コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


社は主不在


 「稲荷を探せ、だぁ?」
 何でそんな突拍子もないことをこんなちっぽけな興信所に頼みに来るんだ宮司。 などとツッコミ入れそうになった草間武彦、三十歳。
「あのなぁ…うちは興信所であって何でも屋って訳じゃないんだぞ?」
「それは重々承知の上でございます…ですが、その…うちに勧請されたお狐様はたいそう若い方ですので…ふとした拍子に遊びに出歩かれてしまわれるのです」
 普段の出歩きはある程度黙認してきたのだが、よりにもよってこの年末にというのはさすがに黙認できるわけがない。
 神社としても一年のうち一番重要な年末年始に主不在とあっては願い事が叶うどころか天に届かない恐れがある。
 いつ帰って来るかも分からないから余計に困ると、宮司はかなり困った様子で草間に懇願する。
「お願いします! うちのお狐様を探すのを手伝って下さい! 社に連れ戻していただけたなら来年最初に福を一つ授けてくださるようお願いしますから!!」
 福を授ける。
 その言葉に草間は急に真面目な顔になった。
 万年赤字事務所の上に舞い込んで来る依頼はどれもこれも金になりそうもない怪異の類。
 面倒ごとなのは確かなのだが、これはもう受けるより他はない。
「―――分かった。 引き受けよう」

===============================================================



  興信所。個人や法人の信用・財産などを内密に調べ、依頼者に報告する民間の機関。
 辞書を引けばそういう言葉がまず出てくるものだ。と、いうのが草間の主張だった。
「んー…対象何であれ探すのは本来の仕事のうちだと思うの。武彦さん」
 わざと不思議そうに小首傾げて言ってみるシュライン・エマ。
 要は年の最後まで怪奇絡みな仕事をしたくないという思いゆえに、ポロッと出た言葉なのだろう。
 わからなくもないが、仕事を選んでいる余裕などこの興信所にはない。
「若いお狐様ではねえ、遊びたいのも仕方がないねえ。もしかしたら油揚げ欲しさに豆腐屋の前で立ち往生しとるかもしれんよ」
 手伝いに駆りだされた内山・時雨(うちやま・しぐれ)は快活に言った。
「とりあえず…白狐様、人の姿になれるのかどうか、その場合外見年齢や特徴、最近興味を向けていた事とか、宮司さんに聞いてみる必要あるかもね」
 あとは餌で釣るというのは言葉が悪いかもしれないが、お神酒といなり寿司を用意しておこう。
 そういってシュラインはいなり寿司の支度を始める。
「しっかしまぁ、あれだなぁ?福欲しさに引き受けちゃうってなぁ、実に草間さんらしいやね」
 ゲホッとむせ返り、煙草の煙が室内に広がる。
 誰から聞いたと言いかけて、はたと台所にいるシュラインを見やると、苦笑交じりに視線を向けてきた。
 バツの悪そうな顔をして、煙草を吸いなおす草間。
 そんな様子をケタケタと笑ってみやる時雨だが、その間にもいろいろとお狐様に社へ戻っていただく為の策を講ずる。
 年若く、勧請されて間もないとはいえそれなりに位のある狐だろうからして、説教垂れるのはあまり有効ではないと判断。
 ならばわざと茶化してそのプライドを刺激してみようか。
「…宮司の方には連絡入れといたぞ。準備が出来次第神社の方へ行くとしよう」



  ビル風が強く吹き荒れ、人々の心も平穏とか言いがたい、忙しない都会のど真ん中。
 行き交う人々や車の流れを見下ろす視線が一つ。
 可愛らしい九本の尻尾が、まるで獲物を狙い定めた猫のようにゆらゆらと揺れている。
『伏見とはだいぶ違うようじゃの。これは面白そうじゃ!』
 真っ白な毛皮を風になびかせ、稲荷白狐が摩天楼に降った。



