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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『人魂まみれのクリスマスツリー』



◆オープニング

「村おこしだって言うんですぅ」
 武彦の前でそう叱られた子犬のような瞳で語る娘は、この季節にはまるでそぐわない格好をしていた。真白い着物、緋色の袴、勾玉の首飾り。まがうことなき巫女装束である。薄汚れた窓から窓の外を武彦は見る。そこから見える商店街は、クリスマス商戦まっただ中、赤や緑のイルミネーションに彩られていた。
 クリスマスに巫女。そのミスマッチさとそれすら受け入れてしまう自分の事務所の雰囲気にこめかみの辺りを引きつらせながら、武彦は彼女に向かって言った。
「あのな、ここはコスプレマニアの子供が来るようなところじゃ……」
「これ、コスプレじゃなくって正装です。これでも私、寺根大社に所属する巫女なんですよう。……見習いですけど。今は修行中で、東京での身元引受人にもついてきてもらいましたぁ」
 そう言って年の頃高校生くらいに見える巫女は自分の隣を指す。そこにはぼさぼさの髪を首の後ろでくくった作務衣姿の男がいた。
「札師をしている真野宮という。今こいつが言ったように、こいつの身元引受人をしている。職が職なだけに名刺を渡すわけには行かんが、こいつも俺も身元ははっきりとしているぞ。なんなら、こいつの身分証明なら神社に照合しても良い」
「いや、そこまで言うなら確かなんだろう」
 保護者付きなら無収入ということはありえないか、と話を聞いてもいい気になった武彦の心を見透かしたように、真野宮が言葉を付け足した。
「あ、ちなみに、報酬はこいつの神社の方に請求してくれ」
「ええっそんなあ。私のお給料、また減らされちゃいますぅ」
「どうせ小遣い程度だろう。だいたいお前のとこの本社は金持ちなんだ、ぐだぐだ言うな」
「うう、来年のお正月はお年玉無しかもしれませんー」
 前向きになった武彦の腰を折るような会話を目の前の見習い巫女と札師は繰り広げている。
「あの、それでうちに依頼というのは……?」
「おお、相談に乗ってくれるそうだぞ。ほら、さっさと説明しろ、環」
「でもー、私が話すと時間がかかるっていつも……」
「それを直すのも修行のうちだ、とお前のところの巫女頭殿も言っていた。そう言うわけだからきびきび話せ」
 あからさまに自分が説明するのは面倒そうな札師が隣の巫女をせかす。せかされた本人は「えーと、それじゃあ」とスローテンポな口調で話しはじめながら、草間の方に向き直った。
「ことの起こりは、ご神木だったんですよー。あ、そう言えば、まだ私自己紹介してませんでしたね。私はぁ、三枝環といって、寺根大社の見習い巫女をしてますぅ。えっとぉ、それで……あれ?」
「ご神木のところからだ、環」
 ――……冒頭部分からこれである。彼女――三枝・環(さえぐさ・たまき)が全ての事情を説明し終わる頃にはゆうに小一時間は時が流れていた。

「――……つまりだ。お前の話を総合すると、ご神木っぽい木があるから行って確かめてこいと神社から言われて向かった先の村で、その木に人魂が集ってる、ということなんだな?」
 聞き手であったはずの武彦は何故か疲れ切っている。逆に小一時間話し続けだった環の方は元気に零が出した茶を啜っていたりするから不思議なものだ。
「はいー。私は一応巫女ですし、その木には確かに神様が降りていらっしゃるのもわかったんですけどぉ、その神様の木に惹かれた霊が集まって来ちゃったみたいで、神様も木もだいぶ弱ってるみたいなんですぅ」
「巫女なんだろ? 自分で浄化したらどうだ?」
「えーっと、時間をかければ不可能じゃありませんけどお、本社の方から年内に片づけるようにとお達しがあってぇ」
 神社にも年末進行があるのだろうか? そんな馬鹿なことを考えつつ、武彦は問う。
「じゃあ、協力できる霊能力者を紹介すればいいのか?」
「そうなんですぅ」
「おい、環。それだけじゃないだろうが」
 それまで黙って環の話を聞いていた真野宮が(たいした忍耐力だ)、はじめて口を挟む。ただの保護者同伴だけではなく、見習い巫女のこうしたミスを防ぐためについてきたのだろう。
「あ、あと、もう一つ問題がありましてぇ」
 どこまでもマイペースな環の物言いに草間はこめかみを引きつらせながら「それは?」と聞いた。
「村の人たちが、あれは村おこしだって言うんですぅ」
 ――……ここでようやく先刻の環の言葉につながるわけだ。
「村おこしだぁ?!」
「はいー、なんかちょうどご神木は樅の木なんですぅ。それで人魂をライトに見立てて巨大クリスマスツリーとして村の観光名所になっててー」
「……村の連中には人魂だって説明したのか?」
「説明したんですけど、ライトアップ費用がかからないなら何でも構わないって……。浄化しなくちゃって言ったら、『帰れ』って石を投げられましたぁ」
 そう言って環は顔をしかめる。なるほど、額の絆創膏はそのときに出来た傷か。この巫女のとろくささからすれば、石を避けることも出来なかったのだろう。
「要するに、村人を納得させつつ人魂を浄化させなくちゃいけないんだな」
 面倒なと思いつつも、ここまで聞いて追い返すのも寝覚めが悪い。誰に頼めば、的確にこの件を解決してくれるだろう……と、武彦は怪奇探偵として培った人脈を思い描きはじめていた。



