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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingV sideU―Caryopteris―



 するっと、窓の隙間から黒い封筒に入れられた手紙が入ってくる。それはテレビを観ていた日無子の目の前に落ちた。
 黒い封筒を見て彼女は顔をしかめ、すぐに開ける。中に入っていた手紙に目を通した。
 浴室から彼女の恋人が出てくる気配がして、彼女は手の中の手紙と封筒を一瞬で燃やした。黄の瞳からの一閃の攻撃だ。
「ん? なんかコゲ臭くないか?」
 不審そうにした浅葱漣に肩をすくめながら日無子は立ち上がる。
「さあ? さてと、あたしも入るか」
 漣の横を通り過ぎて浴室に入って行こうとする日無子を、漣は見送る。
「なんかあったらすぐに声をかけろよ? 風呂場で倒れたりしたら……」
「心配性だなぁ。そんなに言うなら一緒に入ってくれればいいのに」
「ばっ、バカ!」
 真っ赤になる漣を彼女は楽しそうに見て浴室に姿を消した。

「…………」
 シャワーを浴びる日無子の白い肌を埋め尽くすように紋様が浮かび上がる。赤黒いミミズ腫れのようなそれは肌の下に隠れるように消え失せた。
 目の前の壁に両手をつく日無子は俯いている。彼女は大きく疲れたように息を吐いた。



 ――数日後。

「戸締り良し。弁当も持ったし何も問題ないな」
 二人で暮らすアパートのドアの前で漣は日無子が出てくるのを待つ。
「日無子、鍵閉めるよ。そろそろ学校行かないと間に合わないから」
「うん」
 慌てて靴を履いて出てくる日無子は深紅のセーラー服姿だ。短いスカートなので漣はハラハラしてしまう。
「あ、でもさ。今日って学校、お昼までじゃなかった?」
「は?」
 日無子に言われて漣は思い出した。そういえばそうだ。今日は半日で終わりだったのだ。
「……ついいつもの感覚で弁当を作ってしまった……参ったな」
「あたしは漣のお弁当好きだよ? 美味しいもん」
「そ、そうか?」
 照れてしまう漣に彼女は笑顔で頷く。
 漣はドアに鍵をかけて歩き出した。日無子もそれに続く。
(せっかくの弁当……)
 ぼんやり考えていた漣は何かを思いついて「そうだ」と口を開いた。
「日無子、今日学校終わったら遊園地行ってみようか? よく考えたらそういう所へ行ったことなかったしな」
 しかしなぜ今まで考えつかなかったのだろう……?
(あ……そうか。以前みた夢が原因か!)
 漣は後ろからついて来る日無子の足音がないことに気づき、振り向いた。彼女はこちらを凝視している。
「日無子?」
「……それ、デート?」
「う、うん……そうなるな」
 少し頬を赤らめて漣は頷く。二人は今までデートらしいことをしたことがないのだ。
 日無子はややあってから俯いてしまう。漣は彼女のところまで戻った。
「どうした……? 遊園地は、嫌い……だった?」
 彼女は首を左右に振った。それから目の前の漣に抱きつく。いきなりだったので漣は疑問符を浮かべた。
「ど……、んっ!?」
 顔をあげた日無子にキスをされ、漣は困惑してしまう。彼女はすぐに唇を離した。
「すっごく嬉しいっ! 今日はデートだ!」
 微笑む日無子は元気に歩き出す。漣は肩から力を抜き、それに続いた。



「漣! 早く早く!」
「ちょ、ちょっと……ま、待っ……」
 よろよろと歩く漣を見て、日無子は目を細める。彼女は腰に両手を当てて漣を待った。
「もー。ジェットコースターが苦手ならそう言えばいいじゃない。変な意地張らないでさ」
「言う暇が……」
 両膝に手をついて休憩をしていた漣は顔をあげ、ギョッと目を見開く。ついさっきまで目の前に立っていた日無子がいない。
「ひっ、日無子……?」
 呼んでも周囲を見回しても、日無子は応えないし姿も見えない。漣は一瞬で青ざめた。
(ま、まさかはぐれた!? くっ、ふらついてる場合じゃない! 日無子はいま本調子じゃないんだっ!)
 もし万が一があったら……。
 漣は頭を振って意識をはっきりさせると足をもつらせながら走り出した。園内はそこそこ人が多い。
 あれだけ目立つ容姿なのに、日無子はなかなか見つからない。
 倒れていたらどうしよう!? 動けなくなっていたら!?
「あれ? 何やってんの漣?」
 声が背後から聞こえて振り向く。右足を引きずって歩く日無子の姿があった。
 彼女は微笑んで手に持つ缶ジュースを見せる。
「気分悪そうだったからジュース買ってきたよ。もー、勝手に場所を移動しないでよ。漣は無自覚かもしれないけど、ちょっと方向音痴なんだからさ」
「……おまえ……足……」
 漣の呟きに日無子は「これ?」と自分の右足を見遣った。
「途中で右足が動かなくなっちゃって……」
 彼女が全てを言い終わる前に漣は日無子に向けて走り出し――。
 突然抱きしめられて日無子は目を丸くする。驚きのためにジュースが落ちた。その音で周囲の人がこちらに視線を向けてくる。
「いっ、痛いよ漣……」
 抱きしめられる日無子は漣の腕の力が強すぎて眉をひそめる。だが彼は力を緩めなかった。
 周囲の人々は二人を冷やかしたような、恥ずかしそうな、物珍しそうな……そんな視線で見て通り過ぎていく。
(……漣が周りの目を気にしないなんて……)
 日無子は驚いていた。いつも他人の目を気にして、外で自分と接触したがらない漣にしては珍しい。
 細身の肉体を更に強く抱きしめられる。だが日無子は今度は何も言わなかった。
 しばらくして、漣はハッと我に返る。
 何をやってるんだろうか。過保護にも程がある。けれど……。
 漣は日無子をちらっと見た。……無事で良かった。彼女がケガでもしていたらと思うと本当に怖かった。
 手を離して囁く。
「ご、ごめん。痛かった……か?」
「ううん。あたしは幸せ」
 嬉しそうに微笑んで言う日無子を見て、胸の奥がきゅんとときめいた。
 顔が一気に熱くなり、漣は視線を伏せる。ざわざわと胸元が騒ぎ、背筋がぞくっとする。
 そっと目をあげてうかがう。
「…………あの」
「ん?」
「……帰ったら、仲良く…………していいか?」
 羞恥のあまり漣は全身から汗を流し、涙が出そうだった。
 きょとんとしていた日無子はしばらくしてから漣の左手を掴んで自分の胸元に遠慮なく当てた。ぎょっとする漣は手を戻そうとするが、もう遅い。
 手に伝わる柔らかい感触にぐらっと眩暈がした。
「伝わるかな……。ほら、あたしの心臓、すごい速い」
「……あ」
 忙しなく動く彼女の鼓動に、漣は小さく声を洩らした。
「漣にそんなこと言われるとね、すぐに心臓が壊れそうなほど速くなるの。嬉しくて。幸せで。
 初めて自分から言ってくれたね、漣。あたしすごく嬉しい。いっつも、あたしが言うから嫌々してるのかなって思ってたよ、少し」
「嫌であんなこと……っ!」
 言いかけて漣は口を閉じる。ああダメだ。やっぱり恥ずかしい。
 日無子は漣の手を自分の頬に遣り、幸せそうに目を閉じる。
「あたしは漣さえ居ればいい……漣以外、何もいらない。漣があたしのこと嫌いになっても、あたしはきっと一生……漣のこと好きなんだろうな……」
「……日無子……」
 切なそうに呟く彼女の言葉に、漣はなぜか嫌な予感がした。自分が彼女を嫌う日など、来るのだろうか?



