|
クリスマス福引
「はぅ〜。早いものです。もう冬ですか」
ステラはクリスマス色に染まっている街中を見回す。
通り過ぎる人々は寒さに白い息を吐く。
少し立ち止まって空を見上げると、少し天気が悪い。
「なんだかまだ先なのにクリスマスのことばっかり……。皆さん商売上手なんですねぇ」
ほうほう、と頷く彼女は首に巻いている赤いマフラーをしっかりと強く巻き直し……そこで手を止めた。
「そ、そうです! こういう時こそあれです!」
何やら思いついた彼女は嬉しそうにニタニタした。
「ふっふっふっ。日本人は福引が好きと聞きました……。これはやるべきです! クリスマス福引!」
ガッツポーズをとっていた彼女は周囲から注目されて慌てて身を縮まらせて照れ笑いをし、歩き出す。
(あのガラガラ回すのを用意して……それで、くじを引いてもらうんですぅ)
そのついでに……。
(先輩に言われていた分は用意できますかねぇ、たぶん)
にしししし。
悪い笑みを浮かべるステラはそこではた、とした。
そういえば景品がいる。
(そうですねぇ……。まあなんとかなりますか)
***
道端に不自然に設置された机。その後ろには紅白の幕。規模の小さい福引会場ではあるが……ここは商店街でもなければデパートの中でもない。
見るからに怪しげなそこに立ち寄る人間は少ない……。その少ない人間の中に、シュライン・エマがいた。彼女が立ち寄った理由は……その福引を催している人物が知り合いだったからだ。
「一等が温泉旅館に一泊二日。ほら、夏にスイカを狩りに行った時に使った旅館があるじゃないですか〜。あそこですぅ」
「ああ、なるほど。確かにお料理も美味しかったし、温泉も良かったけど…………あそこ、旅館関係の従業員の姿が全く見えなかったけど……」
「そのへんは気にしないでください〜。
で、二等は食べ物と飲み物のセットですぅ。とはいえ、これはフレアに貰ったものなんですけど……一人では食べきれなくて景品にしちゃいました」
「そういえば……夏祭りの時に露店で売ってたラムネもフレアさんから貰ったの?」
そもそもこの貧乏なサンタ娘が食べ物や飲み物を売ったりあげたりする、という行為に出るのは必ず大量に所持している時だ。夏祭りの時も、ラムネジュースを大量に持ち込んで露店で売っていたのをシュラインは憶えている。
「あれぇ? よくわかりましたね。そうなんですぅ。フレアはいっつもわたしのところに寄る時に、なんかたくさんお土産をくれるんですよ」
「お土産ねぇ……」
ステラの元に集まる奇妙なアイテムの一端はフレアが絡んでいるせいらしい。
(確かに……別の世界に行ったら、妙なものが手に入ることもあるわよね……)
ふーんと呟くシュラインは尋ねる。
「その食べ物とか飲み物って、何か怪しげな付属はないの?」
「付属って? 駄菓子のオマケみたいなものですかぁ?」
「そうじゃなくて……。ほら、ラムネジュースの時は他人の好意の声が聞こえたでしょ? だから何か能力がオマケでついてるのかと思って」
かなり用心深くなってきたものだ、とシュラインは心の中で小さく笑う。それもこれも、ステラとの付き合いがもう一年近くになるからだ。
ステラは首を傾げ、うなる。
「何かあるかもしれませんけど、どれも美味しいものなのは間違いないですし……全部袋とかに入っているのでわからないんですよね。わたしの知らないものも多いですから。
あ、でも袋の中に説明書が入っているので大丈夫ですよ。それに効果はどれも30分ですしね」
「そうなの」
なら安心だ。シュラインは胸を撫で下ろした。何も知らずに口にして、大変な目に遭うのは勘弁して欲しかった。
「で、三等はわたしがソリで夜の散歩にお連れしますぅ。温泉と同じようにペア限定ですし、時間指定をしてもらいますぅ」
「それはいつ?」
「イブですね。クリスマスものですから。あ、温泉もイブですねぇそういえば」
「じゃあ一等と三等を当てたらどうするの?」
「温泉旅館までわたしがソリで行くだけですぅ」
なかなかハードだ。
ステラは唇を尖らせて嘆息する。
「それにイブの深夜は別件でお届け物をしなきゃいけないですしね……。はーあ、手伝いを募集しなくっちゃあ……」
