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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


開運! 幸せになるにはこれをやれ!

 屋上への階段を上りきり、少女は期待を込めてドアノブを握る。
 奥から聞こえる騒がしい声。その中に混じって聞こえる、少し高めの少年の声。
 ああ、懐かしい。
 いつか助けてくれたあの少年に、私はこれだけ立派になったと教えてやろう。
 ちゃんと一人で仕事もこなせるようになった。
 今度は、私が貴方を助ける番だ。
 少女は力を込めてドアノブを捻る。

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 多少重めの引き戸を開く。
 寒かった外から建物の中に入るととても温かく感じられた。
「……ここが、インターネットカフェ……!」
「いらっしゃいませ〜」
 小太郎が最寄のインターネットカフェに入ると女性の店員が目の前のカウンターから挨拶してきた。
 そう、今日は小太郎のネカフェデビューなのだ。
 特にこれといった理由は無い。
 ただあったから入ってみる、といった感じだ。
 元々田舎育ちの小太郎はネカフェなんかに入った事が無いのだ。
 室内で燻るよりも、子供は風の子を体現して外ではしゃぎまわる方が性に合う小太郎なら、まぁ何となく理解が出来なくも無い気がする。

「さて、空いてる所は、と」
 店内を眺め、空席を探す。
 すると、小太郎に近付いてくる影が一つ。
「ちょ、ちょっと雫さん、これ、あの子に試すんですか!?」
「モチロンよ! こんな事で運がアップするならお安い御用だわ!」
 騒々しい客だ。公共の場ではもう少し静かにして欲しいものである。
 小太郎は呆れ顔で空席を探す作業に戻ろうとするが、その騒がしい客はズンズンと小太郎に近寄ってくる。
「……え?」
 あれ、あんな知り合い居たっけ? などと記憶を掘り返しているのも束の間。
 客は小太郎の目の前で止まった。
「おぅおぅ、おめぇ新入りじゃのう?」
「……は?」
 客――女子高生であろうその少女から発せられた低めの声。
 ああ、喧嘩を売られているのか?
 と言っても女性に売られた喧嘩を買うような事をするはずも無く、小太郎はその娘を無視してやっと見つけた空席に座ろうとしたのだが……
「ちょっとこっち来いや、ちびっ子」
「ちびっ子言うな!」
 コンプレックスを刺激されては黙っていられないのである。
 そこにもう一人、小太郎に絡んできた客の連れであるらしいもう一人の女子が止めに入った。
「雫さん! それじゃ挨拶の意味が違いますよ!」
「え? だって普通に『こんにちわ〜』って言うだけじゃつまらないじゃない?」
「誰も面白みなんて求めてませんから! すみませんでした、お気になさらないで下さい」
 後から来た女子は小太郎に頭を下げたが、ガラの悪い方は特に謝るわけでもなく、ブーイングを飛ばすだけだ。
「今の時代、面白みを求められない事なんて無いわよぅ。面白ければ万事オッケーなんだって!」
「見ず知らずの人に絡んでおいて、何でそんなに元気に振舞えるのか、私にはわかりません……」
 カラカラ笑うガラの悪い女子。何故か彼女の代わりに凹む連れの女子。
 そんな様子を見てる間に、小太郎が見つけた空席は埋まっていた。

