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<PCあけましておめでとうノベル・2007>


新春! 洋菓子職人殺人事件 ぽろりなし



< 序幕 >

「ねえ、なんで!? だって、弟子にしてくれるって、約束してくれたじゃない!」
 キッチンの奥へと進み行く田辺聖人を後追いながら、紅姫は憤然とそう口にした。
 が、紅姫の言い分を受けた田辺はといえば、わずかほどにも表情を動かす事もなく、ひどく単調に、冷ややかに言い放つ。
「俺が弟子にしてやると言ったのは、洋菓子を作る事に対してのおまえの情熱を汲んだからだ。しかし、おまえはダメだ。試作用に、いったい何キロ材料を無駄にすれば気が済む?」
「情熱は持ってるもの。私、うんと美味しいケーキを作れるようになって、それでお菓子パーティーを開くの」
「情熱はわかった。おまえの情熱は本物だ。だが、いいか。情熱だけではカバーしきれないものというものも、世の中には確かに存在してんだ」
 キッチンに残る長い戦いの痕跡を一望しつつ、田辺は大仰にため息を吐く。
 田辺に弟子入りを申し出た紅姫の腕を見るためにと始めた試作。数キロに及ぶパウダーや砂糖、卵。そういった材料が、およそ食品とは言い難い物体となって散乱している。
「おまえには料理の才能はない。欠落してるんだ。むしろその一点において、おまえはある種の天才だとも言える」
 大きくかぶりを振って、田辺は紅姫の顔に目を向けた。
 紅姫は濃赤の双眸に様々な感情がないまぜになったものを滲ませて、田辺の顔をねめつける。
「……なによ。遊びにおいでって誘ったのはそっちの方じゃない」
「遊びに来いとは言ってない。弟子入りを申し出るなら、一度試作を作ってみせてくれと言ったんだ」
「私に料理の腕がないだなんて、ウソよ」
「いや、それは本当だ。おまえの腕は壊滅的な」
 田辺は言葉を続けていたが、怒りに震える紅姫には、それから先の言は届く事はなかった。
「……何よ」
 わなわなと肩を震わせて、紅姫はキッチンを後にする。
 田辺が何事かを口にしていたが、もはや耳を寄せるまでもない事だった。

 紅姫は大きなタライを探し出し、それに並々と水を張って、それを支えきれるだけの紐を用意した。
 それからキッチンがすっかりと片付き、田辺が菓子を多く作り終えて休憩に出て行ったのを見計らい(なんでも、今日は来客があるらしい。パーティーでもやるつもりなのかもしれない)、そのタライを天井に仕掛ける。
 細工した紐を引けば、そのタライが田辺の頭を直撃するという手はずを整えたのだ。
 そうして、再び田辺がキッチンへと戻って来る。
 
 紅姫はわざとしょげた様子を見せて、そして弟子入りは諦めるから、最後にもう一度だけチャンスをくれるようにと懇願した。
 田辺は安堵したように笑って、紅姫の方へと歩み寄る。
 頃合を見計らい、仕掛けに手をかけようとしている紅姫の思惑などに気を向けるでもないままに。


