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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


貴方のお伴に 〜邂逅〜

 カラン。
 扉に取り付けられた木製の鈴が、乾いた音を立てた。
 それにあわせて、遠慮がちな人影が店内に入ってくる。
 紺色の、オーソドックスなセーラー服。
 青みがかった髪が揺れる。
 手には、一枚の紙切れを握り締めて。
 棚に、壁にと一面に並ぶアンティークドールたちに囲まれた、しん、と静まり返った中で。
 入ってきたその人物――海原みなもは、きょろきょろと辺りを見回した。
 店内は、見た目よりも広い。
 少しだけ、気圧されながら。
 高価そうなアンティークドールたちに触れないように気をつけながら、見知った顔を求めて、奥へと進む。
 ほどなく。
 カウンターが見えた。そして、その向こうに。
 探していた、その人が。
 相手が先に、みなもの姿を目ざとく見つける。読んでいた本を置く。
「あらあら、みなもちゃんじゃない。お久しぶり――そういえば、こっちのお店は初めてかしら?」
 カウンター越しに、穏やかな、けれど明るい声がかかる。
 ゆったりとした、流れるような所作で立ち上がり、軽くお辞儀。
 「――いらっしゃいませ、お客様」
 微笑というには華やかな、けれどあくまで柔らかな笑み。
 同性なのに、初対面というわけでもないのに。
 思わず――見惚れてしまう。
 それが、アンティークドールショップ『パンドラ』店長。
 レティシア・リュプリケだった。

 ……。
 無言。
 「えっと――、久々津館じゃなくてこっちに来たってことは、私に用かしら? それとも、何か人形が欲しい?」
 レティシアが、それまでとは打って変わって気軽な調子で口を開く。
 その言葉が、固まってしまったみなもを解きほぐして。硬直した間を破る。
 我を取り戻したみなもは慌ててカバンの中から紙を取り出した。
 それは前日に、別の店――アンティークショップ・レンで手に入れたものだった。店で見かけた貼り紙と同じ内容のもの。
「これ……を、レンで見て、それで、来たんですけど」
 広げてみせる。
 『貴方のお伴に』
 それは、そんな言葉から始まる内容。一言で言うならば、人形の紹介サービスだった。
 レティシアと、もう一人――久々津館で人形関連のよろず事を引き受けている鴉が、悩みごと、嗜好などを聞いて、その人に合う人形を紹介する。
 支えになるような、あるいはもっとささやかな、癒し相手になるような人形を。
 そんな企画だった。
「あ……ああ! あれを見てきてくれたのね! ええと、じゃあ早速、お話を聞こうかしら。鴉より、同性の私のがいいかしらね? お店はちょっと休憩にするから、久々津館の方で、お茶も準備させるわ。時間はあるのよね? さあ、行きましょ!」
 突然ハイテンションになってまくし立てる。
 実はこれまで、一人としてこのサービスに客がついたことはなかった。人形限定、というのがあまりにマニアック過ぎるのだろうか。
 ということなので。
 みなもが、初めての客――ということになるのだった。レティシアのテンションが上がるのも仕方のないことだったかもしれない。
 さっさと店を閉める。抱きかかえんばかりの勢いで、みなもの手をとり、引っ張っていく。
 目指す先は、道を挟んだ向かいにある古風な洋館、久々津館。

