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<東京怪談ノベル(シングル)>


君へ送らんアネモニの花


 パチン、パチンと音がして、電球の古くなった街灯が点滅する。その灯りを受けて闇の中に現れたのは、瑠守・未央(るかみ・みお)だった。
 未央は額に揺れる金糸を黒いフードの中に隠し、銀の目を瞬かせた。服に仕込んだナイフを確かめるように、そろりと指で触る。
「緊張してるのか?」
 言われて振り返れば、そこには正に闇色と称しても頷けるような、頭から爪先まで真っ黒の青年が立っていた。ただ、未央を優しげな笑みで見下ろすその顔だけが、陽に照らされた雪のように白い。
「ううん、大丈夫」
 未央がにこりと笑うと、青年は前髪を後ろに流し、腕に巻いていた青いバンダナを自らの額に回して留めた。
「そろそろ時間だ……鳥の歌声は何よりも勝り、白い翼は何よりも美しい」
 青年の声と同時に、街灯がパチンと鳴って点滅する。一瞬の暗闇が終わると、二人の姿は既に無かった。


 ハーピィ。それは見目麗しい女性の上半身を持つが、その腕と脚が鳥類のそれである、魔物の一種である。一般に、性格は獰猛にして姑息であり、群れを成すと伝えられている。そして、その最たる特徴として、海の歌姫セイレーンにも匹敵する、美しい歌声があった。
 布地に水が染み入るように闇の中からじわりと聞こえて来た声に、建物を警護していた黒眼鏡の男が空を見上げる。雲が厚く、月すら見えないその空に、白い影が浮かんでいた。
 暗闇に染み込んだ歌声が、外の警護をしている男たちの身体を包む。次第に目がとろんと下がり、全員の目が白い影へと注がれた。男たちはまるで誘惑されているかのようにフラフラと影へ近づいて来る。
 そこに、ふっと闇を斬るように、青色の光が走った。その光が、空を見上げている男たちの額に手を触れると、男たちは簡単に眠りに落ちた。
「人数が多いから、あまり強い催眠はかけられない。精々3分ってところだ」
「それで充分」
 倒れている男たちの真ん中で、一人立っている青年の言葉に、未央は高い塀から飛び降りる。そして、露にしていた金色の髪をフードで隠すと、青年の隣に近づいた。青年が未央の肩に手を置き、耳元で囁くと、未央の背中にばさりと翼が生える。まるで鳥のそれのような翼を広げ、未央が宙に浮いた。
 静かに風を切り、未央が建物に向かって空を飛んで行く。と、一つの窓に目をやった未央は、その窓ガラスへそっと指を当てた。その感触に未央が楽しそうに口元を緩め、ササッと宙を切ると、その指の動きに合わせてガラスに白い線が入る。白い線はガラスに四角を描き、未央がそれを軽く押すと、容易に倒れ落ちた。
「防弾ガラスも、これじゃああんまり意味ないね」
「貴様、何者だっ!」
 高級そうな毛足の長い絨毯に、ぼすんと静かな音を立ててガラスが落ちると、室内で眠っていた老人がガバリと起き上がり、近くに置いてあった銃へ手を伸ばした。それに未央が腕を振るうと、風が刃となって銃身が両断される。
「あんたの悪事もこれで終わり……ってね。バイバイ」
 言って、未央は再び腕を強く振った。研ぎ澄まされた風が、恐怖に顔を歪める老人の首を跳ね、壁に当たって霧散する。悪趣味な赤い絨毯でも消し切れなかった、宙を舞った首が落ちる音だけが、部屋に響いた。
 静かに仕事を終えた未央は、軽く溜息をついて時計を確認した。ここに侵入してから2分。後は帰るだけだから問題はない。大丈夫。
 ふと、目の端で何かが動いたような気配がした。老人が生きている筈はないし、この部屋に老人以外の生き物がいないことは確認している。それでも未央は気になって、既に首のない死体となった老人を振り返った。
 瞬間、死ぬ前にサイドテーブルに伸ばした老人の腕が落ち、そのテーブルにあったスイッチを叩いた。途端に建物中にサイレンが鳴り響く。未央の顔が焦りに引き攣るのと、未央と死体しかいなかった部屋のドアが、数人の男たちによって空けられるのは同時だった。
 反射的に背を向け、自分が切り落とした窓ガラスから未央が飛び出すのを追いかけるように、弾丸が雨のように降り注いだ。それを何とか避けつつ、未央は青年を探す。
「こっちだ」
 耳に届いた静かな声に、未央は一瞬安堵して、そんな場合ではないと気を引き締めた。闇から湧き出たように未央の傍へとやって来ていた青年は、未央を先導して走って行く。
「そこまでだ」
 ガチャリと音がして、2人を鈍く光る銃口が囲んだ。その真ん中には、狡猾な目をした細身の老人が立っていた。その老人を見て、青年が舌打ちをする。
「生憎だが、お前たちが殺した男はわしの弟だよ。まあ、所謂替え玉という奴だな」
 老人の言葉に、未央がぎりっと拳を握り締めた。そんな未央を庇うように青年が前に出る。
「さて、もう少し話をしたいところではあるが、お別れの時間だ」
「飛べ」
 銃が吼えるのと、青年が高くジャンプするのと、そして未央が翼を広げて空へ飛んだのは同時だった。ジャンプした青年が下に向かって手榴弾を投げ、差し伸べた未央の腕を掴んだ。爆音が響き、巻き上がった爆風に巻き込まれないように、未央が必死に空を飛ぶ。


 建物から数キロメートル離れた、光の届かない場所で、未央と青年はやっと地面に降り立った。肩で息を吐く未央は爆風で飛んで来た石などで細かな傷がついていたが、それ以外は無さそうだった。だが、未央の隣に降り立った青年は、熱の篭った息を吐いて崩れ落ちる。
「先輩っ!」
 慌てて青年の身体を支えた未央は、その手にぬるりとした生暖かい感触があるのに気付いた。未央の顔が真っ青になるのに、青年が笑う。
「その顔は……殺し屋として、失格、だぞ……」
「先輩っ、ボクのせいで……ボクの……っ!」
「未央」
 今にも涙を零しそうな未央を制するように、青年は強い口調で未央の名前を呼んだ。それに未央が息を呑むと、青年は柔らかく微笑んで未央の頭を撫でた。
「生きろ」
 するりと、青いバンダナが、青年の額から滑り落ちた。


 その後、組織へと戻った未央は、ターゲットの生存と任務の失敗を告げられた。そして、そのターゲットはこれまでにも幾度の暗殺を退けていた人物であったことを知る。
 しかし、未央にとってそれはどうでもいいことだった。ただ、自分の大切なものを奪った奴を憎み、守れなかった自らを憎んだ。
「先輩……必ず……」
 未央はぎゅっと青いバンダナを握り締め、それに口付けを落とした。そして、フードを外すと、金糸の髪にバンダナを巻いた。










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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6874/瑠守・未央/女性/11歳/小学生・ハンターネーム【ハーピィ】】



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           ライター通信          
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はじめまして、中畑みともと申します。
今回はシチュエーションノベルの発注、有難う御座いました。
……そして、かなり長い間お待たせしてしまい、申し訳ありませんでした!(ジャンピング土下座)
何とか雰囲気を出そうと頑張りましたので、楽しんで頂けると嬉しいです。