< 第1幕 >

 田辺のペット(田辺が作る菓子の類を期待して、勝手に居着いているだけという話もある)であるカマイタチの鎮がちょろちょろと家の中へと立ち戻ると、そこにはいつもと違った気配が漂っていた。
 前足で器用に窓を開けて中に立ち入り、冬の森散策で冷えた身体をヒーターの前に投げ出して温もりを得る。
 そうして再びちょろちょろと動き回り、田辺の気配がするキッチンの方へと足を寄せた。
(うぉーい、ヒゲ〜。俺さまのお帰りだぞ〜。この匂いはフィナンシェとかだろ。俺さまが特別に試食してやるぞ〜)
 およそ普通の人間には解読不能な言語を口にしながら、鎮はやはり器用に、ダイニングキッチンへと続くドアの下部に手をかける。
 と、その時、
「ごめんください」
 申し訳なさげに挨拶を述べている青年の姿を視界の端に捉え、鎮はしゅたりと足を止めた。
 玄関のドアはわずかに開かれ、その向こうからは和装の青年がおずおずと顔を覗かせている。
(おう、よく来たな。おまえ、今日のパーティーの客か? まあ、いいや。とりあえず上がれよ。今、茶でも用意するからさ。ヒゲが)
 玄関先でしゅたりと立ち上がり、意味もなく胸を張って見せている鎮の姿を目にとめて、青年は穏やかな笑顔を満面に浮かべた。
「田辺さんのお宅はこちらでよろしいのですよね。……君は田辺さんのペットかな。毛艶がいいね。大事にされてるんだ」
 青年は、鎮の言語を解しているわけではないのだろうが、淀む事なくそう述べて、それから「お邪魔します」と丁寧に腰を折り曲げた。
「私は高峯弧呂丸といいます。田辺さんには親しくしていただいていて。時間より少し早く来て、何か手伝いなんかが出来ればと思って来たんですが」
(おう、好い心掛けだ。俺は鎮ってんだ。ヒゲの友達なら俺の友達だ。まあ、ゆっくりしていけよ)
 弧呂丸の肩にするりと登り、鎮はやはり胸を張る。
 弧呂丸は鎮の様子に頬を緩めながら、今しがた鎮が開けようとしていたドアを押し開けた。

 ダイニングには、既にひとりの来客の姿があった。
 シンプルなジャケットと、それに合わせたスカート。ツインテールに結い上げた黒髪の下の顔はどこか虚ろ気で、視線はその足元――つまりは床へと注がれている。
 未だ少女と呼ぶに相応しいであろう見目をもったその少女に、弧呂丸と鎮は揃って親しげに挨拶を述べた。
「あなたも田辺さんのお手伝いに? お早い到着ですね」
(ヒゲはどこにいるか知らねえか? うぉーい、ヒゲー。客が来てんじゃねえかよー。茶ぐらい用意して)
 言いかけた鎮の言葉は、しかし、次の瞬間にははたりと凍りつき、続きを成す事はなかった。
 少女の視線がゆっくりと動き、弧呂丸と鎮とに向けられる。
 そうして、その少女の足元には――。
(ひ、ヒゲ!?)
 鎮が弧呂丸の肩を飛び降りて走り寄る。
 弧呂丸はしばし呆然と突っ立ったままでいたが、すぐに我を取り戻し、鎮の後を追って足を進めた。
 少女の足元には、彼らにとってはよく見知った者の姿が転がっていたのだ。
 ――すなわち、田辺聖人、その人の身体が。


 二時間ほどが過ぎ、田辺の邸宅内には総勢八人の面々が顔を揃えた。
「……なるほど。……それでは、田辺さんを見つけたのは、ササキビ・クミノさん。あなたが一番最初だったというわけですね」
 ダイニングのソファの上、優雅な笑みを浮かべつつ、セレスティ・カーニンガムが真っ直ぐにクミノに視線を向ける。
 クミノはダイニングの隅に置かれた椅子に腰を落とし、暗く沈んだ眼差しをゆっくりとしばたかせた。
「そうだろうと思う。少なくとも私が田辺を訪れた際、この部屋には私と田辺より他にはいなかった」
「私と風槻さんはみんなから遅れての到着だったから、ええと、弧呂丸さんと鎮さんがクミノさんを見つけた時点での状況を知らないのだけど、」
 口を挟みこんだのはシュラインだった。シュラインは口許に片手を添えてやんわりと首を傾げながら、風槻の方に視線を向ける。時折小さく咳をするのは、シュラインの体調が幾分か優れないためだ。
 風槻はシュラインの視線に気付いて同意を示し、床に倒れ伏したままの田辺の傍らに膝をついた。
「頭部に損傷。直接の死因は多分これかな。……でも傷自体はあんまり深くなさそうだけどね。凶器は何だろう」
「周りに広がっている水も気になりますね。倒れた時に水を運んでいたのか……それにしてはそういったものが見当たりませんが」
 同じく田辺の傍らに膝をつき、現場を調べていた弧呂丸が顔を上げる。
 