 ほどなくして。
 みなもは、応接間に通された。
 促されて、ゆったりとしたソファーに座る。柔らかな色調の落ち着いた家具たちは、華美過ぎず、落ち着ける。人形博物館内の、どこか無機質な空気とは違う部屋だった。
 みなもは、レティシアの淹れた特製紅茶に口をつけた後、ゆっくりと語り始める。
 将来についての悩み事。生きている理由、生きる理由。家族や姉妹に心配をかけたくないし、友人や同級生に相談できない事情もあるし、ひとりでぶつぶつ言っていたら果てしなく落ち込んでいきそうだし、話し相手になってくれる子がほしい。相談相手になってくれて、例え答えが返ってこなくても、そうして吐き出す対象が欲しい。
 そんな想いを、一つ一つ、搾り出すように話す。
 ――もちろんそれだって、人形相手に話す危ない人なんですけどね。あと……できれば夜抱っこして寝たい、かな。
 はにかんだ笑みを咲かせながら、そう締めくくる。
「それだと、んー。ぬいぐるみ系とか? 大きいのがよければぬいぐるみなら色々すぐに用意できるけど。種類とか、見た目の希望はある?」
 まずは軽い調子で答えるレティシアの話で――思い出す。忘れていた内容を。
「あ、それなら――球体関節の、できたら、等身大くらいの人形がいいかなって。こう、ゴシック様式の、可愛い服を着た」
 そう、欲しい人形の希望はぼんやりとだが固めてきていたのだった。
「球体関節、か……確かにそれも人気のあるところよね。最近は、自作する人だっているし。確かにうちにもたくさんあるけど……うーん」
 腕を組み、考え込むレティシア。みなもの座る向かいのソファーから立ち上がり、そのまま、唸りながら部屋の中をぐるぐると回り始めた。
「あ、でもお勧めがあるならお任せします。こだわりというほどじゃないので」
 ついつい、フォローを入れてしまう。みなもの癖だった。どうしても生真面目に考えすぎてしまう。冗談が通じない。人間関係を大切にしすぎるからか、気を使いすぎるところもある。性分なのだ。そうそうは変えられない。
 レティシアが組んでいた腕をほどき、手を振る。違う違う、という意思表示。
「いろいろ、あるにはあるのよ。ただ、どんなものにしようかなーって、迷うのよね。なにしろ……みなもちゃんだから言っちゃうけど、このサービスの初めてのお客様だし。後悔のないようにしたいしね、お互い」
 片目を瞑る。そしてまた、うんうんと唸りはじめた。
「うん、そうね……球体関節人形をまとめてある部屋があるわ。そこで実際に見てもらいながらお話しましょうか。案内するわ。色々あるわよ」
 唸りながらも、みなもが紅茶を飲み終わるのを見計らっていたのか。カップの中身がなくなると、彼女はゆっくりと切り出した。扉を開けて、みなもを促す。
 断る理由もない。立ち上がり、部屋を出た。レティシアの導くままに、久々津館の中を歩く。
 特に変わったことをする訳ではない。人形を見るだけ、そして、買うだけ。
 それでもこうして静かな館の中を歩いていると、何故だが、胸の高鳴りを感じる。
 古びた館の雰囲気がそうさせるのか。
 出会いの予感が、そうさせるのか。
 それは分からないけれど。

 実際には、数分だっただろう。
 でも、数十分にも感じたその部屋までの道のり。
 やがて。
 先に進むレティシアが、廊下の途中、右手の扉を開けてみなもを導く。
「この部屋が、球体関節人形の保管部屋。全部じゃないけど、大半がこの中にいるわ」
 ある、と言わず、いる、と言うのがいかにもドールショップの店主らしかった。
 一歩、足を踏み入れる。
「うわぁ……」
 思わず、ため息が出てしまう。
 そこはまさに、人形の世界だった。部屋そのものはそれほど広くない。
 ただそこには。
 姿形も大きさもさまざまな球体関節人形が、棚に、台座にと所狭しと並んでいた。
 人形博物館や先程の『パンドラ』内でこんな光景にも慣れた、とそう思っていたけれど。
 想像以上だった。
 ――球体関節人形。
 それは、その名前のままの特徴を持つ人形のことだ。
 各関節部に中を空洞にした球体を『つなぎ』として使い、自由なポーズをさせることができるというもの。
 ただ、それだけのもの。それ以上ではない。
 しかし、球体関節人形のその肢体は、現実の人体のそれよりもある意味艶かしく。
 内部の紐が切れたときの、ばらばらになる様は倒錯的で。
 故に造形も写実的な人形が多く、それがさらに球体関節との相乗効果を生み出す。
 その部屋にあるものも、ゴシック調、または現代的なものが多かった。悪魔や妖精のような、人に似た想像上の生物をかたどったものもある。
 その中の一つ、椅子に腰掛けている、少女をかたどった人形の頬に触れる。
 精緻な、遠目に見れば人と間違いそうな造形。可愛らしい顔をしていた。
 でも。
 その頬の冷たさと同じくらい、冷たい、変わらぬ表情。
 それは死に顔を暗示しているかのようで。
 だからだろうか。
 どう見ても人間そのものとは似つかぬ身体をしながら。
 ある意味、人そのものよりも人らしい存在感を持っていた。

