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シークレットオーダー 8
まだ来ていないのは好都合だった。
コントじみた瞬間を見られなかったのは何よりである。
不服そうに頭をさする北斗に軽くため息を付いてから啓斗も同じように苦笑した。
「ほら、空き缶捨ててくるから」
「サンキュ」
いつの間にか空になった缶に気付き、北斗も同じだろうと手を出すと冷たくなった缶を手渡される。
大分前に空になっていたのだろう。
数歩の先の距離をにあるゴミ箱に缶を捨ててから、なんと無しに上を見上げた。
こんなに寒いのに今日の天気は晴れ。
もしかしたら、明日は雪が降るかも知れない。
「………」
冷たくなった掌に息を吐きかけてから少しだけ自販機に視線を移す。
いつ戻ってくるか解らない、もしかしたらもう一杯飲んで余る程度の時間はかかる可能性もあった。
そこまで考えてからすぐに首を左右に振るた。
二杯目は流石にもったいないような気がして買うのをあきらめかけると、それを見越したように北斗が声をかけて来た。
「買わねぇの?」
「缶ジュース四杯分で幾らかかると思ってるんだ」
「……ああ、なる」
半眼ではあったが納得したように手を擦り暖を取っていた。
元居た場所に引き返そうと仕掛けたが、思いついたように小銭を投入しボタンを一度押す。
「……?」
「俺のでもお前のでもない」
「ああ……なるほど」
暖かい内に渡せればいいのだが、冷てしまったら我慢して貰うことにしよう。
どちらにせよ、今回は確実に手渡せる。
暖かい缶を手の中で転がしながらも解いた場所へと戻った。
こんなにゆっくりと出来るのは、今だけに違いない。
明日になれば忙しくなる。
命をかけた戦いをするというのに話すか話さないかで悩んでいるなんて、なんてささやかで贅沢な事だろう。
今までは無事だった。
だから次も無事でいられるとは限らない。
いままで幾度も取り返しの付かないケガを負いかけた。
生命すら危うい目にも遭っている。
「……不思議だな、俺たちは未だに生きている」
「ホント、よく生きてるって感心するよ」
ここにいられるのは、その全てをうまく切り抜けてこられたからだ。
それだけでも幸運だというのに、今はそれ以上の感情を得られている。
来ると解っている相手を待つことや、当たり前と思えてしまう日常も何もかも。
穏やかすぎて……いつか終わりが来てしまうのではないかと思えてしまう。
「これだけ生きたんだ、もう十分……」
「冗談、俺はまだまだ満足なんてできてねーぜ」
楽しげに笑う北斗に言葉を遮られ、沈みかけていたテンションをあっさりと引き上げられる。
後ろ向きな発言を止められたと気付いてはいたが、それ以上に言いたいこともある。
「あれだけ色々したのにか」
「色々ってなんだよ」
「食費を圧迫したり、買い食いしたり、遊びほうけたり」
「兄貴だって……」
ぎっと北斗を見る視線に力を込めると言葉がピタリと止まった。
「何か言ったか」
「いや、なんでも」
解りやすく顔を逸らす北斗に軽くため息を付いてから、はたと何かに気付いて顔を上げる。
目の前には地下へと続くスロープを降りていく一台の車。
「兄貴?」
「………」
窓にはフィルムが張られ、中は見えないようになってはいたが……誰が乗っているかなんて分かり切ったことだった。
まだ真新しいが啓斗にとっては良く知った車。
「ああ、なる……って、さっき車は沈んだって」
「帰ってすぐに買ったんだ」
軽く頭を変えてから、近づいてくる気配に話すのを止めて前を見据える。
スロープの方から感じる独特の気配。
予想通り、そう間を置かずにコートを着た夜倉木が顔を覗かせた。
「啓斗」
ほんの少し目を見開き、まっすぐに歩いてくる。
パッと見は大きなケガも無いようで安心した。
電話越しの会話で平気だろうとは解っていても、自らの目で確認するまでは心配だったのだから。
「……駆け寄ってやんねーの?」
「もったいない」
冗談の延長線のような口調に大まじめに返す。
確かに少しばかり大げさかも知れないが、まぎれもない事実だ。
ここに、啓斗の所に帰ってくると言い、その約束が果たされる瞬間を少しぐらい満喫したとしても構わないだろう。
だからこそ寒い中であ、この場所で。