「なんだか忙しそうね、ステラちゃん」
「この時期のサンタは大忙しですぅ。儲けにならなくても頑張るのは当然ですぅ」
見かけが小柄で童顔のうえ、ドジでトロいくせにステラは意外にタフだ。
(これが成果に通じれば言うことないんでしょうけどねぇ)
シュラインが哀れに思う。
「あ、そうだ。ハズレは何がもらえるの?」
「残念賞はボールペンですぅ」
「ボールペンかぁ……」
それが一番欲しい、と言ったら「ええー」とステラが声をあげるのは目に見えていた。
だが一番実用的なのはボールペンだ。草間興信所の備品にしたい。
「恥ずかしい思い出一回で、このガラガラを一回、回せます。エマさん、どうします? やりますか?」
「……そうね」
ボールペンを貰おう。
というのは声に出さずに頷いた。
ステラが差し出したのは怪しげなツボだ。形はウツボカズラに似ている。だが人の頭が入るくらい大きい。
「……あの、なにこれ?」
困惑するシュラインは思わず少し、後退した。
「これに顔を突っ込んで話してください。秘密厳守ですぅ。あ、でも堂々と話してくださっても構いませんけど」
「いえ、えっと……わ、わかったわ」
シュラインは恐る恐るツボに顔を入れた。暗闇が目の前に広がる。だがなんだろう。
(? おかしいわね、狭いはずなのに……そうは感じないわ)
これもステラのアイテムなのだろうが……やはり奇妙だ。
「まずは一つ目ね……。
古書店で、買った本の梱包をお願いしてた時のことなんだけど……暇だから本棚の本を手にとって読んでたらそれに夢中になってしまって……読んだ後、満足しちゃって梱包をお願いしたことを忘れて帰ろうとしちゃったのよね……」
あの時はかなり恥ずかしかった。店員が「待ってくださいお客さん!」と声をかけてくれなければそのまま帰ってしまったことだろう。
「で、二つ目は……。
終電に乗っていた時のことなんだけど……読んでいた本に夢中になっちゃって……そのまま終点に着いてしまったのよね……」
うぅ、とシュラインは顔をしかめる。肩を駅員に叩かれるまで全く気づかなかったのだ。慌てて駅員に「すみません!」と頭を下げて電車を降りたが、しばらく顔が熱かった。
「……三つ目は……。
武彦さんが図書館から借りた本を探していた時のこと。机の上に山積みになった中にあるかなと思って、山の中に手を突っ込んだのはいいけれど……手が抜けなくなっちゃって……」
あの時の妙な空気は思い出すだけでたまらない気持ちになる。
(あら? 全部本のことばかりね……)
そう思いつつツボから顔をあげると、ステラが「わあ〜」と声をあげた。
「エマさん三つも! ありがとうございますぅ!」
「け、けっこう恥ずかしいわね、話すのも」
ちょっぴり頬を赤らめてシュラインが小さく呟く。思い出すだけではなく、声に出すことでかなり羞恥心を感じた。
「ところでこれ、何かに使うの? まさか悪いことに使うわけじゃないとは思うけど……」
「え? お話自体は使いませんよう。これは恥ずかしいな〜って感じてる皆さんのエネル……」
ごほんごほんとステラが慌ててそっぽを向いて咳をする。シュラインに向き直った時にはにっこりと笑顔を浮かべた。
「えっとぉ、じゃあエマさんは三回ほど引いてくださいね」
抽選器をシュラインの前にでん、と置く。シュラインはステラを追求せずに、取っ手を掴んで回し出した。
ぐるっと一周させると、玉が一つ。出たのは黄色。もう一周でまた一つ。出たのは赤色。そして最後の一回でもう一つ。出たのは白色。
三つの玉を眺め、シュラインはステラをうかがう。
ステラはベルを激しく鳴らした。
「おめでとうございますぅ! 二等と、一等と、残念賞ですぅ」
本命の残念賞は一つだけか……。シュラインは白い玉を凝視する。
「二等はいいけど……一等はどうしようかな。一人で旅行っていうのもね。
あ、無理は承知でお願いするんだけど……一等を残念賞と交換してもらえないかしら?」
「ええ? め、珍しいこと言いますねぇ。普通は逆ですけど……。まあいいです。エマさんがそう言うなら」