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「はいはい〜一名様ご案内〜」
 先程出会った二人の少女に連れられて小太郎がやってきたのは個室。流石に三人も入ると狭い。
「ハイ、さくっと自己紹介。この娘は影沼 ヒミコちゃん。私の友達よ。んで、私は何を隠そう売れっ子アイドルSHIZUKUこと、瀬名 雫ちゃんよ! はい、君も自己紹介」
「あ、俺は三嶋 小太郎……です」
 雫の勢いに圧されて小太郎も自己紹介した。すると雫は満足そうに頷いていた。
 どうやら雫のアジトであるらしいこの個室は、店員や常連客から『雫の部屋』として認知され、彼女たち以外にはあまり使われていないらしい。
 それも雫の持つ、初対面の人間に絡めるだけの無駄な社交性の成せる業だろうか。
「で、なんで俺はここに連れてこられたんだ?」
「え? パソコン、使うんでしょ?」
 ワケもわからず連れて来られた小太郎は疑問符を浮かべたが、雫は一息でそれを吹き飛ばした。
「使うっちゃ使うが、別にここでなくても良いだろ」
「ここでも良いじゃない。さっき絡んじゃったお詫びよ。タップリ、心行くまで楽しむが良いわ。エロ画像でも漁りに来たんでしょ?」
「違う! 何でこんな所まで来てエ、エロ画像なんか……」
「そりゃそーよねー。漁るなら家でやるかぁ」
「家でもやらねぇよ! まずその前提条件を消せ! 俺はそんな画像を求めて来たんじゃない!」
「おぅおぅ、テレてるテレてる。流石に小学生にはませた話題だったかしら?」
「中学生だ!」
 小太郎の神経を逆撫でして止まない雫の言葉に、隣でヒミコがしきりに謝っていた。
 それ故、小太郎もキレる事は無く、まだ落ち着いている方なのだ。
「まぁ、エロ画像云々は置いておいて、まずはこれをやってみるが良いわ!」
「……あ? なんだよ、これ」
 雫が指したのはパソコンのモニタ。
 映し出されているのは一つのウェブページである。
「……『開運! これをやれば大凶も大吉に!』? なんだ、こりゃ」
「読んでそのままよ。これをやれば幸せウハウハってこと。ちなみに、さっき君に『挨拶』したのもこれによる指令よ!」
「ウソクセー。こんなのただのお遊びだろ?」
「何を言うか。私はこれをやって、五百円拾いました」
「あ、一応私もカワイイお皿をゲットできました」
 雫のほかにヒミコも言うなら、まぁ何となく信じられなくも無いが。
「っていうか、そんなに早く効果が出るモンなのか?」
「ソッコー性があった方がすぐに実感できて良いでしょ?」
「まぁ、そりゃそうだけど……」
 と、一応は納得したフリをしておいたが、小太郎の疑いは深まるばかりである。
 彼女たちが貰った福も、偶然の一言で片付けられるレベルだ。信憑性の欠片も無い。
「まぁまぁ、そんなに疑うなら一度やってみれば良いのよ。そしたらこれの効果がわかるわ!」
「え〜、俺はやることがあるんだよ」(まぁ、ウソだけどな)
「良いじゃん、その前にチョチョっとやれば良いだけの話よ」
「……まぁ、やるだけなら」
 これ以上言っても無駄、というか雫に何か言っても彼女は意見を曲げそうに無い気がする。
 渋々ながら、小太郎は試してみることにした。

 生年月日、性別、本名を記入し、ボタンをクリック。
 すぐに出てきた結果は
「ええと、何々……『これから出会う五人としりとりすべし』だってさ」
「……しりとり……。無駄に時間のかかりそうなゲームだな」
 サクッと指令をクリアして適当にあしらえば良いか、などと思っていた小太郎だが、微妙な指令に既に辟易である。
 しかも嫌な予感が加速する事に、雫の瞳が光って見える。
「これは……きっとただのしりとりじゃないわね!」
「……ただのしりとり以外にどんなしりとりがあるんだよ?」
「あ、小太郎さん、その話題に食いついたら……」
 ヒミコが注意する間もなく、小太郎が話題についてきた事に気づいた雫は自ら暗がりを照らす勢いで目を輝かせる。
「物理的なしりとりよ!」
「ぶ、物理的ぃ?」
「そう、即ち、『相手に殺(と)られる前に、相手の尻を殺れ!』相手のお尻にタッチする鬼ごっこみたいなものよ」
「……瞬間的にそこまで面倒な発想をしたんだと思うと、俺は普通にその想像力に感嘆するね」
 この僅かな時間で、小太郎は雫と言う少女がどんな人なのか、少しわかった気がした。
「よし、じゃあ適当な人に出会いに行くわよ。小太郎くん、目ぇ瞑って極力人と目を合わせないで」
「はぁ?」
「これから出会う人間、五人のお尻を殺るのよ。出会う五人を選べた方が有利じゃない」
 つまり、小太郎が誰かと目を合わせなければ出会った事にはならないだろう、という理屈らしい。
 雫とヒミコが選んだ人間の前で小太郎に目を開けさせ、その人と尻殺りをするという寸法だ。
「え? 別にコレ、勝つ必要ないんだよな? 有利とか関係ないよな?」
「男なら勝ち戦を目指しなさい! さぁレッツゴー!」
「え? ていうか、マジでそれやるの?」
「やるの。マジよ」
 雫に強引にテキトーな布で目隠しをされた小太郎は、そのまま引きずられて店を出て行った。
 コレが小太郎の記念すべきネカフェデビューだった。