 「人化はできない?」
 鸚鵡返しにシュラインがそう言うと、宮司はこくりと頷く。
 年若いとはいえ、稲荷となるからには推定でも三百は超えているはずだ。
 狐にとって三百とは一つの節目の年で、三百の齢を生きると北斗を崇め、髑髏を頭に乗せて人化の術を行えるようになるという。
 ところが依頼人の神社に勧請された狐はまだ三百前らしく、福をもたらす力は十分にあるのだが、人化はまだ行えないというのだ。
「ん〜…もしかして…手違いで勧請されちゃったとか?」
「その可能性も無きにしも非ずだなぁ…」
「でも人の姿になれんのならむしろ都合がいいんじゃないか?聞けば九尾の白狐なんだろ」
 野狐を代表する金毛白面九尾のみが九本の尾を持っているわけではない。
 尾は確かに力の大きさの象徴でもあるが、位の高さによっては尾の数が少なかろうが強い者は強いのだ。
 白狐で九本の尾を持っている者もいるにはいる。
「年は御若いですが、何より福狐としての素質が近年稀に見るほど高いそうで…一人前になれば高い位を授かることの出来る稲荷になるだろうと言われました」
 ならば歳末には是が非でも社にいて頂かねば。
「人の姿になれないのは幸いだけど、特徴としては九本の尾を持った白狐なのよね。まぁ…術とかでカモフラージュされないといいけど…あ、あと、ここ最近興味を向けてた事とかありませんか?」
 シュラインの問いに宮司は腕組みして首をかしげ、う〜んと唸ること十数秒。
「あ。そういえば…高層ビルが気になっていたようです」
 出身が京都の伏見となれば、周辺に高い建物はない。
「なるほど、それなら都心の方重点的に当たってみたらよさそうね」
「ん〜…人が多い分気配も雑多で逆に探しにくそうだ」
 頭をぽりぽりとかきながら、少し眉を寄せて呟く時雨。
 だが面倒だといってそのままにしておくわけにもいかない。
 引き受けた以上、何としてでも稲荷を見つけなければ。
「探す側の私達の方が目立ちそうだけどね」
 いなり寿司を持ったシュラインがそういうと、お神酒の一升瓶を持つ草間も確かに…と苦笑した。



  「そうかい。邪魔したね」
 高層ビル立ち並ぶオフィス街の一画にある惣菜屋の軒先で、時雨は白狐を見なかったかどうか尋ねつつ、小腹を満たす為に購入したコロッケを頬張った。
「さすがにこの辺にゃ豆腐屋はないし、条件に該当する中でいなり寿司おいてる所も少ないや」
 小洒落たものが中心となっていくのも寂しい話だと呟くも、惣菜屋からはそれらしい目撃談は聞けなかったようだ。
「姿を消して移動してるのかしら?」
 白狐でしかも九尾となれば、目立つのは必至。
 物見遊山とはいえ、さすがにそこまで不用意に姿は晒さないだろう。
 時間もあまり無い。
「宮司の話からしてお稲荷さんにとって目新しいモノのところはつぶさに見て回ろうじゃないか。惣菜屋もだけど、娯楽施設とか酒屋とかさ…あとは―――…わざと悪口言ってみるとかね」
 まぁ闇雲に探すよりも、この空間の何処かに入るのだから賭けに出てみるのも悪くない。
 しかし確実に周囲から奇人変人扱いされる事うけあいだ。
「最後の案はやらないに越した事は無いんだけどねぇ」
 時雨の提案にシュラインは微苦笑する。

「――――ん?」
 二人がそんなやり取りをしていると、ふと草間が頭を撫でて頭上を見上げる。
「どうしたの?武彦さん」
「…いや、今何か…頭に落ちてきたような?」
 びっくりしたぐらいで衝撃という衝撃はなかったらしい。
「もしかしてこれじゃないかい?」
 草間の足元にコロコロと転がる毛玉…に見えるもの。
 毛玉というよりピン球のようにも見えるが、その手触りは滑らかで、どこか毛皮のような触感がある。
 しかも僅かに温かい。
「…何かしら?子供が投げたボール…ってわけじゃなさそうだし…」
 一つの球体を前に、三人はそれを凝視して暫し考え込んでしまった。
 そのときだ。
『無礼者!それに触れるでないわ!』
 そんな声が何処からともなく聞こえてきたかと、その球体から視線を外したその瞬間に、持っていなかったように軽かったその物体が手の内から消えた。
「え!?」
「あ、あそこ!」
 周囲をキョロキョロするシュラインと草間よりも早く気配に気づいた時雨が、近くにあった街灯の上を指差す。 
 シンプルな街灯の上に真っ白な狐。
 それも九本の尻尾を持った。
『断りもなく我が宝珠に触れるでないわ!人間どもめ』
 私は人間じゃないんだけどなぁ、などと一人ごちる時雨。
 主張はもっともである。
「…てか触るなって言っても先に落としてきたのはそっちだろうに…」
「宝珠…宝珠ってことは、如意宝珠?…自分の力の源を落としたのかしら」
 シュラインと草間の呟きに、バツが悪そうに挙動不審になる白狐。
 その時、時雨がにやりと笑った。
 時雨の様子に気づいたシュラインは、まさか…と時雨を止めようとしたがもう遅い。
「やいボンクラ狐、お役目を忘れたか」
『何じゃと!?』
 …やってしまった。
「しかも力の源を簡単に落とすたぁ稲荷の風上にも置けんなぁ!とんだ間抜け稲荷があったもんだ!」
 夕暮れ前でまだ明かりの燈っていない街灯が、チカチカとついては消えを繰り返す。
 その上に立つ稲荷の九本の尻尾はまるで孔雀の尾羽のようにブワッと広がり、尾も全身も毛が逆立っているのが分かる。
「やはり畜生は畜生よのう!チクショーめーわはははは!」
『そこへなおれ!』
 白狐が飛び掛ってくると同時に、時雨は身を翻して神社へ向かって走り出した。
 わざと不興を買い、社の方へ徐々に誘導するつもりだったのだが、このカッとなりようではそのまま一直線に向かっても大丈夫そうだ。
「内山さん!」
「だーいじょうぶ!先回り宜しく!」
 あっという間に時雨と白狐は視界から失せた。
「……ホントに大丈夫かしら…」
 曲がりなりにも神様のお使い。
 時雨の無事を祈りつつ、シュラインと草間は神社への道のりを急いだ。



