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<PCあけましておめでとうノベル・2007>


真白き鐘撞き堂
 深々と雪が降る。
 白樺並木一本道は、まるで永遠に先の見えない未来のようだ。
 降り積もる雪は世界から音を奪い、ただ、遠夜が雪を踏みしめる音だけが耳に届く。
 そんな、静かな白樺並木を歩いているのは訳がある。
 この先にある、鐘を鳴らしに行くのだ。
 真っ白なその鐘撞き堂の壁には、小さく虹色に光る巻貝が埋め込まれている。
 想いを込めて、鐘を鳴らす毎、その巻貝は金色を帯びるという。
 そうして、金色になった真っ白な鐘撞き堂は貴方に新しい年への祝福をくれるのだという。
 その祝福は、形は決まっていない。
 どんな祝福が降りてくるのか、それは、鐘を撞いてみないとわからないのだという。
 ある人は、天使が花を振り撒いてくれたという。
 ある人は、荘厳なバグパイプの音が響いたという。
 またある人は、暖かい光に包まれたという。

 その白樺並木を抜けるには、大切な人と一緒でなければならないのだと言う。もしくは、大切な人を想いながら歩かなくてはならないのだとも。
 でなければ、朝日を目にするまでただ、真白き道を歩き続けるのだと教えられた。
 では、僕は、鐘撞き堂を目にする事が出来るのだろうか。








 雪は、音も無く降る。
 深々と、その降り止まない雪の降る道は、真っ直ぐに前へと、ただ一本伸びている。
 さくり。
 雪を踏みしだく音と、時折、木々に積もった雪が、その重みに耐えかねてぱさりと落ちる。その二つの音が世界の全てだった。

 この道を示されたのは、ぼんやりと明るい橙色した外灯の下に佇む少女の影だった。
 長い髪の残像が、ふわりと動いた。
 その姿は、何処か見覚えがあり。
 見忘れる事の無い愛しい者の姿が重なって。
 追いかけるように踏み出せば、そこは小さな村だった。
 見かけない姿。小さな種族。耳の尖った種族。尾のある種族。鱗ある種族。小さな村なのに、様々な種族の若者達が、森へと祝福を受けながら進んで行く。

「兄さん、あんたひとりかね?」
「はい」

 ひとりで歩く遠夜に、村の住人と見られる、七色に光る巻貝が耳にくっついている、がっしりとした体格の種族の男が、言葉をかける。

「鐘撞き堂は、ひとりでは、余程でないと辿り着けないけど、行くんだね」
「…はい」

 鐘撞き堂へ、行かなくては。
 多分、そこへ愛しい少女が向かっているはずだから。
 理由など、無い。
 遠夜はそれでも、そこに少女が居るのだと思うのだ。だから、何がどうあっても行かなくてはならない。

「うん、気をつけて行っておいで。兄さんの名前は?」
「榊遠夜」
「そうか、さかき。さかきに鐘撞き堂の祝福がありますよう」

 名前には呪力がある。陰陽師の遠夜はそれを知ってはいたが、ここで嘘の名前を言ってはいけないような気がして、本名をするりと口にした。
 出迎えた男は、その名を聞いて、満面の笑顔で肩を叩いてくれた。そうして、その巻貝の男は確かめるように遠夜の苗字を発音する。榊。それは、神に供える木の名前だ。神域にある木。この場所に、榊が存在するのかどうかはわからないが、男の口ぶりから、似たものがあるのかもしれない。そうして、少し緊張していたせいでか、軽く息を吐いた。
 村の中央を抜ける間に耳に入るのは、鐘撞き堂の逸話。
 ひとりで歩く遠夜に、村の住人と見られる、七色に光る巻貝が耳にくっついている、がっしりとした体格の種族たちが、口々に祝福の言葉をかける。
 それは、幸せになるようにという、心からの祝いの言葉で。
 悪しき気は何処にも見当たらない。