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「さて、まぁ、これから対戦相手を探すわけだけど」
 店を出て数メートル。雫が突然立ち止まり、小太郎とヒミコに振り返って切り出す。
「どうしたんですか、雫さん」
「急に立ち止まるなよ。俺は今視界が塞がれてるんだぞ!」
「あら、小太郎ちゃんがぶつかっても大丈夫よ! 女性の前面には立派なクッションがある事をお子様に教える良いチャンスじゃない」
「アンタの何処に立派なクッションがあるんだよゲブッ!」
 良い感じの蹴りが小太郎の腹部に命中。雫の蹴りもなかなか侮れないものである。
「そんな事より、対戦相手を探すに当たって提案したいことがあるわ」
 腹を押さえて苦しそうにうずくまる小太郎を無視して雫は話を進める。
「探すべき対戦相手は五人。その内の二人は私とヒミコちゃんだとして―――」
「え、私たちもやるんですか?」
「トーゼンよ。だって小太郎ちゃんはあの指令を見た時に、私たちとは出会っちゃってるんだもの」
 まぁ、そう言われればそう思えなくもない。
 何しろ雫の中の『出会う』定義が目が合うことなのだ。
 ならば指令を見たとき、目隠しをしていない小太郎の一番近くに居た雫とヒミコは出会ってしまったという事になるんだろう。
「でね、私たち一人一人と小太郎ちゃんが相手をするより、五人まとめて相手をした方が良いと思うのよね」
「つまり、小太郎さんを含めて六人で、一斉にその……しりとりをするんですね」
「その通りよ。さすがヒミコちゃん、話が早いわ。小太郎ちゃんもそれで良いわよね?」
「……っう、ぐ……」
 腹が痛くて返事どころではない。

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 そんな珍奇な三人組を、黒・冥月が見つけたのはすぐだった。
 目隠しをされた小太郎。その手を引く雫とヒミコ。
 女子高生に目隠しプレイをされている面白い小僧を見かけて、彼女が無視をするはずも無い。
「おぅ、小太郎。また妙な性癖に目覚めたな。まぁ、それは私の干渉する範囲ではないがもう少し相手は選んだ方が良いんじゃないか」
「む! その声は師匠か!? これは違うぞ! 俺が望んだ結果じゃない!」
 と言いつつ雫たちの言いなりになってる所あたり、説得力に欠ける。
「あの、小太郎さんの知り合いですか?」
 控えめなヒミコが冥月に尋ねる。
 冥月は頷き、その質問を肯定する。
「一応、その小僧の師匠をしている。黒・冥月だ」
「あ、私は影沼 ヒミコです。こっちは瀬名 雫さん。よろしくお願いします」
「はい、一人目決定!」
 ヒミコに紹介された瞬間、雫が冥月を指差して声高に宣言する。

