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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ここでもやっぱり。

 年に一度の一泊慰安旅行。
 常日頃から犯罪と戦っている警察と言う組織でも、世間一般にある様々な会社同様、一応、そんなものがある。

 …但し、極秘。
 それは確かに、客が警察官となると…迎える側でも何だかんだと固くなりがちなのだろう。…どうしても余計な気を遣う事になる。迎える側も客になる側も。
 いや、警察官当人たちがこんな時くらいそんな肩書き外してちょっとくらい羽目を外したい、と言う理由も少なからずあるのかもしれない。実際、今目の前に居る連中からは普段の緊張感が何処か緩んでいる。
 と言うか、警察にそんな事やってる余裕があるのかと心無い方々から叩かれるのが怖いと言う面もあるだろうか。…警察官とて人間であり息抜きの一つも必要なのは当然なのだが、そこのところを都合よく無視して槍玉に上げたがる者はそれなりに居る。
 もしくは、それなりに大人数の警察官が、慰安旅行などと言う無防備な状況にある事を外部に知られるのを防ぐ、と言う面もあるか。この仕事、逆恨みでも何でも恨みを買っている者や嫌われている者も少なくない――望むと望まざるとに関係無く敵が多くなってしまう因果なものでもあるのだから。
 …それらまるごとひっくるめて、が極秘である理由なのかもしれない。
 とにかくそんな、年に一度の慰安旅行が…結構普通に企画されている。
 無論、全ての警察官が同じ時期に一気に、となる事は有り得ないが。
 この慰安旅行、時折シフトで巡って来るものである。

 珍しく、そんな慰安旅行の今年のシフトには俺――近衛誠司も加わっていた。
 少数の同僚と、多数の部下総勢三十名余りで温泉旅行に繰り出している。こんな仕事をしていると稀になってしまう息抜き。…そんな忙しい日常の労いの意味もあるのか、慰安旅行の舞台には…なかなかいい旅館が選択されていた。…にしても団体の名義が「桜田商事御一行様」。わかる者にはすぐわかる偽装会社名である。
 自分としては好き好んで慰安旅行なんぞに関わろうと言う気はあまり無いのだが――事実シフトが巡って来た時にも参加した事はろくに無い――、まぁ、こんな機会もあまり無い。久々にシフトが巡って来た今年は、珍しい事に仕事にも――関わっている捜査にもちょうど上手い具合に切りが付いていた。…だからこそ、行ってみようかと言う気にもなったのだが。
 そして御当地のここに来て、喧しいのもたまにはいいか、と思えて来る。

 …酒の席で部下たちの普段は見れない無防備な赤ら顔を見てしまったら、余計。
 時々はこんな時間に身を置くのもいいものだと思えてくる。
 その場の雰囲気で、作り笑顔でなく、自然に笑顔が浮かんでも来る。
 こんな時くらいは肩肘張らなくともよいか――思いながら、少し涼みにと立ち上がり、宴会場から廊下へ出る。襖を閉じて、少し歩き出すと――程無く、お盆を持った仲居と出くわした。
 途端。
 驚いた。

 ウィッグとカラーコンタクトで一般的な日本人色になってはいるものの、その仲居の顔は――。
 ――紛れも無く、久良木アゲハ。



 …びっくりしました。
 はい。こんなところで近衛誠司さん――近衛兄さんにお会いするなんて思わなかったので。東京の刑事さんがこんなところで何をしているのでしょう。それも団体さんなお客様の部屋から出てらっしゃいましたし…確かこの部屋のお客様は桜田商事御一行様、と。警察関係の御一行様、とは何処にもありません。
 何がどう関連して近衛兄さんがそこに居るのかわかりません。
 ! ひょっとして、近衛兄さんも私と同じで何かの潜入捜査中なのでしょうか。だったら邪魔してはいけません――いえ、そうで無くとも私もここの仲居として潜入中なんですから、こんなところでびっくりしてはいけません…びっくりしても表に出してはいけません。一族の皆さんの足手纏いになってしまうのは嫌です。このくらいの事が出来なくては本当に足手纏いになってしまいます。
 なので私はなけなしの理性で――失礼しました、とごくごく普通の仲居さんのように、近衛兄さんに声だけ掛けて、先を急ぎました。

