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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

 規則的に追いかけてくる足音。
 辺りにみなぎる緊張感と、それに伴う疲労感。
 迷路のように張り巡らされた水路で、ナイトホークはある一人の男と一緒に影に潜んで息を整えていた。
 その男…矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)の本名をナイトホークは知らない。彼に関して知っていることは、防衛省の人間であるということと『白鴉(しろからす)』というコードネームだけだ。その白鴉は飄々とした表情で愛銃の『コルトパイソンエリート』の薬莢を水の中に落としている。
「冗談じゃねぇ…こんな仕事やってられるか。俺は普通に暮らしたい…」
 肩で息をするナイトホークに、白鴉は溜息をつく。
 確かに『仕事』としては、あまりにも嫌な意味で楽しすぎる。自分はこれが仕事だから、給料分の働きはしようと思うが、ナイトホークに関しては、とばっちりもいい所なのだろう。
「まあまあ。『元気を出して。最悪の事態はこれからやってくるんだから』という言葉がありますが、まさにその通りですよ」
「気力を失いそうな格言だ」
 ぴちゃぴちゃという足音が辺りに響き渡り、それがだんだん近づいてくる。ナイトホークはあからさまに嫌そうな顔をして白鴉を見たが、その表情は暗視用ゴーグルに遮られて分からなかった。
 命がけの追いかけっこは、まだ始まったばかりだ。

 白鴉が篁 雅輝(たかむら・まさき)からの手紙を持ってやってきた時、ナイトホークは内心「また面倒事が来た」と思っていた。篁コーポレーションの社長である雅輝は、それと同時に『Nightingale』と呼ばれる特殊機関の長でもある。
 『Nightingale』は個人組織であるはずなのに、『キジ』と呼ばれる防衛省と関わりがあったりする事に関して、わざわざ自分から首を突っ込もうなどとは全く思わないが、鳥の名を持つ者としてどうしてもそこに関わりが出る。
「そんな露骨に嫌な顔をされると、私も来づらいですな。カフェオレと、そしてこちらを」
 白鴉自身も、自分がナイトホークに警戒されているのは分かっている。一度一緒に仕事をこなしたが、自分のことはほとんど明かしていない。それは防衛機密に関わる事で、義務であるから仕方のないことなのだが、それも理由の一つなのだろう。
 差し出した封筒からナイトホークは手紙を出し、大きく溜息をつく。
「…何か素敵なことは書いてありましたか?」
「素敵すぎて死にそうだ」
 手紙の内容。
 それはキジとサヨナキドリからの、白鴉と夜鷹への命令文。

 旧日本軍の地下施設から、残された資料を持ち帰れ。
 詳しいことは白鴉が知っている。

 その資料の内容について、ナイトホークには知らされていない。白鴉が聞かされたのは、『殺されても死なない兵士を作る』研究の資料ということだが、それすらも眉唾なのではないかと思っている。話によると、死なない…といっても、ナイトホークのように完全な不老不死ではないようだが。
 そんな事を知ってどうするのか。
 一体その知識を何に使おうとしているのか。
 白鴉にとっても謎だらけなのだが、公務員としては上からの命令に従うしかない。
「あんたも大変だな。わざわざキジが出てくるって事は、国的に見つかると困るんだろ」
「私は命令をこなすだけですよ。君子危うきに近寄らず。世の中には知らない方が幸せなことが多いですからな…」