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「なるほどエロ画像を漁りにネカフェに行ったら、なんやかやで尻殺り、ね。なんとも面白い事になってるな」
「前提が違うって言ってるだろうが!」
 事情を聞いた冥月が状況を確認するのに、神速の勢いで小太郎が一部否定する。
 だが冥月はそれを軽々スルーして、感慨深げにため息をつく。
「だがしかし、ついこないだ、私があれだけ全身隈なく使って大人の世界を堪能させてやったのに、まだ尻なんかに興味あるのか」
 かなり強制的で小太郎の意見は全く気にしなかった特訓の事だが、今の言葉で何も知らない雫とヒミコがそこまで汲み取れるわけもない。
「え、マジで小太郎ちゃん? そんな駆け足で大人の階段上っちゃったの!?」
「小太郎さん……もうシンデレラじゃないんですね」
「何の話だ!? かなり勘違いしてないか!? おい、師匠! 訂正しろ!」
「訂正するも何も、全く嘘は言ってないんだがな?」
 薄く笑いながら、冥月はそっぽを向いた。
 そんな様子に小太郎はもうどうしようもならない事を悟ったか、頭を振って話題を変える。
「いや、そんな事はこの際脇に置いておいてだ! 何で師匠が対戦相手一人目なんだよ!?」
「違うわ、小太郎ちゃん! 正確に言うなら三人目よ!」
「そういう問題じゃない。論点がずれてる! 師匠が対戦相手に含まれるなんて、それは間接的な殺人に近いぞ!」
 小刻みに震えだす小太郎を見て雫も何か選択ミスをしてしまったかと思い始めるが、そこは冥月が抑える。
「大丈夫だ。コイツの事なら心配ない。黙らせるのは簡単だからな」
 ぎゅっと握り締めた拳の気迫を感じ取ったか、小太郎はもう何も言わなくなったが、小刻みな震えは止まらなかった。

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「さて、あと二人探さなきゃね」
 パーティメンバーに冥月を加えた一行は対戦相手を求めて町を練り歩く。
 いい加減、外の寒気に嫌気が差した頃、冥月は一つ思いつく。
「そうだ。その尻殺りの会場は草間興信所にしよう」
「は? いきなりどうしたんだ、師匠?」
「いや、ふふ、面白いことを思いついてな。それにあそこなら暇を持て余している人間が二人居るだろう」
 草間兄妹の事である。小太郎はすぐにピンと来た。
「ああ、なるほど。まぁ、確かにあの二人は暇そうだが……。草間さんがこんな行事に乗ってくるかどうかが問題だ」
「ふむ、まぁ、アイツの事だ。適当な手土産でも持っていけば納得するんじゃないか?」
 そう言って冥月は近くのコンビニを見やる。
 そのガラス窓に貼られてあるステッカーに『タバコ』の文字。
「まぁ、一カートンぐらいバレまい」
 そう言った時には既に、冥月の手の中にタバコが握られていた。
「さぁ、色々決まったならそこへ行くわよ! 善は急げ!」
 雫の号令で妙な団体は興信所を目指す。
 これによってまた、興信所に妙な噂が付きまとわなければ良いが、と心中で呟く小太郎少年だった。

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 丁度タバコ切れだった草間は、冥月の手土産を受け取り、面倒臭がりながらも尻殺りへの参加を承諾した。
 それを見て兄さんがやるなら私も、と零も参加することが決まり、これで晴れてメンバーが揃ったわけだが
「興信所内でドタバタやるのはやめてくれ。何故か俺が零に怒られる」
 と言う興信所所長の言葉により、部屋の中での開催は断念。
 でも出来るだけ移動したくないので、興信所のあるビルの屋上で尻殺りをする事にした。

 興信所の出掛けに、冥月はメモ用紙を目の前のテーブルに置く。
「おい、冥月。行くぞ」
「ああ、今行く」
 妙に乗り気になったか、草間が冥月を急かした。
 それに答えた冥月はメモ帳に手早くペンを走らせ、興信所を出た。

