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<東京怪談ノベル(シングル)>


拳銃、蜂の巣、破壊の後に

 ――寺を維持するのも大変だ。
 妙円寺しえんは、つくづくそう思っていた。
「というより……この寺は今にもつぶれそうですから……」
 主に檀家が持ち込んでくる仕事をぼんやり見つめながら、しえんは思っていた。
「これは寺の維持ではなく、復旧……でしょうか」
「その通りです住職」
 小坊主のひとりが、書類の山をしえんの卓にどっかと乗せる。
「……こんなに事件が起きておりますか」
 しえんは少しだけ目を見開いた。
 小坊主はきっぱりと言った。
「いえ。七割方あなた様が関わった物事に関する請求費やら始末書やらでございます」
「………」
 それはそれとして。
「さ。適当に行ってちゃっちゃと調伏してきてください」
 小坊主は胸を張る。
「……なぜ貴様に堂々とされなくてはならないのでしょう……」
 住職はわたくしのはずなのに、としえんがぶつぶつとつぶやくと、
「立場を逆転させたければ住職らしいことをしてください」
 ……逆に言い返されてしまった。
 仕方あるまい。しえんは、仕事に集中することにした。半ばやけくそで種類の束から適当に抜き取った一枚の書類――
「……ん? これはアンティーク・ショップの……」
 碧摩蓮。いわくつきの骨董品ばかり集めるのが趣味の、美しい女性の名がそこにあった。
「蓮さんからの依頼ですか。面白そうですね」
 傍らで「面白そうだからという理由で受ける依頼を決めないでください!」と小坊主が悲痛な声をあげていたが、とりあえず無視をしておいた。

     ++ +++ ++

 アンティークショップ・レンにやってくると、しえんの顔を見た店長は「ああ」と少しだけ微笑んだ。
 蓮は相変わらず煙管を片手にのんびりやっている。店内には客などちっともいない。
「来てくれたのかい」
 蓮はカウンターのところに腰かけたまま、しえんに声をかけてくる。
「今回はなんでも、人様のところに出してしまった壷を始末してほしいと……?」
 しえんは蓮のところまで歩きながら、寺で読んできた書類の内容を口にする。
 ええ、と蓮はうなずいた。
「ちょっとね。狐憑きの壷だと言って渡しちまったのサ。だけど実際は違うらしくてねえ……憑いてるのは狐じゃないらしいんだ」
「それでは、いったい何が?」
「それが分からなくてねェ……とりあえず、普通の狐憑きより数倍タチが悪いらしいのサ」
「なるほど……」
 しえんはうなずいた。

 蓮から問題の壷を売ってしまった相手のことを聞き、しえんは早速その家へと向かうことにした。
 妙な縁ではあるが、その壷を持っていたのはちょうどしえんの寺・荘厳寺の檀家だった。

「時は冬……寒うございますねえ……」
 ほう、と手に息を吹きかければ、白い息が空中に映える。
 しえんの向かった先は、やたらと金持ちの屋敷だった。坪数は荘厳寺と変わらないように思えるが、その豪華さは比ではない。
「何だか腹が立ちますね……」
 なぜ檀家のほうが金持ちなのだ。世の中理不尽だ。そんなことを思いながらしえんはその家のチャイムを鳴らした。

「え? あの店で買った壷を出せ?」
 黒三田という、偉そうなのかただ変なのか分からない名を持つその家の主人は、不思議そうにしえんが頭を下げるのを見ていた。
「あの、アンティークショップで買った壷をですか?」
「はい。そのショップの店長様からの依頼で働かせて頂いております」
 しえんはそそとして蓮から念のため預かった委任状を見せる。
 いやいや、と黒三田は首を振った。
「仮にあの店主さんは関係なくともわしはあなたの寺の檀家。あなたがわしに頭をさげる必要もありませんし、あなたさまが出せとおっしゃるなら出しますが……」
 ただ、と黒三田は、うーんとうなった。
「何か問題が?」
「いえ、あの壷は家内が買ったものでして」
 黒三田は恐縮しながら肩をすくめた。「勝手に動かしては家内が……」
「ひょっとしたら狐どころではないものが憑いているかもしれないのです。早めに確認いたしませんと」
 しえんは静かに訴える。
「狐じゃないもの???」
「壷は今どこに?」
「わしと家内の寝室ですが……」
「出して頂けますね?」
「――……」
 黒三田は使用人を呼び、問題の壷を持ってこさせた。
 しえんははっと立ち上がる。
 同時に、