 …でもやっぱり近衛兄さん、今の私の態度に変な顔してましたよね。
 対応がおかしかったでしょうか。普通の仲居さんにしては変だったのでしょうか。何か声を掛けてくれそうだったところで殆ど遮るような形で無視してしまったからでしょうか。びっくりしたのを隠し切れなくて逃げるように見えてしまったんでしょうか…!
 いえ、断じて無視したくてしてるんじゃないんですけれどっ…!
 すみませんっ…!



 …こんなところで何をしているのか。
 殆ど反射的にそう尋ねようとしたところで、失礼しましたとあっさり流され――アゲハはそのまま去って行く。
 変装している以上、自主的なバイト等の可能性は低い――と言うより、まず無い。
 久良木アゲハの一族の――裏稼業の方の関係、としか思えない。
 ならば、この場所で何かがあるに違いない。
 …警察ぐるみで慰安旅行に繰り出して来ているこんな場所で、自分の与り知らぬ事件が起きては色々と困るのだが。それもかの一族の関係でとなると、自分の立場からして余計に困る。突付かれようによっては拙い事にならないとも限らない。
 それは、一族の稼業に深く関わらない事が多いアゲハが送り込まれている時点で、一族の方もあまり剣呑な事を今すぐに起こす、と言う事は無いとは思うが。
 それでも、何か事が起きてからでは遅いのも確か。
 先程は失礼しますと躱されてしまったが、出来る限り早急に確認しておく必要がある。

 まぁ、少しは風にも当たったし。出て来た用件は済んだ。
 と言うより、アゲハの姿を――かの一族の影を見付けてしまっては、呑気に涼んでいる気になれない。
 すぐに戻る事を考える。

 …去ったアゲハが向かった先は、俺たちが宴会をしている当の部屋だったのは視界の隅で確認済み。



 近衛兄さんが宴会場に戻って来ました。元々そこに座っていたと思しき空いていた席の一つに座ります。私もまだその部屋に居ました。皆さんから呼ばれ、追加の注文を色々取っているところです――タイミングが良かったのか悪かったのか、何だかあちこちからちょうど注文が多いです。
 そこに、近衛兄さんからこっちも、と手招きされました。
 隣に座る方々と談笑しつつ、自然ににっこりと笑い掛けてくれます。それからこちらも追加注文。ついでに折り畳んだメモ書きと思しき紙片がさりげなく渡されました。わかりましたとこちらもにっこり返し、注文を厨房の方に入れる為に部屋を辞します。…よかった、わかって頂けていたようです。先程の今で笑いかけてもらえた事にほっとしました。
 ついでに渡されたメモの内容を確認します。するとやっぱりこんなところで何をしているのか、と質問事項が端的に。…さすが近衛兄さん、確かにメモの形なら人目に付かないし後でちゃんと破棄すれば話しても大丈夫ですもんね。
 そう思い、私も近衛兄さんと同じようにメモ書きでお返事する事にしました。



 少しして、アゲハが酒やつまみの追加注文分を持ってくる。俺の前にも幾つか頼んだ物を置くと、やはりついでに先程渡したメモ書きがそっと返された。さりげなく手に取り、極力目立たないよう気を遣い――誰からも見られないよう少し開いて内容にさっと目を通す。…『ある要人の行動を調べる為に潜入中。いずれ身内からそちらへ連絡が行く』――紙の空けておいた部分にアゲハの筆跡でそれだけが書いてあった。
 まぁ、ある程度予想通りの内容とも言える。ともあれアゲハに確認が取れたのは幸いだ。…但し、こちらにも連絡を入れると書いてはあるが――果たして当初から本当にこちらまで情報を回してくる気だったのかどうかは怪しいものでもある。元々連絡を入れる気だったのならば潜入要員を出す時点で入れておいて然るべきだろう。今回の件は俺には何も言わず話を進めるつもりだった可能性がある――相変わらずかの一族の連中は気に食わない。…例外はしみじみ一族らしくないアゲハくらいなものだ。
 思いながらそのメモ書きに再び文を書き添える。…『気を付けて頑張りなさい』。それとなく待つアゲハに対し、チップと共に再びそのメモ書きを渡した。受け取ったアゲハは何でもない普通の仲居のように礼を言いつつ再び部屋を辞して行く。先程自分に遭遇した時も含め、なかなか自然な態度が取れている。
 …あの調子ならば、不安は無いだろう。