 それから数分した後だろうか。
 興信所のドアがノックされ、尻殺りメンバーではない来客が興信所のドアを開ける。
 中に誰も居ない事を確認し、少し首を傾げる。
 知っているのだ。この興信所がそれほど繁盛していない事を。
 だが、それでも仕事が来る事はある。ならば仕事で出かけているのだろうか?
 そう思った来客だが、ふとテーブルに自分宛のメモ帳が置いてあることに気付いた。
『屋上にて待つ』
 簡単な言葉と、最後に見知った名前。黒・冥月と。
 来客である少女はメモ帳をそっとテーブルに置き、興信所を出て階段を目指した。

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「第一回! 尻殺り大会かいさーい!!」
 雫の号令と、零とヒミコの小さい拍手を持って、開催宣言が行われた。
 周りにはゆったりと余裕を持った表情で立つ冥月と、軽く準備運動をする小太郎と、久々のタバコをふかす武彦が。
 この六人のメンバーで、これから尻殺りが行われるのだ。
「ルールは簡単! 相手にお尻をタッチされる前に、こっちがタッチしてやるの! 最後まで立っていた者が優勝よ!」
 雫による本当に簡単なルール確認も済み、その場に居た全員は各々身構える。
「よーい……スタート!」
 やはり雫による号令で尻殺りが開始された。

 開始早々、雫は隣に居たヒミコの尻をタッチし、ヒミコが抜ける。
 これはどうやら事前に相談してあった事のようで、やはりヒミコには荒事は向かないだろうという事で、早々に戦線を退かせたらしい。
 これで残ったのは五人。
 ここで小太郎が狙うのは勿論武彦。
 小太郎が自ら女性を狙う事は多分、ないだろう。
 それがわかっていた武彦。だがしかし全く動かなかった。
 小太郎はその仁王立ちに微塵の疑問も持たず、すぐさま武彦の背後を取り、今までの武彦に対する鬱憤も込め、全力でその尻目掛けて平手を打つ!
「……っぐ! 痛ってーなこのガキっ! ……だが、まあ良い。これから受けるお前の責め苦に比べれば、この痛みぐらい安いものだ」
 武彦はすぐに怒りを鎮め、不適に笑む。
「ど、どうしたんだ、草間さん。悪いものでも食ったか?」
 何か仕返しが来ると踏んでいた小太郎は、その武彦の笑みが逆に不気味に思えて仕方ない。
 だが、武彦の笑顔は絶えず。まるで掌の上で踊る人形がおかしくてたまらないようだ。
「ふ、哀れな小僧に教えてやろうか。この絶望的な状況を」
 妙な前置きを置かれて、小太郎は更に身構える。
「ど、どういうことだよ?」
「よく周りを見てみろ。このふざけた遊びに参加しているメンバーは俺とお前を除いて全て女性だ」
 それは確認するまでもない。
 どう見ても女性多数の屋上だ。
「それがどうしたって言うんだよ?」
「まぁ、聞け。たった今、お前は俺をこのゲームから除外した。という事は、だ。これからお前は女性を相手にするわけだな?」
「……っは!?」
 言われて見れば、これは純情少年にとって絶望的な状況。
 自ら女性の尻を追いかけなければならない状況を作ってしまったのだ。
「まぁ、中坊ならば女のケツを追いかけるのは正常な事だが、心も身体もお子様のお前には辛いかもな? ん、どうした、小僧? 顔色が悪いぞ〜ぅ?」
 満面の笑みの武彦に対し、小太郎は脂汗すら浮かべ始めている。
 今や戦場は、無謀にも零に立ち向かった雫が適当にあしらわれてゲームを抜け、残るは小太郎と零と冥月の三人になっている。
 なんと言うか、普通に考えても小太郎に勝ち目はないのだ。
「お、俺はどうすれば……!?」
「一皮向ければ逆にこの状況を楽しめるかもな? まぁ、頑張るが良いさ、小僧」
 そう言って武彦は屋上の隅に寄り、タバコをふかし始めた。