 ――しゅっ――

 鋭い『風』が、しえんの頬をかすめていった。
 つ、と赤い血がしえんの白い美しい肌をつたっていく。
 しえんはよよ、と体をしならせた。
「か、風が顔に当たっちゅう」
 ………
 黒三田と使用人たちは、はは、と引きつり笑いをする。
「どうやら……」
 しえんは頬を手の甲でとんとん叩くように血を拭きながら、「鎌鼬……のようですね」
 使用人の手から、壷を受け取り、部屋の真ん中に置く。
 後ろへさがっていらっしゃい。しえんは黒三田と使用人たちに言い放った。
「私の能力に引かれて外に出てきたようです。――近づくと切り刻まれますよ」
 ひいっと黒三田たちは身を縮めた。
 ひゅんっ
 ひゅんっ
 ひゅんっ ひゅんっ ひゅんっ
 しえんの周囲を凶暴な風が囲んでくる。
 しえんの袈裟が、ひらりと揺れて――しゅぱっと切れた。
「―――」
 しえんは、裂かれた袈裟をゆっくりと見下ろす。
 そしてひとつうなずいた。
「なるばあ……こういうことをやるがでか」
 高知弁。
 ――しえんがキレた瞬間。
 そしてしえんは深呼吸をひとつ

 すっ

 両足を肩の幅まで開いて
 その黒い瞳を
 ぎらりと光らせ

「極道に春を奪われ二十と六とせ――」

 その唇に、低い声を乗せ

「命の証さえ立たんこのあてぇが、何の因果か仏陀の手先」

 低くもつややかな声が
 じゃら、と鳴った数珠の音と重なり、

「二六代目荘厳寺住職、妙円寺しえん! おまんら、絶対に許さんぜよ!!」

 怒りが頂点に達したときの安芸弁とともに、
 袈裟が舞った。

 取り出されたるは――
 二丁拳銃――コルトガバメント!

「蜂の巣になりんさい!」

 風が実体化した。鎌鼬。
 しえんに向かって巨大化しかけた鼬は、しかし真正面から拳銃の餌食に。
 そしてついでに放たれた弾は黒三田の家の壁にめりこんだ。
 しえんは遠慮なく二丁の拳銃をくるりと(意味もなく)指先でまわすと、またつかみ直して発砲した。
「ひいいいいいいいいっ」
 最初は拳銃のものすごい音量に震え上がった黒三田が、次に別のことに気づいて悲鳴をあげる。
 居間にかけてあった高価な掛け軸に――穴が開いた!
 一発、二発、三発!
「ひいいい、それ以上はよしてください〜〜〜〜!」
 黒三田がしえんの足にしがみつこうとする。しかしその頭を足で蹴り飛ばして、
「われらのためにやっとるんじゃ。おとなしゅうさがっていんさい!」
 そしてガチャリとマガジンを交換し、また空中を飛び回る鎌鼬たちに発砲する。
 ――鎌鼬は撃たれても撃たれても血をふりまいて虚空を飛んだ。
 しえんのかぶっていた布がほどけ、長い美しい黒髪が鎌鼬によって散々に切り裂かれていく。
「――――――!」
 しえんは怒り狂って二丁のコルトガバメントを交互に連射した。
 鎌鼬に当たる。壁に当たる。天井に当たる。使用人の足元に当たる。
 ――がしゃん、と音がしたが、無視。
「われらいい根性してるじゃなぁんか」
 鎌鼬をにらみ、唇の端には笑みを浮かべて、しえんは安芸弁でしゃべり続ける。
「そがぁに痛い目に遭いたいんか!」
 しえんはマガジンを再び交換した。――拳銃がやけに軽くなった。
 発砲する――鎌鼬を貫く――
 鎌鼬が耳に障る甲高い鳴き声をあげながら消滅する――
「銀製の弾! 日本の妖怪に効くたぁ思いませんじゃったが!」
 銀は鉛より軽い。そのせいで軽くなった拳銃でしえんは鎌鼬を撃ち殺していく。
「わたくしの髪の代償は高いよ」
 なまりながらしゃべるしえん。青白いを通り越して土気色になってきた黒三田。とっくに逃げ出した使用人。
 やがて――
「われが最後じゃ!」
 放たれた最後の弾丸――
 きゅいいいいいいいっと耳をつんざくような鳴き声で、鎌鼬は消え去った。

