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シークレットオーダー 8
暗い夜道に並んで立つ人影が二つ。
すっと背筋を伸ばして立っている啓斗と、軽く壁に寄り掛かっている北斗。
待っている相手は同じだがその理由はまったく別物だ。
昨日電話をした時に明後日、つまり24日に約束をしたそうだが……その日に何か動きがありそうだと知ったのは今日のこと。
そこで、帰ってきたらすぐに伝えるために、啓斗は律儀にここで帰りを待っているのだ。
「なぁ、中で待ってりゃいいと思うけど?」
「ここがいい。北斗こそ寒いなら中で待ってればいい」
はっきりと返した啓斗の決心は固い。
言われる立場になったら、理由の一つはは何となく理解できてしまった。
「なら、俺もここでいい」
「そうか……」
「せめて何か飲めば?」
「……そうだな」
今更中に入れと言われても、その通りには出来そうにない。
解らないようにそっとため息を付いてから、説得は無理なようだとあきらめ自販機の方へと向かいお茶とコーンポタージュの缶を手に戻ってくる。
「ほら」
「ん」
一口飲むだけで大分違う。
手の中の暖かさにホッとしながら、ふと思い出したように北斗が尋ねた。
少し前から気にはなっていたのだが、何となく聞きそびれていたこと。
「なんで禁酒させたん?」
「………」
少し知っているだけでも、夜倉木が酒が好きだったのは解る。
それを大した理由もなく止めさせたりはしないだろう。
なら何故?
単純で素朴な疑問に啓斗軽く頭を抱えてから、ぽつぽつと理由を話し始めた。
■
ひと月ほど前の話。
起きてまず目に入ったのは雲一つない青空。
背中が痛いと思ったら、下は砂利だった。
そして何故か服はずぶ濡れ。
「………!?」
勢いよく飛び起きると目の前には信じられない光景。
唖然としたままの夜倉木の意識を引き戻したのは携帯の着信音だった。
目が覚めたのもこれのおかげらしい。
取りあえず電話に出るとすぐに耳に飛び込んでくる啓斗の声。
『夜倉木、今どこに居るんだ』
そんなことこっちが聞きたい。
したは砂利、目の前には大きな湖と多い茂る木々。
遠くの方にはコンクリート製の壁と、水門らしき物が見えた。
これだけ揃えば大体解ってくる。
「……ダム、です」
『なんでそんなところに?』
「……さあ」
至極もっともな問いだが答えられそうにない。
なにしろ何故ここにいるのか等の本人にだって解っていないのだ。
怪訝そうな声が聞こえてから、このままでは埒があかないと思ったのだろう。
啓斗が話を先へと進める。
『とにかく早く戻って来いって』
「ええと、それも……すぐには無理そうです」
『……? どうして?』
この問いにだけははっきりと答えられそうだ。
何しろ、現在進行形なのだから。
「車は、ダムに沈んでいってますから」
『誰の?』
「俺の車です」
斜めに傾いた車体がゆっくりと水中へと沈んでいく。
中にはドンドンと窓を叩く人影。
すうと音もなく沈んでいく車は、最後に大きな波紋を一つ残し完全に水中へと姿を消した。
値段のわりにはあまりにもあっけない最後である。
『………なあ……夜倉木』
「……はい」
流石にここまで来ればどういった事情でここにいるのかは解らなくても、何が発端かは解ってしまう。
理由は一つ。
『酒、呑んだだろ』
「呑みました」
うっすらと、とてもうっすらとコップで酒を仰いでいた光景は思い出せる。
取りあえず携帯と財布が入った鞄だけでも持ち出せていたのは不幸中の幸いだろうが、それで誰かに褒められるわけでもない。
電話の向こうで深々とため息を付かれる。
『酒、止めような』
「………はい」
静かになった水面を眺めつつ頷いた。
最後に、車の中にいた男は超能力を使って脱出。
無事だったと言うことだけは付け足しておく。
■
流石にあの時ばかりは危険だと思い知らされたらしいが、もっと早く気付くべきだとは口に出しては言うまい。
もう既に止めた後のことなのだから今更だ。
「ひっ、ひっでぇ………っ」
「帰るのにも三時間かかって大変だったらしい」
「で、車は?」
「今もダムの底にきまってるだろ」
「やっぱりっ!」
腹を抱えて笑う北斗の横で、啓斗が苦笑しながらお茶を飲んで落ち着こうとしている。
多少テンションが低くなっているように感じるのは、その車に啓斗もよく乗っていたからなのだろう。
ひとしきり笑ってから、今度は啓斗が思い出したように振り返る。
「そういえば、お前夜倉木の家……実家の方な、そっちに行った時なにしてるんだ?」
「えっ、ああ……うん」
内心ぎくりとさせられ、半分ほどに減った缶の中身を飲みつつ言葉を濁す。
もちろん決してそうとはばれないように気をつけての話だ。
