した。
「ふっふっふー……要は、だ。確実着実素直にいうこと聞かせればいいだけだろ? 実はらくしょーかもよ?」
 紅珠が、「俺は剣のほうに行く!」とまっさきに宣言した。
 危ない、と誰もが思った。
「じゃ、じゃあ俺も剣のほうへ行く」
 と悠輔が言い、
「では私もそういたしましょうか」
 ノイバーが言葉を継いだ。
「竜殺しの剣。聖ジョージが使用したことにより聖剣となったアスカロン……」
 忍がぶつぶつとつぶやく。「なるほど、聖ジョージがいなければただの剣……」
 しかし、と彼は目を細めた。
「今捜索中の剣は姫さんが創った剣。必ず取り戻さなければならない物」
「取り戻していただけますか」
 竜矢が言う。
 忍は笑った。
「聞くまでもないことですよ」
「お前はどっちへ行く? 加藤」
 草間が尋ねる。「剣とジョージの魂と……」
「幽霊は専門外なので、私は剣のほうを追いましょう」
「……今までも、吸血鬼がからんでいたわね……」
 魅月姫がつぶやくように言った。
「……また関わっていたら気になるわ。私も剣のほうへ行きましょう」
 シュラインがうーんとうなって、
「やっぱり剣に縁のある何かと考える方が自然な気もするし、抜け殻を動かしているのは剣を与えた魔女カリブ、竜、王女辺りかな……」
 でも、とシュラインは竜矢を見て、
「聖ジョージの馬、ベイヤードという可能性もあるわね」
「動きがのろいようなので、馬ではないと思うのですがね……」
 竜矢は困ったように口元に手をやった。
「おい竜矢、剣の形状を教えろ」
 冥月が口を出す。「形状さえ分かれば影で探せる」
 竜矢は少し苦笑して、
「――アスカロンは、形状が姫にも分からなかったんです。だから、姫のオリジナルです」
 そう言って、彼の主人、葛織紫鶴が作り出したアスカロンの形状をそらんじる。
 冥月は早速目を閉じ、腕を組み、影を使って捜査網を広げた。
 ……が、
「霊魂関係だな」
 嫌そうに彼女は目を開けた。「その剣に何かが取り憑いている」
 このまま剣を引っ張り込むのは無理だ――と言った冥月は、
「それでも、まあ明らかに霊魂のジョージよりはましだろう。剣のほうへ行く」
 聞いていた草間が、ふと口を開いた。
「もし持ってるのが女なら――」
「何だ。口説くな、か?」
 冥月はにっこり笑って手をグーの形にする。
「いや逆だ、お前の男前さで口説いて穏便に……」
「………」
 冥月の靴のつまさきが草間のあごを捕らえ、草間の体が宙に浮いたところで容赦ない横蹴りがヒットする。
 草間、ノックアウト。
「――竜だったときのことを考えて、みんなにオレンジ食べてもらっておこうかな」
「オレンジなんかどうするんだ?」
 ヴィルアがズボンのポケットに手をつっこんだまま、オレンジを取りに行こうとするシュラインの背中に声をかける。
 シュラインは振り向いて、
「聖ジョージが戦った竜は、オレンジには近寄れないという特性があったのよ」
 と答えた。
「……弱そうな竜だな」
「オレンジにそれだけの力があったというだけのこと……」
 魅月姫が静かにつぶやいた。
「私も剣のほうへ行くわ、武彦さん」
 シュラインが言うと、「おいおいおいおい」と腰が痛そうに起き上がった草間は困ったように笑った。
「これじゃジョージの魂のほうへ向かうヤツがいなくなるじゃないか」
「私が行ってやるよ」
 とヴィルアが再度あくびをしながらそう言った。「剣だろうが霊だろうがどうでもいい」
「……じゃあヴィルアに俺がついていくかな」
 草間がふう、とため息をつく。
「武彦さんも気をつけてね」
 シュラインはオレンジを草間に渡しながら言った。
「よろしくお願いします」
 と竜矢が全員に頭をさげた。