  「ほれ、鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
『誰が鬼じゃ!我は狐ぞ!』
 時雨の背後に青白い炎がとぐろを巻いて迫ってきては、それをひらりとかわしの繰り返し。
「(てーか街中だってこと忘れてないかね?あの若造さんは)」
 九尾の白狐が宙を舞い、時折尾をすり合わせて炎を起こしてはそれを時雨に向かわせる。
 当然その状況を見て周囲が注目する。
 しかし今の世というのはこの状況ですら特撮か何かと勘違いしてくれるから、ある意味では助かるのだが、興味津々で近づいてこられて怪我をされても非常に困る。 
 早いトコ神社まで誘導しなければ。
 捕まえたり説得したりは草間やシュラインが何とかしてくれるだろうと信じ、時雨は更に速度を上げた。
 人を避け、早く人通りの少ない場所へ抜ける為に。



 「―――怪我してないといいけど……」
 先回りした神社の境内で、お神酒といなり寿司を持ったシュラインと草間、そして話を聞いて顔面蒼白で右往左往する宮司が時雨と白狐を待っていた。
「なんてこと何てことッ!これで福を呼ぶどころか大きな損害がぁぁぁッ」
「縁起でもないこと言わんでくれるか…大丈夫、だ。内山が必ずここまで誘導してくるから」
 草間の言葉も殆ど聞こえていない様子で、こうしてはおられないと慌てて社務所に戻り、どこかへ連絡をとり始めた。
「来たわ!」
 鳥居をくぐって境内の方まで。
 まさか躊躇することなくここまで引っ張ってこれるとは思わなかったようで、誘導をかってでた時雨も驚くというよりむしろ呆れていた。
「…狐とか狢とか…冷静沈着で狡猾じゃなかったっけか」
「神さんは違うんでないかい?」
 少し乱れた呼吸を深呼吸で整えようとするが、神社の境内にもかかわらず白狐は時雨目掛けて攻撃してくる。
「どわっ!?」
「どーやって鎮めろってんだ―――ッ!」
 これほどまでに見境ないとは思わなかった為、境内でも時雨や草間は右往左往。
 その時、連絡を終えた宮司が境内に駆け出てきて頭上に浮かぶ白狐に向かって叫んだ。
「いいかげんになさいませ!本山の方へ連絡いたしましたぞ!」
 その言葉を聞いて、白狐はぴたりと攻撃をやめた。
『……主は勧請を取り消すというのか!?』
「まぁ状況からすればそうせざるを得な」
『黙れ!』
 時雨がポツリと呟きかけたその言葉を、白狐は怒声をもってせき止める。
 祀り手がいなくなったわけでも無いのに勧請を取り消されるなどあってはならないことだ。
 それこそ稲荷の恥さらしとなろう。
 ところが宮司は取り消しを願ったわけではないと首を横に振る。
「そろそろご到着されますでしょう」
『!?』
 その言葉どおり、突如白狐の周囲に高速で動く二つの物体が出現した。
「何だあれは!?」
「本山に連絡したって事は……」
「―――他の稲荷?」
「その眷属さまに御座います」
 時雨の言葉に続いて、宮司がホッとした様な顔でそう続ける。
 本山に連絡した所、それを見越していたかのように既に勧請された狐よりも位の高い稲荷の眷属を二体こちらによこしたと。
『退け!放せ――――!放すのじゃ―――ぁ!』
 狐の形がやや崩れたような、まるで影のようなその二体が白狐を捕らえて放さない。
 じたばたともがくも、二体がかりで抑え込んでいる為か、いっこうに抜け出せそうも無い。
 そして急に諦めたように大人しくなった。
 それを見て草間の宮司もホッとするのだが、このままで終わるわけにも行かない。
 何せ無理やり抑え込んでもそれが最終的にいい結果を導き出すとも思えないからだ。
 シュラインは明らかにふてくされている白狐に向かって言葉をかける。
「年末年始神社に居ないの勿体無いわよー」
 渋る白狐にシュラインが興味を持つような話題を振ってみた。
 案の定、白狐はその言葉に耳を傾ける。
「年々服装流行も違うしお参りに来る面子もお洒落だったり寝癖だったり、向ける思いも千差万別でその瞬間だけの限定物だもの。同じものは二度と見れないわよー」
「そうそう。この歳末や年始とまったく同じものは翌年にはないよ〜」
 ケラケラ笑いながら言葉を添える時雨。
『…………』
 どうやら考えているらしい。
 こういった誘いに心揺らぐのはやはり若いからだろうか。
「とにかく、稲荷寿司とお酒掲げ今から社に差入れてきますからお腹空いたらどうぞ」
 そういって社の方へそれまでちらつかせていたいなり寿司とお神酒を、振り返ることなく納めに行くと、その後姿をあ…と言わんばかりに見つめる白狐。
 あとはそれぞれに目配せして、それじゃあそろそろ帰ってこっちもいなり寿司でお茶にしましょうかと、わざと声を大きめにして各自に声をかける。
 同じく、草間も時雨もわざとらしく声をはり上げ、宮司にもそんな調子で挨拶して、その場を去っていった。
『…………』




