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特攻姫〜特技見せ合いっこパーティ〜
葛織紫鶴【くずおり・しづる】十三歳。
退魔の名門葛織家の、次代当主と目される少女である。
だが、彼女は力が強すぎた。葛織家の特徴である、『魔寄せ』の能力が強すぎた。
彼女は生まれてすぐに別荘地に移され、結界を張ったその別荘地から出してもらえなくなった。否――出ると危険だ。
現在彼女は世話役ひとりと、数人のメイドに囲まれ、相変わらず退屈な日々を送っている……
**********
このごろ、名物になってきたパーティがあった。
それは紫鶴の家の庭で催されるパーティで、葛織家の親戚一同や関係者が集まって親睦を深める社交の場になっている。
肝心の紫鶴はというと――
主催者でありながら、いつもパーティから離れた場所でぽつんと立っていた。
親戚たちには相手にしてもらえない、次代当主。
――そんなことにはもう慣れた。
紫鶴は胸を弾ませながら待っていた。
今彼女の傍には、付き従う世話役、如月竜矢【きさらぎ・りゅうし】がいない。
彼が、何か自分を喜ばせてくれる何かを持ってきてくれる――
そんな期待を胸に、少女はひとりきり、待ち続ける――
「はぁーい! お待たせしましたぁーーーー!」
ぽん!
紫鶴の目の前に、突然煙が噴き出した。
紫鶴は仰天した。その煙の中にひとつの人影。
「ひとり寂しいかわいい十三歳。あなたのためだけに」
煙が晴れ、人影が姿を現す。
シルクハットを礼儀正しく胸に当てて礼をしている、大きな丸めがねの少女――
「い、いつの間に……!?」
紫鶴があたふたしていると、
「お見事です」
ぱちぱちぱち、と門のほうから歩いてきた竜矢が、拍手をした。
「これくらい、朝飯前です」
にっこり笑った青い髪の丸めがね少女は、シルクハットをかぶりなおす。
「ど……どちら様だろうか?」
紫鶴は初対面に弱い。ぎくしゃくしながら上目遣いで自分より歳上の少女を見る。
「柴樹紗枝【しばき・さえ】と申します、はい」
と大きな丸めがね少女はにっこり笑ってそう名乗った。
「紗枝殿……か。私は葛織紫鶴。よろしくお願いします」
紫鶴はスカートをつまみあげ、膝を折る西洋風の礼を取った後、
「さ、紗枝殿は……その、何をなさっている方なのだ?」
紗枝の派手で奇抜な衣装に興味をそそられ、おそるおそる尋ねてみる。
「はいっ! 私はサーカスの猛獣使いです!」
紗枝は大げさなアクションでいつの間にか手にしていた鞭をパシン! と庭にたたきつけた。
うわっと紫鶴がのけぞる。
「サーカス? も、猛獣使い?」
「はいっ」
「――サーカスとは何だ?」
きょとんとした紫鶴に、紗枝は目を丸くし……
それから悲しそうな顔になった。
「サーカス自体も知らないんですね……お気の毒に……」
「サーカスとは、色んな人が色んな芸を見せるところですよ、姫」
と竜矢が説明した。「そしてこの柴樹さんは、その中で猛獣使いをやってらっしゃる」
「獣の扱いなら、任せてくださいな」
にっこりと紗枝は言った。
「さてまずは小手調べ。あなたは平和の象徴をご存知ですか?」
紗枝のリズムに乗ったしゃべりに、舞を得意とする紫鶴は何だか楽しくなって、