◆01

「先日はどうも、真野宮さん」
「おお、あんたか。言われた通り厄介事があったんで、今度はここに来てみたぞ」
「ありがとうございますね」
 にこやかに真野宮と茶を飲み交わしているのは、この草間興信所の事務員、シュライン・エマだ。
「つーか、シュライン、お前のせいか。こいつらが来たのは」
「あら、だって武彦さん、いつもお金がないって嘆いているじゃない。だから少しでも助けになればと思って、これでも色々と営業しているのよ」
「自分から怪奇を呼び寄せてどうする!」
「お客様の差別はいけないわ、武彦さん」
 ああ言えばこう言ってはシュラインは武彦を言いくるめる。その様子を見ていた環は瞳を輝かせた。
「すごいですぅ。私もあんな風に話せるようになりたいですー」
「諦めろ、環。お前には多分一生無理だ」
 茶を啜りながら冷静に真野宮は指摘する。ええーと環が不服そうな顔になったところで、興信所のドアがノックされて開いた。

「こんにちは……あら、どこかで見たことのある顔が」
「何だ、あんたも来てくれたのか」
「ええ、年末年始のネタ探しに来たんですけど……」
 そう言って興信所のドアをくぐったのは雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ)だ。
「ネタ探しねえ……この時期、あんたみたいな家じゃあ申告やらなにやら書類仕事が溜まってるんだないのかい?」
「い、いえっ、決して株式関係の書類書きから逃げてきたわけではないですよ?」
 そう言いながらも凪砂の頬を一筋の汗が伝っている。それをにやにやしながらも見逃してやることにして、真野宮は環を指さした。
「今回は俺じゃなくて、この小娘からの依頼だ。これでも巫女見習いだからあんたの興味も満たせるかもしれん」
「あっ、三枝環です。よろしくお願いしますー」
 急に話を振られて環は慌てて頭を下げる。……その仕草もいささかスローテンポだったりするのだが。
「まあ、巫女さん。どちらの神社の方ですか?」
「一応寺根大社に所属してますー」
 早速メモを取り始める凪砂。その後ろの方でばたんとドアが蹴り開かれた。

「ちわー。草間、村ひとつぶち壊して欲しいんだって?」
「違うっ!」
 即座に事務所の奥から武彦のつっこみが入る。物騒なことを言いながら草間興信所に入ってきたのは、法条・風槻(のりなが・ふつき)、情報請負人である。
「あれ? 違ったっけ?」
 言いながら風槻は、ノートパソコンを開いて依頼内容を確認する。
「ああ、後先考えてない安直な村おこしよね……ふふふ」
 笑い声を上げつつも風槻の目は据わっていて、はっきり言って怖い。
「どうした、風槻? お前いつもそんなじゃないだろう?」
「あー、草間。こっちのテンションは気にしないで……お歳暮・クリスマス・正月・気の早いものではバレンタインって仕事が立て込んでいるだけだから」
 師走の忙しさは情報請負人のところにも影響を与えているようだ。風槻から立ちのぼる寝不足とそこから来る情緒不安定のオーラに気圧されて、環は微妙に怯えていたりもする。
「ま、後は納期に余裕のあるのしかないから、小休止も兼ねて協力するわ」
「……何つーか見事に見たことある顔がそろっているが?」
 半眼で真野宮はシュラインに確認を取る。
「真野宮さんの依頼ってことで、知り合いを中心に声をかけてみたの」
「まあ、この面子なら安心して任せられるか」
「あ。あと一人、真野宮さんとは面識のない人にもお願いしてあるんだけど……」

