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<クリスマス・聖なる夜の物語2006>


エンジェル・トラブル


「ああ、どうしましょう。どうすれば良いんでしょう」
 聖なる日の前夜――クリスマス・イブ。往来を見れば幸せそうに笑う人々がおり、朝になれば目に出来るだろうプレゼントに思いを馳せる子供達が眠りにつこうとしている。
 そんな日に似つかわしくない、とても困った顔をした人物が、上空を彷徨っていた。
 いや、『人物』というのは正しくないかもしれない。何故ならその人物の背には、ヒトの持ち得ない純白の羽根があるのだから。
 ――そう、上空を浮遊している彼…リアン・キャロルは、天使だった。美しい金の髪が風に煽られ、乱れるのも構わずにただひたすら地上を見る。両性でも無性でもあるリアンは、ある目的を持って地上へ来ていた。
「ティル・スー…どこに行っちゃったんですかぁ…」
 覇気のない、弱りきった声で呟くのは、彼が懇意にしていた天使の名。クリスマスを目前に控えた、天使が最も忙しい時期に突如姿を消してしまった天使――ティル・スーを探すのが、リアンに課せられた使命だった。
「うう、なんでわたし一人で探さないといけないんですか。無理ですよぅ、クリスマスの時期は他の天使も地上に来てるじゃないですか。気配とかごちゃまぜになっててさっぱりです…」
 ブツブツと愚痴らしき言葉を零しながら、当てもなく上空を彷徨う。
「そもそもティル・スーが羽根をしまって人間の中に紛れ込んでたら分からないし…やっぱりわたし一人で探すなんて無謀です、無理です、有り得ません。人手不足だからって酷いです神様…」
 と、そこまで呟いて、はたとリアンは気が付いた。
「そうです、別に他の天使に手伝いを頼めないからってわたしだけで探す必要はないはずです…人間とか動物とかに手伝ってもらえないでしょうか。地上のことは地上に住むものの方が詳しいでしょうし…」
 何故今まで気付かなかったんでしょう!わたしの馬鹿!…と自分の頭をポカポカ叩きながら、リアンは地上へ向けて急降下した。


 リアンが上空でブツブツ独り言を零しているころ。人気のない路地で、ひっそりと溜息をつく人影があった。
 銀色の髪が月の光をうけて静かに煌めき、青灰色の瞳は憂いに染まっている。彼こそリアンの探しているティル・スーだった。
「ああ、どうしよう。誰か探しに来てるかなぁ。リアン・キャロルじゃないといいんだけど」
 また深く溜息をついて、壁に寄りかかる。それなりに高位である天使の彼は一応目的があって地上に来たのだが、間違いなく探しに来ているであろう他の天使に見付からずにそれを成し遂げられるかは五分五分の賭けである。なかなか行動に移せず、このような路地でぼうっとしていたのだ。
「とりあえず、こうして隠れててもどうにもならないし…行動開始としようかなぁ。ああ、まったくどうしよう…」
 ともかくも、ティルはのろのろと路地を歩き始めた。

     ★  ★  ★

 雑踏の中、今にもスキップを始めそうなほど楽しそうに歩く人がいた。聖職者を表す衣服には少々似つかわしくない、両手いっぱいの荷物――しかも大分重そうである――を苦にもせず、軽快な足取りで道を行く。
「ふっふっふっ…せっかくのクリスマスだし、やっぱりここはどかんと一発派手にいかないとねー。材料はばっちり買ったし、後は作るだけ! はやく作りたいなぁ…よし、近道しよう!」
 弾む声で近道することを決断し、慣れた様子で路地に身を滑り込ませる。
 そして次の瞬間、ぴしりと固まった。
「……………………あれ?」
 銀の髪に青灰色の瞳の青年――否…天使が、イスターシヴァを見て声を漏らす。
「…………」
「……………………」
「………………………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………………じゃっ!」
 しゅたっと荷物を持ったままの右手を挙げ、イスターシヴァは180度方向転換し、何事もなかったかのように通りへ戻ろうとした。
 しかしその背に予想外にも困惑の滲む声がかけられる。
「あのー…俺を探しに来たんじゃないんですか?」
「………………は?」
 顔だけ振り返ったイスターシヴァの紫の瞳と、わけがわからないと言った風情で首を傾げた青年天使の青灰色の瞳が、互いを捉えた。


