コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


主のために

 アンティークショップ・レンに初めてやってきた青年がいた。
「こんにちは。お邪魔してもいいかな」
「おや。お客さんかい?」
 店長の蓮が煙管をふかしながら青年を見る。
 青年は少し笑った。
「俺は如月竜矢【きさらぎ・りゅうし】。ある金持ちの世話役をやってるんだけどね」
「噂で聞いたことはあるよ。葛織【くずおり】家の姫様の世話役だろう」
 草間興信所からの縁で、竜矢の名を聞いたことのあった蓮はそう言った。
 くすっと笑みを浮かべて、
「その世話役さんが、何のご用だい?」
「話が早くて助かるよ。実はうちの姫が」
 生まれて以来屋敷の敷地内から出られないものだから――
「……姫の暇つぶしになったり興味を持てるような、骨董品やらおもちゃやらがないかなと思ってね」
「なんだい。うちにくるにしちゃ変わった依頼だねえ」
 蓮は煙管を口から離してくすくすと笑った。
「そういうことに関しては、私自身の意見よりも、この店に来るお客から聞くほうがいいかもしれないね」
 そのとき、店の扉が開いた。
 ああ来た来た、と蓮は来客に向かって、
「ちょうどいいところに来たね――悪いんだけど、こちらの方の姫君のために、おすすめの商品を紹介してくれないかい」

     **********

 店に入ってきたのは、鮮烈な赤い色の髪が目立つ、和服の十八歳ほどの少女だった。
 橘沙羅【たちばな・しゃら】。そう名乗った少女は、
「ご主人様のために……ですか……」
 とおずおずと竜矢を見た。
「あの、わたしの上司と言うか、友達と言うか――にも、変なもの好きな人がいるんです。わたしでよければ探すのお手伝いします」
 どうやら親近感を持たれたらしい、沙羅は微笑む。
「それはありがたい」
 竜矢は笑顔で返した。
「ええと……それじゃあちょっと探してきますね」
 沙羅はいったん店を出た。
 その後姿を見送って、
「あの赤い色……まるで不死鳥のようだな」
 と竜矢がつぶやく。
「あまり詮索するもんじゃないよ」
 と蓮がくすくすと笑った。

 小一時間ほど経ったころ――
「見つけてきました!」
 沙羅が息を弾ませて店に戻ってきた。
 風呂敷の包みを抱えている。
「これなら、きっと楽しんでいただけると思います!」
 包みを抱えたまま、沙羅が胸を張る。
「それじゃあそれを持ってうちの姫に会っていただけますか」
「はい!」
 沙羅は快諾した。
 竜矢は沙羅の背中を優しく押して、店を出ると自分の主人の家へと導いた。

 葛織紫鶴【しづる】。十三歳。
 退魔の名門葛織家の、次期当主と目されている少女である。
 しかし――彼女は力が強すぎた。
 葛織家の『当主』は、『魔寄せ』の体質を代々持っている。その『魔寄せ』能力が、紫鶴は際立っていたのだ。
 そのため、産まれて間もなく彼女は別荘地に移され、結界を張られて、その中で生活することを余儀なくされた。
 外界とは縁を断ち切られたかのように見えた十と三の年月――
 けれど、少女の無垢な好奇心は絶えず。
 世話役は、彼女のために人生をささげていた。

「竜矢!」
 別荘に入るなり、ひとりの少女が沙羅と竜矢に向かって駆けてきた。
 長い、赤と白の入り混じった不思議な色合いの髪。
 右目は海のように青く、左目は春の若葉のような緑色。
 輝くように生きているその姿。
「……閉じ込められて生活してらっしゃるんじゃなかったんですか?」
 沙羅が驚いたように紫鶴と対面する。
 紫鶴は沙羅と向き合うと、
「初めまして、葛織紫鶴と申します」
 とスカートをつまみ足を少し曲げる西洋風の礼を取り、
 それから急に顔を真っ赤にして慌てだした。
「それで、あの、その、ええと」
「姫、落ち着いて」
「おおお落ち着いてられるか。客人が来るならあらかじめそう言え竜矢! ああ早く茶会の準備をしなければ――」
「あ、いえ、お構いなく」
 沙羅は慌てて手を振った。「あの、私は橘沙羅です」
「しゃ、沙羅殿か。よろしくお願いする――」
 ぺこんと頭をさげた紫鶴に、沙羅もつられてぺこりと頭をさげた。
「今日は橘さんに、面白いものを持ってきてもらったんですよ、姫」
「面白いもの?」
「はい!」
 沙羅はにこっと笑って、抱えていた風呂敷包みをといた。
 中から出てきたのは三種類――