少しだけ驚いたような表情はそれだけで何かが満たされる。
「啓斗、どうしたんです? 中で待っていれば良かったのに」
「歩いてくるのが見たかった」
「それは……寒かったでしょう」
嬉しそうに笑ってから、かけていたマフラーを啓斗の肩へとかけられた。
一枚あるだけで大分違う。
暖かさにホッとすると同時に、大分冷えていたのだと改めて気付かされる。
「手も頬もこんなに冷えて」
「……ん、おかえり」
「ああ、そうでしたね。ただいま」
言うのが遅くなったがこれもやりたかったことの一つだ。
後は何があっただろう。
「そうだ、これ」
「ありがとうございます」
手に持っていたコーヒーの缶を夜倉木へと差し出す。
まだ暖かいままで、良いタイミングだったと嬉しくなってくる。
「ん……それで、明日のことなんだけど、用事が出来て」
「忙しくなりそうですか?」
「うん、だから」
「構いませんよ、気をつけてください」
「努力はする」
どこまで無事でいられるかは、相手次第だろうが。
「それなら尚のこと風邪を引かないようにしないとですね」
「心配性だな」
「当たり前です。外は寒いですから、早く中に」
「そうだな」
蓋を開けて飲みながら、啓斗をマンションの方へと誘う。
確かに今風邪でも引いては一大事だ。
それ程弱くはないが、万が一でも明日に響かせるわけにはいかない。
並んで歩きかけた時。
不意に背後からかけられる声。
「………なあ」
「………」
「………」
同時に視線を背後へと動かす、そこにはぐったりと疲れた様子の北斗が立っていた。
次に夜倉木の方を見ると、なにやら意外そうな顔をしている。
それは流石に北斗も解ったらしい。
それ程度には、解りやすい表情だった。
「どうしたんですか、北斗」
「いや、どうしたって言うか、なんかこう……ワザとかと思ったけど。本気で気付いてなかったよな、今」
「そんなことありませんよ」
淡々とした口調が返って疑わしい。
とはいえ余りこの件を長引かせても、誰にとっても余り楽しいことになるとも思えない。
「早く行こう」
「そうですね」
「まあ、いいけどよ」
いったん話を切り、揃って歩き出す。
ここは寒い、余り長く立ち話をしたい場所でもないのだから。
■
家に戻り、暫く立って落ち着いた頃。
ソファーに座り書類を見ていると北斗が声をかけてくる。
「なあ、あんたは知ってるんだろ?」
「なにをです?」
口調と内容から、啓斗が居ない時を見計らったのは明白だ。
書類から視線を動かし苦笑する。
何かしら確信めいた表情をしているからには、それ相応の自信があるのだろう。
まあ少し考えれば解ることだ。
解らない理由があるとすれば、何故言い出さないかと言うことぐらいな物だ。
「そう言うならいいけどよ。解ってると思って続けさせて貰うぜ」
「……どうぞ」
「話さなくても良いのか?」
頷くと、間髪入れずに尋ねられる。
曖昧な会話だが、何を話しているか当人達が解っていればそれで良い。
「聞いたら、止めたくなりますから」
とても単純な事だ。
難しい事なんて何一つない、単純きわまりない理由。
「あー……なるほど」
「納得して貰えて何よりです」
話をややこしくしているのが自分だという自覚ぐらいはある。
小さくため息を付いてから、書類を片付け席を立つ。
向かう先は台所。
「手伝いますよ、啓斗」
「仕事はいいのか?」
「今日の分は大体目を通しましたから」
「ん、そか。なら皿を頼む」
「はい」
明日になれば息を付く間もないほどに忙しくなるのだろうが……。
今この時は、静かな夜を満喫させて貰うことにした。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【0568/守崎・北斗/男性/17歳/高校生(忍)】
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■ ライター通信 ■
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発注ありがとうございました。
楽しんでいただけたら幸いです。
所々小ネタを挟みましたが、気付いた時にあっと思えて貰えたら何よりです。
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