■
何事にも理由がある。
北斗が桜の木を抱え、夜倉木の実家の方へと通うのもまたしかり。
「おじゃましまーすっ」
「いらっしゃい、今日も大変そうね」
「いやあ、それほどでも」
すっかり馴染んだ様子で会話を交わしつつ、気を運ぶ姿はある種異様だ。
止められてもおかしくないが、楽しそうな様子で見ているだけである。
最初に止めないのかと聞いたとき、あっさりと帰ってきた言葉は『楽しそうねぇ、頑張って』だった。
ある程度のことは自分で多言うするのならかなり好きにして構わないらしい。
すぐに追い出されるなりなんなりすると思っていただけに驚きである。
だが了解を得てしまえばこっちの物。
こうして空いた時間を見つけては夜倉木家の庭に桜の木を植えに来ているのである。
「お茶でもどう?」
「飲む飲むっ」
穴掘りを中断し、手を洗ってから縁側へと駆け寄った。
何故桜の木を植えているかというと、啓斗が嫌いだからの一点につきる。
宿敵である夜倉木の家に近づけないようにと企んでの行動だ。
それを話しても尚あっさりと肯定されてしまう辺り、自分がしている事ながら凄い家だと思ってしまう。
曰く、些細なことだそうだ。
懐が大きいというかおおざっぱというか。
「肉まんふかしてみたの」
「うまそー、いただきますっ」
早速食べ始める北斗。
お茶と合わせて食べるととてもおいしい。
ここに来る度に何か出して貰えるのも楽しみの一つになりつつある。
何か本題がすり替わりつつあるが、それは気のせいだと言うことにしておく。
「春になったら咲く?」
「咲くって言ってた」
「お花見しながら宴会が出来るわね、楽しみ」
この家系なら、宴会メインだろう事は想像に難くない。
まあ喜んで貰えるなら何よりだ。
「ごちそーさま!」
「お粗末様です、それじゃあ仕事の時間だから、ゆっくりしていってね」
「さんきゅ、さてとっ!」
ひと心地付いてから、北斗は作業を再開する。
結果がどうなるかは、またいずれ解ることだろう。
■
缶の中身がからになるまで飲み干し、ようやく口を離す。
理由が理由だ。
真実を言えば必ず怒られる。
黙っておくか誤魔化すのが一番良いだろう。
「どうした?」
「特訓とかそんな感じ」
支離滅裂なことを言いながら、缶をあおるが中はもう空だった。
飲む振りをして誤魔化す北斗に、啓斗が怪訝そうな顔をしている。
これは出来る限り早く話題を変えてしまわなければならない。
「大したことじゃないって」
「怪しい……」
「勘ぐりすぎだって」
「……むう」
うめく声と視線から僅かに目をそらす。
返って怪しくなってしまった気がしないでもない。
この調子だとばれるのも時間の問題のような気がしてきた。
こんなに寒い場所だというのに、額からツウッと一筋の汗が流れ落ちる。
もっと何か別のことを話さないと……。
話を変えられるだけの何かを探す間に出来る不自然な間。
「………」
「………」
一つあった。
「なあ、兄貴」
「ん?」
唐突に変わった口調に、啓斗が反応してくれる。
「行けなくなった理由、どう話すんだ? 言ってもいいと思うけど」
「……気付いてても、向こうが何も言わないなら話さない」
「なんで? 何か手伝って貰えるかも知れないし……」
途中まで言いかけ、そこで言葉を紡ぐのを止めた。
何か考え込んだ表情で遠くを見られては、何も言うことなど出来ない。
「今まで十分手伝って貰ってるんだ、これ以上迷惑かけたくない」
カチカチと缶のプルトップを鳴らす。
ワザと変えたと解る話題に乗ってしまうぐらいだと考えると、上手く行ったというのにどうにも落ち着かない。
「迷惑とか思ってないと思うけど」
「ん、それでもだ。他の部署でも良いはずなのに、この関係でいられるのは誰かに掛け合ったからだろ」
幾ら親しいからと言っても、偶々上司と部下に配置されるなんて事あるはずがない。
それは少し考えれば解ることだ。
なんだかしゃくに障ってしょうがない。
「それってさ」
「……?」
「ただ監視下に置きたかっただけじゃ……っ!」
ゴツン!
即座に頭を殴られ、小気味のいい音を辺りに響かせた。
待ち人は、まだ暫く来そうにない。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【0568/守崎・北斗/男性/17歳/高校生(忍)】
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。
楽しんでいただけたら幸いです。
所々小ネタを挟みましたが、気付いた時にあっと思えて貰えたら何よりです。
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