「へぇ…仕事さぼってまで地上に来たかったんだ?」
「そうなんですよー。前々から地上のクリスマスに興味があったんですけど、なかなか降りられなくて。今回やっと仕事抜け出して地上に来れたし、せっかくだから地上風クリスマスを体験しようかとー」
 和やかに会話を交わしながら歩く仕事さぼり真っ最中の天使二人組。背の羽根はないため周りに違和感なく溶け込んでいる。
 ―――時を遡ること十数分前。無言のまま見つめ合っていた二人は、どうやら相手が自分を見つけたからといってどうこうするわけではなさそうだと判断し、なんとなく流れでそれぞれの事情を話したのだった。
 イスターシヴァ・アルティスは第一階級……つまり最上位の天使・熾天使である。しかし以前地上に降りた際、偶発事故により天界の扉が閉じてしまったため、天界に帰れなくなってしまったのだ。そこで仕方なくある教会の居候をして、だんだんと地上の暮らしに馴染み。
 ―――なんかもう、天界に帰るのどうでも良くなっちゃったや。
 そんなわけで、天界に戻れるようになった今でも地上にとどまり、教会の助祭兼住み込みのお手伝いとして日々を過ごしているのだった。
 対するティル・スーはというと、熾天使に次ぐ上位の階級――第二階級の天使・智天使である。彼は常日頃から地上に興味を持っており、とりわけ日本を観察するのが好きだった。なかでも日本のクリスマスは彼の好奇心をくすぐって仕方がなかった。
 色々な宗教が混在する日本でのクリスマスは、宗教色はそれほど強くはない。とはいえ多くの人々が楽しそうにしているのを見ると自分もそれに参加したいなぁ、などと思うのだった。
 だがしかし、天使にとってクリスマスは目が回るほど忙しい日である。もちろんクリスマスの前後も忙しい。ゆっくり地上を眺めることも出来なければ、仕事以外で地上に降りるなどもってのほか。このままでは毎年毎年仕事に明け暮れて日本のクリスマスを知ることも体験することもできない!と危機感を抱いたティルは、仕事をさぼって地上に降りることにしたのだった。
 互いにすねに傷持つ身であるイスターシヴァとティルが妙な連帯感から意気投合したとしてもおかしくはないだろう。
 そして『地上のクリスマスを体験したい』というティルに、イスターシヴァは『自分のことを神に内緒にしてくれるならば』と協力を申し出たのだった。
 ティルを探しに来ているだろう天使、または仕事で地上に来ている天使に見付からないように、イスターシヴァが気配を隠す特殊な結界を張っている。それにより誰かに見付かるかとびくびくせずに済んでいるティルは、非常に気分が軽かった。
「まずはー、ケーキ作るんでしたよねぇ?」
 イスターシヴァの持っていた大荷物の半分を持って、ティルは至極楽しそうに尋ねる。
「そうそう! やっぱりクリスマスと言えばケーキだしねっ!」
 喜々とした様子でイスターシヴァが答える。もうすぐ教会に着く――つまりケーキを作ることが出来るからなのか、見るからに上機嫌である。
「特大ケーキ…ミサで配るんでしたか。いいですねー楽しそうですよねぇ」
 イスターシヴァが自分より上位の天使ということで、なんとなく敬語口調のティルがのほほんと笑う。
「ティルが手伝ってくれるならちょっと凝ったものが作れそうだし、ああ楽しみ!」
 イスターシヴァが教会に勤めていることだし、とりあえずスタンダードに教会でのクリスマスを体験してみたい、とティルが言い、それならばと用意から手伝うことになったのだった。
「ああ見えてきたよ! あれが僕が住ませてもらってる教会。ほら、はやく!」
 そう言って、イスターシヴァは軽い足取りで走り出す。慌てたようにそれに続いたティルは、どこか嬉しそうに目を細めた。

