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<東京怪談ノベル(シングル)>


年末のある1日
●こっそり覗いてみましょうか
 12月――年の瀬、師走、年末などなどと様々な呼び方があるが、大晦日が近付くにつれて日に日に気が急いてくるように感じるのは何とも不思議なものである。特にクリスマスが過ぎると加速度がついてあっという間だ。
 そんなクリスマス前、シュライン・エマはアンティークショップ・レンを訪れていた。時期ゆえに、何かプレゼントでも見繕いにやってきたように見えなくもない。
(んー、居るかしら……蓮さん)
 店の外、窓越しにひょっこり中を覗き込むシュライン。視界の端にちらりと独特のシルエットが入る。
「居るみたいね」
 無駄足にならなくて済んだからか、ほっと安堵するシュライン。そしてようやく店の中へ入っていった。

●今日の目的
「おや、いらっしゃい」
 店の奥に何かを片付けていた碧摩蓮が、シュラインが入ってきたことに気付いて声をかける。
「お忙しかったですか?」
 作業中だったらしいことが気になって、シュラインは蓮へ尋ねた。
「いいや、そうでもないさ。1人で暇だったから、ちょっと動いてただけだよ。これみたく、役に立たない物もあるからねえ」
 と言って蓮が見せてくれたのは、1本のキャンドルライトだった。見た目は別に何の変哲もないキャンドルライトである。
 これのどこが役に立たないというのか、訝し気に見つめるシュライン。すると蓮がこのキャンドルライトについて説明を始めた。
「このキャンドルライトはさ、驚くんじゃないよ。火がついていても絶対に減らないって話なのだ。つまり火がついたなら、ずっと灯っているということさ」
「へえ、何だか経済的で便利そう。でも、役に立たないことはないんじゃ……?」
「ただ、1つ欠点があってねえ」
「欠点?」
「絶対に減らないから、そもそも火がつかないのさ」
「…………」
 シュラインが無言で首を傾げる。蓮の言葉が本気か冗談か判断がつかない。まあ、この店ならそういう品があっても何らおかしくはないけれども……。
「そんなことは別にいいさ。今日は何だい?」
「あっ、実は……」
 蓮に言われて、今日やってきた理由を思い出すシュライン。それは先日ここで遊んだ珍しいゲーム『セブンス・スクエア』のゲーム盤の写真を撮らせてもらうことであった。
「写真をかい?」
「ええ、出来ればサイズも測らせてもらえればって思って」
「そりゃ別に構わないけどねえ。何するつもりだい? まさか自作する気かい?」
 こりゃまた驚きだという視線をシュラインに向ける蓮。するとシュラインはふふっと笑ってから答えた。
「自作は自作かも。これ、形が可愛らしいから、このデザイン比率のまま縮小して、小振りなケーキを作ってみようかな……って」
 なるほど、だから写真のみならずサイズも測る必要があるという訳か。
「そりゃあ面白いねえ。ちょっとお待ち、持ってきてあげるからさ」
 一旦奥へ引っ込み、蓮は『セブンス・スクエア』のゲーム盤を運んできた。蓋のついた木製の、まさしくアンティークといった雰囲気が漂うゲーム盤だ。
「すみません。じゃ……」
 シュラインは蓮に礼を言うと、デジタルカメラを取り出してさっそくあらゆる角度から写真を撮り始めた。そして一通り写真を撮り終えると、今度は定規を出してゲーム盤の各辺をきっちりと測り出す。高さ15センチほどの盤は、7×7マスに区切られている本体部分が10センチほど、蓋部分が5センチほどである。もっともきっちりとした工業製品ではないので、各辺で微妙にサイズの違いが出てくるのだけれども。それをもきっちりとシュラインはメモしていった。
「けど、どうしてそんなこと思い立ったんだい?」
 サイズを測っている最中のシュラインに蓮が尋ねる。何かきっかけがなければ、そんなこと思い付くはずもなく。
「実は……何だか夢の中でそれを食したみたいで」
「はあ? 夢でかい?」
「ええ、夢で。おぼろげにしか覚えていないけど……美味しそうだったのは印象に残ってて。じゃあ、ちょうど時期もいいし作ってみてもいいかなって」
「……作れそうかい?」
「たぶん何とか」
 シュラインはそう答えて、蓋の裏側もしっかりチェックしていた。職人の仕事であるのだろう、きちんと磨かれて平らにされていた。
「ビターチョココーティング……ああ、鮮やかな色のクリームで側面作っても面白そうかも……」
 区切られたマスの中も確認しつつ、ぶつぶつとつぶやくシュライン。色々とケーキのアレンジを変えてみても面白そうに思えた。
「上手く出来たらお礼兼ねて持ってきますから」
「ああ、楽しみにしてるよ。でももし大量に失敗が出たらどうするんだい?」
 蓮が意地の悪い質問をしてきた。シュラインは少し思案してから答える。
「んー……物好きな人にあげる? さすがに自分からはあげませんけど」
 もっともな答えだった。まあ少々の失敗程度なら問題にしない者は、知り合いなどに結構居るような気もするし……。

●聞かなくては分からないこと
 一通りの調べが終わったシュラインは、クリスマスに贈れそうな小物がないか店の中を見ていた。とりあえず陶器で出来た可愛らしいサンタ人形があったので、それを確保。
(どうせならバレンタインの仕込みに使えそうな物も……)
 シュラインさん、それはさすがにちょっと早い。せめて年が明けてからの方がいいのではないでしょうか。
「……という訳で、何かいいネタになりそうな物ないですか?」
 ああ、もう蓮に相談してるし。
「さすがに早いよ」
 ほら、苦笑して蓮も答えているじゃないか。
「そろそろ平和的にゆくべきかしら……どうしよ……」
「無理してネタに走る必要もないとは、あたしは思うよ。だからさ、まだ早いから」
 で、いつしかお悩み相談に。
「そういえば……」
 そして話題を変えるように、ふとシュラインは思い出したことを蓮へ尋ねた。先日一緒に運んだ白い小振りの壷、それは売れたのかということだった。
「売れたよ。いや、売れたっていうか、本来持つべき相手に戻ったって言うべきだろうねえ」
「……それはいったい?」
 蓮の今の言葉はどういう意味なのだろう。
「作者が最後に、恋人に向けて作った壷だったんだよ。だからようやく戻れたって訳さ」
「へえ……」
 あの壷にはそんな曰くがあったのか。何事も聞いてみなくては分からないものである。
 全てが終わり、シュラインは蓮に礼を言って店を後にした。外に出て空を見上げてみる。頭上には冬らしく灰色の空が広がっていた。
(雨降り出す前に帰っちゃいましょ。でももう雪が降ってもおかしくない季節よね。この冬はいつ頃になるのかしら……)
 そんなことを思いながら、シュラインは早足で事務所への帰路へついた――。

【了】