 有難い事です。
 近衛兄さんから返されたメモ書きには、気を付けて頑張りなさい、とだけ添えられていて、そのお気遣いに感激しました。力付けられました。心強くなりました。きっと近衛兄さんの方も色々と大変なんでしょうに、それでも一言添えて下さるなんて…大人だなぁと思います。
 肝心の裏の仕事の方は、つい先程本家の方に報告を入れて終了しました。
 近衛兄さんのところから辞して、暫し後。一族から求められていた調査についてはつつがなく終了しています。完遂です。
 …偶然にも近衛兄さんにお会い出来たからかもしれません。頑張れと言葉を頂けたからこそ、頑張れたのかも。
 そんな気もしてきます。
 …。
 やっぱりお礼を言いに行きましょう。
 近衛兄さんのお邪魔になるかもと言う懸念もありますが…やっぱりこのまま黙って去ると言うのも気が引けます。
 それに、潜入していると言う時点で当然なのですが、周りに誰も知っている人が居ないので――今までちょっと心細かった、と言うのもありました。…本来そんな甘えては居られないのですけれど。
 それでも知っている人がすぐ近くに居ると言う事を知ってしまえば、ちょっとくらいお話をしたくもなります。
 …お礼と言うより、そっちが本心なのかも知れません。
 やっぱり私はこんな仕事には向いていないんでしょう、きっと。

 思いながら、近衛兄さんの居た宴会場に向かいます。中の席の関係からしてここならすぐ後ろ、と思う位置、そっと襖を開けて小さく声を掛けると、近衛兄さんはすぐに気付いてくれました。
 そして、さっきは有難う御座いました、とお礼をひとまず。ほっとしたのか自然に微笑みが浮かびます。仕事は済んだのかと問われ、頷くと――なら、と近衛兄さんは宴会場の外、廊下に来ました。
 …いいんでしょうか。ちょっとびっくりしてその旨も訊くと、近衛兄さんは構わんさとあっさり。気分転換に旅館の外でも少し散策しようか、とまで言って下さいました。
 近衛兄さんの方でそう言って下さるなら、近衛兄さんの方にはそれでも問題は無い、と言う事なのでしょう。
 でしたら勿論、私の方には否やはありません。
 お心遣い、いつもいつも、本当に有難いのです。



 宴会場、座敷。
 …連れ立って外を歩く『二人』の姿を、細く開けた襖の向こうからこっそり見。
 やっぱり、と疑惑を確信に変える姿がちらほら。
 誰がかと言えば、近衛誠司警視正の部下の皆さん。…宴会時の追加注文の際に渡していた手紙らしきメモの時点から――いやもっと前、涼んでくると言ってから戻って来るまでの時差、恐らくはその間に廊下で当の若い仲居さんに遭遇したのだろう、と想像できるタイミングで戻って来た事を目敏く見ていた者まで居たりした。そして二人のちょっとしたメモとチップの遣り取り…そして何より、忍んで会いに来、共に旅館の外に出ている今の状況、となれば。

 …そう、ここでもやっぱり、本人たちの知らないところで――警視正が若い仲居さんをナンパしていた――しかも成功!?――などと根も葉もある(?)噂が暫く続いてしまう事になる。
 断じて、違うのだが。

 それでも誰も信じない。

【了】