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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


鍋をしよう10 ―涙のリクエスト―
●オープニング【0】
「お鍋をしようと思います」
 草間零がそんな言葉を口にしたのは、2006年もまもなく終わろうかという12月半ばのことであった。
「……何があった」
 極めて冷静を装い、草間興信所の所長である草間武彦は零へとその真意を尋ねる。草間興信所と鍋ほど相性に疑問符のつくものはないのだから……。
「え。かにを食べたいって人が居るって聞きましたよ?」
「あれか……」
 少し前の自らの発言に思い当たった草間は、ふうっと溜息を吐いた。
「俺が言っててあれなんだがな、別にゆでがに出すだけでもいいだろ。何ならカニクリームコロッケ山盛りだって好んで食べると思うぞ?」
 ……酷いや、草間さん。
「でも楽しみにしているでしょうから」
「……好きにしろ」
 鍋に関しては零は引かない。そのことがよーく分かっていた草間は、いつものように好きにさせることにした。何だかんだ言いながら、草間は零に甘いことが分かる風景である。
 そんな訳でまたまたやってきた鍋パーティ。参加するなら、食材あった方が嬉しいかな?

●それを待っていたのだ【1】
 やってきた鍋パーティ当日。机に向かっていた草間が煙草に火をつけようとしていた時だった。
「かにばんざーーーーーーーーーーいっ!!」
 草間の背後から、そんな絶叫が突然聞こえてきた。
「うおっ!!」
 心臓をわしづかみされるほどに驚いた草間は、思わずライターの火を最大にしてしまった。ぼうっ、と炎が出てしまい草間は余計に驚くことになってしまったのだった。
「何っ、どうしたの武彦さんっ!?」
 パタパタと駆けてきて台所の方から顔を出したのはシュライン・エマ。一足早く来て、零とともにぼちぼちと準備をしていた矢先のことだった。
「あら」
 が、草間の背後に居た者の顔を見て『なあんだ』といった表情を見せた。よーく知った顔がそこにあったからだ。
「お前は何をしに来たーっ!!」
 振り返り大声で怒鳴る草間。背後には、満面の笑みを浮かべた守崎北斗が立っていた。
「何しにって、当然かに食いに」
 両手をぐっと握ってそう言い放つ北斗。頭から爪先まで、今日の北斗はかにでいっぱいであった。
「今日食わせてくれるんだろ? な、な、どこ? どんな奴?」
 と言って、北斗はきょろきょろとかにの姿を探す。草間はふう……と溜息を吐いてからこう言い放った。
「シュライン、零。こいつだけ、ざりがににしてやれ」
 ああ……怒ってますね、草間さん。
「わ、ひでぇ! ちょっとした喜びの表現だろー!」
 満面の笑みから一転、真顔になって北斗は抗議を始める。
「喜びの表現があれかっ! 心臓が止まるかと思ったぞ!!」
「大丈夫だ! そうなったら、草間の分も俺が責任持ってちゃんと食べるから!!」
「……お前ちょっと耳貸せ」
「耳? いいけどさ」
 きょとんとして、言われるままに草間に耳を貸す北斗。すると草間は急に、北斗のこめかみを両手のこぶしでぐりぐりと刺激し始めた。
「あだだだだだだだだだだだだ!!!」
 悲鳴を上げながら、北斗がバンバンと机を叩いて悶える。少しして、草間が北斗を責めから解放した。
「これで許してやる」
「……かに〜……」
 解放された北斗はといえば、ふらふらとシュラインたちの方へ向かう。両方のこめかみを押さえて痛そうにしながらも、かにへの執念忘れぬ北斗であった。
「やれやれ」
 今度こそ煙草を吸おうと、再び火をつけようとする草間。ところが――。
「零、お茶」
 またしても背後から声が聞こえ、草間はぽろりと煙草を取り落とした。
「……誰だ、ろくに似てない俺の真似をしてるのは……」
 振り返ることなくつぶやく草間。すると背後に居た者は、残念そうに言葉を発した。
「似てない……」
 背後に居た者――守崎啓斗は口に出した瞬間、自分でもがっくりきたのだろう。
「まだまだだな兄貴」
 ふふん、と北斗が啓斗に向かって言い放った。啓斗は小さくこくんと頷く。
「草間んちの資料を見て勉強だ……」
 そう言いながら、啓斗は事務所のファイルを取りに向かった。念のため言っておくが、草間の喋り方などは事務所のファイルには載ってません、ええ。
「はい、お茶です」
 そんな中、とことこと零が湯飲みを運んできた。
「零……何でお茶を持ってくる……」
 頭を抱える草間。まさか零には今のが似て聞こえたとでもいうのか?