 そう。田辺はうつ伏せに倒れこみ、頭部には鈍器か何かで殴られたかのような損傷が見受けられたのだ。
 田辺の周りには大量の水が広がっていて、床をひどく塗らしていた。
 凶器となるようなものは見当たらず、また、おそらくは死因となったであろう損傷箇所も、見たところ、さほどに深いものではなさそうだった。

「それにしても、あたくしのたんじょうびケーキをとりにきてみたら、とんでもないじけんなのでぇすよ」
 キッチンの奥には、田辺が用意していたものであろう洋菓子が大量にみとめられた。その現場は、発見された時点で既にいくらか荒らされて(否、食された痕跡が残されて)いたというが、それも今となっては現場検証の施しようがなくなっている。
 キッチンは、今、鎮と、自称田辺の「あいじんなのでぇす」と名乗る八重によって占拠(?)されている。ふたりの篭城、否、堅守により、現場はもはや復旧出来そうにない状態となっていた。
「それにしても、こんなに……おいひい……おやふ……」
 もがもがとケーキを食い散らかす八重の横で、張り合うようにして鎮がシュークリームを頬張っている。
(もったいねえ事しやがるよな。俺だったらとりあえず全部食うか持ち帰るかするけどなあ)
「まったくなのでぇす。は、犯人は、あれでぇすよ。あたしよりも少食のひとなのでぇす」
 砂糖の匂いに満たされた場所で、ふたりは妙に自信ありげにドきっぱりと言い放った。
 そんなふたりに、しばし皆の視線が集められたが、
「それにしても、聖兄、何かすっごい満足そうな顔してるよね」
 風槻の言で、一同は再び田辺へと顔を向けなおした。
「田辺さんって、風槻さんのお兄さんなの?」
 風槻の横から顔を覗かせた紅姫が、興味深げな面持ちを浮かべてそう訊ねる。
「あたしの義父を経由して、小さい頃に知り合ってね。それからは妹みたいに可愛がってもらってたよ」
 応えた風槻に、セレスティが「ふむ」と頷いた。
「今日ここへお集まりの皆さんには、むろんの事ながら、ある一点において共通項がありますね」
 ソファの上、セレスティはゆったりとした声音でそう告げる。
 クミノの肩がわずかに揺れた。
「皆、スイーツが大好きだという一点です。さもなければ、何も好き好んで、パティシエの自宅でのパーティーに出席する必要もないのですから」
「確かに。八重さんと鎮さんは言うまでもなく、紅姫さんやセレスティさん、シュラインさんと風槻さんも、皆さん甘い物がお好きのようですもんね」
 田辺の周りを検分していた弧呂丸が、立ち上がり、和装の裾を正しながら微笑む。
「……それなんだけど」
 思案気味に口を挟んだのはシュラインだ。
 シュラインはわずかにクミノを確めてから、しばし口ごもり、次いで意を決したように顔を持ち上げる。
「クミノさんは、私の記憶に間違いがなければ、甘い物はダメだったはずよね」
 場が瞬時にして静まり返る。
 キッチンの奥、八重と鎮ばかりが満面に驚愕を表していた。
「お菓子がダメなら、いったいなにを食べるっていうのでぇすか!!」
(パンもお菓子も食えなくなっちまうぞ!!)
 驚き、目を見張るふたりを余所に、一同の視線がクミノへと注がれる。
 クミノはうっそりと顔を上げて首を傾げ、小さな息を吐き出し、応えた。
「確かに。私は甘い物を苦手としている」
「苦手っていうけど、どのぐらい苦手なの?」
 紅姫の問いかけに、クミノは静かに頷いた。
