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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

 草間興信所には色々な相談が寄せられる。
 それは人捜しなどの簡単な依頼であったり、草間 武彦(くさま・たけひこ)が嫌がっている怪奇探偵という呼び名からくる不思議な事だったりだ。
 だが一つだけ共通していることがある。
 それはここに来る者達は、皆何かを心に抱えているということ。
 いつものようにシュライン・エマがパソコンで事務処理などの仕事をしていると、興信所に一人の青年が現れた。
「こんにちはー。ご無沙汰してます、夜守です。こちら皆さんで食ってください」
 手に洋菓子店の袋を提げてやって来たのはエンバーマーの夜守 鴉(よるもり・からす)だった。彼とはある事件が縁で知り合ったのだが、死者の声を聞くことが出来るという能力と、遺体を修復するエンバーミングの技術を持ち合わせているので、よくここに相談にやってくる。
 鴉がやってきたのを見て武彦は短くなった煙草を消し、事務机から立ち上がり少し溜息をついた。鴉がここまで来たということは、どうやらまた死者絡みの仕事なのだろう。
「うちはハードボイルドな探偵社なんだけどな」
「仕事がいらないなら別の誰かに頼むよ。お菓子は新年の挨拶も兼ねてだから置いていくけど」
 ニヤッと鴉が笑う。
 そもそも草間興信所は、その仕事の達成率の割にあまり儲かっていない。鴉のように頻繁に仕事を持ち込み、かつ金払いがいいクライアントは貴重なのだ。
「いえいえ、うちは親切迅速がモットーだから、話を伺いましょう。シュライン、これ開けてお茶入れてくれ」
「分かったわ。ちょっと待っててね」
 パソコンでの書類作成にも肩がこってきたところだし、休憩がてらに少し動くのは良いだろう。眼鏡を外し椅子から立ち上がったシュラインは、微笑みながら菓子包みを受け取った。

「今日は何のご相談でしょう」
 応接セットに置いてある吸い殻の落ちてない灰皿を手元に引き寄せながら、武彦は胸ポケットから煙草を出して火をつける。
 鴉は両指を組み、軽く溜息をつきながら持ち込んできた『相談』について話し始めた。
「厳密に言うと俺本人からの依頼というより、エンバーミングした女性からの依頼なのよ」
 亡くなったのは二十六歳の女性だった。進行性のガンで、発見が見つかったときには既に手遅れだったらしく、鴉にエンバーミングを頼んだのも「病気でやつれた姿を皆に見せたくない」と、生前に依頼していたという。
 お茶とお菓子を出しながら、シュラインはその話を何の気なしに聞いている。
 その相談というのは、探偵の仕事としてはかなり簡単な部類に入るものだった。
「その人猫を飼ってたんだけど、入院中は実家に預けてたんだって。でも亡くなったって知らせがあって、ご遺族の人が病院に向かおうとしたときにするっと家から出て行ったきり、見つからないって言うのよ。出棺の時にも会えなくて、それが気になって捜して欲しいって言うから協力してくれないかな。興信所に頼むのもどうかって話なんだけど…」
 そう言うと鴉は持ってきた写真を取り出した。そこには幸せそうに微笑む女性と一緒に、ロシアンブルーが写っている。
 写真を見ながら武彦はメモを取り出した。
「猫の名前は?」
「ちょっと待って…『紫苑(しおん)』だって。特徴は尻尾が長くて、鳴き声は高め…この情報はいるのかな。ちくわが好き」
 亡くなった女性の声を鴉は聞いているのだろう。武彦が質問すると、それを通訳するように小さく語りかけ、それをまたこちらに伝えてくる。それはまるであの世とこの世の境目に立ち、その架け橋をするようでもある。
 死者が安心して旅立てるように、心残りは全て解消してあげたい。そう思った瞬間、シュラインはこう言っていた。
「その仕事、私にお手伝いさせてくれない?」
「俺は引き受けてもらえれば誰でも構わないんだけど、どうしたの?」
 今日は一月十二日。
 シュラインの誕生日で、歳が同じという所にも何だか奇妙な縁を感じた。自分と同じ歳ならまだ色々とやりたいことや、心残りがあるだろう…シュラインはそれを何とかしてあげたい。
 今日が誕生日と聞き、鴉は目を丸くした。
「しまった、前もって知ってたら花の一つも持ってきたのに…いや、それはいいんだけど、引き受けてくれるの?」
「ええ、何か縁を感じるのよ。だからお願い、武彦さん」
 何かをねだるように、武彦の方を見ながらシュラインは両手を合わせる。猫探しということで、もしかしたら断るかも知れない武彦に対して先手を打つような形だ。
「シュラインがそう言うのなら引き受けるか。夜守さんは一緒に捜すのか?」
 引き受けてくれると言われて安心したのか、鴉は目の前にあったお茶を一気に飲み干し息をつく。
「うん。今のところ仕事入ってないから、一緒に探そうと思ってるよ。休みを過ごす彼女もいないしね」