「え? あの、お茶を頼まれましたから」
 目をぱちくりさせて答える零。ああ、なるほど。『誰が』言ったかではなく、内容の方に注意したんですね。

●食材がいっぱい【2】
「こんにちは」
 そのうちに、事務所へ新たに客がやってきた。雨柳凪砂である。
「あ、いらっしゃいませ」
 真っ先に零が凪砂へ声をかけた。凪砂は零に微笑み小さく頭を下げると、草間の方へ向き直って尋ねた。
「えっと、あの……噂を聞いて参戦したいんですけど、いいでしょうか」
「参戦て言葉使ってるということは、鍋か」
 草間苦笑い。まあ、草間興信所での鍋については、色々と噂が流れているから仕方のないことではあるのだけれども。
「ま、好きにしてくれ。来る者拒まずだからな、うちは」
 参加したいと言っているなら断る筋合いはない。これまでも、そしてこれからも同様である。
「ありがとうございます」
 ぺこんと頭を下げる凪砂。
「ひぃふぅみぃ……これで6人、と」
 何気なく人数を数えるシュライン。準備の関係もあって、人数を知ることは重要であった。まあ、バケツとか消火器とか薬とか……。なお、『そっちの準備かよ!』という突っ込みは却下する。
「家で鍋してもいいんですけど、やっぱり大勢の方が美味しいですよね」
 そう言って皆に微笑む凪砂。6人も居ればだいぶ楽しい鍋になることだろう。
(……ついでに鍋文化の記事ネタも拾えるかもしれないし)
 おや凪砂さん、そんなことまで考えていましたか。使える使えないは別にして、ここならネタの1つや2つは確かに拾えるかもしれない。
「おー、ずわいがにだー!!」
 台所に潜り込んだ北斗の喜びの声が聞こえてきた。
「はい、奮発したんですよ」
 と答えたのは零。零が自分で選んで買ってきたのだ。
「私も見たけどいいかにだったわ。えらいえらい、零ちゃん」
 シュラインがそんな零の頭をなでなでと撫でてあげる。あれこれ問題のある鍋とはいえ、零の自主的な行動は邪魔したくないなと思っているシュラインであった。やっぱり草間同様に零に対して甘いです。
「ちょっと小耳に挟んだ香箱っつの? あれって美味いらしいじゃん? それもよかったかなー。ネットで検索したらあの卵の美味そうなこと!」
 喜々として語る北斗。ちなみに、ずわいがにのメスを金沢では香箱がにと呼びます。なので北斗が今目にしているのがメスだったら、金沢で呼ばれる所の香箱がにだ。
「……突っ込んだ方がいいのか?」
 草間が小声で尋ねると、啓斗は無言で頭を振った。
「でもあれね、今回鍋するって聞いた時、最初牡丹鍋かとどきどきしてたのよ」
 かに鍋だとはっきり分かっているからか、そんな話をシュラインは始めた。
「何でそう思ったんだ?」
「だって武彦さん。そんな話をしてたって聞いたもの。猪肉は未経験なのよぉ」
 草間の問いかけにそうシュラインは答えた。
「……最近便利になったもんだよな」
 不意に啓斗がしみじみとつぶやいた。何のことかと思いきや、啓斗の言葉はこう続く。
「猪肉なんて、ちょっと山手の方にある産直で当たり前のように売られてるんだぞ……ふ……ふふ……」
 何故か遠い目になる啓斗。えーと、何があったんですか?