「羊羹を一口食するだけで気を失いそうになる程度には」
「それじゃあクリームいっぱいのケーキなんかは絶対食べられないか」
 風槻が息を吐き、視線を弧呂丸へと向ける。
 弧呂丸は風槻の視線に笑みを返して、それからついと袖の中に気を向けた。
「しかし、」
 その気を逸らしたのはセレスティの言だった。
「田辺さんも、こうまで満開の笑みを浮べられるような方だったんですね。いつもはどちらかというと愛想の薄い方なので、私にはとても意外です」
 言いつつ、セレスティはしげしげと田辺の姿を確める。
「しかし、……別の場所で田辺さんを殺害し、仮に凍らせた状態でこちらまで運び持ってくる……というのは、あまりにも手間のかかる話ですしね」
「ねえ、クミノさん。失礼な言い方になっちゃうけど、甘い物がダメなクミノさんが、今日はなんでここに来たの?」
 紅姫が問う。
 クミノは紅姫の目を見遣った後に、ゆっくりと口を開いた。
「田辺の手伝いをしに」
「甘い物がダメなのに?」
 訝しげに問い返す紅姫に継いで、シュラインが言を告げる。
「甘い物を苦手とするクミノさんが、田辺さんと何らかの口論になったっていうのは充分に考え得る事だわ。キッチンが荒らされてたっていうのも、その辺の事情を慮れば納得のいくものだし。でも、」
「仮にクミノさんが田辺さんを手にかけたのだとするなら、証拠隠滅に要する時間の捻出が難しくなるのでは」
 セレスティが首を捻った。
「……馬鹿げた理論だ」
 当のクミノは、そう言い放ち、再び顔を伏せる。
「証拠隠匿云々を考慮するならば、むしろ遅れてきたシュラインさん、風槻さんをこそ疑うべきだろう」
「それは確かに」
 キッチンで、八重の声が頷いた。
 一同の視線が、今度はシュラインと風槻へと向けられる。
「失礼ですが、おふたりが遅れていらした理由をお教えいただけますか?」
 弧呂丸が問う。
 風槻は肩を竦ませ、かぶりを振った。
「あたしは仕事のせい。仕事先に訊いてくれれば裏づけとかも取れるよ。……っていうかさ、これってそもそも事件なわけ? 聖兄の事だから、セッティングの関係でとかなんとか言って、氷の彫刻なんか用意しちゃってさ、それがうっかり倒れてきたとか、そんなオチもあり得そうなんだけど」
(確かにありえるな)
 休憩中の鎮が大きく頷いた。言われてみれば、数日前、大きな氷塊を購入していたのを見た覚えがある。あれはそのためのものではなかったのだろうか。
「わ、私は」
 椅子に腰掛けたまま、シュラインはわざとらしい勢いで咳をする。
「私も仕事の都合よ。き、今日はバレンタイン菓子関連の記事で、打ち合わせをする事になってたのよ」
 なぜか視線を泳がせながら、シュラインはやはり大袈裟に咳をしたり、椅子を鳴らしたりしている。
「ああん、もう、らちがあかないのでぇす!」
 ひょいと顔を覗かせたのは八重だった。
「もう、犯人はあみだくじで決めちゃえばいいのでぇすよ! あたくしと鎮は除外してでぇすよ」
「いや、あみだは……」
 セレスティが苦笑いを浮かべた、その時。
 弧呂丸が、袖の中から和紙で包まれた何かを取り出した。
「失礼ながら。これは我が高峯家に代々伝わる秘薬……分かりやすく言えば強力な自白剤です。効き目はほぼ100%……犯人は自ら名乗り出て事件は万事解決です。さぁ、みなさん飲んでください」
 穏やかな微笑みと共に、そう言い放ったのだった。


