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雪の中に咲く花は
――六花、って知ってるかい?
――雪の別名でしょ?
ねえ、だから雪の降る日にはいつも花が咲いているんだ。
嬉しいな。だって、
――雪だけはふたりの秘密を知ってるよね?
++ +++ ++
「蓮也蓮也、次はあっちのお店行くんだから早く〜♪」
「そんなに急がなくても店は逃げないって」
彼の手を取ってどんどん先に行こうとする御柳狂華に、御影蓮也は笑いながら応える。
さっきは雑貨屋だった。今度は服飾品店らしい。狂華の着ている黒いコートが弾み、降り積もる雪が当たって散る。
今日はクリスマスだ。
すっかり夜のこの時間、商店街はイルミネーションでまぶしいほどに輝き、家族やカップルの波が押し寄せてくる。
狂華と蓮也もそんな波に乗るカップルだった。
「はあ〜……おとといから雪続きで、もうすっかり積もってる」
狂華は雪を全身に浴びながら、それにひたるように目を閉じる。
それから蓮也を引っ張っていた手をほどき、両手にはふはふと息を吹きかけた。
「〜〜〜寒い〜〜〜」
「そりゃそうだよ」
蓮也は笑って、白い息を吐く狂華を見つめる。
普通にしゃべっていても、息は白くなる。雪が降り続けるほど寒いのだから当然だ。
蓮也は上空を見上げ、掌で雪を受け止めるようなしぐさをし、
「おとといからもう……ホワイトクリスマスって感じだな」
「ホワイトクリスマス……いい響きだね」
狂華も目を開いて、上空を見た。
ちらちらと降る雪は、触れば溶けてしまう。それでいて人々の輪郭を飾る。不思議な存在だ。
――狂華の短い赤い髪と、きらきら輝く金の瞳には、雪はとても似合っていた。
「綺麗だよ、狂華」
目を細めて蓮也は言う。「さすが俺の妖精だ」
「もうっ。蓮也ってば」
恥ずかしいようと、狂華はばしばし蓮也のコートに手を叩きつけて笑った。
蓮也は笑いながら狂華の肩を抱き寄せる。ぬくもりが、近くなった。
狂華は蓮也の手を取り、はふはふと彼の手にあたたかい息を吐きかけた。
「蓮也の手、冷たい……あっためないと」
「それを言ったら狂華の手もだぞ」
ふたりはお互いに笑いあいながら、手を握る。蓮也は空いたほうの手で狂華の頬の輪郭を撫でた。
「冷たいっ。もう、ばか!」
「ははっ。あんまりにも綺麗な肌だから」
実際、狂華の肌はなめらかで触り心地がよかった。蓮也はもう一度狂華の頬を撫でると、狂華はその手を自分の手で自分の頬に押しつけた。
「蓮也の手、あったかい……」
「さっきと言ってることが違うぞ?」
「ばかっ。雰囲気でしょ、雰囲気!」
狂華は再びばしばしと蓮也のコートを叩いた。
――雪は変わらず降り続ける。
誰の上にも、等しく。
「花びらが――」
狂華がふと、雪を見上げてつぶやいた。
「花びらが、舞い散ってるみたい」
それを聞いた蓮也は、口を開いた。
「六花<りっか>って知ってるか?」
「あ、うん知ってる。雪の別の名前でしょ?」
「その通り。雪の結晶が綺麗な六角形だからこう呼ぶんだけど……」
「へえ……あ、っていうことは」
狂華がぽんと手を叩いた。
「雪の降る日は、もういっぱい花が咲いてるんだ」
「そうだな」
クリスマスの植物と言えばついついツリーぐらいしか思い浮かばないものだが、こんなところにも『花』はあった。
「でもこの花は花束にできないよ〜」
狂華はもったいなさそうに口をとがらせる。
「だから綺麗なんじゃないか?」
蓮也は微笑んだ。
――どこからか、ジングルベルが聴こえてくる。
「あっ。早く次のお店行かなきゃ!」
狂華は蓮也の手を取って、早く早くと引っ張り出す。
「だからお店は逃げないって」
「商品が逃げちゃうよ。早く早く!」
その通りだ、と蓮也は苦笑して狂華に合わせて歩き出した。
――服飾店には、きらきらと輝くアクセサリーがたくさん並んでいた。金細工に銀細工、宝石細工にリボン。
「かわいいのばっかり! ねえねえ蓮也、どれがいいかな?」
「狂華が好きなのはどれなんだ?」
「ぜーんぶ」
狂華は大きく手を広げる。
蓮也は笑って、
「全部はさすがに買えないよ」
「え〜。どれももったいないよ〜……」
「だからその中で一番いいものを選ぼう?」
「蓮也の、けち」
つん、と狂華がそっぽを向く。