 囲まれていると、自分が衆目に晒されているかのような感覚さえ沸いてくる。
 背筋が寒くなるような。
 圧倒される。
「どうかしら? 正直なところ言うと、抱いて寝るには向かない子たちが多いんだけどね」
 確かにそれは言えた。柔らかい素材でできているものもあるらしいが、抱き心地は良くなさそうだ。それに何より、こうやって直に見てみると、気分として……抱いてみるには、こう、少し……生々し過ぎる。
「これは?」
 少女の人形の横に、妙なものを見つけた。
 手に収まるくらいの、皿のような形。ただ、円形ではない。縦に伸ばしたラグビーボールを、二つに割ったような――そして、穴が一つ、開いている。
「……仮面?」
 思ったことが口をついて出る。顔の右半分につける形の仮面に、見えなくも無い。少し小さいようには思える――ということは、人形のもの――だろうか。
「私のよ。汚い手で触らないでちょうだい。手の脂がついちゃうじゃない」
 突然。
 声が降りかかる。棘のある声と、口調。レティシアの声じゃない。もっと――幼い。けれど姿は見えない。近くから聞こえたのに。
「どこ見てんのよ。こっちよ、こっち。まったく――さっきだってべたべた触っておいて、失礼ね」
 それは、頬に触れた、あの人形だった。先程までとは違い、瞳には紅い光が篭もり、唇の端が憎々しげに歪められている。
「最近の子はほんと、礼儀も知らないのかしら? 挨拶もなしで人の顔に触るわ、人のものに触るわ。あたしじゃなかったら、呪い殺されてるわよほんと。なんならほんとに――呪ってあげましょうか?」
 そして、哄笑。
 空気をつんざくような甲高い笑い声が、人形から放たれる。
 両手で耳を塞いでも、頭に直接響いてくる。
「やめなさい」
 ――そのときだった。
 背後から鋭い声が迸る。
 今度は聞き知った声。
 でも、振り向いて確認してしまう。
 やはり。
 その声を発したのはレティシアだった。声だけではない。いつもは見せない表情。いや、違うというよりは――そこには表情が見えない。ただ怜悧な瞳の光だけが、相手を射すくめるような。
 そんな顔つき。
 目線が合う。一瞬で、表情が崩れる。いつもの、柔らかな微笑。
「あ、ごめんごめん。驚かせちゃったわね。もう分かってるだろうけど、この部屋の中にも、意志を持ちかけてる子が結構いるのよね」
 そして、穏やかな声。
「球体関節人形は、特に『そういったもの』になりやすいものと言えるわ。深い愛情とか、執着とか。そういったものを受けるからかも。でも、大丈夫。私の目が光ってるところでは悪さはしないし、ここにはそんな危険なものも置いてないし――それにこの子には、これがあるから」
 いつのまにかみなもの横に、人形を見下ろすように立つ。その手には先程の半面があった。
 それを、人形の顔に合わせる。
 仮面は、そこが本来の自分の居場所だと主張するように、ぴたりと収まった。
 と同時に、覗く残りの半顔から、憎々しげな表情が消える。
「ちょっと色々あってね、この面をつけてやれば大人しくなるのよ。まあ外したところで、口が悪いのと五月蝿いだけで、特に害というほどのことはないから外してたんだけどね」
 少しの間、反省させることにするわ――とレティシアは語った。
 じっと、その人形の顔を見る。
 もう一度、頬に触れる。冷たい。
 先程と同じだ。いや――何も装飾もない白い半面をつけることによって、よりいっそう、無機質なイメージが強い。
 ――なぜかそれは、我慢をしているように見えた。もちろん、みなもが勝手に思っているだけ、ではあるけれど。
「なんだか……かわいそうですね。これ。外してあげても、いいです? 害がないのなら」
 思わず、聞いてしまう。
「ん……いいけど、みなもちゃんがそう言うなら」
 そっと、面に触る。どこで固定されてるわけでもない。張り付くように顔に合てられている。けれどそっと指をかけると、抵抗無く外れた。手中に収まる。