          **********

「聖ジョージってぇくらいだから人間の味方だったんだろ」
 ヴィルアは草間とふたり、さくさくと草むらを歩いていく。
「まあ、英雄のひとりだからな」
 ふたりが向かうのは、ある岩山の山肌――
「説得すんのは簡単じゃねえか」
「そう願いたいんだが……」
 ヴィルア、と草間は言った。
「お前、霊に対抗する手段は持ってるか?」
 ふん、とヴィルアはあごをそらし、
「それぐらいできないとでも思っているか?」
「ならいい」
 ただの人間である草間は、いざというときにはシュラインに持たされたお札やらなんやらでどうにかするしかなかった。だが、ヴィルアがいるなら大丈夫そうだ。
 岩山の山肌につく。
「……ここじゃないな」
 草間は少し移動して、やがてその場所を見つけた。
「ここだ」
「あん?」
 ヴィルアが眠そうに目をこすりながら草間の示す場所を見る。
 そこに、あからさまに『適当に大きな岩でふさぎました』という感じの穴があった。
 草間は岩に触ってみる。――当然だがものすごく重い。
 大きく息をついてから腕を組み、
「この岩をどうやってどかすかだが……」
「それぐらいたいしたことじゃない」
 ヴィルアは岩の端に両手をかけて――
 ずり、ずりりりりり――
 草間はぽかんと口を開けた。
「……なんちゅー怪力だ」
「はん」
 あっさりと穴を開けてしまったヴィルアは、ぱんぱんと手を払いながら、
「で、中に入ればいいのか?」
 とさっそく次の段階に入ってしまった。

     **********

「……剣の抜け殻の動きは……大人がゆっくり歩く程度……子供が歩く程度……」
 シュラインが竜矢に聞いたことをそらんじる。
「どこへ向かっているわけでもなく……ふらふらと移動している様子……」
「これだけ人数がいるんです」
 悠輔が言った。「その、移動範囲をしぼりこんで、囲んで待ち伏せしてはどうでしょう」
「それで行くか」
 冥月がシュラインの開いた地図を見る。
 竜矢の言った、剣が放浪しているあたりを拡大図にした地図だ。
「七人で囲むなら、逃げ道はないよな!」
 紅珠がわくわくした様子で地図をのぞきこむ。「見つけたら大声でみんなを呼べばいい」
「……七人、ですか……」
 滅多に無駄なことを口にしないノイバーが、ふと口を開いた。
「どうした?」
 冥月が顔をあげる。
「いえ。聖ジョージは七英雄のひとりだったということを何となく思い出しただけですが」
「………」
 一瞬――
 ぞわっと、皆の肌に鳥肌が立った。
「なんだよ今の!」
 紅珠が自分の体をさすって声をあげる。「気持ち悪ぃ!」
「まあ、落ち着きましょう」
 忍が紅珠をなだめて、「こんなところへ来ているんです。少しは怖気もするでしょう」
 七人がいるのは――
 まだ昼下がりだというのに薄暗い、森の中……
『どうもジョージの魂は山の中にいるようだし、剣の抜け殻も、岩山の山肌あたりをうろうろしているんです』
 と、竜矢が言っていた。
 七人がいる森は、その岩山にくっついて存在する森だ。
「岩山……岩山」
 シュラインが息を呑む。
「伝説になぞらえるなら、岩山周辺というのもうなずけるわね……」
 魅月姫がつぶやいた。
「え? どうして? どうして?」
 紅珠が身を乗り出す。
「ジョージはね」
 とシュラインが紅珠の頭を撫でながら説明した。
「生まれてすぐ魔女にさらわれて、成長したらその魔女に惚れられてしまって、それで魔女の使う銀の杖を使うことを許可されたのよ」
「そしてジョージはその銀の杖でためしに岩山の扉を開いた……中には魔女が殺した子供たちの屍の山」
「―――!」
 魅月姫のおごそかな言葉に、紅珠はぶるっと震えて「もういい! もういい!」と首を振った。
「後の世の人間の作り話よ」
 魅月姫は素っ気無く言う。
「作り話でも聞きたくねえよ!」
 紅珠は怒鳴った。
 悠輔が紅珠の背中をぽんぽん叩いてなだめながら、辺りを見渡す。
「まだ……このあたりにはいないようですね」
「とにかく、七人散開しましょう」
 忍が言った。六人はうなずいた。