 祝福を。

 ただ、遠夜や、前を行くカップル、後ろを歩くカップルに、純粋な好意と祝福が傾けられる。橙色した外灯や、窓の明かり。僅かな光沢のある、すとんとした、裾を引きずるローブの村人達。家の前の玄関に座って祝福をくれる老女。ずっと立っているのか、壮年の夫婦。森へと向かう者は皆、村人も他所の種族も分け隔てなく、温かな言葉が向けられる。
 まるでひとつの家に入ってしまったかのような、一体感に戸惑う。けれども、それは心地よくて。
 真っ暗な森の入り口に立つと、鐘撞き堂への道の番をしているという巻貝のついた大柄な老人が、うねった杖を前に出して、カップル達を一組づつ、道へと送り出す。
 幸せな一組の後姿が森の闇に吸い込まれるように消えると、嬉しそうに頷いて、また、次のカップルを送り出す。
 道。
 道は何処にでも通じる。
 ふと、遠夜は陰陽の一説を思い出した。

「さかきに祝福がありますよう」
「え?」

 老人に名前を告げた覚えは無い。そういえば、どのカップルも名前を呼ばれ、祝福の言葉を受けて森へ入っている。
 気にする事は無いのだと言わんばかりに、満面の笑顔を向ける老人が、ふと、最初に出会った男と顔がだぶる。一人は万人に通じる。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
 そういえば、後ろがつかえているのだったと、遠夜は老人に頷いて、その足を森の道へと踏み出した。

 
 暗い森。暗い夜空。
 上を向くと、降ってくる雪が、目の前でようやく形になる。
 目が慣れてくると、真っ直ぐな道が見えた。前を行くカップルが見えないかと、目を凝らしても、耳を澄ませても、何の音もしない。後ろを振り返り、しばらく待っていたが、誰も来る気配は無い。この道は、遠夜だけの道なのだと、遠夜は前と後ろに続く道を眺めて、軽く頷いた。
 両脇には、等間隔で植えられている背の高い白樺の木立ち。
 何処まで続くかわからないその道を、遠夜は、思いを胸に暖めながら歩く。
 幸せな祝福を、自分は受けても良いのだろうか。幸せな祝福を、祈っても良いのだろうかと、雪を踏みしめて歩く。
 一輪。
 春は桜。夏は百合。秋は野菊。冬は椿。
 また一輪。
 春はスイトピー。夏は撫子。秋は金木犀。冬は山茶花。
 毎日、一輪の花を飾る。
 真っ白な病室に、毎日一輪。たくさんのチューブをつけて、ただ昏々と眠り続ける大切な妹が、いつ目を覚ましても良い様に。
 ひらひらと舞い落ちる雪は、まるで花弁のようだと、遠夜は思った。


 ……僕が、未だ眠る彼女に消えぬ傷をつけたのだ。


 消えない想いが、胸の奥を刃物で切り裂いたかのような痛みを伴って蘇る。
 朝の光に照らされた真っ白な病室。
 昼のまどろみに揺れる真っ白な病室。
 夕焼けに彩られる病室。
 夜の、誰も居ない…病室。
 忘れる事など出来るわけも無く、忘れたいなどとはこれっぽっちも想った事も無い。ただ、どうしようもなく胸が痛い。ずっと、これをひとりで抱いて生きていくのだと思っていた。
 けれども。
 ひとりでは無いのだと否応にも知らせてくれる人が…出来た。

「いい…かな。沙耶」

 そう想った途端、遠夜は、一本道の先に、ぽうと光る、金色の灯りを見つけて立ち止まった。
 一本の長い道。
 その右側に、僅かに明るい灯りが見える。

「鐘…撞き…堂」

 さくり。さくり。
 進む歩が、思わず早くなる。
 辿り着いたのは、真っ白な鐘撞き堂。見上げるその鐘撞き堂は、小さな二階建ての家ほどの大きさだった。そこに到るアプローチには、何故か雪は積もってはおらず、白くごつごつした長方形の小さな石が、円を重ねるように敷き詰められていた。足を踏み出すと、何故か暖かい。そのせいで、雪が積もらないのかもしれない。
 空からは、まだ、はらり。はらりと雪は降り続いて居たが、とりあえず、肩と黒髪に積もった雪を軽く、首を左右に振って落とす。