すねてしまった恋人に、蓮也は慌てた。
「おい、狂華――」
「知らないっ」
「………」
蓮也は少し考えた後、
すねてしまった恋人の額に、軽く口付けした。
「あっ」
ふいうちで、狂華は思わず声をあげる。
「さ、いいのを選ぼうか」
素知らぬ顔で商品のほうを向く蓮也に、
「〜〜〜〜〜〜」
狂華は再びコートへの連打を浴びせた。
「あの、金細工のネックレスとか素敵だね。トップについてるのは……リボン? じゃない、蝶々か」
「あのシルバーも綺麗だよ。ああでも、狂華は金のほうが映えるかな……」
「そう? シルバーも大好きだよ?」
「んー……狂華の瞳以上に綺麗な金色はないか。じゃあやっぱり銀かな?」
「……蓮也の、ばかっ」
最終的に、ふたりは耳飾りを買った。おそらくワイヤーか何かを折り曲げて、その上から金メッキをしたのだろう、それは金色の蝶々の細工だった。
狂華の耳に、蓮也がつけてやる。
「――ほら、できた」
狂華は耳についている耳飾りを指で弾いて、
「どう? 似合う?」
「言葉にするのももったいないな」
「ふふっ」
狂華は蓮也の腕に、思い切り抱きついた。
ちゃら、と狂華の耳元で耳飾りが揺れた。
次には服を買いにいかなくてはいけない。
「さあーて。荷物が重くなるぞー」
蓮也は茶化して狂華を見る。
狂華はぷうっと膨れて、
「じゃあ、蓮也の両手に持てないくらい買っちゃうよ?」
と蓮也の腕に抱きつきながら言う。
「それは困ったな。持てない分どうしたらいいんだ?」
ふたりは話しながら歩き始める。
「狂華、持たないもんね」
「ますます困ったな――サンタクロースにでも来てもらおうかな」
「サンタにも持ちきれないくらい買ってやるもんね」
「――あ、俺の財布が逃げ出した」
「大丈夫! 狂華の愛で戻ってくる!」
それとも――と狂華は上目遣いで蓮也を見やる。
「狂華の愛じゃ、財布、戻ってこない……?」
「―――」
蓮也は狂華につかまれていないほうの腕をあげ、降参のポーズをとった。
「財布はあなたのしもべです。俺のお姫様」
「やった☆」
狂華は伸び上がって、蓮也の頬に軽くキスをした。
ファッションを扱う店にくれば、女の子は大抵はしゃぐものだ。
「どの服が似合うかなあ?」
狂華はるんるんとしながら、体に色々な服を当て、鏡をのぞいている。
「どれを着ても似合うんじゃないか?」
後ろから見ていた蓮也はそう言って笑った。
「――これとこれ、どっちがいいと思う?」
狂華はふたつの服を持ち出し、蓮也に選択を迫る。
蓮也は困り顔で真剣に考えた後、
「……こっちかな?」
と片方を指差した。
狂華が嬉しそうに微笑む。
「じゃあ、こっちにするね」
「待てよ、両方気に入ってるなら何とかして両方買って――」
「いいよ、蓮也」
狂華はにっこり笑って、「蓮也がね、狂華に似合うものを考えてくれたことが嬉しい」
「狂華……」
「でも、選択は一回だけじゃないのだ!」
狂華はおどけた口調になって、今選んだ服を蓮也に押し付けると店の中を歩き回り、また二種類の服を持って戻ってきた。
「じゃーん。はい。どっちが似合う?」
くすくすと笑いながら言う狂華に、蓮也は苦笑して、
「あんまり困らせないでくれよ」
と降参のポーズをとった。
袋ふたつ分くらいの服を買った後、ふたりは喫茶店に入って談笑した。
暖かい紅茶からたつ湯気が、しばしの間雪の寒さを忘れさせてくれる。
ふう、と狂華は満足そうな吐息で湯気を揺らした。
「――ねえ、楽しいね」
狂華は両肘をテーブルの上に乗せて、にこにこしながら蓮也の顔をのぞきこむ。
「ふたりでいるって、楽しいね」
「ああ」
蓮也は、紅茶の湯気の向こう側にある恋人の笑顔に満たされていた。
「おとといから今日まで。この三日間は……奇跡の日、かな」
狂華はティーカップを持ち上げながらつぶやく。
――おとといには、素敵な奇跡のしるべがあった。
「こんなクリスマス、一生に一度あるかないか……だよね」
「そうだな」
蓮也のうなずきに、狂華はこくりと紅茶を一口。
そして、カップを口元に寄せたまま、囁いた。
「――そんな日を蓮也と過ごせたのが、嬉しい」
「狂華……」
蓮也はテーブルの上に手を乗せる。ティーカップをテーブルに置いた狂華の手に自分の手を重ね、