 資料を手に入れるまでは案外簡単だった。
 だが施設自体が自然の鍾乳洞を利用していて、道が入り組みすぎている。
 おそらく敵に見つかっても大丈夫なように、ここに施設を作ったのだろうということは沖縄戦などの知識として知ってはいるが、渡された地図も古い物なのであまり役に立たない。
 それだけではなかった。
 二人が影に潜んで、逃げ回っているのには訳がある。
「これはこれは、先住者がいたようですな」
「悠長に感心してる場合じゃねぇだろ」
 白鴉が『先住者』と言ったもの。それはボロボロになった旧日本軍の制服を着た、朽ち果てた人間の成れの果てだった。それが隊をなして二人を追ってくる。
「敵襲!」
 歪んだ声はそう聞こえた。そうなると地図を見ている暇など全くない。
 銃で頭を撃ち抜いたりしても、数が多すぎて弾数の無駄だ。とにかく走って外に出るしかない…白鴉はナイトホークを引っ張って走り始めた。
「三十六計も最後は逃げとけって言ってるぐらいです。私達の任務は『資料を持ち帰る』ことであって、殲滅戦じゃあない」
 戦えば何とか出来たのかも知れない。
 しかしここは自然を利用しているため、迂闊に爆発物などを使えば自分達が生き埋めになる可能性もある。そんなリスクは犯したくない。
 それと同時に白鴉は考えていることがあった。
 ……なるべくナイトホークに戦闘をさせたくない。
 不老不死だということは聞いているし、頭を撃たれても甦る姿も実際この目で見た。ナイトホークに着剣小銃を持たせ突撃させ、相手が混乱している隙に威力の小さな爆弾で一気に殲滅させることも可能だろう。
 それでも…あの時に見た悲しい笑い方を思い出したら、それは最後の手段にしようと思ったのだ。殲滅させなくても、資料を持ち帰ればそれで良いのだから。
「息は整いましたか?」
 通信機器は使えない。地上とは連絡が取れない。
 隣にいるナイトホークを見ながら、白鴉は義足の具合を確かめた。
「あんた義足なのに走るの速いな」
「陸自は走るのが仕事ですから…なんて、今日は移動用に変えてきたんですよ」
 足首や固定面に負担がかからないように、衝撃を吸収しやすい作りになっている義足なので多少水たまりを走っても大丈夫だ。それに日頃の訓練のおかげで、体力には自信がある。
 それを言うとナイトホークがほんの少しだけ伸びをした。
「俺はカフェのマスターだから、日頃走ったりしないんだよ…って、来るぞ」
 衣擦れと水を跳ね上げる音。
 その音に二人は顔を見合わせた。相手が銃を持っていないことだけが不幸中の幸いだが、サーベルや木刀でじわじわ殺されるのも嫌だ。
 どうやってここから脱出するか…。
「私達が日本人だと言っても信じてくれなそうですね。私も一応自衛官なのですが」
「それ言うなら、俺だって旧陸軍なら多分あいつらの上官だよ…って、説得力ねぇよ」
 金髪碧眼の白鴉に、肌の黒いナイトホークでは日本人だと信じてもらえるはずがない。
「いたぞ!」
「うわっ、見つかった!」
 遠くに兵士を見つけ、二人はまた走り始めた。白鴉の背中を庇うように、ナイトホークが少し後ろを走る。
「私の方が体力がありますよ」
「義足の調子が悪くなったら困るだろ。俺はちょっとぐらい怪我しても、丈夫だからすぐ治るんだよ」
 気を使ってくれているのか。
 それに少し微笑んで、また真剣な表情に戻って白鴉は思考を張り巡らせる。
 このまま逃げ続けるのは不利だ。おそらく相手はこの場所をよく知っているだろうし、なんといっても疲れ知らずだ。今は酸素が充分にあるからいいが、場所によっては少ない所もあるだろう。追いつめられればまさに袋のネズミだ。
 タン!
 ナイトホークが振り向きざま、脇のホルスターから『コルトガバメント』を出し、天井に向かって威嚇に撃つ。
「短銃も持ってたんですな」
「今年は銃剣で突っ込むだけじゃなくて、少し頭の良い戦いをしようと思って…。なんか洞窟を逃げ回ってると横溝正史の小説を思い出すな…何だったか、あれ…」
 余裕があるように見えるが、お互い結構ギリギリだ。あまりにも逼迫した状況になると、何とか自分の精神をフラットに戻そうとして、どうでも良いことを考えることはある。
「確か『八つ墓村』でしたか…」
「ああ、それだ。最近読んでないから忘れてた」
 確か、集団パニックに陥った村人に追いかけられるシーンがあった。白鴉は小説を読んだわけではないが、テレビドラマで見たことがある。
 落ち着け。そして考えろ。
 全くどうでもいい話をしているようだが、同じような状況という所にヒントがあるはずだ。ナイトホークもそれを思い出しているのだろう。
 怒号と共に狭い通路を兵士達が追いかけてくる。
 振り返って距離を測りつつ白鴉たちは逃げ続ける。
「ちっ…!」
 普段感情をあらわにしない白鴉が舌打ちをした。そこは水がたたえられた広間で、奥に行くためにはその縁を横になって歩くしかない。
「ナイトホーク、風がどこから来てるか分かるか?」
 まだ距離があるので考える時間がある。ナイトホークはポケットからマッチを取り出す。
「ゴーグルに焼き付くから目瞑ってて…奥から来てるな」
 にや。
 二人が意地悪く笑った。どうやら考えているのは似たようなことらしい。
「マーク・トゥエイン曰く『勇気は恐怖への抵抗であり、恐怖の克服だが、恐怖の不在ではない』…私では頼りないでしょうが、背中は任せていただきますよ」