机の下のダンボール箱からボールペンを二本取り出す。そしてシュラインに渡した。
「どうもありがとう」
「二等のはイブの日に草間興信所のほうへお届けに行きますね。エマさん、お仕事だから興信所に居ますよね?」
「ええ。じゃあそっちで」
*
クリスマス・イブ――。
の日の朝、シュラインは武彦と待ち合わせてから興信所に向かった。そういえば今日はステラが二等を届けてくれる日だ。
興信所でいつものように過ごしていたが、お昼を過ぎた3時頃にちょうど買い物のために外に出ようとしたシュラインはステラと遭遇した。
「あ、エマさん、二等をお届けにきました」
「お茶請けを買ってこようと思ってたからちょうどいいわ」
ステラから受け取ってそのまま興信所に戻る。武彦は何も知らずに新聞をぼんやり読んでいた。
早速小さなダンボールを開けて説明書を読むことにする。だがやめた。せっかくなのだし、それは読まずに食べよう。
箱の中に入っているのはマシュマロだ。しかも色んな色がある。他に入っているのはインスタントのコーヒーだ。
お皿に入れてマシュマロを武彦のもとに運ぶ。
「武彦さん、マシュマロをもらったの。食べない?」
「甘いのは今はいい」
「まあそう言わず」
目の前に皿を置くと、武彦が一つ摘んで口に運んだ。シュラインも一つ食べる。
(あら。やっぱり美味しい)
もう一個、と手を伸ばすがシュラインは「あれ?」と瞬きをする。手が届かない。どんどん皿が離れ……いや、これは。
(私が浮いてる!?)
ふわふわと浮かんでいるシュラインは空中を泳ぐようにする。うまく前に進めない。
「武彦さ……あれ? さっきまでそこに座ってたのに」
ソファに座っていた武彦の姿がない。シュラインはきょろきょろと部屋の中を見回す。天井に近い位置からなのでほぼ見渡せるが……。
「ん? ダックスフンドなんていたっけ???」
机の下に、ぷるぷる震えているミニチュアダックスフンドが居るではないか。しかも毛並みが悪い。
「……もしかして武彦さん?」
尋ねると犬はぐるぐるとその場で回る。どうやら草間武彦らしい。
(なるほど……武彦さんが食べたのは動物に変身するものだったのね。で、私はこうして浮かんでしまうものだったと……)
風船のように天井まで浮かび、シュラインはばたばたと暴れた。
「降りれない! ど、どうしよう!?」
「ただいま帰りました」
興信所のドアを開けて入ってきたのは、クリスマスケーキを取りに行っていた草間零だ。零は天井で身動きがとれないシュラインを見遣り……しばし無言だった。
「何をされているんですか……?」
「ちょ、ちょっとね。あ、そうそう机の下にいる犬は武彦さんだから」
「……犬?」
零は屈んでテーブルの下を覗く。そこには犬の姿がある。
「あの、どういった理由でこんなことに?」
「あ、あはは」
(ステラちゃんにもらったマシュマロが原因なんて言えないわよね)
笑って誤魔化すしか、なかったのであった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
★ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ★
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
PC
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
NPC
【ステラ=エルフ(すてら=えるふ)/女/16/サンタクロース】
【草間・武彦(くさま・たけひこ)/男/30/草間興信所所長、探偵】
【草間・零(くさま・れい))/女/草間興信所の探偵見習い】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
ご参加ありがとうございます、シュライン様。ライターのともやいずみです。
三つも話していただいて感謝です! ちょっと変わったクリスマス、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
|
|
|