 シュラインが丁度そう言いかけた時、三度興信所のドアが開かれた。ドアを開いた長身の女性はぐるりと興信所内を見回して、そのままドアを閉めて帰ろうとする。
「こら、翠! どこへ行く!?」
 彼女――陸玖・翠(りく・みどり)を怒鳴りつけ、興信所内へ引っ張り戻す武彦。真野宮と環はその様子に目を白黒させている。
「だが武彦。このメンバーなら大抵の事件は解決するじゃないか。なにも私まで行かなくても……」
「ええい、面倒くさがるんじゃない!」
「……というような方でね」
 苦笑しながら、シュラインが環と真野宮に翠のことを紹介する。その様子を目にとめた翠がつかつかと二人の元へ近付いてきた。
「貴方たちが依頼人の?」
「正式な依頼人はこっちの小娘だ。俺はただの付添人でな」
「寺根大社所属の三枝環ですぅ」
 そう言ってお辞儀をした環は、頭を下げた拍子に翠に付き従っていた黒猫に気付いた。そっと抱き上げて頬擦りをしてみる。
「可愛らしい猫又ちゃんですー。あなたの式神さんですかあ?」
 そうして猫を抱きかかえたまま翠に問う。その様子に翠は一瞬目を見開いたあと、にっこりと環に向かって笑いかけた。
「そうです。私は陸玖翠、この子は七夜と言います。よろしく、三枝殿」
「陸玖さん、よろしくお願いしますー」
 七夜ちゃんもー、と猫の顔をのぞき込みながら言う環を翠はじっと見ている。
「どうした、翠?」
 その様子を疑問に思った武彦が、翠に問う。翠は苦笑しながら首を振った。
「いや……三枝殿が依頼人だというなら、なおさら私は必要なさそうだな、と」
「だって見習いなんだろ、この娘は?」
 今度は真野宮に問いかける武彦である。
「まあな」
「ですが、とても才能のある方ですよね? 三枝殿は」
 真っ直ぐに真野宮を見つめて、今度は翠が問いかける。話題の主は聞こえているのかいないのか、七夜とじゃれ合っている。そんな環を見やったあと、真野宮はふうとため息をついた。
「ま、何の才能もなければ、わざわざ東京まで修行に出されたりはしないだろうな」
 そして、しかし、とにやりと笑う。
「それがわかるあんたも相当な術者だな」
「私はただのゲームセンター店員ですよ」
 翠はいけしゃあしゃあとそんな風に答え、環から七夜を取り上げた。
「あ……」
「まあ、一度は引き受けると言ってしまった依頼だからしょうがないな。とりあえずは私も一緒に現場に行ってみるか……面倒だが」
 そうして、怪奇探偵の依頼人とその協力者達は問題の村へと向かうことへとなったのだった。