「え、ええと、分からないが知りたい!」
笑顔で紗枝に言った。
紗枝はシルクハットを取って中に手をつっこむと、
「正解は――これっ」
ばさっ
紗枝が手を出すと同時に、何羽もの白鳩がばさばさと空へ飛んでいく。
紫鶴は目を丸くした。
「ど、どこから出てきたんだ……!?」
素直な少女があっという間に空に消える鳩を目で追っていると、紗枝は少しトーンを落として次の問いかけを。
「寂しいと死んでしまう……そんなかわいそうな動物をご存知ですか?」
「え……」
紫鶴が困惑しながらも、紗枝につられて悲しそうな顔になる。
「わ、分からない……」
紗枝はシルクハットの中を見せ、中に何も入っていないのを確認させてから、
「正解は……この子!」
シルクハットに手を入れて、中から兎を取り出した。
兎はぴょーんと紗枝の手から跳び、紫鶴の腕の中へすっぽり入る。
「わっわっ」
動物に触り慣れていない紫鶴は、わたわたとそれを受け止めた。
「大丈夫ですよ。その子はとてもおとなしい子です」
紗枝はにこにこしながら、またどこからか檻らしきものを取り出した。
小さい檻だ。猫が一匹入ってそれで一杯、になるくらい。
紗枝はそれを地面に置いて――
「さーみんな、出番ですよ〜」
パンパンと手を叩いた。
すると――
一頭ずつ。のっそりずるりと出てくるのはライオン。
紫鶴が腰を抜かした。その腕から兎が逃げ出す。
ライオンは計十頭登場し、それが終わると紗枝は檻を折りたたんでシルクハットの中に入れた。逆さにして振ると――何も出てこない。
「ど、どこから――」
紫鶴は口をぱくぱくさせて、すでに言葉になっていない。
「さあ、ライオンと言えばこれ!」
紗枝は大きな銀のリングを取り出す。
それをライオンの一頭の頭にくぐらせ、くぐれる大きさであることをたしかめる。
「ら、ライオンだぞ、危険――」
紫鶴が地面にしゃがみこんだまま心配そうな顔をする。
紗枝はウインクした。
「さ、みんな。リズムにのってレッツゴー!」
すると十頭のライオンたちが――
リズムに乗って、次々と銀のリングをくぐりはじめた。
一回通ったものはぐるりと紗枝の背中を周り、またリングへと。
そのくりかえしでぐるぐるとライオンは回る。
紫鶴が呆然としながらも、ぱちぱち拍手をする。
紗枝はうんうんとうなずいて、
「さあーて、みんなにはもう一個やってもらおうかな――」
これまたシルクハットから取り出したサッカーボール。
ぽーんとライオンたちの上空へ放つと、
ライオンたちが次々にヘディングして、そのボールを決して地面に落とさないよううまく動き回った。
「はいはい、もっと高くヘディングだよ、みんな!」
紗枝の言葉が通じるかのように、ヘディングされたボールはどんどん高く上に跳ねていく。
「さ、こっちもまじえてね」
紗枝が銀のリングをもう一度くるくると回し、構える。
するとライオンたちは、銀のリングをくぐりぬけながらヘディングを続けた。
見事な連携プレー。
紫鶴が思い切り拍手をする。
「まだまだ、今から拍手してちゃ終わったときに手がぼろぼろになっちゃいますよ」
紗枝の余裕のウインク。
「だってすごいんだ!」
紫鶴は満面の笑みで拍手を続けた。
やがて紗枝は、シルクハットをぽんとステッキで叩く。
シルクハットの中から取り出したるは、またもや折りたたまれた檻。それをを再び組み立てて。