 その晩――。

 衣擦れの音がして、漣は目を覚ました。
(ん……?)
「あ、起きた? こっち見ちゃダメだよ。着替え中なんだから」
 背後から日無子の声が聞こえて、漣は緊張する。いつもは平気で着替えるくせに、珍しい。
「こんな夜中にどこか行くのか……?」
「なんか喉渇いたからコンビニでジュース買ってくるよ。あと、ゴムもないしね。漣は恥ずかしがるから買いに行けないでしょ。あたしが行ってきてあげるよ」
 笑いを含んで言われ、漣は申し訳なくなる。
「い、いや……夜中なら……一人でも」
「客が一人でも居ると入れなくなるくせに」
「うっ……」
 図星である。情けない……。
「先に寝てていいよ。疲れてるでしょ?」
「そ、それはおまえのほうが……」
「あたしはエネルギーもらって元気百倍だからね、今。漣の愛情、満タン状態だもん」
 そういえばそうだ。自分は疲れて、逆に日無子が元気になるなんて……生命力でも吸われたような気分である。
(まぁいいか……。日無子が元気ならそれでいいし……この状態なら途中で倒れたりしないだろうし、痴漢に遭っても撃退できるだろ)
 眠気がきて、漣はうとうとする。

 シャワーを浴びてきた日無子は押し入れの衣装ケースから、衣服を取り出す。
 下着を穿き、それからサラシを胸元にきつく巻きつけた。
 襦袢に袖を通していると、漣が起きる気配がする。日無子は恐怖で一瞬手を止めた。だがすぐに明るい声を出す。
「あ、起きた?」
 少しやり取りをして、日無子は着物と袴を身に着けた。最後に後頭部に黄色いリボンを結び、身なりを整えてから、漣に近づいた。
 彼の細い背中が少し見える。律儀に着替えを覗くまいとするなんて……漣らしい。
(…………)
 いつもなら……彼の腕の中に、抱きしめられて一緒に眠っているはずなのに……。彼の温もりの中で安心して眠れているはずなのに!
「気をつけて行って来いよ。今の日無子なら大丈夫だと思うけど……危ないと思ったらすぐに帰って来るんだぞ」
 優しく言われて日無子は唇をわななかせ、涙を浮かべる。だがきゅ、と強く唇を引き結ぶ。声が震えないように笑顔を作った。
「……うん。すぐ帰って来るよ」
 膝を畳の上について、背後から漣の頬にキスをする。彼は恥ずかしそうに布団をかぶった。
「行ってきますのチュウね」
「ばか……。外は寒いから早く行って来い」
「はーい」
 小さく笑って日無子は立ち上がり、隣の和室との仕切りである襖を開けて出て行く。
 後ろ手で襖を閉めた日無子は漣の寝息を耳にし、堪え切れずに涙を数滴落とした。そしてすぐさま俯かせていた顔を、キッとあげる。そこに居たのはもはや漣に守られている不自由な身体を持つ娘ではなかった。彼女の表情は戦士のそれ……退魔士の顔だ。
 颯爽と玄関に向かい、片手に持っていたブーツを置いて足を入れる。紐を強く結ぶと玄関のノブを掴んだ。
 今しかない。今のこの、万全の状態の時しかチャンスはない……!
「…………すぐに、帰って来るよ漣。必ず――!」
 決意の囁きは小さいもので、おそらくは誰も聞き取れまい。
 玄関のドアを開けて日無子は外に歩き出した。そしてしばらく廊下を歩き、突き当たりの辺りで……。
 ちりーん。
 鈴の音を鳴らして日無子は夜の中に姿を消したのだった……。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
 第1回目にしてなんだか危険な香りがぷんぷんする展開ですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!