     **********

「――誰もいねえじゃねえか」
 ヴィルアがすたすたと岩山の中の穴へ入り込み、辺りを見渡して言う。
「待て、こら、ヴィルア!」
 草間はまだ入り口のところにいて、「俺は普通の人間だ! 中が暗くてよく見えないんだよ!」
「んだよ、情けねえな」
 ヴィルアはしぶしぶ「太目の木の枝拾って来い!」と草間に言いつけた。
 草間が言うとおりにすると、
「ほらよ」
 とその木の枝の先に火を灯してみせる。――魔術だ。
「たいまつの代わりにぐらいにはなんだろ」
「助かるな」
 草間は苦笑した。木の枝の先に布を巻いたりしておけばよかったと、ちょっと後悔していたりもするが。
 今度はふたりで、穴の中へと進入していく。
「……静かだな」
「霊しかいねえならそんなもんじゃねえのか」
 草間の言葉に、素っ気無いヴィルアの返答。
 穴は深かった。
 ヴィルアが遠慮なくつかつか歩いて行ってしまうので、「慎重に!」とは草間は言えなくなってしまった。
 足早にヴィルアの後を追うと――
 やがて、
 ぼすん! とヴィルアの背中に当たった。
「――なんだ、どうした?」
 一歩退いた草間が尋ねると、
「いたぞ」
 あまりにもあっけらかんとしたヴィルアの返事。
 草間は慌てて木の枝たいまつを前のほうに向けた。
 そこに――

『ああ、私のかわいいジョージ……』

 ひとりの女が、六歳ほどの少年を抱いて座っていた。

     **********

 森の中で散開した七人は、息を殺して自分のテリトリーを守っていた。
 ざわざわと不気味に森が鳴る。

 やがて、ひゅうひゅうと――
 女のすすり泣きにも似た風が、吹きすさび始めた。
(すすり泣きに似た……? いや、これはすすり泣きそのものだ!)
 全員がそう思った瞬間。
 しゅんっ
 七人全員に見える位置に、一斉に誰かの姿が現れた。

『ああ、私の息子……私の息子はどこに……』

 剣を抱えて、すすり泣く女がひとり。
 それを囲むように、六人の剣持つ青年たちが。

『ジョージは必ず帰ってきます』
『どうかそれ以上悲しまれませぬよう……』

「誰だ……?」
 冥月がつぶやく。
 すると、きっと青年のひとりが冥月を見た。
『あなた方は、誰です』
『ジョージをさらったのはあなた方ですか』
『それともこの剣目当てですか』
『剣は渡さない。この私たちがいる限り』
 六人の青年たちが口々に言う。
 そして中央の、剣を抱いた女が、
『ああ……私の息子を、あなた方がさらったというの』
 それならば――
『消えて!』
 青年たちが、
 女の声に合わせて一気におどりかかってきた。
「―――!」
 ノイバーがさっと動いた。服の中から金属製のカードを取り出す。
「少々手荒になりますが……行きますよ」
 『雪の結晶』が描かれたカード。
 ――極寒の吹雪が巻き起こり、青年たちを襲う。
 青年たちの動きが止まったところで、ノイバーは静かに言った。
「出来ればその剣の抜け殻を返して頂きたい」
 青年たちは、ふっと笑った。
『それは無理な相談』
『無理な相談』
『お前たちが、ジョージでない以上』
 そしてひとりひとりが、七人に再び襲いかかる――
 紅珠が――
 高らかな歌声を放った。
 空気を震わせるそれは、意思を持った歌声――

 ついてこい、と。

 紅珠を襲おうとしていた青年が、剣を取り落とした。
『ついて……ついて……いく……』
 紅珠は額に汗を流しながら、にっと笑った。
「紅珠さん……」
 少し離れた隣で、青年霊の剣をかわしていた悠輔が、
「……セイレーンそのままじゃないか」
 紅珠はそれを無視した。歌の効果を広げるため、ますます高らかに歌い始める――
「お待ちください」
 忍が、商売柄の身軽さで軽々と青年霊の剣から身をかわしながら、
「なぜ、シュラインさんだけは襲われていないのでしょうか?」
 ――そう、青年霊は六人。
 こちらは、七人。
 言われて、自分自身でも何が起こっているか分かっていないシュラインが、
「な、なぜかしら」
 と慌てている。
 シュラインの近くにいた、魅月姫を襲おうとしていた青年霊が、おごそかに言った。
『その女……オレンジを持っている……ジョージの味方に違いない』
「え?」
「シュライン、そんなものを持ってきてるのか?」
 冥月が影で防御をしながら訊く。
「え、ええ……正しくはオレンジ科のハーブのルー……ヘンルーダをだけれど……」
「おかしな話ね……私たち全員、ここへ来る前にオレンジを食べてきたわ」
 魅月姫が青年霊を闇で束縛しながら囁いた。
 え、とひとり剣を抱いていた女が顔を上げた。
『あなたたち……では、ジョージを知っているの』
「知らないわ……今探している最中……」
『私の息子を探して、どうする気……!』
 剣をさらにぎゅっと抱きながら、女が金切り声で叫ぶ。
「どうやら――」
 忍がつぶやいた。「あの女性はジョージが産まれるとともに亡くなったという母上らしい……」
 青年霊が、剣を次々に落としていく。
 紅珠の呪歌が回っていく。