「今日という日は多分、ふたりでいたからこんなクリスマスになったんだと思うよ」
「――……」
「ふたりでいなきゃ、きっと奇跡にも出会えなかったさ。……俺はそう思う」
「蓮也……」
狂華の顔が、喜びで泣きそうにゆがむ。
「泣くのはやめてくれよ」
蓮也は重ねた手を軽く握って、微笑んだ。
「今すぐ抱きしめたくなるから」
「れん――」
狂華は真っ赤になって、「み、皆に聞こえる――」と縮こまる。
蓮也は笑った。
「聞こえてもいいんじゃないか? 今日はカップルが多いんだし」
「――でも」
「ん?」
「蓮也の言葉は……狂華が独り占めしたい」
狂華の囁くような言葉は、しかし恋人の耳にしっかり届いて。
「独り占めすればいいよ」
蓮也はテーブルの上で狂華の手と自分の手を組み合わせた。
「――俺は狂華のため以外には、こんなことは言わないから」
「蓮也……」
「さ、軽くデザートでも食べようか」
蓮也は狂華から手を離した。
あ、と狂華の手が空中で止まる。名残惜しそうに。
蓮也は狂華と視線を合わせて微笑んだ。
――また、後で。
狂華がほっとしたように、手を引っ込める――
やがて喫茶店を出たふたりは、服の入った袋を持って歩き出した。
ふたり、手をつないで歩く。――少しでも離れて歩くのがもったいなかった。
つないだ手が、お互いの体温をお互いに伝えていく。
お互いの鼓動を伝えていく。
ふたりの雪を踏む足音が、さく、さく、と重なりあう。
一緒に足を踏み出せば、まるで一体となったような心地になった。
ふたりが向かうのは、人気のない静かな丘の上のツリー……
「……ねえ……」
狂華は蓮也にくっつきながら、小さく声を出した。
「ん?」
「……このまま、ずーっと、くっついていたい、な……」
「――……」
蓮也はくすっと笑って、
「狂華がくっついてこなくても、俺が離さないよ」
唇の端をあげる。
狂華は頬を赤く染めた。その頬を、冷たい雪が触れていく。
「……あのね、蓮也の傍ってあったかいんだ」
「そうかな。狂華のほうがあったかいよ」
「違うよ。蓮也だよ」
「狂華だ」
「蓮也!」
「狂華」
結局くりかえしで答えは出ない。出るはずもない。
分かっているから、ふくれっつらのまま狂華はぎゅうっと蓮也の腕に抱きついた。
「離れないもんね」
「離さないから心配するなよ」
「……ほんとに? どんなときも?」
「もちろん。狂華が北極行ったとしても」
「寒すぎてふたりで凍死しちゃうよ」
狂華がくすくすと笑う。蓮也は「まさか」と平気な顔で、
「これだけふたりあったかければ、北極だろうが南極だろうが平気だろ」
「蓮也……!」
狂華は蓮也の腕を放し、代わりに蓮也の首に抱きついた。
蓮也はそれを受け止めた。――いつの間にか着いていた、丘の上のツリーの下。荷物はどさりと地面に落ちて。
しばしの抱擁。お互いの鼓動をもう一度確認しあって。
やがて狂華は、蓮也の首に回していた腕を下ろした。
――蓮也は狂華の腰をそっと抱き寄せる。
蓮也の胸元に両手をつけながら、狂華がふと顔を伏せた。
「どうした? 狂華」
「狂華は……」
本当は不安、と狂華は言った。
「……蓮也、狂華のこと……」
「好きだよ」
蓮也は即答する。
狂華はさらに赤くなり、蓮也の胸元に額をつけた。
とくん、とくん……
狂華に直接、届くかのような蓮也の鼓動……
――あのね、と狂華は小さくつぶやく。
「なんだ?」
「――狂華も、蓮也のことが好き」
「………」
蓮也は微笑んで、優しく彼女の腰を抱きながら、彼女の耳元に口を寄せた。
「狂華はいつどこで何をしてても……綺麗な俺の妖精だよ」
囁く。吐息は白く。
今宵は恋人たちの囁く甘い言葉が、何倍にも力を持って相手に伝わる。
雪が、ふたりを飾ってくれる。
蓮也は片手で狂華の頬に触れた。
狂華は少し背伸びをして目を閉じた。
触れ合う瞬間の吐息の交換は、甘くせつなく……
雪だけが彼らの熱を知っていた。
++ +++ ++
――六花って知ってるか?
――それ、さっきも聞いたよ?
――もしも、雪がなくても――
俺の傍には、いつでも花が咲いているよ。
たとえ雪の中であっても、美しく咲き誇る花が――
ほら、今も。
俺の心を満たしてくれる……
―FIN―
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