ライオンたちがそこに、吸い込まれるように入っていく。
「ど、どういう仕組みなんだ……?」
紫鶴がなんとも言えない驚きの表情で紗枝を見る。
「企業ヒ・ミ・ツ。お姫様」
紗枝はちゅっと投げキッスをした。
「私の相棒を紹介します」
紗枝がにこにこしながらこんこんとシルクハットをステッキで叩く。
中から飛び出してきたのはこれまた折りたたみ式の箱――
箱が組み立てられる。
――中から、白い虎が現れた。
「私の相棒、轟牙【ごうが】です!」
ぱちぱちぱちと紗枝が拍手するのに合わせて、轟牙が吼える。
びくっと紫鶴が身を震わせる。
「怖くないですよ?」
紗枝はホワイトタイガーに身を寄せて、ふかふかとその毛並みに顔を伏せてみせたりした。
「触ってみますか?」
――好奇心は恐怖に勝つ。紫鶴は立ち上がり、そろそろと轟牙に近づく。
「姫。ゆっくり」
竜矢に背中を押され、紫鶴はうんとうなずきながら、ごくりとのどを鳴らした。
手が伸ばされる。紗枝がにこにこ笑っている。
紫鶴の手が――白い虎に触れた。
「わあ……」
その毛並みの優しさに、紫鶴は思わず声をあげる。
轟牙は何の反応もせず、ただゆっくりと紫鶴に顔を向けた。
「わっ……」
紫鶴は慌てて手を引っ込めた。轟牙は小さくうなって、紫鶴を見つめ続けた。
「ど、どうしよう、機嫌をそこねたのかな」
慌てる紫鶴に、
「轟牙は優しい子です。認めてあげてくださいね」
紗枝は言った。「さ、もう一回なでなでしてあげて」
「―――」
紫鶴は思い切って、ぱふっとホワイトタイガーの毛並みに手を乗せた。
轟牙は何も言わなかった。ただ、自分で自分の毛並みをなめるだけだ。
「す……すごいな……」
紫鶴は紗枝に言われた通り『なでなで』してあげながら、感激もひとしおの顔をする。
「ほら、竜矢も!」
主人たる姫に言われ、世話役は笑って同じように轟牙を撫でた。
「さ、これからもっと轟牙と遊びましょう」
紗枝は言った。
シルクハットをステッキでつつけば、ぽんぽんぽんと道具が飛び出してくる。
それは携帯用のテニスコートやテニス道具一式。
「お姫様はラケットをどうぞ」
紗枝は紫鶴にラケットを渡し、「お相手は轟牙がいたします」
「え――」
轟牙は紗枝に渡されたラケットを口にくわえた。
「言っておきますが、轟牙は強いですよ――」
紗枝がにんまり意地悪そうに笑う。
竜矢が簡易テニスコートを紗枝とともに作り上げた。
ネットをはさんで紫鶴と轟牙が向かい合う。
「ほ、本当にいいのか……?」
ボールは紫鶴の手にある。
今まで竜矢とだけだがテニスをやったことがある紫鶴が、轟牙と紗枝を見比べる。
「どうぞ! ご遠慮なく」
「―――」
紫鶴はぽーんとボールを地面に叩きつけ、それから手に握り、上へ放り投げた。
――サーブ。
轟牙が――
機敏に反応して、レシーブしてきた。
「………!」
紫鶴は驚きのあまり動けなかった。一点目は轟牙のものに。
「お姫様。このままじゃ轟牙の本領を見られませんよっ」
ひそっと紗枝がまたいたずらっぽく言う。
紫鶴はむう、と顔を膨らませて、
「わ、分かった」
――再び紫鶴のサーブ。
レシーブされて、今度は紫鶴もそれを返す。
しかし、球が高かった。
轟牙が跳んだ。
――スマッシュ!