 ついてこい ついてこい

 紅珠の歌と、自分の意思とが逆らいあって、彼らは身動きがとれなくなった。
「六人……六人の青年。ジョージを囲む青年」
 魅月姫が目を細めて、
「ジョージに救われた、六人の英雄かしら……?」
 ――伝説上では、ジョージは魔女を倒して後、自分と同じ境遇にあった六人の青年たちを救ったことになっている。
「剣を渡してください」
 悠輔が、ジョージの母親と思われる女性に近づいた。
 女はきっと悠輔をにらみ、さらに剣を強く抱える。
『これはジョージの剣よ。ジョージにしか扱えない、私の息子の剣――』
「それに、聖ジョージの魂を宿らせたいんです。お願いです、返してください」
 悠輔は懇願する。
『ジョージの魂を……?』
 女性は困惑したように視線を揺らした。
「……私としては、その剣を入手した経緯をお尋ねしたいのですが」
 ノイバーが言った。「その剣はジョージが持っていたはず……なぜあなた方が持っているのです?」
『あの子がさらわれたからよ!』
 女性は悲痛な声で言った。
『魔女に、再びさらわれたからよ!』
「―――」
 魅月姫が周囲を見やる。
「あら……弱すぎて気づかなかったけれど、ここには結界があるのね……」
「こいつらが外に出てこないようにな」
 冥月が吐き捨てる。
 そうして彼らは、ずっとさらわれた聖ジョージの帰りを待っていたというのか。
「ノイバーさんと言ったかしら?」
 魅月姫はノイバーを見た。
「『入手した経緯』なんてものは、おそらくありはしないわ。すべては」
 すべてはあらかじめ、用意された舞台――
「……なるほど」
 ノイバーはうなずいた。そして、沈黙した。
『あの子はこの近くにいるはずなの……』
 剣を愛おしそうに抱きながら、女は言った。
『あの子が帰ってくるまで、私は待つの……』
「それよりもお前らが行くほうが早い」
 冥月の一言に、紅珠が歌声を少し変えた。

 ジョージの元までついてこい ジョージの元までついてこい

 すると身動きをとれずにいた青年霊たちは、一斉に紅珠に向かって歩き出した。
 女が悲鳴をあげた。
『ああ……!? お前たち、私を見捨てるというの!?』
「だから、逆に私たちがお前をジョージのところへ連れて行ってやると言っている」
 冥月は魅月姫と目を見交わし、
 『影』と『闇』を増大させた。
『―――!』
 女がそれに恐怖し、剣を抱いたまま立ち上がって、影と闇に追い立てられるように走り出す。
「よし、このまま聖ジョージの魂の元まで……!」
 悠輔が手を打った。
 ノイバーが『扉』のカードを使い、結界から出られずにいた青年霊と女の霊を結界の外に出す。
 紅珠の呪歌。魅月姫と冥月の追いたて。
 シュラインと悠輔は、「先に聖ジョージの元まで行ってくる!」と全速力で走り出す。
 忍は、
「どうやら剣回収は順調に進みそうですね……」
 だんだん素直にこちらのすすめる道をいくようになってきた霊たちを見て、
「では私は本題のほうに――」
「本題? ああ紫鶴のほうか」
 冥月が振り向いた。「本家の調査に行く気か。早くもう潰すしかないという情報持って来い、紫鶴が使い潰される前にな」
 忍は乱暴きわまりない冥月の言葉に微笑で返して、
「今回は姫さんの叔父の京神殿のご自宅にお邪魔してこようと思いますよ」
 そしてそのまま、音も立てずに姿を消した。