< 第2幕 >

 八重と鎮とが見守る中、残る六人が順番で薬を含んでいく。
 白い粉末状のそれは昔ながらの三角畳みに処された和紙の中に包まれていた。
「毒かもしれないのに、飲めるわけないじゃん!」
 紅姫が強く抗議をしたが、率先して服用したクミノに何ら異常が現れないのに安堵してか、風槻、シュライン、セレスティと次々に皆服用していった。
「毒などではありません。少しばかり苦味を感じられるかもしれませんが、副作用なども一切ありませんし、安全面においては私が絶対の保証をいたします」
 やはり穏やかにそう述べて、弧呂丸は紅姫の目の前で薬を口にする。
 紅姫は、しばし周りの様子を窺うように確めて――意を決したように目を瞑り、一息に薬を飲み干したのだった。
 
 時計の針が無機質に時を刻む。
 緊張感で支配されているダイニングの奥で、八重が緊迫した面持ちで、市松模様のクッキーをかじった。

「……なるほど、分かりました」
 弧呂丸が小さな笑みを浮かべた。
 次いで、セレスティもまた頷く。
「クミノさんには、申し訳ない事をしてしまいましたね。……容疑をかけてしまい、大変申し訳ありませんでした」
 丁寧に頭をさげるセレスティに、クミノは平然とした表情でかぶりを振った。
「いや、気にしていない。……それよりも、犯人は分かったの」
 表情のない声でそう訊ねたクミノに、セレスティは視線だけを動かして弧呂丸のそれと重ねる。
「そのようですよ」
 頷いたセレスティに促され、弧呂丸はゆっくりと立ち上がり、そうしてゆらりと片腕を持ち上げた。
 細く白い指が示した方には紅姫の姿があり、紅姫は自分を指された事で心臓を跳ね上げた。
「な、なな、なによ。人様を指差しちゃダメだよって教わってないの!?」
 わずかに震える声で不服を申し出る。
 場に揃う者達全ての視線が紅姫へと注がれた。
(おまえが殺ったのか!)
「じはくさせるには、この歌がいちばんだってきいたでぇすよ」
 きいきいと騒ぐ鎮の横で、八重がきいきいと歌を――母さんがよなべをしててぶくろを編んだ、例のアレだ――口ずさむ。が、八重の歌声は飛ぶ鳥をも落とす凶器なのだ。場に居合わせた全ての顔が苦悶を顕わに、のたうちまわる。
 と、その時、もうとっくにヨモツヒラサカをくだりきっているはずの田辺の身体が、ほんのわずか、じわりと動いた。
 シュラインがそれを目にとめて、不審に眉根をしかめる。
「ねえ、犯人とか、どうだっていいじゃん。本人満足そうに死んでるんだしさ」
 風槻が安穏とした調子で口を挟み、紅姫は助けを求めて風槻の後ろに身を隠した。
「だ、だって、田辺さん、私を弟子にしてくれるって言ったのに、土壇場になって、やっぱりダメだって言うのよ? 私には料理の腕はないだとか、ひどい事いっぱい言ったんだもん!」
 紅姫が頬を膨らませて自白する。
(ちょ、待てよ、自白する前にはカツ丼だろうが!)
 鎮がじたばたと不満を述べた。
 が、ふと、騒ぎを制し、シュラインとセレスティとが田辺の傍らへと歩み寄る。
「……ねえ、思うんだけど、」
 言いながら、シュラインはやおら田辺の頬をつねりあげた。
「田辺さん、じつは死んでないんじゃないのかしら。……変相用にマスクを作ってあったとか、そんな感じで」
 もう片方の頬はセレスティがつねりあげる。
「なるほど。サプライズというわけですね。そもそも、田辺さんが満面の笑みを浮かべるなんていう事自体が」
「うさんくさいのでぇす」
 弧呂丸の穏やかな笑みで歌を遮られた八重が、弧呂丸の頭の上で腕組みをしてうんうんと頷いている。
「……そも、初めから事件など起きてはいなかったというオチか」
 クミノもまた田辺の顔を覗きこむ。
「どうだっていいじゃん。ねえ、っていうか、私、仕事帰りなんだよね。お腹すいちゃったよ。何か食べ物ないのかな」
 風槻は、ひとり、キッチンの奥へと足を向けた。それを追いながら、紅姫は肩越しに振り向いて、田辺の姿を確める。
(うぉーーい、ヒゲーー! おまえ、生きてんのかい、死んでんのかい、どっちなんだい!?)
 鎮が田辺の顔の上でジャンプを繰り返す。足場が悪いせいか、鎮の足は時々ずるりと滑り、無用に田辺の頬に傷をつけた。
「ははあん、わかったのでぇすよ」
 弧呂丸の頭を滑り降り、八重がじりじりと田辺の顔に顔を寄せる。
「おめざめのちーっすをすれば、めざめばっちり、すっきりさわやかに起きてこられるのでぇす!!」
 言うが早いか、八重の唇が田辺の口許を目掛けてじりじりと近寄っていった。