「なにしてんのよあんた。脂がつくっていったでしょ! 触るなら手袋でもつけてよね。それに、別にかわいそうなんかじゃないわよ、あの面だってお気に入りなんだから。たまにはあたしだって静かに寝てたいわよ、うっとおしいったらありゃしない」
 さっそく、機銃の如き喋りが復活した。留まるところを知らない。
「……礼は、言わないわよ」
 ただ、最後の一言。奇妙なほどに、大人しい言葉。
 レティシアと、眼を見合わせる。同時に、苦笑する。
「そうね。話し相手にしたいっていうなら――この子なんかはどうかしら。取り扱いには多少注意がいるけど、人がいるときは面をつけておけば悪戯もしないし。意外と、いいかもよ。みなもちゃん、真面目に悩みすぎるところがあるし、このくらい毒がある子のが、良いパートナーになるかも、ね」
 今思いついたというような口調で、レティシアが話す。実際――その通りなのだろう。
「二人でなんの話してるのよっ、ちっとも見えてこないじゃない! そもそもそっちのあんた、誰なのよ! 名前くらい名乗りなさい!」
 その背後で、飽きもせず人形が喚き散らしていた。
 確かに、気の置けないという意味では……いいのかもしれない。下手に気を使いあう存在よりも、きっと。
 そう見てみれば、この毒舌も可愛いもの――と、思えるかどうかはまだ分からないけど。
「私はみなも。海原みなも。貴方のお名前は?」
 ――マリー、よ。
 不機嫌そうな声。でも、確かな返答。
 みなもは、くすりと笑う。これはこれで、ほんとに可愛いかもしれない。
「マリー、うちに来る? 一緒に、暮らしてみない?」
 ゆっくりと、問いかける。
「突然何よそれ、聞いてないわよ――ひょっとして、今――勢いだけで決めたとか?」
 その質問に、レティシアは堂々と、鷹揚に頷いた。
「……。この殺風景で息の詰まりそうな部屋よりましなところよね? なら、住んであげてもいいわよ! 仕方ないわね」
 表情は変わらないけれど。まんざらでもないのが、なんとなく分かる。
「じゃあ、決まりね! 代金は……そうねー」
 形の良い唇を寄せて。なぜか、耳打ちするレティシア。
 提示された額は――五百円。
(実際のとこ、世話が大変なのよね、この子。構ってやればいいだけなんだけど、ずっとこの調子だし。引き受けてくれるなら、こっちが助かるのよ――何かあったら、すぐ言ってね。退屈しないわよ、この子となら)
「何こそこそ喋ってんのよ。どーせろくなことじゃないんでしょ」
 退屈はしないだろう。悩みなんて、鼻で笑われそうだ。
「さあ、行きましょ、マリー」
 そっと、小さな手をとる。
 きっと――新しい生活が、待っている。
 そんな気がした。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】

【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】

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■         ライター通信          ■
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 再度の発注、ありがとうございます。
 こんな形にしてみましたが、いかがだったでしょうか。
 球体関節人形『マリー』は、特にこれといった能力は持たず、ただ悪態をつくだけの人形ですが、それが逆に癒しになるのではないかな、と思っています。
 特に世話に何かが必要ということもありません。
 本文にあるように、話し相手になってやれば、それで満足するようです。最も、素直な感謝はもらえないかもしれませんが、そこはそれということで。
 またマリーについてですが、意志を持っている存在ですので、アイテムとして発行はしておりません。以降は、異界「久々津館」関連の伊吹護執筆作品でのみ、既存の設定として登場させることができます。ご注意ください。
 ではでは、またの機会にお会いできることをお待ちしております。