     **********

「貴様は何者だ」
 あからさまに怪しい女を前に、ヴィルアは拳銃をつきつけていた。
 女は少年を抱いて頬ずりをしながら、
『ふふ……私のかわいいジョージ』
 と繰り返す。
「まさかと思うんだが……魔女か?」
 草間はつぶやいた。
「魔女? んなもんも出てくるのかその伝説とやらには」
 しかしな――とヴィルアは面倒くさそうに、
「こいつは霊じゃないぞ」
「――何だって?」
「いや、ガキのほうは霊なんだが――」
 ヴィルアには分かっていた。彼女は――同族の気配には敏感だ。
「また吸血鬼だ……」
 ヴィルアのつぶやきに、草間がああ――とうなずいた。
「そう言えば……聖ジョージを愛でた魔女は子供の血を吸うのが好きだったな……」
「ああ、だからここは子供の屍だらけなのか」
「なん……っ!?」
 言われて草間は初めて気づいた。たいまつで周囲を照らすと、周囲はたしかに――……
 ――うふふふ、と不気味な笑い声がした。
 見ると、少年を抱いた魔女が、いつの間にか草間たちを見ていた。
『撃てる……? 愛しいこの子を抱いた私を……』
「………」
 ヴィルアは目を細めた。たしかに、六歳児を腕に抱えている女は拳銃で撃ち抜きづらい。
「――まあ、放っておいても増援は来ると思うが」
 草間の携帯電話が鳴る。
「もしもし。――ああ、こっちに来られそうか? そうか」
 短いやりとり。誰だ? とヴィルアが尋ねると、
「シュラインからだ。――剣がこっちに向かっていると」
「ふうん。じゃあやりあう必要もねえか」
 ヴィルアが銃をおろす。
 魔女が青くなった。
『なんですって――剣が』
「剣が戻ってくるとよ。よかったな」
 ヴィルアの軽口に――
 女の形相が変わった。呪いの仮面をかぶった鬼のように。
『お前たちのせいね! 許さない……!』
 魔女が甲高い声をあげる。草間とヴィルアはたまらず耳をふさいだ。鼓膜を破りそうな勢いだ。
 やがて炎が巻き起こる。凍るような冷気も。穴を広げるような爆発も。
 草間は近くの岩の陰に逃げ込んだ。
 六歳ほどの少年は霊体だけに、何をくらっても平気そうにそこに立っている。
 ヴィルアが魔術で対抗する。だが魔術だけでは抑え切れそうにないと判断し、ヴィルアは銃を魔女に向けた。
 魔女が新たに魔法を使おうとする。
 と、その時。
「武彦さん……!」
「草間さん、ラグーンさん!」
 シュラインと悠輔の声が、穴の中を反響して届いてきた。
 魔女がひるんだ。
 ヴィルアは、引き金を引いた。

     **********

『ジョージ……!』
 剣を抱えた女が、魔女から解放された少年を見て大泣きする。
『魔女から逃げられたのね、よかったわ、よかった……!』
「……魔女はいたのか?」
 冥月が不審そうに草間に訊く。
「……この気配なら、いたわね……」
 魅月姫がぼそりと言った。「また、吸血鬼だわ」
「ラグーンさん、銃を使ってらっしゃいませんでしたか?」
 悠輔が、最後に聞いた銃声を思い出して怪訝そうにヴィルアを見る。
 なぜなら、銃で魔女を倒したにしては――
「血がない。そうでしょう」
 ノイバーが言った。「まあ、吸血鬼ですから……」
「……吸血鬼って消滅するときに血も消えんのか? すげえな」
 紅珠は感心したように言ったが、ノイバーが仮面の奥でひそかに苦笑したのを知らない。
 ノイバーが言った『吸血鬼』は、魔女のことではない。
 その後、魔女が消滅する前に、飛び散った血を床から足を媒体に吸い取った銃使いの吸血鬼のことだ。
「さあ」
 シュラインが笑顔で、小さなジョージに言った。
「あなたの剣よ。……受け取りなさいな」
 少年が、無垢な顔のまま、母親の手の中にある剣に手を伸ばす。
 光が、あふれた。
 少年の体が、徐々に大きくなってきた。
 やがて――十代半ばくらいにまで。
 それを見た六人の青年霊たちが、
『ジョージだ』
『それでこそジョージだ』
『ジョージ……待っていた』
 と満足そうに言って、ひとりひとり消えていく。
 さあ、共に逝こう、と――
「………」
 大きく成長したジョージは、じっと母親を見つめる。
 母親は手を伸ばした。
『ジョージ……私たちと共に逝きましょう』
 ジョージは……首を振った。
「私は、この剣の魂です、母上」
 本物のジョージならば、存在しなかったはずの母――
 ジョージは自分の体を撫でて、
「私をもう一度生み出してくれた鍛冶師に感謝せねば。母に会わせてくれた……」
 そう言って、青年はそっと母と呼ばれた女の体を抱きしめる。
「……さようなら、母上……」
『………』
 母は泣いた。息子にすがりついて泣いた。
 だが、二度と『共に逝こう』とは口にしなかった。
 そのまま母親は、ジョージの腕の中でその体を輝かせ――
 光の粒子となって、消えていった。
 ジョージは剣を手にする。
 そして周囲の草間たち一行を見回した。
「……ありがとうございました」
 やがて彼の輪郭も、光の粒子となり、剣に吸い込まれていく――