「苦労して手に入れて食べたんですか?」
「いや、俺は食わないけど」
 零の質問に啓斗即答。啓斗は肉嫌いである。
「兄貴、大根もここでいいかー?」
 台所から北斗が尋ねてきた。
「ああ、頼む」
「何だ、大根持ってきたのか」
 台所に向かって声をかける啓斗に、草間が言った。鍋の薬味に大根おろしもいいものだ。そういえば、大根おろしを一面に散らした雪見鍋なんてものもあるのだし。
「大根はどちらかと言えば脇だ。主は牡蠣だな、殻付きの」
 しれっと答える啓斗。なるほど、大根おろしで牡蠣の汚れを取る訳ですか。
「ただ、時々塩で洗えとか片栗でもいいよって聞くんだ。……どれが一番効果的なんだろうなあ……」
 啓斗はそう真顔で尋ね、思案する。
「俺が知ってる訳ないだろ」
 当然そう答えると思ってました、草間さん。
「七輪はー?」
 台所からまたまた北斗の声。そうか……牡蠣を焼くんだな。焼くんですね?
「ちゃんと煙が流れる場所にな」
 さすが啓斗、きちんと考えている。
「そういえば……何だかウィルスが猛威振るってるらしいから、生牡蠣を食べるのはやめておこうな。せっかくの鍋なんだし……火の通った物を食おう……うん」
 啓斗が皆に聞こえるように言った。『ノ』で始まる噂のウィルスのことである。もっとも啓斗が言うように、火を通せば噂のウィルスは死滅して問題ないのだけれども。
「あ! あたしも一応持ってきたんです。デパートなんかで売っている『鍋セット』ですけど」
 忘れる所だったとばかりに、ぽんと手を叩いて凪砂が言った。
「外に置いてあるので、持ってきますね」
 と言い、一旦外へ出てゆく凪砂。そしてすぐに戻ってきた。両手に大量の袋を提げて。
「ええと、まずは……」
 凪砂が袋から『鍋セット』を取り出してゆく。
「『旬の海鮮と山の幸』です」
 凪砂がテーブルに置く。……3セット分をどすっと。
「これは『チゲ&豚キムチ』です」
 どさっとこれまた3セット分。
「『牛鍋&鳥の水炊き』です」
「『すき焼き』の関東風、それから関西風」
「まだあります。洋風に『チーズ&チョコフォンデュ』を」
「『湯豆腐』もさっぱりといいですよね」
「そして『かに三昧』です」
 これら全て3セット分だ。全部で何セットかは各自で数えるよーに。
「こりゃまた……かなり持ってきたな」
 さすがに草間も戸惑いを隠せない。
(食い切れるのか? いやまあ、あいつが居るから何とかなるだろうが……)
 ちらっと台所を見る草間。北斗なら食べてしまうかもしれない。
「あの、まだあるんです」
「は?」
 凪砂のその一言に草間が固まった。
「ちょっと待っててくださいね」
 再び出てゆく凪砂。次に運んできたのは、ビール3ケースと日本酒12本。そして肴の盛り合わせや珍味セットといったもの。どうやって持ってきたんだという突っ込みは却下。そりゃ色々と手段はあるでしょうから。
「酒とつまみか……。ま、これで全部なんだな?」
「いえ、もう少し」
(まだあるのか!!)
 心の中で凪砂へ突っ込む草間。凪砂は三度外へ出てゆく。今度運んできたのは、たっぷりの餅とラーメン3ダース。そして――米俵1俵。なお1俵は約60キロでお考えください。
「これは締め用に」
 と笑顔で語る凪砂。十分過ぎます、これ。
「おーっ、いっぱいあるーーー!」
 あ、台所から出てきましたか、北斗さん。
「こんなにあったら、あのかに茹でて食ってもいいよなー。俺、クリームコロッケも茹でがにも好物だから」
 笑って言う北斗。要するにかにであればどんな形でも楽しめるということか。
「どっちもスーパーやデパートの試食で……」
 そう言いかけた北斗の頭を啓斗が素早く叩いていた……。

●身を張ってネタをつかむ【3】
 参加人数に対し、あまりにも種類があるのでひとまず取捨選択。
 メインはもちろんかに鍋だ。それから牡蠣鍋。で、豚キムチチゲ鍋。この3つに絞った。……だのに何故か鍋がもう1つ。謎の鍋をシュラインが用意していた。
「おにぎりもあるから、よかったらどうぞ」
 皆に勧め、定位置である草間の隣へ座るシュライン。普通のおにぎりはもちろん、青菜を混ぜた奴だったり、ふりかけを混ぜ込んだものとかを用意していた。
 そして草間の挨拶で乾杯を済ませると――。
「いっただきまーす!」
 真っ先に北斗の箸が動いていた。もちろん伸びた先はかに鍋だ。
「かにだけじゃなくて、野菜もたくさん食べてね」