◆02

「あれが問題の人魂ツリーですぅ」
 観光客に紛れながら、環がその木を指さした。格好はさすがに一度石を投げられた巫女衣装はまずかろうということで、モスグリーンのベルベット・ワンピースに着替えている。こうしていると良家の子女に見えないこともないのだが、いかんせん口調が口調なので聞いているものの脱力を誘ってしまう。
 ちなみに環の身元引受人・真野宮はと言うと、「これだけ成人がいるなら保護者にには困らんな。よし、俺は年末進行分の札書きをしているから、お前一人で行ってこい」と武彦達に丸投げをしてさっさと興信所から帰っていった。環に自作の札を一揃え与えていったのがせめてもの親心というやつだろうか。
「うーん、見事に人魂ってるわねえ」
「おい風槻、その日本語は何か間違ってるぞ。お前、まだ寝たりないのかよ」
 移動中のわずかな睡眠では足りなかったらしい風槻に武彦が突っ込む。
「あら、あの辺なんか怨霊化しかけてますよ」
「本当だわ。これは早いこと何とかしなくちゃね」
「しかし、何とかと言っても……」
 いいながらぐるりと辺りを見回して翠がため息をつく。ツリーの周辺は観光客であふれかえり、あまつさえ真正面で写真を代わる代わる撮っているカップル達まで居る。
「そうね、まずはこの観光客をどうにかしなくちゃね」
 うなずくシュラインに凪砂が提案する。
「とりあえず私の肩書きを使って村役場の方や村長さんに話を通しましょうか?」
 自称好事家である凪砂は社会的には大株主である。リゾート関係の株主の肩書きを使えば、観光産業に躍起になっている村の者たちは飛びついてくるかもしれない。
「木に近付くことが出来れば、貴方はあの人魂達を浄化できますね?」
 そう環に確認を取るのは翠。
「あ、はいー。元々力のあるご神木ですからー。でも、私がやると……」
「何日かかってもご自分でやり遂げる。それが修行というものですよ」
 にっこりと、しかし反論を許さない口調で翠が言う。凪砂もそれに同調して「修行、頑張って下さいね」などと環に笑いかけた。皆にそう言われては、環としてはうなずくしかない。
「精一杯頑張りますぅ」
「あ、待って。どうせ時間がかかるなら、浄化のタイミングをクリスマス当日の夜にすることって出来るかしら?」
「おや。もしやエマもやっぱり同じこと考えてる?」
「ええ。クリスマスツリーの名所なら、クリスマス当日にどーんと魅せなくちゃ」
「まあその方が、村の人達の説得もしやすいやね」
「ええとぉ、お話が見えないんですが……」
 ふっふとどちらかと言えば何事かを企んでいそうな笑いを浮かべているシュラインと風槻に、環が問う。しかし、二人は笑うだけで手の内を見せてはくれない。
「いいのよ、こっちの話だから。環さんは浄化のことだけ考えていてちょうだい」
「――で、タイミングは合わせられる?」
「クリスマス……25日ですよね?」
 人魂ツリーを見上げながら環は考え込む。
「はい、何とかなると思いますー」
 スッと瞳を閉じて、環は言った。そんな環を翠は微笑みを浮かべて見つめている。
「じゃ、決まりね。私達は情報収集と村の人達の説得に当たるわ」
「私達は、と言うと?」
 武彦の問いにシュラインは指を折って数える。
「私が説得担当でしょ。凪砂さんは――」
「私はまずは、役場や村長さんに現状改善のための提案をしてきますね。あとは会社関係のコネを使って、専門的に他の村おこしがどうかを検討してみます」
「情報収集はあたしの仕事よね」
 そう言うのは情報のプロ・風槻。
「村長や村の実力者が何か不祥事隠してれば、脅し、もとい説得しやすいんだけどなあ」
「……本っ当にお前に任せて大丈夫なんだろうな?」
 どうあってもきな臭い方向に話を持って行きたいらしい睡眠不足の情報請負人に、怪奇探偵からの再度のつっこみが入る。
「大丈夫だいじょーぶ。ま、説得できるのがベストで、脅しは最後の手段でしょうね」
「で、翠さんは……」
「村を回るのは皆さんで十分でしょう」
「やっぱりそうなるわけね」
 予想通りの面倒そうな口調に、シュラインは苦笑する。
「私はここで武彦と一緒に三枝殿の護衛をしていますよ。雨柳殿が村の上層部を説得できても、村人すべてにそれが行き渡るとも限りませんし。三枝殿がまた、石を投げられては大変ですからね」
「俺もその役目なのか?!」
「そうね。若い女の子の珠のお肌に傷が付いたら大変だから、身体張ってあげてちょうだいね、武彦さん」
 にっこりと、普段苦労をかけ通しの事務員にそう言われて、武彦に逆らう権利などあるはずもない。こうしてすべての者の役割が決定した。
「七夜は皆さんに同行させますから、何かあったら呼んで下さい」
 そう言って翠は黒猫を地面におろす。有能な式神は心得たとばかりにニャオンと鳴いて、シュラインたちの足下へと歩いていった。