 ――……

「……ふう」
 しえんは拳銃を、袈裟の中にしまった。
 そして、しえんの足元で腰をぬかしていた黒三田に振り返り、にっこりと笑った。
「これで、もう心配はありません」
「………………」
 黒三田はもう、何も言う気力もないようだった。
「どうしたのですか?」
 きょとんとするしえんのいる居間――
 掛け軸も生け花も破壊され、壁に何発もの弾痕、障子は破れ、天井にも弾痕。
「ああ、なんだか……」
 しえんは晴れ晴れとした顔で言った。「今日は身が軽いですね」
 それは弾を使いすぎているからだ。
 そこへ――
 使用人がおそるおそる顔を出し、
「お、奥様のお帰りです……」
「よ、よしこか」
 黒三田が使用人の手を借り、なんとか立ち上がる。
 使用人の後ろから、
「妙円寺様がいらしてるんですって!?」
 ぱたぱたと急いだ様子で走ってくる足音がした。
 しえんは廊下を覗いた。ひょいと部屋から飛び出してきたしえんの顔に、一瞬よしこはそれが誰か分からず「きゃっ」と声をあげた。
 かむりもなく、髪が乱れた状態である。当然と言えば当然かもしれない。
「黒三田よしこ様ですね。わたくし、いつもお世話になっております荘厳寺の者でございます」
「――あっ、妙円寺様!」
 よしこははっと気づいて、慌てて「まあ何という……! お顔もお怪我なさって……!」
 と使用人に応急処置セットを持ってくるように言いつけた。
「よしこ……」
 黒三田が疲れた様子でのっそりと妻の横に立つ。
「あらあなた。どうしたの?」
「……部屋を見れば分かるだろう」
「部屋?」
 不思議そうに、促されて居間を見たよしこは――
 一瞬、固まった。
 それから徐々にときほぐれたように顔つきが柔らかくなり……
「……誰の仕業でしょう?」
「それがその……住職様の……」
「まあ、妙円寺様の!」
 よしこの顔に花が咲いた。嬉しそうにしえんの手をとり、
「住職様がなさったことなら間違いはありませんわね。あの壷、実は住職様にお布施させて頂こうと思っていたのですけれど」
「あの壷……?」
 しえんはふと、当初の目的だった壷を見やる。
 ……綺麗に破壊されていた。
「おいお前……あの狐憑き壷を住職様に献上するつもりだったのか?」
 黒三田が呆れた顔で妻を見る。
「あら、だって狐くらい妙円寺様がさっさと祓ってくださると思ったのですもの。そうすれば、あとに残るのは時価一千万の伊万里の壷ですわ?」
「………」
 しえんはぼんやりとよしこの早口を聞いていたが――
 やがて徐々にその内容を理解し始め、みるみる青くなった。
「わ……わたくしの寺に……!」
「はい。でも妙円寺様が御自らお壊しになったなら、必要のなかった壷ということですわよね」
 よしこは邪気のない笑みでそう言った。
 しえんは――頭を抱えた。

      ++ +++ ++

「その場の激情で突っ走るからそうなるんですよ」
 寺に帰れば小坊主の説教。どうやらその小坊主は黒三田家からその壷を受け取ることになっていたことを知っていたらしい。
「まさか、碧摩様のご依頼の壷とは思いませんでしたが……たかが鎌鼬、普通に祓えばよかったことではないですか」
「そもそもですね、住職は常日頃から――」
「そういうことをしなくなったら、きっと――」
「この寺を困窮させているのは他ならぬ――」
 小坊主たちの説教に、しえんは素知らぬ顔で、
「過去にこだわらないこと。仏の教えにありますでしょう」
「ありません」
 小坊主たちは、見事に口を揃えてそう言った。

 ちなみに、後になって蓮にたしかめたところ、
 ――あの壷は本当に伊万里焼きの高価な壷で、大切にしておけば値段はうなぎのぼりになっただろうということだった。
 それを聞いたときのしえんの静かな笑顔は、まるで仏のそれに似ていた。
 ……袈裟の内側で、がしがしと自分の拳銃を殴っていたが――それはまた別の問題である。多分……


―FIN―