「こっちだ!」
「大日本帝国万歳!」
 水辺の向こう岸まで何とか移動したナイトホークは、マグライトを照らして立っていた。白鴉の姿は見えず、兵士達がそこに向かって一斉に走り込む。
 その刹那…。
「………!」
 ピン。
 何かに遮られるように兵士達の体が前に倒れた。生身の人間ならその違和感に気付いただろうが、生ける死者である者達はその存在に気付かなかったらしい。通路の端と端に張り巡らされたワイヤー…白鴉が好んで使うトラップで、それが将棋倒しになった兵士達を切り刻む。
 うおおおおおぉぉ…。
 それでも兵士達はその屍を乗り越えてきた。
 狭い穴から一斉に出ようともがくその目的は、ただ一つ「敵の排除」のみだ。
「もう戦う相手はいないのですがね…」
 ナイトホークの後ろで白鴉が呟いた。
 戦争はとっくの昔に終わっている。それなのに彼らは敵と認識した自分とナイトホークを殺すという、そのためだけに動いている。
 水に入り、縁を歩く兵士達はまるで蟻のようじゃないか。
 生きるためでもなく、ただすり込まれた目的のためにその動きが止まるまで体を動かし続ける…それが何だか空恐ろしい。
「準備はいいか、白鴉」
「いつでも」
 ナイトホークがコルトガバメントをスッと構える。天井に向けたその銃声が合図だった。
「伏せろ!」
 その声を聞き、ナイトホークは通路の奥へと飛び込んだ。その頭の上を小型の手榴弾がかすめていく。
 二人が考えた作戦は、ある程度兵士を一網打尽にしてから通路を塞ぐということだった。
 落盤の可能性も考えたが、水がたたえられていて足音が響き渡っているのなら、一つの揺れが全てに作用することはないという白鴉の判断だった。無論爆発物に関しての知識が深く、かつ判断力と精密に投げられる技術があるからこそ出来るのであって、他の者が同じ事をやれば自分達も危険に晒していただろう。
「…上手くいったか?」
 起きあがって手で埃を払うナイトホークに、白鴉は溜息をつく。
「『後ろを振り返るな。何かよくないことが迫ってくるところかも知れない』アメリカの野球選手、サッチェル・ページの言葉ですが、それでも振り返りますか?」
「嫌なこと言うな…風が来てる方に行けば後は出られるか?」
「ですな。地上に近ければ通信も出来そうですから」
 振り返りたくはなかった。
 そこに見えるのは、妄信的な兵士達の最期の姿…それはいつか自分に重なるかも知れないと思うと、何だかうすら寒い。
 そして白鴉は思っていた。
 『Nightingale』は自分が持っている資料を一体何に使うのだろう。まさか彼らと同じような兵士を作り出すのか、それとも他に理由があるのか。
「どうした?白鴉」
「いや、私もああはなりたくないなと思っただけですよ」
「社長の考えてることは俺にも分からんよ。聞きゃ教えてくれるのかも知れないけど、それで足を踏み込むのは後々面倒だ」
 それが賢く生きていくための処世術。
 そう言ったナイトホークはポケットからシガレットケースを出す。
「さて…と、追っかけてこないなら風の方向見がてら一服しようぜ。今重要なのは、どうやってここからとっとと脱出して、家帰って酒飲むかって事だ」
「その一杯に私もお付き合いさせてください。出来れば奢りで」
 考えても仕方がない。
 風が吹いてくる方向に顔を向け、白鴉は自分の煙草をくわえて人懐っこく笑って見せた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6739/矢鏡・慶一郎/男性/38歳/防衛庁情報本部(DHI)情報官 一等陸尉

◆ライター通信◆
ありがとうございます。水月小織です。
危険な仕事で、二人で逃げ延びる話…ということでしたので、地下を逃げ回らせてみました。慶一郎さんは割と色々考えたり余裕があるように見えますが、危険になるほど落ち着いていくイメージがあります。
仕事を頼む『Nightingale』側は一応PC側なので、悪いことにはならないと思いますが、それでも裏が分からない仕事は不安だと思います。
リテイク・ご意見は遠慮なく言ってください。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。