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「なぁ、零」
「なんですか、冥月さん」
 悩む小太郎を遠巻きに置いた女性二人はヒソヒソと密談を交わす。
「小太郎の相手は私に任せてくれないか」
「師匠としての責務ですか? 私は別に構いませんが……」
「師匠として、と言うのもあるが、これはそうだな……八割は楽しみを求めてだな」
 意味深な台詞を残す冥月に、零は多少首を傾げるが、特に詮索するでもなく早々にゲームを抜けた。
「さぁ、小太郎! これで一対一だ! 特訓だと思って掛かってくるが良い!」
「ぬぅ……だがこの状況は……」
「ふん、この程度の劣勢で尻込みか? それともなんだ? お前は草間が言うとおり、本当にただのお子様か?」
 挑発的な笑みを浮かべながら、冥月は指をパキポキ鳴らす。
 その挑戦を受け、小太郎は両頬を自分で叩き、駆け足で冥月に立ち向かう。

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 だがまぁ、当然の如くボコられるワケで。
「……何の進歩もないな」
「う、うるさい! ちょっとテンパってるだけだ!」
 痛む体を無理矢理起こし、小太郎は闇雲に吼える。
「大体なんなんだよコレ! 何でこんな事に!?」
「お前が幸せになるためだろ?」
「元々はしりとりだったんだよ! 普通の! こんな妙なゲームじゃなかったんだよ!」
「まぁ、それは雫に言うんだな。私の所為ではない」
「あぁもぅくそぅ!!」
 小太郎は勢いよく立ち上がり、冥月を見据える。
 いくらか鬱憤を吐き出し、精神の安定が図られたのだろう。
「よっしゃやってやる!」
「……っふ、その意気だ」
 小さく微笑む冥月だが、ふと屋上に向かってくる影を感知し、
「ちょっと待て小太郎」
 とゲームを中断する。
「あ? なんだよ」
「少し思ったのだが、このまま一方的なリンチを食らわせても全く面白くない。そこでだ」
 冥月は小太郎に背を見せ、肩越しに笑む。
「私はこれから十秒間動かない事にする。その間に私の尻を殺ってみろ」
「な、なんだと! 馬鹿にするなよ! そんな事されなくても……」
「私の背後を取れるとでも?」
「っう……」
 口篭る小太郎。どう頑張っても背後に回れそうにない。
「まぁ、コレは余興だ。だが、お前がこのゲームに勝ちたいならこれほどのチャンスはなかろう? 言っておくが罠はない。安心して飛び込んでくるが良い」
 そう言った後、冥月はカウントを始める。
 十、九、八……。
 チャンスを貰ったは良いが、罠がないとは言い切れない。
 敵を欺き倒すのが勝利への道。小太郎は知っている。
 あの言葉に嘘がないと誰が確証を持って言えよう?
 絶対に罠がないとは言えないのだ。
 だがしかし、冥月の言うとおり、これほどのチャンスない。コレを逃せば本当に負けしか待っていない気がする。
 それならばこの機を逃す術はない。だがコレが罠なら……。
 七、六、五……。
 そんな事をモンモンと考えていた小太郎だが、やっとの事で一歩踏み出す。
 それは前へ。冥月に向かって一歩一歩踏み出し始めた。
 四、三、二……。
 何も怯えることはない。
 冥月の言ったとおり、小太郎の本意ではないが、冥月の身体にはベタベタ触っているのだ。
 今更何を怯える事がある?
 そうだ、武彦にやったように、いつも投げ飛ばされているお礼をすれば良いのだ。
 思いっきりはたいてやれば良いのである。そう考えれば大分考えが楽に……。
「あの……小太郎さん何か様子がおかしいんですが……」
「っし! ヒミコちゃん。今、小太郎ちゃんは少年にありがちな葛藤に悩まされているのよ。黙ってみてあげなさい」
 ギャラリーの声も小太郎には聞こえない。
 言い方は妙だが、小太郎は今、冥月の尻に集中しているのである。
 両手を前に出し、確実に一歩一歩、前に踏み出している。多少息も荒い。
 その恰好はどう見ても変態でしかないが、彼は至って真面目です。
 一……。
 カウントが最後の一つを告げる。
 その時、やっと小太郎は冥月に手が届く距離に辿り着いた。
 ここで少し手を伸ばせば……っ!
「……何をやってるんですか」
 凛とした声が屋上に響く。
 少女の声だが雫の物でもヒミコの物でもない。
 それは屋上の出入り口に居た少女から発されていた。
 小太郎がそれに気付き、そちらに目をやると、そこには懐かしい顔が。
「ユリ!?」
 そこには何時ぞや小太郎が助けた少女が居たのだ。
 小太郎は嬉しさのあまり、ユリに駆け寄り肩を叩いた。
「久しぶり! 元気してたか!?」
「……私はそれなりに元気でしたよ。……小太郎くんもお元気そうで。女の人のお尻に息を荒げるくらい」
「え? ……っは!?」
 見られた! 今の妙な行動を見られた!?
「あ、あれは違くてだな!? なんつーか、俺が幸せになるためにみんな協力を……」
「……それは、男の人が女の人に触れれば幸せでしょうね」
 墓穴。それを人は自ら墓穴を掘ると言う。
「違くてだな! なんつーか、特訓で!」
「……ホントですか?」
 ユリは小太郎から視線を外し、冥月に質問をぶつけるが、
「いや、小太郎に無理矢理……まさかこんな子供だとは思わなかったぞ」
 半笑いの冥月が答える。
「……だそうですが?」
「嘘だよ! あの腐れ外道師匠は嘘が得意だ!」
「……信じがたいです」
 言葉によるスマッシュブロー一撃。
 それが小太郎の心を挫いたか、小太郎はその場に膝をついた。
「ふむ、まぁ、今回はこんな所で良いか。客も来た事だし、興信所に戻るぞ。良いな、草間?」
「ああ、ここは寒いから早く戻ろうぜ」
 武彦の賛同も得て、一行は放心の小太郎を引きずって興信所に戻っていった。