 あとには、ひとふりの剣だけが残った。

     **********

「力押しで手に入れるのも、聖剣の名に傷が付く――」
 草間探偵事務所にて。加藤忍は朗々と語っていた
「では謎賭けを。聖剣と魔剣の違いは?」
 竜矢の手に、アスカロンが戻る。
「――答えは振るう者により変わる」
 竜矢がその刀身を撫で、傷ひとつないことをたしかめて顔をほころばせた。
「龍殺しの剣、別の解釈では異教徒を殺戮した剣。見る者により呪われた剣とも聖剣とも」
 忍はすっと腹に手を当てて礼をする。
「では死者に対し冥福を祈りましょう」
「本家の調査はどうだった?」
 冥月が、忍の語りが終わるなり尋ねた。
「葛織京神殿の家に行ってまいりました」
「それは分かってる。そこから何が出た?」
「――京神殿が剣を隠していたりする様子はまるでなく。剣が散らばる前に、『剣をどこかへやってしまえ』と命じた証拠も得られず」
「やはり叔父のほうは関係ないか……?」
 草間が煙草の灰を落としながら忍の報告を訊く。
 紅珠がじれったそうにぱたぱたと腕を振った。
「くっそー! 本家が犯人に違いないってのに!」
「――本家にいるのは、京神さんだけじゃないと思う」
 悠輔が、紫鶴の従姉を思い出しながら言った。「他に、誰か黒幕が――」
「誰か、他に怪しい人物はいるのか?」
 ヴィルアが壁に背をもたせかけながら口を出してきた。
「怪しいかどうかは分かりませんが、この数ヶ月でひとつだけ気になることが」
 忍が、一枚の写真を取り出してきた。
 皆がそれを覗き込む。それは京神でもなければ紫鶴の従姉でもなく、初めて見る壮年の男の顔――
「葛織臣羅【くずおり・おみら】。現葛織家当主。他でもない、葛織紫鶴姫のお父上です」
「……お父様が何かなさったの?」
 シュラインが困惑したように訊く。
「葛織家において、当主は飾り物。その飾り物殿が」
 動いたんです――
「一ヶ月前に、弟京神殿の家に来訪するという……葛織家ではまずお目にかかれないと評判の出来事です」
「―――」
「さて、臣羅殿は、一体何の用事で弟殿の元へ来訪したのか……」
 今回の調査はここまでです、と忍は話を止めた。

 出来事は着々と進んでいく。葛織臣羅。またひとりの登場人物を得て。
 事件の幕は、まだ下りそうにそうにない――


 ―続く―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【4682/黒榊・魅月姫/女/999歳/吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
【4958/浅海・紅珠/女/12歳/小学生/海の魔女見習】
【5745/加藤・忍/男/25歳/泥棒】
【5973/阿佐人・悠輔/男/17歳/高校生】
【6139/ノイバー・F・カッツェ/男/700歳/人造妖魔/『インビジブル』メンバー】
【6777/ヴィルア・ラグーン/女/28歳/運び屋】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回も依頼にご参加くださりありがとうございました。
相変わらずの知識の深さに感服しております。話を深くするのにいつも助かっております。
よろしければ次回もお会いできますよう……