 まずスーパーでちくわを買い、シュラインと鴉は彼女の実家の方へと赴いた。闇雲に捜したとしても見つからないだろうし、手がかりがあるならそれを元にして探したい。
 彼女の声を知りたいと言うと「メッセージで良かったら」と、鴉は電話に録音された声を聞かせてくれた。優しげで柔らかな声…きっとこの声で紫苑にも呼び掛けていたのだろう。
『私が死んで葬儀が終わったら、申し訳ありませんが紫苑の飼い主を捜してあげてください。実家には犬もいるし、あまり懐かない子なので…夜守さんにはご迷惑をおかけしますが、お願いします』
「元々飼い主捜しは頼まれてたのね」
「うん。前々から覚悟が出来てたのかしっかりした人でね、形見分けとかもして猫についても実家と話をしてあったみたいよ」
 自分の死を目の前にして、そんなにしっかり出来るとは。
 もし自分が同じ立場に立ったらどうなるだろう…興信所の仕事の引き継ぎや、自分の持ち物の処分、会いたい人への別れをしっかり告げられる程、覚悟は出来ないかも知れない。
 シュラインが思わず黙り込むと、鴉は袋からちくわを一本出してそれを食べ出した。
「でも、未練が全くないと言ったら嘘だろうね。事故で亡くなったりするのも辛いけど、自分の死期が目の前に見えてて、それを噛みしめるのは怖いと思うよ」
「そうね…」
 彼女の実家と、彼女が入院するまで住んでいたマンションは徒歩にすると一時間ぐらいの距離だった。そこをゆっくりと歩き、時折通りすがりの人に「ロシアンブルーを見ませんでしたか?」と聞きながら、シュラインは写真を取り出した。
 猫を抱いて笑っている彼女。
 自分の姿が何故かその姿に重なる。
 きっと生まれた環境も、生きてきた足取りも全く違う。シュラインが知っているのは彼女が猫を飼い、病に倒れ亡くなったことと、同じ歳だと言うことだけだ。
 なのに、何故こんなに心に残るのだろう…ゆっくりと辺りを確かめるように歩きながら、シュラインはこんな事を質問した。
「夜守さんは亡くなった方に自分を重ねることはあるのかしら」
 ちくわを人差し指にはめていた鴉がそれを聞き、ほんの少しだけ考える。
「うーん…同じ歳だなとかそういうのは思うことがあるけど、俺、声が聞こえるからね。だから故人でもそういうことは感じないかな。でも、爺さんの姿と重ねることはあるかも」
 鴉はアメリカに住んでいたが、祖父の遺言で人を捜すために日本にやってきた…という話は、初めて会ったときに聞いたことがある。自分の孫にそれを託すぐらいなのだから、それは強い心残りなのだろう。
「………」
 何だかしんみりしてしまった。
 話を変えた方がいいだろう。そう思いシュラインが顔を上げたときだった。
「あ、にゃんこ」
 二人の目の前で距離を取りながら、一匹のロシアンブルーが立ち止まった。目を合わせピタ…と止まり、猫はシュラインを見ている。鴉は目線を下げ自分が指にはめていたちくわをゆらゆらと振った。
「猫ー、ちくわ食え、ちくわ」
 ゆっくりと瞬きをした猫は、くるっと振り返ったかと思うと小走りで路地を曲がっていく。
「夜守さん、追いかけるわよ」
「あ、うん…って、ちくわ外れない…」
 本気で二人から逃げるという走りではない。その気になれば人間の足では追いつけないほど速く走ることも出来るだろうし、入れない場所に潜り込むことだって出来る。
 だが猫は自分達を何処かに誘うように、時々立ち止まっては振り返り、一定の距離を取りながら街の中を走っていく。
「何処かに連れて行きたいみたいね」
 しばらく猫を追いかけると、ある家の庭に黄色い花が咲いているのが見えた。その花弁は冬の日差しの下で透けるように儚く、近くには芳香が漂っている。猫はそこに立ち止まると「ニャー」と一声鳴いて木を見上げた。
「こんな季節にも花が咲くのね」
「『ソシンロウバイ』だって。俺の後ろにいる彼女がそう言ってる…仕事に行く途中で冬になるといい匂いの花が咲くところがあるって、猫に話してたみたいだ」
 そういえば猫の名前は「紫苑」だった。きっと飼い主だった彼女は花が好きだったのだろう。ややしばらく日差しの下で花を見ていると、猫はまたとことこと歩き出す。
 もしかしたら、猫は彼女が最期に見たかった場所を案内しているのかも知れない。
 通勤途中で毎年見る花、小さな店。何も知らずに通ればそれは単なる景色にしか過ぎないが、そこに想いがあればかけがえのない場所になる。
「………」
 シュラインも鴉も無言だった。
 その代わり何だか胸が詰まるような気がした。もし…自分が死ぬようなことになったら、最期に何を見たいだろう。常連だったカフェ、仲の良かった人の家、通り抜ける公園で見る季節の花々。
 いや、違う。シュラインは軽く首を振る。
 最期に自分が行きたい場所は、きっと草間興信所だ。楽しいことばかりではないけれど、自分の大事な人、自分を待っている人がいるあの場所へ。
 そして、きっと猫が帰りたい場所も……。
「やっぱり…」
 マンションへと入る扉の前に来ると、猫はそこにちょこんと座り、開けて欲しいと言うように二人に向かって大きく鳴いた。鴉が手で掴もうとすると嫌がるようにするりと避けるが、もう逃げる気はなさそうだ。
「ここに入りたいのね」
 シュラインがドアを開けると猫は階段を駆け上り、そして空き家になった家のドアをカリカリと前足でひっかいた。
 ここが彼女と猫が住んでいた家なのだろう。だが入院している間に家具は運び出されていて、窓には『入居者募集中』と書かれた不動産屋のチラシが貼り付けてある。
「おい、もうここにご主人様はいないんだよ」
「ニャー」
 しゃがんだ鴉に猫が抗議するように鳴く。どうして家に入れてもらえないのか、自分は何か悪いことをしたのかというように、悲しげな瞳がじっとこっちを見上げる。
「…ごめんね紫苑」
 シュラインから出た声は、シュラインのものではなかった。
 先ほど鴉に聞かせてもらったメッセージから、彼女の声を作り出し猫に呼びかける。それに気付いた鴉も、小さな声でシュラインに彼女からの言葉を伝えた。
 自分は病気で死んでしまった。
 だからもう一緒には暮らせない。
 それでも一緒にいた日々は楽しく、置いていくのは辛いけれど、今まで一緒にいてくれてありがとう。空の上から見守っているから、いい人に飼われて幸せになって欲しい。
 これからもずっと大好きだから…。
「紫苑、大好きよ」
「ニャー…」
 シュラインが伝えた彼女からのメッセージを理解したのか、猫はしょんぼりとうなだれながらも、とぼとぼと足下にやって来る。目元を指で少し押さえた後、シュラインはそっと猫を抱き上げた。