     ☆  ☆  ☆

一方その頃、リアン・キャロルはと言うと。
「ねぇねぇ吉良さん〜。このヒトのお願いきいてあげてくださいよぅ。かわいそうでしょー?」
「断る。つーか無理。そもそもそいつ迷い込んだんじゃなくてお前が連れてきたんだろうが。拾ったもんの面倒は自分で見ろよ」
「そ、そんな犬猫みたいな言い方って…!」
「えーだっていきなり空から落ちてきたんですよ? 放っておくなんてヒトとしての道に反しちゃいますよぅ」
「お前はいつだってヒトの道に反してるだろ。…ったく厄介ごとばっかり持ってきやがって」
「え、わたし厄介ごと扱いですか?」
「だってボクそういう存在ですもーん。いいじゃないですかーこのヒト天使なんだから願いは『聞き』やすいでしょ?」
「『聞き』やすいのはそいつの願いばっかじゃねぇっての。っつーか無理だって言ってんだろうが」
「……ていうかわたし無視されてます…?」
 お前ホントに人間かと思わず問いかけたくなるようなやたらと色素の薄い男の住まいに、天使のような外見の中身小悪魔な少年によって連れ込まれていた。しかも無視され気味だった。

     ★  ★  ★

 芸術的な美しさの純白のドレープ。それがイスターシヴァの手によって生み出されていくのをじいっと見つめながら、ティルはほうっと感嘆の溜息をつく。
「すごいですねー。これ切り分けるのもったいなさ過ぎますよ?」
「ふふふ、ありがとう! 我ながらこの出来は素晴らしいと思うよ!」
 なにやら悦に入っているイスターシヴァ。しかしそれほどにイスターシヴァ作(手伝い:ティル)の特大ケーキは見事な出来栄えだった。手伝ったとはいえせいぜい小麦粉をふるったり生クリームを泡立てたりという下準備に近いものしかしていないティルからすれば、てきぱきと作業し、芸術的なケーキを作りあげたイスターシヴァはまさに神に等しかった。
「ああそうだった。はい、これあげる。手伝ってくれたお礼代わりってことで」
 ケーキの飾り付けを終えたイスターシヴァが、ひょいとティルに差し出したものは。
「……こういうのって確かブッシュ・ド・ノエルとか言うんですよねぇ…?」
「そう、僕作のブッシュ・ド・ノエル。…食べられないとか言わないよね?」
「はぁ、それはないですけどー……一体いつ作ってたんですか?」
 少なくともティルが見ていた範囲では特大ケーキ以外のものを作っているようには見えなかったのだが。
「うん? それはまぁ空いた時間にちょちょいっと」
 ちょちょいっと、高級洋菓子店に並んでも遜色のないブッシュ・ド・ノエルを作れるらしい。ティルは心底イスターシヴァを尊敬した。密かに甘い物好きだったりするティルだった。
「それじゃ、もう少ししたらこれ切り分けよう」
「わかりましたー」
「それまで息抜きに…そうだ、僕のペットでも見る? 水玉模様の鳥なんだけど、すごく可愛いんだよ!」
「うわー、いいですねぇ。見たいですー」
「じゃあ行こうか!」
 そんな感じに、いたって仲良く和気藹々とした雰囲気で、彼らのクリスマス・イブは更けていくのであった。


 その後、クリスマスのミサに半泣き状態のリアン・キャロルが現れたり、クリスマスも過ぎ、天界に戻ったティルがちょくちょく教会に顔を出すようになったりするのだけど――それはまた、別のお話と言うことで。


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★   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ★
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【5154/イスターシヴァ・アルティス/男/20/教会の助祭】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、こんにちは。遊月と申します。
「エンジェル・トラブル」ご参加有難うございました。

なんだかちょっと似たもの同士な雰囲気の漂うイスターシヴァさんにティルも懐いたようで。
「あれ、イスターシヴァさんこんなノリでいいのかな」と思いながらも楽しく書かせていただきました。
ミサでは2人でにこにこ笑いながらケーキを配ったことでしょう。
リアンは全くもって話に絡みませんでしたが…当方NPCに散々蔑ろにされた挙句ふらりと迷い込んだ教会でティルと遭遇、顔を見た途端に号泣してしがみついてきたり。その後3人でのほほんと茶飲み話とかしてそうだなー、なんて想像を膨らませてみるライターでした。

ご満足いただける作品に仕上がっていると良いのですが…。『ここ違う!』などという点がございましたらどうぞ遠慮なく仰ってくださいませ。
ご縁がありましたら、またご参加くださいー。