◆03

「そう……泣き声が聞こえるのね」
「うん、夜になると大きな声になるの」
「僕はもっと怖い声が聞こえるんだ」
「どんな声?」
「『殺してやる』って……」
 言葉にしたところでその声を思い出したのか泣き出してしまった少年を、シュラインは優しくあやしてやる。
「怖いことを思い出させてしまってごめんなさいね。ね、そのことお父さんやお母さんにはお話ししたの?」
「話したよ。でも『そんなの嘘だ』って真面目に聞いてくれないんだ。僕、本当に聞こえてるのに……」
 ぐすんと鼻を啜る少年の涙をハンカチで拭きながら、シュラインは彼の頭を撫で続けた。
「そう、ご両親には聞こえてないのかしらね……」
 シュラインは村の子供達から話を聞いていた。凪砂や風槻が得た情報によると、どうやら大人よりもこちらの方が崩しやすそうだ。
 一般的に、子供達は大人よりも感受性が豊かで正直だ。少年に聞こえるという怖い声と、先刻ツリーで見た怨霊と化している人魂を重ね合わせ、シュラインは苦い顔になる。あまり猶予はないのかもしれない。何としても村人達を説得し、環に浄化をしてもらわなくては。
「聞こえてるよ。だってママがパパに話していたもん」
 そう話してくれるのは、泣き声が聞こえると教えてくれた少女だ。
「夜中におトイレに起きた時、ママも『気味が悪い』ってパパに話していたの。でもパパは『これも村のためだから我慢しなさい』って」
 そこまで話して少女も泣き出してしまう。
「村のためってなあに? 怖いのが無くなるよりも大事なこと?」
 少女から連鎖してシュラインの周りに集まった子供達は、皆涙を見せ始める。大なり小なりここにいる少年少女達は、皆あのツリーを――正確にはツリーに集うものたちを、よくないものと見なしているらしい。そして、それはおそらく正しいのだ。
「ね、みんな」
 そんな子供達に、努めて明るくシュラインは提案する。
「怖いものが無くなると、あのクリスマスツリーも綺麗に光らなくなっちゃうけれど、それでもいい?」
 子供達の答えは、全員一致でイエスだった。



◆04

「その村の名前は忘れました。覚えていてももうどうでもいいことでしょう。既にその村はこの世に存在しないのですから」
 神妙な口調で翠が話すのを、村役場の観光課課長は固唾を呑んで聞いていた。
「村の中心に大きな岩があったんです。少々不思議な形をしていましてね、村の守り神と崇められていたんですよ。ところが、いつの頃からだったのでしょうか、その岩に不思議な光がいくつもまとわりつくようになりました」
 翠はスッとそこで息を切った。その隙にシュラインが効果的に付け加える。
「まるでこの村のあのツリーのように、ね」
「ええ。その時のことは、ほら、こうして雑誌の記事にもなっています」
 風槻が月刊アトラスのバックナンバーをそっと差し出した。
「依頼を受けたので私はその村へ赴きました。確かにこの記事の通り、岩は光をまとっていました。見た瞬間に私にはわかりましたね、この光は浄化しなくてはならない、と」
 翠は懐から何故かでんでん太鼓を取り出して、ぺぺんと間抜けな効果音を入れる。
「ですが……『このように美しいものをどうして消さなければならないのか』と村の方達には聞き入れてもらえませんでした」
 ぺぺぺぺん。先程より多くでんでん太鼓を鳴らして翠は続けた。
「何とか説得しようと私も努めたのですが、あまりにかたくなな村の方達の態度に次第に面倒になってしまいましてね、結局放置していたのですが……」
「そっそれで! その村は――」
 続きが待ちきれないような、聞くのが怖いような何とも言えない顔で観光課課長は結末をせがむ。
「半年も持たず、大災害で滅びてしまいましたよ」
 おどろおどろしい空気を背負って翠はそう締めくくる。
「ちなみに、これがその時の新聞記事です」
 再び風槻が新聞記事の切り抜き(土砂崩れの写真付き)を課長の前に差し出した。村役場観光課課長は、わなわなと震える手でそれを掴み食い入るように見つめ、その後椅子に崩れ落ちた。
「それでは、この村も……」
「このままでは同じ末路を辿ることになるでしょう」
 きっぱりと言い切る翠。
「これがうちの調査員達の結論です。利益どころか大災害を引き起こすとなると……私どもとしても候補地から外さざるを得ないのですが――」
 そう言って凪砂はそっと書類の束を課長に見せた。
「これは……?」
「あのツリーに代わる観光ツアー案です。調べたところによりますと、こちらの村では樅の木細工が特産品なんですね。その細工の一日体験と、ツリーとしてではなくご神木としてのあの木の観光をメインに日程を組んでみました。こちらの案を村で了承して下さるのでしたら、我が社も全力を挙げてこのツアー案を実行に移させていただきます」
「しかし、それは、私の一存では……」
 額の汗をぬぐいながら、しどろもどろに課長は言う。
「ええ、わかっています。ですから、皆様、よくご相談なさって下さいませ」
 人魂ツリーを調査させてくれと言った時と同じようににっこりと微笑んで、凪砂はそう言った。