「…」

 遠夜の目に飛び込んできたのは、二階の金色の鐘。
 さして大きな鐘でも無く、装飾も皆無な、教会によくある、ありふれた鐘。
 その金色の鐘が夜空に浮かぶように輝いて見える。
 石畳を、一歩一歩進んでいくと、観音開きの茶の扉が出迎える。その取っ手は金色の、シンプルな取っ手だった。取っ手を持ち、ぐっと力を入れると、外側に扉は開いた。
 暖かな空気が、遠夜を出迎えた。
 壁にいくつもある燭台には、太く白い蝋燭に灯りが灯され、ちいさな鐘撞き堂の中を照らしていた。壁には、村人の耳についていたよりも、もっと小さな貝殻が、たくさん埋め込まれ、蝋燭の明かりを虹色に照らしている。
 その真ん中には。
 鐘を鳴らす為の、太いロープが下がっていた。
 何の変哲も無いロープ。
 これを引いて、願う…。

 ぎり。
 また、胸の奥に突き立つ刃物の存在を確認してしまう。

 ───赦されない。

 遠夜は、はあ。と、大きく息を吐いた。

 ───赦される筈もない。

 手にした、ロープを一端放して、遠夜は上を見た。金色の鐘の向うの空から、はらりと、花弁のような雪が僅かに舞い込んで、遠夜の顔を撫ぜるように落ちた。その雪は、頬の上で涙のように、溶けて流れる。
 僕自身が幸せになろうと考えるのもおこがましい。けれど、もし赦されるのなら。
 遠夜は、自分の手をじっと見た。そう、もしもこの場所で赦されるのなら。

 ───癒しを…。祝福の光を、この手に…。

 祈りのように、手を組み合わせ、遠夜は金色の鐘を鳴らす為に、再びロープを握った。

「ねえ、紗耶。僕が幸せになりたいと願うのは…可笑しい事かもしれない。けれど僕には、少しだけ前を向こうとする、向かなくちゃと願う誰かの存在が出来たよ」

 額を、ロープを握りこんだ手に当てて、願うように。祈るように、遠夜は呟く。

 沙耶。…君は微笑うだろうか。

 唇を軽く噛締めると、遠夜は、手にしたロープを引いた。

 カラン。カラン。

 高い鐘の音が、鐘撞き堂に響き渡る。

 カラン。カラン。

 祈るような遠夜の鳴らす鐘の音が、終わる頃。ふっと、風が吹き込んだ。

「沙耶」

 穏やかに笑う少女の姿が浮かびあがる。

「沙耶」
「兄さん」
「沙…耶…」







 祝福は、成った。
 穏やかな黄金の光が遠夜を包む。眩しくて、暖かい。
 そうして、その光の中に、ほんの一瞬だけれど、確かに見えた。
 笑う沙耶の姿が。















                     赦されていたのだと遠夜に教えた……。


















「沙耶」

 目が覚めると、そこは自分の家だった。
 使い魔の黒い猫『響』が隣で顔を上げ、鷲の『汕吏』もこちらを窺っている。

 ───兄さん。

 穏やかに笑う沙耶の姿を思い出して、遠夜もまた、沙耶を想って随分と久しぶりに笑顔を見せた。僅かに目を細めて口元を上げるだけの、笑顔であったけれども。
 それを見ていたのは、響と汕吏だけであった。
 

















  


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┏┫■■■■■■■■■登場人物表■■■■■■■■■┣┓
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*東京怪談*
0642 / 榊・遠夜 (さかき・とおや) / 男性 / 16歳 /  高校生/陰陽師
1711 / 榊・紗耶 (さかき・さや) / 女性 / 16歳 /  高校生/夢見


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■         ライター通信          ■
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榊・遠夜 様
 ご参加下さいまして、ありがとうございました。
 素敵な設定を崩さぬよう、遠夜様の望む形に、近づけるようにとがんばりましたが、ご希望に添えましたでしょうか。
 気に入っていただければ幸いです。
 沙耶様といつか幸せに出会えますよう。心からお祈りしております。
 陰陽師は、理を探り、理に生き、歪みを正し。そんな勝手なイメージがあります。ご友人との仲もこっそり応援しています。

 東京怪談の方を書かせて頂くのは初めてで、かなりドキドキ致しました。 
 また何処かで、お会い出来たら嬉しいです。