「ただいまー」
 シュラインが事務所に帰ると、机で煙草を吸っていた武彦が小走りで出迎えてくれた。仕事の報告は電話で受けている。だが、何故かシュラインは手に小さなオアシス付きの花束を持っていた。
「それ、どうしたんだ?」
「夜守さんが、『せっかくのバースデーなのに花の一つも買わないと、男として問題がある』って買ってくれたの…私はいいって言ったんだけど」
「………」
 育ちがアメリカと言うだけあって、その辺りは徹底しているらしい。何だか複雑な表情をした武彦は、煙草をくわえたままその花束を取り応接セットの上に置いた。
「事務所に花の一つもないとな。あ、猫はどうしたんだ?」
「それなら大丈夫よ」
 猫の飼い主については、心当たりがあるのですぐ見つかった。たくさん猫を飼っているのでこれ以上飼えないと言われるかと思ったのだが、太蘭に聞いてみると「だったら引き取ろう。家だけは広い」と、快く引き取ってくれたのだ。
「猫もちゃんと見つかったし、いい飼い主さんも見つかって良かったわ」
 ほっと一息つきながらシュラインがそう言うと、武彦は応接セットに置いてある灰皿で煙草をもみ消しソファに座って首を横に振った。
「いや、良くない」
「えっ、何が?」
「シュラインの誕生日なのに、先にプレゼントを渡された」
 自分で言ったことが恥ずかしかったのか、武彦はそっぽを向く。それが何だか嬉しくて、シュラインはオアシスに指してあった花を一輪抜き、武彦の頭にそっと挿して笑う。
「気持ちだけでも嬉しいわ」
 やっぱり自分が帰る場所はここしかない。
 同じ歳で逝ってしまった彼女のぶんまで、自分はこれからの人生を生き続ける。それは嬉しいことだけではないだろうが、かけがえのない一瞬ばかりだ。
「…飯でも食いに行くか」
 新しい煙草に火をつけながらそう言った武彦に、シュラインは嬉しそうに頷いた。

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
夜守鴉からの仕事をお任せでということで、誕生日というプレイングなどを参考にしながら話を書かせていただきました。不思議な縁を感じるということはいろいろありますね。そんな縁が繋がるようになればいいと思っています。
誕生日ということで花束など贈らせてみましたが、草間氏に睨まれたら困るので消え物です。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
お預かりしている話もお早めにお届けしたいと思っています。