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「で、ユリはどうしてここに?」
「……この度、IO2のエージェントになれたので、その報告と先日、私を助けてもらったお礼です」
 武彦の問いにユリは静かに答える。
 因みに、小太郎は部屋の隅で雫につつかれながらボーっとしてる。
「ほぅ、IO2エージェントに。そりゃ大出世だな」
「おめでとうございます」
「……ありがとうございます。ですが、まだ新米なもので、仕事もあまり任せてもらえないんですが」
 草間兄妹の言葉に、珍しく表情に照れた色を見せたユリが俯く。
「まぁ、私は知っていたんだがな。こういうのは驚きがあったほうが良いんじゃないかと思って黙っておいた」
「……はい。冥月さんとは先日偶然出会いました」
 ユリの初のソロ任務でバッタリ出会ってしまったのだ。
 その時、近々ユリが興信所に挨拶に来る事を聞き、今回の騒動の途中でこんなオチを思いついたのだ。
「まぁ、小太郎にはダメージがでかかったようだが、日常の楽しみを作るには一役買ってくれたな」
「……言い過ぎたでしょうか。後で謝った方が……?」
「構わんだろう。このぐらいで心が折れるようではこの小僧も生きていけまい」
 クスクス笑う冥月の横でユリが小太郎を心配そうに見やっていた。
 そんな事も気付かず、小太郎は空を眺め真っ白に燃え尽きていたとさ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 黒・冥月様、シナリオに参加してくださり、本当にありがとうございます! 『しりとり→尻殺りってどういう一発変換』ピコかめです。
 OPを書いてる時点でかなりビックリです。独りで。

 小太郎くんのお話にワンクッション。
 あんまり連作ばっかりやってても疲れ(ry
 っつーわけで、小太郎くんの行動範囲拡大とユリの復帰な感じの話です。
 オチの為に最後辺り、小太郎くんをボコる具合が足りなかった気がしますが、ご了承ください。
 では、またよろしくどうぞ〜。