 三人は、風呂敷を広げて庭にしゃがみこんだ。
「これは、何だ? 竜矢」
 紫鶴が眉根を寄せて、世話役に問う。
「これは……腹話術に使う人形ではないですか?」
 竜矢が、沙羅に問う。
「そうです」
 早速沙羅が、その腹話術に使う口をぱくぱくさせられる人形を腕にはめた。
 と、
 人形が、勝手にしゃべり始めた。
『おい、そこの無意味に色違いの目の小娘! 閉じ込められてたにしては元気がいいな! さてはいわゆる引きこもりに多い妄想タイプだな!』
「も、妄想???」
 紫鶴が目をしろくろさせる。
『妄想じゃなかったらなんだ? それとも脳みそを空っぽにして生きているのか? それとも世話役の語る夢の世界にひたっているのか?』
「……よ、よく分からんが、ひどいことを言われている気がする……」
 紫鶴が頭を抱えると、沙羅がぽっと頬を染めた。
「ごめんなさい……この人形、手に持ってる人間が気にしてることを、異様に毒舌にしゃべっちゃう人形なんです……」
『おい世話役! お前この小娘に下心があるんじゃないのか!』
 竜矢は無言で、べしっと腹話術用人形の頭を叩いた。
「他にもあるな」
 紫鶴は瞳をきらきらさせて広げられた風呂敷に乗っているものを見る。
「この筒は――なんだ?」
『覗いて見れば分かるだろう、この世間知らず!』
 ……腹話術人形が答えてくれた。
 紫鶴は素直に、その筒をのぞいた。
 そして、
「うわあ……」
 片目をつぶって見えた世界は、夢のようにきらきらとした輝く世界。
「姫。筒を回してみてごらんなさい」
「こ、こうか?」
 竜矢に言われて、紫鶴はくるくると筒を回す。
 すると、
「うわあ……! 模様が変わっていく……!」
『万華鏡も知らないのか! この無知小娘!』
 竜矢がぺしっと人形の頭を叩き、
「そう言えば今まで姫に見せたことがありませんでしたね」
「万華鏡、というのか? 素晴らしいな!」
 紫鶴が飽きずにくるくる筒を回しながら夢の世界を堪能している。
「でも、その万華鏡は普通の万華鏡とは違うんです」
 沙羅はにっこりと笑ってみせ、「少し、目を離してみてください」
「え? うん」
 紫鶴は素直に筒から目を離した。
 すると――
「……あれ……」
 紫鶴は立ち上がり、周囲を見渡した。
「す……ごい……! 世界がきらきらして見える……!」
 綺麗だ、と紫鶴ははしゃいだ。
 沙羅が、にこっと微笑んだ。
「喜んでもらえましたか?」
「すごい……! 竜矢、沙羅殿も、この万華鏡を覗いてみてくれ……!」
「はいはい」
 竜矢は沙羅に先をゆずり、それから自分も万華鏡を覗いた。
「これは……すごいですね」
 それはまるで、夜空の星をまんべんなく降らせたような世界――
 まだ昼。明るい庭だというのに、不思議と何もかもがイルミネーションのように輝いて見えた。
「少女漫画の世界にぴったりですよ」
 沙羅が言った。そんな沙羅の茶の瞳までも、きらきらきらきら輝いている。
 ましてフェアリーアイズの紫鶴の瞳の輝きは、尋常ではなかった。
「紫鶴さんは、きっとこの後王子様に出会うんでしょうね」
『おい小娘、好きなやつはいないのか! お前のセンスじゃぶ男だろうがな!』
「………」
 竜矢はおもむろに、風呂敷の上にあった最後のおもちゃを手にとり――