ぽーんとライン上ぴったりを跳ねていったボール。
紫鶴は呆然とホワイトタイガーを見つめていた。
「す……すごい……」
きらきらと、紫鶴のオッドアイが輝く。
「世の中には、こんな動物もいるんだな……!」
「私の最高の相棒です」
と紗枝は言って、轟牙の頭を撫でた。
その後、紫鶴対轟牙の勝負は続いた。
紫鶴も力闘したが、残念ながらホワイトタイガーのほうが実力が上だった。
「うーん……」
紫鶴は汗をぬぐいながら、真顔でうなっていた。
「どうなさいました、お姫様?」
紗枝がタオルで紫鶴の汗をぬぐいながら尋ねる。
「負けたんだが……」
紫鶴は真顔で言った。
「負けたんだが、悔しくない」
むしろ楽しい――と彼女はどこまでも真顔で。
紗枝がくすくすと笑った。
「もうひとつ轟牙とできるゲームがありますよ。やりますか?」
「な、なんだ?」
紫鶴が身を乗り出す。
紗枝がくるくるステッキを回し、こつんとシルクハットをつつく。
と、中から縄がずるずると出てきた。
「ああ、それは――」
竜矢が微笑した。「綱引きの綱ですか」
「その通りです」
「綱引き?」
紫鶴の住む環境にはテレビや新聞がない。竜矢がひっそり持ち込む本があるだけだ。
「綱引き……ええと……なんだったかな、綱を……引き合うん……だったか?」
竜矢の持ち込んだ本に、綱引きのシーンがあったらしい、紫鶴は必死に思い出そうとしている。
「そうですよ。綱を両端から引き合えばOKです。簡単でしょ?」
「ええと……じゃあ轟牙が……」
「こちら側を引きますので、そちら側を――どうぞ如月さんもご一緒に」
轟牙対紫鶴では勝負は見え見えなので、紫鶴の側には竜矢もついた。
紫鶴は竜矢に教えてもらい、綱の持ち方、引き方を学ぶと、真剣に綱を持った。
反対側では白い虎が余裕で毛づくろいをしている。
「さ、轟牙。出番ですよ」
紗枝の呼びかけに、轟牙はようやくのっそりと綱を口にくわえた。
綱の中央を紗枝が踏み、
「レディー……GO!」
――……
「はい、轟牙の圧勝!」
紗枝の高らかな声が空中に飛んだ。
紫鶴は引きずられて傷のついた両手を見て、
「そもそも轟牙はどうやって牙に当たらずに綱をくわえているんだ!」
と苦笑しながら訊いた。
「そこは企業ヒ・ミ・ツ」
またもや紗枝のウインク――
「何だか今度は悔しいぞ。竜矢!」
「はあ」
「もう一回だ!」
「……言うと思いました」
紫鶴は轟牙にびしっと指をつきつけ、
「決してお前の好きにはさせん!」
などと言ってみたりして……
紗枝はパンパンと手を叩き、綱の中央を踏む。
「レディー……GO!」
――……
それから何回やっても、紫鶴と竜矢は轟牙に勝つことはできなかった。
紗枝はシルクハットを胸に当て、礼をした。
「以上で、轟牙のショーは終わりです」
楽しんでいただけましたか――?
「もう……」
綱引きでぼろぼろになった手を見下ろしながら、紫鶴は――大笑いした。
「楽しくて楽しくて!」
「それはよろしゅうございました」
紗枝はにっこりと微笑んだ。
夕焼けが迫ってくる。
「おっと、私の在籍しているサーカスが動き出す時間です」
紗枝は時計を見て少し慌て、
「さ、轟牙」
折りたたみ式の箱の中にホワイトタイガーを入れ、そのまま箱を折りたたんでシルクハットに入れた。
その直後にシルクハットを逆さにする。――何も落ちてこない。
紫鶴と竜矢の拍手が湧いた。
「お付き合い、ありがとうございました」
紗枝は静かに礼をして――
そして自らも、ぽんっと姿を消した。
もうもうと広がる煙だけを残して――
「サーカスとはみんなあのように楽しいものなのだろうか?」
紫鶴が汗びっしょりになりながらも嬉しそうに世話役に訊く。
「そうですね。――もっともっと色んな種類の芸がありますよ」
「いつか、見てみたい――」
紫鶴の外への憧れが、また一歩前進した。
それは希望。いつかやってくる己の解放のときが苦しみとならないための……導きの光。
「いつか白い虎を従えて、外を走ってみたいな!」
「それは危険かもしれませんね、姫」
他愛もないおしゃべりをしながら――
紫鶴は夢見ていた。紗枝の活躍する、空想のサーカスを……
―FIN―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【6788/柴樹・紗枝/女/17歳/猛獣使い】
【6811/白虎・轟牙/男/7歳/猛獣使いのパートナー】
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■ ライター通信 ■
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柴樹紗枝様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルへのご参加、ありがとうございました!納品が遅れてしまい、大変申し訳ございません。
サーカス猛獣使いとのことで、その雰囲気を出そうと苦心したつもりですがいかがでしたでしょうか。
よろしければ、またお会いできますよう……
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