「はあ、面倒でした」
 ため息を吐く翠の肩をシュラインは苦笑しながら叩いた。
「駄目よ翠さん、これくらいでバテてちゃ」
「そうそう。まだまだ噂を振りまかなきゃならないんだからね」
 悪戯っぽく笑って風槻が言う。
「まだまだって、あとどれくらい私はあの作り話をしなくてはならないのですか?」
「そうね、最低でも村長にお寺の住職さん、あとは銀行の支店長とか診療所の医者辺りにも直接話せれば完璧かしら」
「そんなにですか……」
 がっくりと翠は肩を落とす。
「まあ頑張ってちょうだいな。こればっかりは本職の陸玖がやってくれるのが一番効果的なんだから」
「それにしても、法条さん。アトラスの記事はともかく、よく丁度いい新聞記事が手に入りましたね」
「ああこれ?」
 凪砂に言われて風槻は新聞記事をヒラヒラと風に遊ばせる。
「合成よ、これ」
「まあ」
「そんなほいほいと都合のいい記事があるわけないじゃない。ま、情報の上でなら村ひとつ無くすのなんて、簡単だってこと」
 奇しくもはじめに草間興信所で言ったことを半分実行に移すことになった風槻はカラカラと笑う。たとえ嘘でも村をひとつぶっ潰して気が晴れたのか、やけに上機嫌だ。
「さあみんな、次は大物がきたわよ」
 課長から話を聞いたらしい村長がこっちに向かってくるのを見て、シュラインはぽんと手を打った。
「また一芝居といきましょう」



◆05

 そして12月25日、クリスマス当日。
 人魂ツリーの前には巫女装束を身につけた環と、草間興信所の面々が立っていた。ツリーを見に来た観光客や村人達は遠巻きにそれを眺めている。
「今更だが、本当に大丈夫なんだろうな?」
 不安を隠さず武彦が皆に問う。しかし、女性陣はそんな武彦の心配を歯牙にもかけず、力強くうなずくばかりだ。
「村の人達は今日人魂を全部浄化することに、快く同意してくれたし」
「それだって子供若者はともかく、最後上層部の方は力業で説得っつーか脅したんじゃねーか」
 満面の笑顔のシュラインを半眼で睨みながら武彦は言う。
「まあまあ、草間。別に弱みを握って脅した訳じゃないんだし」
「たまたま弱みがなかっただけで、お前、はじめはそうする気満々だっただろう」
 この件に関わってからもう何度目になるのか数える気もしない突っ込みを風槻に入れる武彦。風槻も別に訂正する気はないらしい。
「人魂のクリスマスツリーに代わる観光ツアーも提供できましたし」
「金の力にものを言わせたって感じだけどな」
 貧乏事務所の所長は物欲しそうな目で凪砂を見る。しかし、この場合凪砂は協力者であり、武彦が謝礼を払う側であるという立場に代わりはない。
「三枝殿の準備も万端のようだし」
「それだ。あの娘、あれから木にじっと張り付いていたり、木の周りを裸足で歩いたり、そんなことばかりやってたぞ。あの娘がやった霊能力者らしいことと言えば、木の上の方に向けて札を投げたくらいで」
 いまだに環のことを信じ切れない武彦に向かって、翠はめんどくさそうに説明する。
「その札は落ちてこなかったのだろう?」
「あ? それはそう言えばそうだったような気もするが……」
「それが真野宮殿が三枝殿に渡した破邪の札だ。札の作り手も使い手も確かな力の持ち主だから、ほら、もう道は開かれている」
 そう言って翠が指した先では人魂が一つ、二つと天へと昇っていくところだった。
「だけど、これじゃあ全部を浄化するのにどれだけ時間がかかるんだよ?」
「だから、三枝殿は正装しているんだろう」
「は?」
 訳のわからないと言った顔で間抜けな声を出す武彦とは対照的に、既に翠から話を聞いていたシュライン、凪砂、風槻の三人はわくわくした表情で環を見守っている。
「舞うんだよ。この間も言ったように、三枝殿は巫女だからな」
「御神楽がないので略式ですけどー」
 翠の説明が聞こえたのか、環が照れたような表情で振り向いた。
「陸玖さんがおっしゃったように、道はもう出来ています。ご神木ですから、根から枝へ、下から上へ、地から天へ」
 心なしか、環の口調が変わってきたように武彦には聞こえた。普段のように無駄にスローテンポなわけでもなく、かといって早過ぎもせず、おごそかに何者かの声を代弁するように。
「あとは、この木自身に力を与える手伝いをするだけです」
「そのために……?」
 ふわりと神々しく武彦に微笑みかけて、環はご神木へと向き直る。
「ただいまより、八乙女舞を納め奉ります」
 シャン、と環が手にした神楽鈴が鳴った。
「ふるへ、ゆらゆらとふるへ」
 たむ、と地面を踏みしめながら祝詞をあげる環を、草間興信所の一同だけではなく、観光客や村人達も神妙な顔つきで見つめている。
「ふるへ、ゆらゆらとふるへ」
 環が地を踏むごとに、鈴を鳴らすごとに、祝詞を唱えるごとに、木には力が集まって行く。環――いや木自身が言ったように根から枝へ、下から上へ、地から天へ。
「ふるへ、ゆらゆらとふるへ」
 そして、道が完全に開かれる。死者が逝くべき場所へと還って行く道が。
「ふるへ、ゆらゆらとふるへ」
 シャンとひときわ大きく鈴の音が響いたその時、木に集っていた人魂は一斉に天へと昇りはじめた。ざあっと梢が鳴る。物理的な圧迫感すら伴って、蛍火が空へと上がって行くその様はまさに荘厳。