  ――――その日の夜、日付が変わる少し前…
「…ちゃんと社に戻って仕事してるってよ」
 依頼人からそんな報告を聞いた草間が受話器を置いて、にんまりと微笑む。
「依頼完了…ってことね。ああ…一時はどうなることかと思ったけれど」
 ホッと胸をなでおろすシュライン。
「ご実家の方から応援が来てくれて助かったね」
 誰も止められなければ今頃消し炭なんじゃ…そんな事を考えつつ、ゾッとしないねと苦笑する時雨。
 そのときだ。
 ゴーン…と遠くから鐘の音が響いてきた。
「おや、もう年越しかい」
「情緒もなにもなかったなぁ…」
「ともあれ年明け今年も宜しくね。福、あたると良いわね」




  後日、さすがに仕事とはいえ稲荷をバカにしたことで罰が当たるのではないかと、時雨はお神酒を持参で神社まで足を運んだ。
「…ってぇか…既に罰が当たった気もするんだけど…」
 苦笑交じりに己の瞼に手をやると、そこには大きなものもらいが。
 今までこんなものできたことなどなかったので、もしやこれが罰なのではないかと予定を早めて参りに来たわけで。
 宮司に挨拶をして、本殿にお祓いを済ませた一升瓶を置いて、あの時は仕事なので仕方なくあんな事を言ったと静かに謝罪した。
 そしてきびすを返し、神社を後にしようとしたところ…
『おい』
「ん? おわっ!?」
 声をかけられたかと思って振り返った瞬間、ベチャリと眼鏡に何かが貼りついた。
 慌ててとってみたら、それは神棚に供えてある餅の一つだった。
「……あ――…なるほど。ものもらいだから」
 時雨はありがたく頂戴しますといって、その餅を一口で平らげた。
 するとその日のうちに、いつの間にやら大きなものもらいは消えうせたという。



 今年一年、皆健やかにあれ―――


―了―
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5484 / 内山・時雨 / 女性 / 20歳 / 無職】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、鴉です。
草間興信所依頼【社は主不在】に参加頂きまことに有難う御座います。
リリースしたのが年末で…納品が既に寒中見舞いな時期になってしまい、
七日までにはお届けすべきだと思ってはいたのですがスケジュールの都合が合わず…ギリギリまでかかってしまいました。
季節モノはなるたけ早めにお届けできるよう、今年は精進いたします。

ノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。