 と、八重の「ちっす」を受ける寸前、田辺は飛び上がるようにして身を起こし、そうしてあわあわと退き、力いっぱいかぶりを振ったのだ。

「ちょ、ま、わかった、わかったから、それだけは勘弁してくれ!!」
 身を起こした田辺に、場に居合わせた全員が同時に目をしばたかせた。


< 閉幕 >

 気がつくと、そこは、田辺が所有する邸宅の、ダイニングの中だった。
 鼻先をかすめる甘い香りに誘われ、ふと目を開ける。
「……あれ」
 ぼうやりとする頭を抱えて起き上がる。 
 紅姫は、知らず、ソファの上でうたた寝してしまっていたようだった。
 顔を持ち上げて確めると、少し離れた場所にあるソファの上、クミノが静かな寝息を立てている。
「おはようございます」
 のろのろと周りを確めている紅姫に声をかけたのはセレスティだった。
 セレスティは皆よりも一足先に目を覚ましていて、目覚めのコーヒーならぬ紅茶を楽しんでいたのだ。
 キッチンの奥では、田辺と、それを手伝うシュラインとが忙しなく動いている。
「あ、起きたんだ」
 ダイニングのドアを開けて入ってきた風槻と弧呂丸が、飲み物が大量におさまったビニール袋を提げ持っている。
「外はいい天気ですよ。後で、皆で一緒に散歩に出てみるのも楽しいかもしれませんね」
 弧呂丸が笑う。
 通り過ぎていくその背中には、八重がロッククライミングよろしくしがみついていた。
 クミノが目を覚まし、ゆっくりと身を起こす。と、クミノの腹の上から鎮がごろりと転がり落ちる。
「……田辺はやはり生きていたのだな」
 起き掛け早々、クミノはぽつりとそう呟いた。
「そうなのよ。私、ここに来る途中の電車の中でうたた寝しちゃったんだけど、多分クミノさんと同じ夢を見たわ」
 いつの間にかキッチンから姿を現していたシュラインが大きく頷く。
「夢……」
 ひとりごちた紅姫に、セレスティがやんわりと微笑む。
「ええ、夢ですよ。――ああ、準備も整ったようですね」
 言って、セレスティは静かにソファを立った。
「新年パーティーを始めましょう」

 キッチンの奥からは、いつもと同じく、憮然とした面持ちの田辺が姿を現した。
 紅姫はすっくと立ち上がると、田辺の傍へと歩み寄る。

「田辺さん、私を弟子にしてください!」  
 
 


    



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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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┗━┛★PCあけましておめでとうノベル2007★┗━┛

【SO 2911/ 紅姫 (こうき) / 女性 / 17歳 / 風喚師】
【TK 0086/ シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【TK 1009/ 露樹・八重 / 女性 / 910歳 / 時計屋主人兼マスコット】
【TK 1166/ ササキビ・クミノ / 女性 / 13歳 / 殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】
【TK 1883/ セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【TK 2320/ 鈴森・鎮 / 男性 / 497歳 / 鎌鼬参番手】
【TK 4583/ 高峯・弧呂丸 / 男性 / 23歳 / 呪禁師】
【TK 6235/ 法条・風槻 / 女性 / 25歳 / 情報請負人】

※ TK=東京怪談、SO=ソーン ※



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         ライター通信          
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お世話様です。あるいは初めまして。
この度はご参加いただき、まことにありがとうございます。

なんとも、まったりとしたノベルとなりました。
あと、申し訳ないのですが、探偵役が複数になってしまったので、指示いただきました探偵云々のくだりは
省かせていただきました。……こちらの不手際です。申し訳ありません。

今回は世界の縛りをなくし、まったく同じ場面で、まったく同じように書かせていただきました。
書き手としては楽しく書かせていただけたのですが、読み手である皆様にも、少しでもお楽しみいただけていればと思います。

それでは、またどこかでご縁をいただけますようにと祈りつつ。

今年一年が、皆様にとり、素晴らしい年となりますように。