「――……綺麗なもんだな」
「ええ」
 ぼうっとしたようにつぶやいた武彦にシュラインが同意した。そのままそっと寄り添ってみる。これくらいの職権乱用は許されてもいいだろう。クリスマスだというのに、自分も想い人も仕事に追われて、イベントらしいことは何も出来なかったのだから。

 シャンシャンシャンと、鈴の音が、まるでクリスマスベルのように鳴り続けていた。



 <END>



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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま) / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1847 / 雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ) / 女性 / 24歳 / 好事家(自称)】
【6235 / 法条・風槻(のりなが・ふつき) / 女性 / 25歳 / 情報請負人】
【6118 / 陸玖・翠(りく・みどり) / 女性 / 23歳 / (表)ゲームセンター店員(裏)陰陽師】



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         ライター通信          
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こんにちは、そして大変申し訳ありませんでした。

いきなり謝罪ではじまるライター通信というのも見苦しいものですが、やはり今回ばかりは皆様に謝らなくてはなりません。
クリスマスという季節もののノベルのくせに納品はもう一月も半ば。納期も破ってしまい、遅延メールが届いた方もいらっしゃったことと思います。本当に申し訳ありませんでした。
今回の締め切り破りは完全に私の体調&スケジュール管理の甘さが招いたこと、言い訳のしようもありません。今後、ノベルを書かせていただく機会がございましたら、このようなことは決してないよう気を付けたいと思います。

そして、一部プレイングを反映しきれなかったことも、重ねてお詫び申し上げます。
誤字・脱字の指摘、リテイクは遠慮無く申しつけ下さい。

改めましてこんにちは、シュライン様。いつもありがとうございます。
どうにも今回はシュライン様の職業や設定に甘えてしまってプレイングを活かしきれなかったような気がいたします。大変申し訳ありません(謝ってばかりですね、今回)。
せめて、と言うわけでもありませんがクライマックスはシュライン様のご意見を採用して、どーんと派手に魅せてみたつもりです。せっかくのクリスマスですし、草間氏とのほんの少しだけ甘いシーンも最後に挿入させてもらいました。ご満足いただけたでしょうか?
また、お正月のベルの方も鋭意執筆中です。完成まで今しばらくお待ち下さい。

それではまた機会がございましたら、よろしくお願いいたします。

沢渡志帆