 とシュラインが釘を刺す。シュラインは頂き物である加賀野菜を持ち込んでいた。小坂蓮根はすりおろしてだんごににし、くわいは正月分を取り置いて唐揚げにしてみたり。源助大根なんかは胴の部分を鍋用に切ってかに鍋に入れていた。
「うまいぞーっ!!」
 さっそくかにに手をつけた北斗は一口食べるなり絶叫。
「北斗、静かに食べろ」
 じろっと啓斗が睨むが、今の北斗には効果なし。旨い旨いと連発していた。
「零、そこの大根おろし取ってくれ」
「あ、はい。これですね、どうぞ」
 草間に言われ、零が大根おろしの入った容器を手渡した。すると北斗が口を挟んできた。
「それ、俺がおろしたんだぜ」
 何故胸を張って言いますか、北斗さん。
「貢献度で言えば啓斗の方が上だぞ、北斗」
 草間がからかうように言った。実際啓斗は牡蠣の殻を外して大根おろしで洗っていたりして、北斗よりも働いていた訳で。凪砂も凪砂で、シュラインに指示されてコンロや食器を運んでいたりする。
「あーもう、固いこといいっこなし!」
 そう言って北斗はごまかした。
 ともあれ、鍋自体は普通の鍋。特に何か悲劇が起こる訳でもなく、順調に楽しく美味しく鍋パーティは進んでゆく。
「あの……」
 そんな時、凪砂がシュラインへ尋ねた。
「ここの鍋ならでは、というものがあったりしますか?」
 凪砂はネタを仕入れようとしたのだろう。するとシュラインは一瞬視線を外してから、4つ目の謎の鍋を示して静かに言った。
「……試してみる? 冒険用の鍋を」
 冒険用? 何ですかそれは?
 疑問に思いつつも凪砂は試してみることにした。そして謎の鍋の蓋が開かれて……。
「う」
 つんとくる匂いが鼻を刺した。鍋の中では何やらよく分からない色をした液体がぐつぐつ煮えていた。
「い……いきます……」
 意を決し、中からよく分からない具を1つ箸で取り出す凪砂。で、息を止めてそれを口の中へ放り込んだ。
 例えるなら――劇物だった。
「……あー……」
 箸を投げ出すように置き、両手で顔を覆ってしまう凪砂。食べなきゃよかった、そんな後悔の気持ちで一杯だった。
「これは再び封印した方がいいみたいね……」
 謎の鍋の蓋を閉めるシュライン。この中にはちょうど事務所にあった原材料謎なフレークや湿気ってきたかきやま、そして何が起こるか予想のつかない未知のチーズ、その他諸々転がっていた食材が投入されていたのである。
「何やった、シュライン」
 草間がじとっとした視線をシュラインへ向けていた。
「い……入れちゃおうかなって」
 えへ。笑ってごまかすシュラインであった……。

●違った意味で困った事態【4】
 普段と違って少人数だった今回の鍋パーティ。犠牲者は1人出たものの、それはまあ本人の希望だから深くは考えないこととする。全体的には平穏に終わっていた。
 もちろん一番満足していたのは北斗である。何しろ七輪で焼きがにや焼き牡蠣まで作って食べたのだから。焼いていたのは言うまでもなく啓斗だったが。
「……さて、残った食材をどうするか、だな」
 凪砂が残していったビールや日本酒、それから餅やラーメン、米などを前にして草間が唸った。
 ずいぶんな分量であるそれは、結局大晦日までに使い切られることはなかったという。

【鍋をしよう10 ―涙のリクエスト― 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 1847 / 雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ)
               / 女 / 24 / 好事家(自称) 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全4場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに鍋シリーズの10回目をお届けいたします。平穏といえば平穏なんでしょうけど、参加人数の関係で違った意味で困った事態になりましたねえ……。どう処理されるかは、お正月な依頼にて判明することでしょう。
・今後も鍋シリーズは定期的に行ってゆきたいと思います。……また大量に犠牲者が出るのも面白いですよねえ……。
・シュライン・エマさん、116度目のご参加ありがとうございます。冒険しちゃいましたか。で、犠牲者出ちゃいましたし。加賀野菜はよかったように思います。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。