 スパーーーーーーン

 爆発音に似た音と、もうもうとした煙。そして突風。
「……ああ、よく出来たハリセンだ」
 竜矢は腹話術人形にたたきつけたハリセンをまじまじと見ながらつぶやいた。
「な、なんだ今のは!?」
 紫鶴が呆然と――瞳はきらきらさせたまま――竜矢の手にある不思議な白い紙を見る。
「威力は、大したこと、ないでしょう?」
 沙羅が、てへっと舌を出した。
「現に今、叩かれても痛くなかったです」
『かよわい乙女が手にはめてるものを殴るのはどうかと思うがな!』
 毒舌人形は別名本音人形かもしれない。
 紫鶴はもう一度しゃがみこみ、沙羅を見た。
「その人形……触らせてもらってもよいだろうか?」
「どうぞ」
 沙羅は笑顔で腹話術人形を紫鶴の手にはめる。
 とたんに人形はしゃべりだした。
『おい竜矢! お前この火で燃やしたような髪の小娘に惚れたんじゃないだろうな!』
「……姫……」
 竜矢が片手で顔を覆って、はあと深くため息をついた。
 紫鶴が真っ赤になり、慌てて、
「ち、違う、いや、だって……」
『その小娘はかわいいといえないこともないからな! かわいい女の子には目がないお前ならありえるだろう!』
「……ひ、め」
「わわわ私じゃないっ」
「嬉しい……」
 沙羅がぽっと頬を染めた。「私のことをかわいいって言ってくれるんですね」
「いやそこ喜ぶところじゃないかと」
 申し訳ない――と竜矢が沙羅に謝ると、
「その人形の特性は知ってますし、それに身近にもっとひどい人がいるので平気です。気にしないでください」
『もっとひどいやつとは誰だ? お前以上に髪が燃えてる女か?』
「……姫、その人形はずしましょう」
「分かった……」
 紫鶴はおとなしく従って、その人形を竜矢に渡した。
 すると――
『こら、俺が育てた世間知らず娘!』
「あ? しまったこれは腕にはめなくても触っただけで――」
『お前こそどうなんだ? 好きな男はいないのか? もっともお前の人生には俺しか男はいないがな!』
 竜矢は慌てて人形を風呂敷の上に放り出した。
「まあ……」
 沙羅が口元に手を当てた。
「如月さんも、紫鶴さんの好きな人を気にしてるんですね」
「そうなのか? 竜矢」
 紫鶴はきょとんと竜矢を見る。
「………」
 竜矢は再び片手で顔を覆い、「それ以上訊かないで下さい、姫……」
 と情けない声で言った。
 しかし紫鶴はきょとんとしたまま、
「私はお前が好きだぞ? 竜矢」
「―――」
 無言の竜矢に代わって、沙羅がぱちぱちと手を叩いた。
「紫鶴さん、素敵。告白ですね」
「告白?」
「いや、今のは家族としての好きであって恋愛感情じゃないから」
 竜矢は慌てて沙羅に言い訳をする。
「え? でも……」
「私はお前が好きだぞ?」
 何も分かっていない紫鶴はもう一度言う。
 竜矢はがっくりうなだれた。
 沙羅はきらきらまだ輝いている世界の中で紫鶴と竜矢の間柄を見つめ、
「素敵……少女漫画の世界だわ」
 両手を握り合わせて喜んだ。

 かくして――
 まるで暴露大会のような、おもちゃ遊びは終わったのである。

     **********

「そのおもちゃは差し上げます」
 沙羅は言った。「お気に召したようですので」
「腹話術用人形だけは引き取ってもらえないかな」
「さしあげます」
「……そうですか」
 沙羅の即答に、竜矢はがっくり肩を落とした。
「最後に軽い剣舞でもお礼に舞おうかな」
 紫鶴は嬉しそうに、「このきらきらな世界で舞うのは幸せだ……!」
「あ、剣舞を舞われるんですか? 見たいです!」
「では、失礼して」
 紫鶴は――なぜかいつもの精神力で生み出す剣ではなく、沙羅の持ってきたハリセンを手に舞い始めた。
 時おり、

 スパン!
 スパン!

 ――ハリセンで自分の手を叩き、煙もくもく、突風びゅうびゅう起こしながら。
 それは剣舞ではなく――ハリセン舞であった。

 沙羅はそれでも、満足して帰っていった。
 途中まで竜矢が送り、その彼が帰ってくるなり紫鶴は言った。
「なあ竜矢」
「はあ」
「今度皆でもよおすお茶会に、このもらったおもちゃを披露しよう! きっといつもの十倍楽しくなる!」
 竜矢はひとつ呼吸を置いて、
「――人形だけは、よしたほうがいいと思いますよ」
「なんでだ?」
「なんでもです」
 首をひねる主人。世間知らずもここまでくると立派だ。
 しかし――
 竜矢はひそかに決意していた。またこの姫の喜ぶ顔を見るために、色々なものをさがしてこよう、と――


 ―FIN―


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【6232/橘・沙羅/女/18歳/万屋斡旋業務手伝い兼護衛】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
橘沙羅様
初めまして。笠城夢斗と申します。
このたびは依頼にご参加くださり、ありがとうございました。納品が遅れてしまい大変申し訳ございません。
沙羅さんの持ち込んでくださった物はどれも面白いものばかりで、書いていて楽しかったです。
よろしければまたお会いできますよう……